歌われ、語り継がれし古(いにしえ)の物語
ポー=唄の女神
夕日で街が赤く照らされ始めると町は夜の装いを見せ始める。夜を畏れる人々は昼の残り香を集めて照らし、闇に潜む魔物を退けようとする。
そうして町のあちこちに明かりがともり始める中、酒場『海神の盛り場』には多くの海の男たちが集まっていた。
給仕の女性がつけて回ったろうそくの明かりをもってしても広い酒場の中は暗い、だが人々の活気はその暗さをものともしないかのようであった。
人々は酒をあおり、その日の成果を語り合う。
そんなにぎやかな喧騒の中に…穏やかな旋律が混じり始める。
その旋律に酒場の人々は一人、また一人、手をあるいは歩みを止め、聞き入る。
そしてその旋律と外から聞こえる波音だけが場を支配すると、その旋律を奏でていた主、ビアトロは手を止め、そして宣言する。
「おお!遙か天上におわせし、唄女神達よ!これよりわれが奏で伝えし、かの悲劇を歌いぬく力を我に与えたまえ!」
その宣言ののちビアトロは手にしていた竪琴を再び奏で。それと共に語り始める。
「時は幾百幾万もの昼と夜ををさかのぼりし昔…」
かつてこの国には名高き王『ロワド』とそれに仕える12人の騎士がいた。そしてその中の二人『オード』と『アルゴー』はたぐいまれな双璧とも言われ尊敬を集めていた。
そんな時、南の半島一帯を支配するカスタニア王国が肥沃なスタフィ国の土地を狙って軍勢を送り込んできた。
ロワド王は12人の騎士とともにこれに立ち向かい、そして見事勝利する。
しかし、これはカスタニアの罠であった。12騎士のまとめ役であるロワド王の軍に逆襲を掛けるカスタニア軍の兵士達。
立ち向かう覇王直属の手勢と銀の騎士アルゴーの軍。
「ロワド様お逃げ下さい!ここはわたしが命に代えてもも食い止めます」
銀の騎士アルゴーはそう叫ぶと自らの身をいとわず敵のただなかに飛び込み槍をふるって敵兵をなぎ倒す。
その荒々しい戦いは戦神「レーモス」をほうふつとさせ、味方を奮い立たせ、敵兵に畏怖の念を植え付けた。
だが多勢に無勢。アルゴーの奮戦もむなしく彼の手勢は数を減らしていく。死を覚悟するアルゴー。しかし…そこに現れたのは黄金の騎士オードとその手勢!
「わが友よ、助けに来たぞ」
「おお!」
12騎士の中でも最強とされる二人の存在は敵をおののかせ、味方を鼓舞する。しかし、ほどなくしてより大勢の兵士たちが彼らの前に現れる。
「自らの死を予感した二人の騎士、彼らは無言で互いの剣を相手に預ける。生きては帰れぬと感じつつもなお生還と再会を誓った二人は迫りくる敵兵のただなかへと…」
そこでビアトロは口と閉ざし、たて琴を鳴らす手を止める。
場を包む一瞬の静寂。その後、ビアトロは再びたて琴を奏で、言葉を紡ぐ。
「…そしてロワド王と残る10人の騎士が手勢を連れて到着したとき、すでに二人の姿はなく彼らが振るった剣が墓標の様に突き立っていた。それを見た王と10騎士は閧の声を上げ、自らを省みることなく戦いのただなかへと飛び込んでいく…」
そこでビアトロは竪琴をかき鳴らし、最後の一節を奏でる。
場に満ちる静寂。波の音だけが聞こえてくるが、やがて…一つ、二つ…そして無数の拍手が起こり、酒場の中はそれで満ち溢れる。
そしてビアトロが袋を取り出し、床に置く。すると聴衆はこぞって代価として貨幣を投げ出す。
この町には剣闘士という娯楽があるとはいえ、人々はこうした催しには飢えている。それはどこの町に行っても同じ。
それはここでもやはり変わらないようである。
ビアトロは満足しながら今日の働きの報酬を確認する。
手にした貨幣は銅貨が多いが、中には銀貨も交じっている。銅貨も租物ではなく良質のものが目立つ。その事にビアトロは手ごたえを感じつつ、席に着く。