スリエード商会
「ラト様!」
「商売頑張ってる?」
「もちろんでさ」
ふと気がつくとビアトロの先を歩くラトは露店を出している何人もの商人から声を掛けられている。
どうやらラトはここの商人たちとは顔なじみの様だ。
なるほど、だからか。ビアトロは得心が行った。
おそらく彼女の行動範囲はスリエード商会の縄張りのなかだけなのだろう。だから年端もいかない少女が親の付き添いも無く一人で出歩けるわけだ。
ビアトロがそのことを聞くとラトは…
「うん、そう。でも危ないから裏路地には近づかない事、それに日が暮れる前に帰る事。そういう約束なの」
「そうか」
かつてアルティス教団は女子供を連れ去り、尖兵を生み出すためのいけにえとした。
故にいまだ女子供をよそ者の手からかくまい、隠そうとする集落もある。
それを考えれば、日中、大通りだけとはいえ、大人の付き添いも無く出歩いているラトの存在がいかに稀有かわかるというもの。
だが、それは同時にこの町の治安の良さを証明している。
見回りの兵士たちを見る人々の表情にも険しさや警戒は感じられない。
これなら…
ビアトロはそうした思案を巡らせながらラトに連れられて角を曲がり、大通りへと足を踏み入れる。そこにはひときわ立派な石畳の道が広がっていた。
この大通りはソ―レ・チェアーノ帝国がこの地を支配して頃作られた名残である。
「すべての道はソーレチェアーノへと通ず」といわれた栄光も、今や過去。だがこの道は今も大帝国の首都だった場所に繋がっている。
この石畳によって整備された道なら馬車による移動も楽になる。とはいえそれでも人間を乗せていける程ではない。
ビアトロも一度、馬車に乗ったことがあるが、それは酷いものだった。
しかも、幾多もの戦乱によってそれらの道の多くは破壊、もしくは手入れをされることなく放置されており、荒れ放題のところもあるとか。
もっとも風の噂では、どこかの地方領主が復元を試みているとの話もあるのだが…
「ビアトロさん、こっちだよ」
思索にふけりながら歩いていたビアトロはラトに声をかけられ、我に返る。
ビアトロは声のした方に振り向き、目の前にそびえる建造物を見上げて感嘆する。
「これが」
案内されたスリエード商会の宿の規模はビアトロの想像以上だった。宿屋には武器道具屋が併設されており、宿の奥にある離れには作業所と思われる建物も立てられている。更にその奥に見えるのはスリエードの屋敷だろうか。
作業所の煙突からは煙が上がり、中からは金属を叩く甲高い音が聞こえる。という事はあれは鍛冶屋なのだろう。
興味は尽きないが、とりあえずは宿に部屋を取らなければならない。ビアトロは好奇心を抑え、ラトに連れられて宿へと足を踏み入れる。