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守護霊は、おじさん  作者: 直井 倖之進
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第二章 『真依、おじさんをクビにする』③

 区役所は、真依の家からバス停で四つ先だ。だが、バスを待つのももどかしい彼女は、その距離を全力で走った。後ろから宙に浮いたおじさんが、泣きそうな顔でぴったりとついてくる。

 そのまま片時も休むことなく走り続け、真依は僅か十数分で区役所の正門まで辿り着いた。

「お願いします。どうか考え直してください」

 煩く懇願するおじさんを無視し、真依は息を切らしながら正門から区役所の敷地内を覗き込んだ。

 そこには、真依と同じ年齢の子供たちが、二十人ほど集まっていた。守護霊交代をするために、区内のあちこちからやってきた小学六年生だ。どの子の背後にも守護霊がついているのだが、それは、ガマガエルやゴキブリ、カメムシなど、一日たりとも生活をともにすることなどできそうにない者たちばかりであった。

「捨てないでください! 頑張りますから!」

「どうして、僕じゃダメなの?」

「私、臭いだけじゃなくて、いい所もあります!」

 そんな守護霊たちの悲痛な叫びが、正門から様子を見る真依の耳にも届いた。「あの守護霊たちに比べれば、おじさんは、まだましなほうなのかも……」ふとそんな思いが頭に浮かんだが、彼女はすぐにそれを否定した。守護霊に求めるものは、その見た目もさることながら、何よりも信頼であろうと考えたからである。

 「私は、おじさんを信頼できない。だから、クビなのよ」そう結論づけた真依は、敷地に入るべく足を踏み出した。

 その時、

「おーい、真依」

 後方から彼女を呼ぶ男の子の声が聞こえた。

「竜之介君!」

 声の主を確認するより先に、真依はその名を呼び、振り返った。

 そこに立っていたのは、やはり、竜之介だった。

「どうしたの? こんなところまで」

 真依が尋ねると、竜之介は、

「あぁ、ちょっと散歩。香さんが見えるようになってからまだ間がないし、一緒に歩くことに、少し慣れておこうと思ってね」

 と、後ろにいる香を示した。

「初めまして。星宮真依さんですね。よろしくお願いします」

 紹介された香が挨拶をする。それは、竜之介と初めて対面した時と同様に、とても丁寧なものだったが、何となく冷たい素振りのようにも感じられた。

 そこに気づかぬ風を装い、慌てて真依も会釈した。

「あ、はい。よろしくお願いします」

 すると、その背後からすかさずおじさんが割り込んできた。

「初めまして、香さん。私、真依さんの守護霊の、間野卓郎です」

 「ちょっと、何やってるの。おじさんはクビなのよ」そう思って真依が睨むが、そんな彼女の心中など知る由もなく、香は、真っ直ぐにおじさんを見つめて返した。

「はい。存じております。間野さんは、有名な方ですので……」

「え? 私が、有名?」

 意外な返答に戸惑い、おじさんが首を傾げる。

 だが、香は、

「はい。有名な方です」

 そう繰り返すだけだった。

 守護霊同士の挨拶が終わったのを見計らい、今度は竜之介が口を開いた。

「ところで、真依は何か用事があってきたのか?」

 「うん。おじさんをクビにしようと思って、区役所にきたの」そんなこと言えるはずもなく、真依は答えた。

「私も竜之介君と同じよ。お散歩」

「そうか。それにしても……」

 竜之介は真依から視線を外すと、それを区役所の敷地内に向けて続けた。

「酷いと思わないか?」

「え? 何が?」

「守護霊交代にきた人たちだよ。生まれてから今日まで守ってもらった恩も忘れて、姿が見えた途端に、気に入らないからって簡単に守護霊を代えるんだから……」

「そ、そうよね。酷い、……よね」

 まるで自分が咎められているかのように、真依は身を縮めた。

 そこに、機は熟したとばかりにおじさんが口を挟んだ。

「そうですよ。竜之介さんの仰るとおりです。もし、守護霊をクビになってしまったら、人間界には残れず、すぐさま天上界で守護霊学習のやり直しになってしまうんですから」

「へぇ、そうなんですか?」

 興味深そうな顔をする竜之介に、おじさんは、

「はい。そうなんです」

 と大きく頷いて見せた。

 それから、

「あ、そうだ。すっかり忘れていましたが……」

 そう独りごちながら、内ポケットから(わざ)とらしく“あの紙”を取り出した。

「それって、“守護霊契約書”じゃないですか」

 竜之介が言った。

「はい、そのとおりです。内容については、既に真依さんにもお話ししたのですが、まだサインをいただいていなくて。竜之介さんがいらっしゃらなければ、危うく忘れてしまうところでした。ありがとうございます」

「よかったですね」

 にこりと微笑む竜之介に頭を下げると、おじさんは真依の前に立った。

 そして、

「こちらに、サインをお願いします」

 と、ペンと一緒にそれを差し出した。

 この状況を覆す術は、もう真依には残されていなかった。

「……」

 黙ってペンを受け取ると、彼女は、書き殴るような字で「星宮真依」と自分の名前を記した。

「ありがとうございます」

 満面の笑みを湛えるおじさんを、真依は、(せっ)()(やく)(わん)の思いで睨みつけた。

「真依。顔が赤いけど、熱でもあるのか?」

 いつもと様子が違う彼女を気遣い、竜之介が優しく声をかける。

「う、ううん、平気よ。少し歩きすぎただけ」

「そうか。家まで送ろうか?」

「いいえ、大丈夫。ありがとう」

 竜之介に向かって無理に笑って見せると、真依は、

「じゃあ、私、帰るね」

 と、彼に背を向けた。

「あ、あぁ。気をつけて」

 後ろからかかる竜之介の言葉に手だけを振って答えると、彼女は、きた道をとぼとぼと歩き始めた。

「あ! 待ってください! それでは、竜之介さん、香さん、失礼します」

 双方に向かって頭を下げると、慌てておじさんもそのあとを追った。

 少しずつ離れて行く真依の背中を、竜之介が心配そうに見送る。

 やがて彼女の姿が見えなくなると、それを待っていたかのように香が口を開いた。

「あの、竜之介さん。差し出がましいようですが、今後、真依さんとのご交遊は、避けられたほうが賢明かと存じます」

「え? それはどういう意味ですか? 真依が何か?」

 眉をひそめる竜之介を、真っ直ぐに見つめて香は答えた。

「いいえ、真依さんご自身には、何の問題もありません。ですが、本日決定した彼女の守護霊、間野卓郎さんが、大きな影をお持ちなのです」

「大きな影?」

「はい。間野さんは、守護霊としての禁忌を犯した大罪人です」

 「大罪人」香のその言葉は、竜之介に殺人や強盗を連想させた。

 しかし、あの気の弱そうなおじさんがそんな大きな罪を犯すとは、どうしても想像できなかった。

 そこで、彼は聞いた。

「間野さんは、いったいどんな罪を?」

「申し訳ありません。それはお話しできません。話せば、真依さんを不幸にしてしまいますから」

 そう言って香は、竜之介から視線を逸らした。

 それから、彼女は、真依が去った通りを遠く見やり、

「もう手遅れかもしれませんが……」

 と、囁くにも満たぬほどの小さな声で呟いた。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回より第三章に移ります。更新は、6月6日(火)を予定しています。

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