第二章 『真依、おじさんをクビにする』②
「こちらです」
示される空欄にサインをしようとする真依。だが、その直前、あることに気がついた。
おじさんの空欄を示す指と逆の手が、明らかに“守護霊契約書”の一部分を隠していたのだ。
真依は尋ねた。
「おじさん、何を隠してるの?」
「え? か、隠すって、べ、別に、何も……」
しらばくれるおじさんから真依は、
「貸して!」
と、“守護霊契約書”を奪い取った。
「あ! こ、困ります!」
そんなおじさんの声が聞こえたが、真依は無視して契約書に目を落とした。
隠されていたのは、契約書の最後の部分だった。
そこには、
『なお、本日の“守護霊対面式”によって定められた守護霊に不満がある場合、その当日に限り、守護霊交代が可能です。お近くの役所までお越しください』
そう記されていた。
「おじさん、これって……」
「い、いえ、その、真依さんには関係のないことだと考え、それで……」
そんな言いわけを始めるおじさんを、真依はきつく睨んだ。
「確かに関係ないよ。だって、私の守護霊、おじさんでもいいかなって思っていたから。でも、都合の悪い部分を隠すような狡をされたら、私、おじさんのこと信用できなくなるよ。おじさんは、私が死ぬまで一緒にいる守護霊なんでしょう? それなのに、そんな狡をする守護霊が、私のことを守ってくれるはずがないじゃない」
「す、すみません。守護霊交代ができると知ったら、真依さん、私のことをクビにするんじゃないかと……」
おじさんは、頭を下げるのと一緒に顔を伏せた。
「ねぇ、おじさん」
「は、はい」
「おじさんは、私が生まれた時から、ずっと私の守護霊なんだよね?」
「はい」
「じゃあさ、私が五歳の時のこと。二度目の手術からちょうど十日目のことも覚えてるよね」
「え、えぇ、覚えています」
おじさんは、平静を装いそう答えたが、その声は、はっきりと震えていた。
「あの日、お父さんもお母さんも付き添いができなくて、私は、病室で独りきりで寝ることになった。先生は、手術は成功したんだから大丈夫、って言ってくれたけど、独りなんて初めてで、とても怖かった。なかなか寝つけなくて、夜遅くまでずっと天井だけを見ていた。そのうちに、少しずつ眠くなってきて、目を閉じたその時、急に呼吸ができなくなった。とても苦しくて、私、このまま死んじゃうんだ、って思った。でも、看護師さんが駆けつけて私を助けてくれた。私は、偶然きてくれた看護師さんに命を救われたの。……ねぇ、おじさん。私が死の淵にいたあの時、おじさんは、何をしていたの?」
「そ、それは……」
顔を伏せたまま、おじさんは言葉を詰まらせた。
だが、
「答えて!」
そう真依から鋭く詰問されると、漸くその重い口を開いた。
「……寝ていました」
「え? 寝てた? 私が死にそうになっていた時、おじさんは寝てたの? 守護霊なのに?」
「……はい」
その返事に、真依は全身の血液が頭に上ってくるのを感じた。
怒りに燃える真っ赤な顔で、彼女はベッドの上に仁王立ちになった。
それから、じっとこちらを見つめるおじさんを指差して、告げた。
「おじさん、クビよ! 今から区役所に行って、おじさんのこと、クビにしてもらうんだから!」
「ちょ、ちょっと待ってくだ……」
縋りつこうとするおじさんをするりとかわすと、真依は、そのまま部屋を飛び出した。
ご訪問、ありがとうございました。
今日で5月も終わりです。ついこの間正月を迎えたようだったのに、来月で年の上期が終了するという事実。恐ろしいです。
次回更新は、6月3日(土)を予定しています。