第一章 『真依、おじさんと出会う』③
……おじさん。
そう。真依の守護霊は、おじさんだった。ぼさぼさ頭で、よれよれのスーツを着ていて、見るからに頼りない。そんなおじさんだった。
「武志君の守護霊は、織田信長。竜之介君は、綺麗な香さん。それなのに、私は……」真依は、自分が笑われているその原因を目に留め、思わず納得してしまっていた。
だが、それでも彼女は諦めなかった。「見た目で判断してはいけないのは、人も守護霊も同じ」そう考えたのである。
「私や皆が知らないだけで、もしかしたら、本当は織田信長よりも凄い守護霊かも知れないじゃない」そんな淡い期待に全てをかけて、真依は口を開いた。
「あの、……初めまして」
すると、おじさんは、
「は、はい、初めますて。いや、初めまして。わ、私、真依さんの守護霊の、ま、間野卓郎です」
と、緊張しているのか何度もつかえながらそう答えた。
それから続けて、
「あ、あの、すみません。こんなのが守護霊で、すみません」
ぺこぺこと何度も頭を下げる。
まるで水飲み鳥のような滑稽なその仕種に、再び体育館に大きな笑いが起きた。
「……ダメだ。このおじさん、絶対に凄い守護霊じゃないよ」真依の淡い期待は、早くも崩れ去った。
茫然と立ち尽くす真依の前でおじさんは、
「あ、あの、私のせいでご学友の皆さんに笑われていらっしゃるようで……。そちらも、何だかすみません」
と、幾度となく頭を下げ続けるのだった。
もう限界だ。真依は、その場から逃げ出すようにステージを下りた。
「ま、待ってください!」
後ろからおじさんがついてくる。体育館の笑い声は、次の出席番号である岬がステージに上がるまで止むことはなかった。
先ほどまで座っていた場所へと戻ると、真依はがくりと項垂れた。慰めてくれる岬は、既にステージの上なのでいない。
「あーあ。私、これからずっと、“真依の守護霊は、おじさんだ”って、笑われながら生きて行くのかなぁ」そんな悲しい思いが頭に浮かんだまさにその時、体育館を震わせるほどの咆哮が前方より轟いた。
慌ててステージのほうに目をやる。そこにいたのは、大きな白い虎、ホワイトタイガーだった。
「岬ちゃんが危ない!」慌てて立ち上がり、助けに入ろうとする真依。
だが、それを遮るように、ホワイトタイガーはもう一度吠えた。
全身が竦まんばかりのその声に、真依は思わず尻餅をついた。
咆哮の反響音だけを残し、体育館は水を打ったような静けさに包まれた。
その場にいる全員がステージに注目する中、ホワイトタイガーは一歩を踏み出して言った。
「我は、白虎である。此度、神より主なる岬の守護を命ぜられ、その任に就いた次第である。因って岬に仇なす者あらば、全てこの白虎の敵と見なすゆえ、しかと肝に銘ぜよ」
六年生の間に、これまでにない大きなざわめきが起きた。白虎といえば、北の玄武、南の朱雀、東の青竜とともに、四獣と称される西の霊獣だ。そんなスーパービッグネームが、岬には守護霊としてついていたのである。これには、流石の織田信長でさえも、怯むその表情を隠すことはできなかった。
ところが、そんな白虎を前に、岬は臆することなく近づいた。
そして、あろうことか、
「よろしくね、白虎ちゃん」
と、その頭を撫でたのである。
「う、……うむ」
困りつつも心地よさそうな顔をして白虎は頷いた。
そこに続けて岬が、
「ねぇ、白虎ちゃん。吠える声は恰好いいんだけど、皆が怖がるから、もうやっちゃダメよ」
と諭すと、白虎は、
「承知した。……すまぬ」
大きな首を小さく竦めてそう答えた。
まるで猛獣使いのような岬の行動に皆は唖然としたが、それを意に介す様子もなく彼女は、
「さぁ、行きましょう」
と、ステージを下りて行った。
この後、“守護霊対面式”は滞りなく進み、本日、真依を含む六年生全員の守護霊が明らかとなったのだった。
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これにて、第一章『真依、おじさんと出会う』終了です。次回より第二章となります。
なお、次回更新は、5月28日(日)を予定しています。