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守護霊は、おじさん  作者: 直井 倖之進
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第五章 『真依、運動会で走る』②

「間もなく、紅白リレーが始まります。選手の皆さんは、入場門に集まってください」

 六年生が退場門を出ると同時に、放送が入った。本当に忙しない。

 しかし、一年間この時を待ち望んだ真依にしてみれば、次こそがその思いの集大成である。疲れ切った体に鞭打つと、彼女は再び入場門へと走り出した。


 入場門には、既に一年生から五年生までの選手たちが集合していた。その後ろに真依が並ぶと、そこに、

「さっきは、大変だったな」

 と、竜之介がやってきた。

「うん。でも、次は大丈夫よ。走るのは私だけだから」

「確かにそうだな。だが、真依は平気だとしても、問題は、間野さんがついてきてくれるかどうか、だな」

 竜之介は、真依の背後で完全にグロッキーとなっているおじさんに視線をやった。

「間野さん。あと少しで終わりますから、頑張ってくださいね」

 そう香が声をかけても、おじさんは、

「……は、……はい」

 と答え、僅かに手を上げて見せるのがやっとの状態だった。

 「私から離れすぎて消えちゃう、なんてことにならなきゃいいけど……」そんな心配を真依がしていると、遅れて武志と沙耶が到着した。

「今日こそは負けねぇからな、竜之介」

 着くなりそう言う武志に、竜之介は、

「今日も勝たせてもらうよ」

 と笑った。

 そんな二人のやり取りを真依が眺めていると、沙耶が笑顔で告げた。

「どちらかが一等になれば、紅組の勝ちは確実よ。気合いを入れていこうね、真依ちゃん」

「うん」

 真依が返事をする。

 すると、沙耶の背後に浮かぶ守護霊が、

「あー。おじさん、ねてるー。つまんない」

 と、宙に浮いたまま横になっているおじさんを指差した。

 沙耶の守護霊は、昔あった第二次世界大戦という戦争で、空襲により命を失くした五歳の子供、である。もんぺ姿で頭に防空頭巾を被っているのは、その時の服装のままであるからだ。何故だかおじさんと気が合うらしく、学校ではよく一緒に遊んでいる。

「おじさんねぇ、疲れて寝ちゃったの。だから、そっとしておいてあげてね」

 今遊びだされては敵わない、と、真依は有希子にそう告げた。

「うん。わかったー」

 有希子は素直に返事をしたが、やはり暇を持て余しているのか、

「おじさーん、ほんとにねてるの? しゅごれいはねぇ、ねないんだよ。あやしいなぁ」

 などと言いながら、おじさんの頬を人差し指でつんつんと(つつ)くのだった。


「運動会、最後のプログラムは、紅白リレーです。各学年から選ばれた俊足の走者を、皆さんどうぞ大きな拍手でお迎えください。それでは、紅白リレー、選手入場!」

 昨年救護テントで聞いたあの放送が、入場門にいる真依の耳に届いた。それだけでも泣きそうになるのだが、そこはぐっと堪え、彼女はしっかりと前を見据えて駆け出した。

 割れんばかりの拍手と歓声が、真依を含めた選手たちを包み込んだ。

 本部テント前のフィールドとその反対側とに分かれて、選手たちは腰を下ろした。

「この紅白リレーは、一年生から六年生までの紅白各二チーム、計四チームがバトンを繋いで競争します。一年生女子からスタートし、アンカーは六年生男子です。一年生から四年生はトラックを半周、五、六年生は一周を走ります。一等のチームには三点、二等は二点、三等は一点の点数が与えられます。なお、現在、紅白ともに百十八点で同点となっており、この紅白リレーの結果で今年の運動会の勝敗が決まります。応援席の皆さん、自分の組をしっかりと応援しましょう。観覧席の保護者の皆さんも、最後までご声援、よろしくお願いします」

 放送が終わり、一年生女子がスタートラインに立った。

「位置について、……用意」

 ――パァン――

 一年生四人が一斉に可愛らしく走り出す。それと同時に、これまた運動会の定番となっているオッフェンバック作曲の『天国と地獄』が流れ始めた。

 一年生女子から一年生男子へ、二年生女子へ、と順調にバトンが繋がっていく。それが五年生男子の手に渡り、いよいよ真依の出番となった。

「じゃあ、待ってるから」

 軽い調子で送り出す竜之介に、真依は、

「うん、任せて」

 と笑顔で答え、スタートラインに向かった。

 そう。彼女がバトンを渡すアンカーは、竜之介だったのである。

 真依がスタートラインに立った。第四コーナーを回った五年生がかけてくる。現在、二位だ。

 そのままの順位で、バトンが真依の手に渡った。

 第一コーナーへと向かって、全力で走り始める真依。二、三メートル先に、沙耶の背中が見えた。

 同じ紅組の沙耶だが、真依としては、どうしても彼女にも負けるわけにはいかなかった。竜之介が待っているからである。

 第一、第二の両コーナーで一気に差を詰めると、真依は続く直線で沙耶を抜いた。そのまま第三、第四コーナーを越えて、直線。トップで走る彼女の目に、スタートラインの最内で待つ竜之介の姿が見えた。

「真依! 頑張れ!」

 竜之介の声が真依の耳に届いた。

「竜之介君!」

 それに応えるように名を呼ぶと、真依は手に持つバトンを彼に渡した。

 真依からのバトンを受け取り、竜之介が駆け出した。最終走者の疾走に、グラウンドの声援がひと際大きくなった。

 先頭は、変わらず竜之介。少し遅れて武志だ。その差は真依が開けていたよりも広がり、五メートルほどになっている。

「頑張って! 竜之介君!」

 向こう正面の直線を走る彼に、真依はあらん限りの声を張り上げた。

 まだまだ開く武志との差に、「トップで帰ってくるのは竜之介だ」と、真依だけでなく、そこにいる誰もがそう確信した。

 ……ところが。

 第三コーナーに差しかかる直前、竜之介のスピートが、がくりと落ちた。

「え? り、……竜之介君?」

 起きている事態が理解できずにいる真依の視線の先で、後方を走る武志が、気にかけるように横目で見ながら彼を追い抜いて行った。

 それでも竜之介は懸命に走った。だが、第四コーナーで白組の二人にも追い越され、結句、四着でゴールすることになってしまった。

 ゴール地点から動けず、全身で呼吸をする竜之介。その明らかに異常だと思える様子に、我を忘れて真依が駆け寄った。

「竜之介君、大丈夫?」

 涙を浮かべる真依に、竜之介は、

「あ、あぁ。折角一番でバトンもらったのに、ごめんな」

 と苦しそうな顔で無理に笑って見せた。

 そこに、岩田先生がやってきた。

 先生は、竜之介を真依から少し離れた場所へと連れ、何かを尋ねた。

 それに竜之介が頷くと、そのまま二人は、救護テントのほうへと歩いて行った。

 紅組の最後尾に整列する真依の目に、竜之介の後ろを沈痛なる面持ちでついて行く香の横顔が見えた。

「只今の勝負、紅、三点。白、三点。……引き分け!」

 紅白のどちらからも万歳三唱が起こる中、真依は、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 全校児童がフィールドに集合し、運動会最終結果発表。

 紅組百二十一点、白組百二十一点。引き分け。

 だが、今の真依にとっては、そんな結果はどうでもよかった。あのあとすぐに病院へと向かった竜之介の容体。その心配だけが、彼女の頭と心を埋め尽くしていた。

 ご訪問、ありがとうございました。

 これにて第五章が終了、次話より第六章です。

 次回更新は、7月6日(木)を予定しています。

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