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図書室に行こう

 生前あまり交流のなかった曾祖母だが、彼女は近くで接するようになると、驚くほど皮肉屋で口が悪い人だった。


「頭の悪い娘だわ。何かに似ていると思ったのだけれど―――そうだわ、メンドリよ」

「……よくそう次から次へと毒舌を思いつくわね」

「何がよ? あのメイドは、はいわかりましたと言ってから十分後には何の話か忘れているじゃない。三歩進んだら忘れる、愚かなメンドリと同じだと思わない?」

「そりゃあ、そうだけど……」

「クビにした方がいいわ。といっても、ここを辞めて新しい働き口がみつかるとは思えないけれど。主家をナメているのね。というかアディがナメられているのね」


 どうやってもエリカに口では敵わないのだ。アディは溜め息混じりにベランダから庭先を見下ろした。

 エリカの言うメンドリと同じメイドは、二時間ほど前にここにいた。その時、在りし日のエリカの部屋の鍵を持って来るよう頼んだのだが。


「あの様子じゃ、アディに言われたことなんて頭の中からすっかり消えているわね」


 エリカの言う通り、庭師の男とイチャついている姿を見る限り、用事を果たす意思があるとは思えない。


「まあいいわ。エリカの部屋は後回しにして、図書室に行かない?」

「またぁ?」


 エリカは不満気に口を尖らせるが、行ってしまえば饒舌になるのはわかっているのだ。そう言うとエリカはぐっと詰まった後、開き直ったように尊大な態度を取り戻した。


「ふんっ、何よ。あそこにあるわたくしの肖像画について、懇切丁寧に解説してあげてるだけでしょう? 感謝してほしいくらいよ」

「はいはい、感謝しますってば。だから図書室に行こうって言ってるでしょう」


 ほらほら、と促すといかにも渋々といった風情でエリカが歩き出す。


 二人で図書室に行くと、いつものように奥の広い壁に掛けられた美しい肖像画が出迎えてくれた。輝くプラチナブロンドに透き通るような白い肌。長い睫毛が美しい碧の眸を囲み、白いサテンにレースをあしらい小粒真珠を散りばめた衣裳の魅力的な女性が、手にピンクの薔薇を一輪持っている。それこそが十八歳の時のエリカの姿だ。


「いつ見ても綺麗ねぇ……」


 うっとりと見上げたアディに、エリカは恥ずかしげもなく、それはそうよ、と同意する。


「絵が見る度に変わるわけがなし、わたくしの美貌は当時神の恩寵と謳われたものよ? かれこれ五十年も前のことだけれど」

「あー……そう言ってたわね」

「まあ、昔に依らず現在に至るまで、わたくしの美しさを超える娘には一人としてお目にかかったことはないわね」


 自信たっぷりに踏ん反り返ったエリカに、アディはムッとして反論を試みる。


「ていうか、皆がエリカの身分に気を遣ってお世辞を言ってたのかもしれないじゃない。これだってもしかして画家が脅されたか、お金に釣られてすごぉくいい感じに修正してくれたんじゃないのぉ?」

「やめてよ。あ~あ、当時を知る人間に語らせたいくらいだわ。といっても殆どがあの世逝きだし、生きているとしても頭の中に花が咲いているような年齢だけれどね。実際に見たらアディだって疑って悪かったと認めるのに、本当に残念だわ」

「……外見はともかく、虚栄心のすごさは実際に見て疑いようがない気がする」


 全く、彼女がこんな性格とは想像もしていなかった。我が強く、口が達者で偉そうで。ついでに人一倍の虚栄心だ。

 だがそう言うとエリカは、あーいやだわ、とこれ見よがしに芝居がかった仕種で首を振る。


「わたくしのは虚栄心じゃないの。真実を述べているだけ。行き過ぎた謙遜はかえって醜いものよ? 美しい花を美しいと言うのは正直な人間なら当たり前のことでしょう。わたくしもいつも正直な人間でありたいの。その美しい花がたとえ自分自身であっても、そう、美しいと言うしかないのよっ。それ以外の言葉はウソになるわ。でもまぁ、アディもわたくしの血を引いているだけあって、将来有望だと思うわよ? そうね……肌はきめ細かいクリームのようだし、その髪色は最近あまり人気とは言えないけれど豊かに生えているし、何より顔立ちがわたくし譲りの繊細さを持っているものね。このまま道を過たず上手く育てば、さすがはエリカ・アントニアの家系と言われるようになるんじゃない? でもわたくしがその年の頃はすでに完璧な美しさだったけれどもね」


 口を挟む余地もない勢いで捲くし立てられて、アディはがっくりと肩を落とした。

 確かに自分で言うだけのことはあると思う。画家が雇い主の機嫌取りでかなり気前よく筆を滑らせたのだとしても、実物があれの半分ほどでも出来が良ければ充分美女だ。しかも身分もある。四代前のシーラス王の第七子、第四王女として生まれた彼女は、長兄を除く他の兄弟姉妹が皆夭逝したこともあり、数少ない直系王族として下にも置かない扱いを受けて育ったという。

 年の離れた兄が王位に着いた後、第十六代ラングストン伯爵の元に降嫁したが、その際は妹を手放すことを惜しんだ兄王が十日間昼夜に亘って舞踏会を開き、度々顔を見せに戻るよう命じたそうな。彼女は結婚後も伯爵夫人としてではなく、王女の待遇を受け続けた。


 彼女の孫でアディの伯母にあたるシルビアはエリカ譲りの美貌で名を馳せ、先代王の王妃となったが、子を生さぬまま惜しくも二年後に亡くなり血は残していない。ちなみに王族と公爵家以外の身分から王妃を出したのは、過去ラングストン家だけだ。いくら名門とはいえ実現までにはかなりの軋轢もあったらしく、ゴリ押しした十七代ラングストン伯爵、つまりアディの祖父は以来『血みどろ伯爵』と呼ばれるようになったのだった。


 それはさておき、だ。

 アディにとってひいお祖母さまといえば、同じ城館に暮らしていても身分の違う方、年のせいで引き篭もっていておいそれと関わることの出来ない相手だった。全てにおいて王族としての格式を維持していたため、多くの従者に傅かれ、近寄りがたい雰囲気の老女だった。

 図書室の肖像画は勿論何度も目にしていたが、それが曾祖母の若かりし頃の姿だとは思いもよらなかったのだ。館内のあちこちにある多くの絵画と同様、興味を持たずに過ごしてきたそれがエリカなのだと本人に教えられ、信じられなかったのもムリはないと思う。


 結局、老婦人だった曾祖母と十八歳の肖像画、十二歳程の口の悪い幽霊の三者が同一人物だと結びつけるのはどうやっても不可能で、アディは早々に諦めた。人間の想像力には限界がある。友達のエリカ、その先がこの肖像画というところまでで精一杯だ。

 だが、老婦人を頭の中で切り離したことで思わぬ効用があった。エリカに対して同じ年頃の少女のように接することが出来るようになったのだ。最初は互いの関係を思い出して度々ぎこちなくなっていたが、エリカ本人の人柄を知るうちに慣れていった。


「それにしても、その性格で生きてる間よくネコを被ってお姫さまぶっていられたわね。感心する」


 改めてそう言ったアディに、エリカは薄い肩をそびやかした。


「はぁっ? 何を言っているの? わたくしはネコなんて被ったことはなくってよ」

「ええっ!? じゃあ、この傍若無人な態度で世の中を渡ってきたのっ? 世の中ってそんなものっ?」

「どういう意味よ? 失礼ねぇ」


 憤慨してみせたエリカに、アディは握った拳を震わせた。


「しっ、失礼なのはエリカでしょっ? 今となっては私があなたの毒舌被害を一身に受けているんだからね。何かといえば『ぼやっとしてる』だの『パッとしない』だの、言いたい放題じゃない。それが生前にカワイ子ぶってた反動なら仕方ないと思って、今まで我慢してたのよっ?」

「あらあら、わたくしはお姫様ぶったりカワイ子ぶったりする必要などないの。何故なら本当に『お姫様』だし『可愛い』んですもの。そんなこともわからないなんて、やっぱりアディはぼやっとしているわよ。わたくしよりラングストンの方の血が強く出てしまったんじゃなくて? 全く嘆かわしいわね」

「……」

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