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幽霊姫と宮廷恋物語ifストーリー2 君だったのか

「まだ元気ないね。やっぱり、今夜は無理しないで休んでた方が―――」


 舞踏会当日になっても相変わらず打ち沈んだ様子のアディに、朝から訪れたマチルダ王女は心配そうにそう言った。

 そのいかにも苦渋に満ちた表情を見て、アディは慌てて微笑んでみせる。


「大丈夫、もう体調は戻ったわ。お医者さまも言ってらしたでしょ? 心配いらないわよ。それとも、せっかく綺麗なドレスを作ってくれたのに、着せてくれないつもり?」

「そんなことはないけど―――そうだ、あとこれ。頼まれてた鍵だけど、本当に北の塔に行くの? やめておいた方がいいんじゃないの?」

「どうしても行かなきゃならないの。大切な探し物があるのよ」

「じゃあ、あたしも一緒に行くから。いいでしょ?」 


 断っても、中で倒れたらどうする、と言い張るマチルダ王女に負けて、アディは渋々頷いた。


「わかったわ。でも」

「でもはなし。すぐに行く? 遅くなると支度が大変だもんね」


 事件後、人の出入りで騒然としていた北の塔は、舞踏会の準備で賑やかな宮殿とは対照的に、もうひっそりとしていた。

 中まで付いて行くと言い張るマチルダ王女をなんとか宥めて、一人でひんやりとした塔内に足を踏み入れると、流石に薄気味悪くて足取りは鈍るが、どうしても確かめねばならないことがあるのだ。


 目的の場所はさほど遠くなかった。行き方がわからず少しうろついたが、なんとか辿り着いた見覚えのあるタペストリーをそっとめくる。そこに期待していた人影はなかった。

 だがアディは気を取り直して、長持ちに歩み寄った。

 内側からはビクともしなかった上蓋が、今は重いながらも簡単に開けられる。内貼りの布はもがいた痕跡でボロボロになっていた。それを見ただけであの時の恐怖が甦り、痛めた指先が疼き出す。

 それでもアディは断固として中を覗き込んだ。最初は恐る恐る、次第に大胆な手付きで内部をまさぐっていく。


 微かに感じる違和感。

 ここだ。


 アディは、持参した金梃子を使って少し浮いている部分を強引に引き剥がした。思った通り、浅い空洞になっていたそこには、折り畳んだ紙片が入っていた。手紙だ。


「あった……」


 もしかしてと思っていたが、実際見つかると感無量だ。何それ? と今にもエリカの声が聞こえてきそうなのに、やはり辺りを見回しても彼女の姿はない。アディは、眉根をギュッと寄せて泣きそうになるのを堪えながら、エリカを呼んだ。最初は呟くように、段々大きく親友の名を呼ぶ。


「エリカっ、出てきてよっ。あなたの探していた物、私見つけたのよっ。お願い……っ」


 哀願する声が壁に吸い込まれて消えると、室内は再びしんと静まり返った。

 一人きりだと突きつけるような静けさに耐え切れず、アディは自分の身をかき抱いた。


「こうなったら仕方ないわね……アレシア王妃っ!? お手すきなら少し出て来てくれません!? 私の友人を見かけなかったか聞きたいの! ねえちょっと、エド・ガーシュさんでもいいわっ。エリカっていうんだけど、知りませんっ? エリカっ、エリカーっ、いいかげん出てきて話聞きなさいよっ、私達……親友でしょっ!?」


 最後には鼻息荒く噛み付いたところで、背後から、やめなさいよ、と聞き慣れた声がした。


「エリカ、ど……どこ行ってたのよっ!? 私とあれっきりにするつもりだったのっ!?」


 振り返った先には、口角を少し上げた表情を見せるエリカがいた。笑みのようだが笑みではない。長い付き合いだ。そのくらいわかる。


「自棄を起こしてアレシア王妃やエド・ガーシュまで呼び始めるから驚いたわ。わたくしに何か用?」


 いかにも面倒だという態度に、アディは怯む気持ちを押し殺してエリカを見つめた。


「用は―――用はあるわ。でも、何もなかったとしても、あ、あれっきりなんて許さないわよ」

「許すも何も―――あなたは望み通り助かった。それでいいでしょう。わたくしは諦めなさいと言ったのに……二人の道はもう分かってしまったのよ」

「いいえ、そんなの認めない。私達、喧嘩もしたけど親友だった筈よ。これからもずっと親友のままだと言ってちょうだい」


 必死に言い募るアディに、エリカは微かに表情を歪めた。そして背を向ける。


「話がそれだけならもう行くわ」

「待って! これ―――見つけたの。探してた手紙よ。あなたへの―――」


 ビクリと肩を揺らしたエリカは、ゆっくりと振り返った。

 嘘よ、と言われてアディは持っていた紙片を差し出す。

 睨むように険しい眼差しで筆跡を確かめたエリカは、彼の字だわ……と呟いた。だが、すぐに顔を背けてしまう。


「どうしたの?」

「……読めないわ」

「エリカ―――」

「恐いのよ。今更わたくしを悪しざまに言っているであろう、彼の手紙を読む勇気がないの。いいえ、それよりも―――彼がわたくしを恨んですらいなかったら……無理よ」


 震え声で俯いたエリカに、アディは心を込めて、私がいるわ、と囁いた。


「あなたはいずれ私も裏切ると言ったけど、私はあなたのお兄さまとは違う。いい時も悪い時も傍にいて、力になるのが親友でしょ」

「……アディ」

「この手紙をどうするかはエリカの自由よ。ただ、あなたが死を迎えた時この世に残ったのは、これが心残りだったから―――じゃないの? でも、恐い気持ちもわかるわ。だからエリカの好きにして」


 エリカはずいぶん長い沈黙の末に、いいわ、と言った。


「わたくしはもう何からも逃げないと決めた筈なのに、いつの間にか忘れていたのね。情けないこと。あなたの人生を奪おうとしたのも、あなたの心を失う恐さから逃げたからだわ。歓びも未来も希望も全て、今人生を紡いでいるあなた自身の物なのにね。勿論、苦労や痛み、絶望さえも。……仕方ない。半世紀遅れの苦情を読むことにしましょうか」


 自分に言い聞かせるようにそう言ったエリカは、本当に久しぶりにいつもの綺麗な笑顔を見せた。覚悟を決めた彼女が、アディの手元を覗き込む。

 どうか、長年苦しんできたエリカにとって、少しでも慰めになる言葉がありますように。

 ひたすら祈っていたアディは、その時、名を呼ばれて顔を上げた。エリカではない。ローディスの声だ。


「表でマチルダ王女に会った。君が中で気分を悪くしてたらいけないと思って、その、声が聞こえたから……」


 歯切れの悪い彼の背後には、きまり悪げなマチルダ王女の姿もある。

 一人で喋って、変なポーズで固まっているように見えたのだろう。二人ともあからさまに不審人物を見る眼差しだ。だが、突然現れた彼らに気付きもせず、手紙を読んでいるエリカの為にも、今ここで手は下ろせない。とりあえず、適当な言い訳を捻り出そうとしたその時だった。エリカが泣きそうな顔で微笑んだのだ。


「エリカ……?」

「アディ、何を―――」

「彼はわたくしを愛していた―――」

「……え?」


 吐息のように囁くと、エリカは淡い光をまとって、みるみるうちに成長した姿に変わった。十八歳の頃の輝くように美しいエリカだ。

 何故かローディスたちがギョッとしていたが、アディはそれどころではなかった。目の前で変貌したエリカが、震える両手で顔を覆う。


「ああ……彼は―――彼は、手の届かぬ存在と諦めていた愛しい人が、自分の妻になりたいと言ってくれて幸せだと……わたくしを何にも換え難く、あ、愛していると―――」

「エリカ……」


 貰い泣きしているアディに気付いて、エリカはいつもの強気な調子で、まぁ当然よね、と嘯いた。だが、その声は隠しようもなく湿っている。彼女は長い睫毛に宿った雫を優美な仕種で払うと、アディが持ったままの手紙にそっと手を伸ばした。

 決して手に取れないと知りつつ、伸ばさずにいられない彼女の気持ちに、アディの目からおさまりかけた涙が再び大量に溢れ出す。


「ひいお祖父さまから、あなたへのラブレターよ」


 そっと差し出すと、エリカの美しい指先が慄きながら手紙に触れた。そのまま突き抜ける筈が、しっかりと彼女の手に渡る。

 アディは目の前で起こった奇跡に感動しながらも、驚きで目を丸くしているエリカの顔に声を上げて笑った。


「あなたの物だもの。あなたの手元に返りたかったのよ、きっと」


 それを聞いて、エリカの顔も満開の花のように綻ぶ。


「そうね。アディの言う通りよね、きっと」


 そう言ってから、エリカは何故か気配を消して静かに立っているローディスに気付いて目を眇めた。


「あらアディ、あなたを泣かせてばかりのローディスが何故か当たり前のようにいるけれど、クライア家に断りを入れたってまだ伝わっていないの? このマヌケには直接言ってやった方が話が早いんじゃなくて?」

「ちょっ、エリカ……っ」


 いくら聞こえてないとはいえ、アディは本人を前に遠慮のないエリカの毒舌を止めようとした。だが、さっきからいわく付きの塔で独り言を言い、泣き笑う危ない人状態だった筈だと今になって思い至り、あたふたしていたその時、ずっと沈黙を守っていたローディスが、確かに俺はマヌケですが、と口を開いたのだ。

 その意味するところに気付いて、アディとエリカは顔を見合わせた。


「マヌケでもアディを想う気持ちは誰にも負けない自負はあります。アディが俺を選んでくれたら、今まで傷つけてしまった分も含めて、必ず幸せにしてみせます」


 思わず真っ赤になったアディと対照的に、エリカは眉を寄せた。


「なんなの? わたくしの知らぬ間に、思わぬ方向に話が転がっていたようね。クライア家が領地の経営にしくじって多額の負債を抱えたとか、大物の不興を買ったとか、そういうこと?」

「なっ、違うわよ。ていうか、ローディス、あの……見えてるの?」


 頷いたローディスの後ろでマチルダ王女も暗い声音で、あたしもはっきり見えてる、と申告する。


「アディ、信じたくないけどその人、幽霊……だよね?」

「え? まあ、そうとも言う……かしら?」


 説明の言葉を探すアディに、ローディスは平坦な声音で、君だったのか、と言った。口調とはうらはらにその眸は感情の溢れた深い色をしている。

 彼は懐かしげに目を細めた。


「君が―――俺の初恋の人だったのか」

「どうして―――」

「エリカと―――あの時の少女も呼んでいた。友達の名だと教えてくれた。君だったんだな」


 確信に満ちた静かな問いに、アディは観念して頷くと、大切に持っていた指輪を取り出した。肌身離さず持っていた彼からのプレゼントだ。


「これ、私の宝物よ。覚えてる?」


 ゆっくりと目を瞠ったローディスは、一度だけくしゃっと顔を歪めると、指輪ごとアディの手を握った。


「今まで君だと気付かなくて、本当にすまなかった。散々傷つけておいて初めて君を好きだと思い知ったなんて、情けない話だ」

「そんなこと……」

「本当に君を愛している」


 今まで聞いたこともない、穏やかで優しい声だった。誰かにこれ程想いの籠もった声をかけられたのは、エリカの他にはかつてない。


 この場で幽霊に衝撃を受けてるのはあたしだけなの? とぼやくマチルダ王女に、エリカが片眉をあげたのが気配でわかったが、アディは振り返ることすら出来ずに、長い時を経てやっと心の通じ合った恋人と夢見心地で見つめ合っていた。

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