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幽霊姫と宮廷恋物語ifストーリー(38話救出◇◇◇からの別ストーリー)贖罪と懇願

前話で書いたように、38話『救出』◇ ◇ ◇からの別ストーリーになります。

描写は大部分であまり変わりませんが、内容は変化していくので、こちらも読んでいただけると幸いです。

 母を亡くして嘆いていたアディが、寂しいという意味を本当に理解したのは、エリカが現れてからだった。四六時中傍にいる彼女のおかげで、それまでの自分が孤独だったと初めて知ったのだ。とはいえ、エリカが最初から、好きでアディの傍にいたわけではない。

 彼女はメソメソしてばかりいたアディに苛立ち、いつも怒っていた。ぷいと消えて、姿を見せない日が続いたこともある。だが、エリカと関わることが出来るのはアディだけ。他は誰一人いない彼女は、アディのところに戻るしかなかったのだろう。


 二人が少しずつ互いの存在に慣れてきた頃、アディが酷い風邪を引き込んだことがある。高熱にうなされながら、心細さを紛らすために母の形見を取りに起き出したアディを、エリカはこっぴどく叱りつけた。


「このバカ娘! そんなフラフラしながらベッドを抜け出すなんて、それでなくとも愚かなのに高熱で脳が茹で上がっているんじゃなくて? いいこと、三つ数える間にベッドに戻りなさいっ」


 そのあまりの怒りっぷりに仕方なく従ったアディは、深夜ふと目覚めた時に、手持ち無沙汰なのかぼんやりと窓辺に座って小声で歌を口ずさむエリカに気付いた。低い歌声は何故か苦しさを和らげてくれる。

 それを聞きながら再びうとうとし始めた時、ふいに幼い頃の微かな記憶が甦り、アディは無意識に微笑んでいた。


(そうだ。思い出した。私が小さい頃、今みたいに熱を出していると、お母さまが来て子守唄を歌ってくれたんだわ……)


 幸せな気分で眠りにつき、翌朝目覚めた時には熱は引いていた。エリカはいつものようにツンケンしていたが、アディの幸福感は曇らなかった。母の優しい記憶を取り戻したのだから。


 喜びに胸を膨らませていたアディは、後で古くからいるメイドにその話をしてみた。母を覚えているであろう彼女に、甘えるような自慢するような気持ちだったのだ。だが、メイドは不思議そうな顔をしてこう言った。


「そんな筈はありませんよ。お嬢様が熱を出した事は何度かありますが、いつも奥様はお留守でしたから」


 それは違うと言い張るアディを不憫に思ったのか、彼女はそういえば、と口を開いた。


「お嬢様が四歳の頃、肺炎になったんですけどその時のことでしょうか。一時は命も危ういところだったんですよ。でも、そんな時も奥様はパーティーだのなんだのでいらっしゃらなくて……その時、何故か先代の伯爵夫人がふらりと顔をお出しになったんですよ。病気の子供の扱いなどご存知ないから、椅子におかけになるとまあ、困った顔をされて」


 え? 先代の伯爵夫人って―――。


「仕方ないから、子守唄でも歌ってあげて下さいまし、と言ったら、一晩中歌っておいででしたよ。余計な事を言ってしまったと申し訳ないくらいでした。でも、それがお嬢様の思い出になっていたなら、先代の伯爵夫人も喜んでいらっしゃるでしょうね」


 じゃあ、あれはエリカだったの? あ、だから風邪を引いた私に歌を歌ってくれた……? それがエリカの知っている看病のやり方だから―――というか、じゃあ今歌っているのもエリカなの? 私は別に病気じゃ――—。


「病気じゃないけど、あたしは死ぬほど心配したんだよ?」


(あれ、エリカはいつから自分のことあたしって―――)


「アディ、目が覚めたんじゃないの?」


 肩をそっと揺すられて目を開けると、至近距離に泣きそうなマチルダ王女の顔があった。周りは見慣れた寝室の景色だ。


「マティ……? 私、は―――」

「起きちゃダメっ! まだ寝てなくちゃ」


 どうしてここに、と言いかけたところで一気に記憶が甦り、アディは顔色を変えた。


「こうしてる場合じゃないわ。ユージン殿下を狙ってた犯人が―――早く黒幕を捕らえないと……っ」


 身体中が怠くひしゃげたような声しか出ないが、必死にそう言い募ると、マチルダ王女は泣き笑いの顔になった。


「大丈夫。グラウ伯達はちゃんと捕まったから」


 どうして彼が犯人とつきとめられたかわからないが、アディはとりあえずホッと息をついた。


「もっと早く助けてあげられなくてごめんね、アディ。こんな酷いケガまで……」


 言われて気付いたが、両手の小指側の側面や指先が酷く傷付いている。長持ちの中で必死にもがいたからだ。あんな経験は二度としたくない。あの狭い空間を思い出して身震いしていると、控え目なノックの音がして、何故かローディスが入ってきた。

 驚いて固まるアディをよそに、マチルダ王女が猛烈な勢いで噛み付く。


「ちょっと、レディの部屋に何勝手に入ってるの? 出てってよ」

「な、静かにして下さい。アディが起きてしまう。それに、今までも入ってたじゃないですか。殿下がいるから問題ない―――」


 そう言いかけて、アディに気付いてローディスが目を見開いた。

 その顔が少しやつれて見える。おそらくかなりの心配と迷惑をかけてしまったのだろう。謝らないと。

 だが、アディはほんのりと頬を染めて俯いてしまった。彼が口にした自分の愛称に驚いたのだ。不意打ちをくらって動揺していた。

 やっぱり長年の初恋は簡単には消えないことを実感しているアディに、ローディスが歩み寄る。


「アディ、よかった……助かって……」


 搾り出すような声に顔を上げると、彼はアディの手を痛ましそうに見つめて、慎重な手付きで触れた。


「痛むだろう。もっと早くに助けられなくてすまなかった」


 マチルダ王女と同じことを言ってうな垂れたローディスに、アディはそっと微笑んだ。


「大丈夫よ。すぐ治るわ」

「それと、もう一つ謝りたい。君が行方不明の間、絶対に無事助け出してこれを伝えたいと思っていた。今まで、辛い思いをさせてすまなかった」

「ローディス」

「君が俺との結婚を断ったのは知っている。だが、それを―――考え直してほしい。せめてチャンスをくれないか」

「―――え?」

「今更と呆れるだろうが、アディ、君が好きだ。シビル・ウェインにも誤解させるような態度を取ってしまったことを謝罪したが、俺は愚かにも初恋にこだわって……本当に大切なのが誰かを見失っていたんだ」

「ど―――して……」


 彼の眼差しに嘘はない。口調はいつもと同じぶっきらぼうだが、そこに込められた熱量は真実に思えた。

 言葉もないアディに、マチルダ王女が嫌そうな声で、やめときなよ、と口を挟む。


「アディを助け出したのがその無神経男だから、邪魔しないで黙っててあげたけど、本当に今更だと思わない? 兄さまの方がよっぽど頼り甲斐があるよ」

「俺が不甲斐ないのは認めます。ですが、アディを想う気持ちは失礼ながらユージン殿下に負けません」

「あの……ローディスが私を助けて、くれたって……?」


 思いもよらぬ展開に居た堪れなくなったアディが、睨み合う二人に割って入ると、彼らはすぐに説明してくれた。


 グラウ伯に刺されたものの一命を取り留めたシビルによって、アディが北の塔で襲われたと知らされたこと。彼女は亡くなった父と共に悪事に加担した罪はあるものの、陰謀を告発し阻止した功績を認められ、跡継ぎがなく断絶する筈だったオルトレイ子爵家の養女になる方向で調整が進んでいる。これはローディスとドジャーがかなり尽力したらしい。

 捕縛されたグラウ伯は当然ながら家名断絶と本人の死は免れないという。


 とりあえず、シビルが助かりユージン王子も無事と知って詰めていた息を緩めたアディに、マチルダ王女が仏頂面でローディスを指差した。


「シビル・ウェインはアディの正確な居場所は知らなかったから、虱潰しに探すしかなかったの。でも、どうしても見つけられなくて、生きてるかどうかもわからなかったし、あたし達、彼女を八つ裂きにしてやる寸前だったんだよ? その時になんでかわからないけど、ローディスが死にかけてるアディを発見したの」

「何故かそこに隠し部屋があるような気がして―――自分でも不思議だが」


 言葉通り困惑した面持ちでそう言うと、ローディスはそれより、と居住まいを正した。


「アディ、俺にせめて希望の一欠けらを与えてくれないか。結婚どころか、もう俺の顔を見るのも嫌だというのでないなら―――」

「そんなっ、ローディスを嫌いになるなんてありえないというか、むしろ嫌えなくて苦労してたわけで―――」


 頬を赤らめてブツブツ言うアディを見て、ローディスがじゃあ、と顔を綻ばせかけたその時、はいはい、と無粋な声が手拍子付きで割って入った。マチルダ王女だ。


「アディはまだ本調子じゃないんだよ? 無理しないでもう休まないと。ほら、いつまでレディの寝室に居座ってるの? さっさと帰りなよ、本当に無神経男なんだから」


 話の佳境で水を差された形のローディスは、一瞬抵抗の意思を見せたが、二人きりの時に話すべき内容だと今更ながら気付いたのだろう。カッと顔を赤らめると、ゆっくり休むよう、続きはまた今度、と言い置いて、名残惜しそうに部屋を出て行った。それを見送ったマチルダ王女が、危ないところだった、とブツクサ言う。


「あたしも帰るけど、とにかくアディはしっかり休んで早く良くなってね。五日後の仮装舞踏会は元気な顔を出してもらわなくちゃ。あ、兄さまが来てないのは事件の後処理で死にそうなくらい忙しいからで、アディのこと片時も忘れてないから赦してやってね?」


 言いたいだけ言ってマチルダ王女も去ると、一気に静けさが訪れる。

 アディは片手で顔を覆った。いつもなら傍にいる筈のエリカがいない。それだけで泣きたくなる程寂しい。


「エリカ……どこにいるの? 帰って来てよ……」


 話したいことがいっぱいあるのだ。この世に絶望するのはまだ早過ぎる。それを伝えるまで、どうか―――。

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