出会いの衝撃はこうでした・・・・・・
「……は?」
まだ裾のフリルやリボンを気にしながら序でのようにそう言われ、アディは目を引ん剝く。曾祖母といえば二年前亡くなったエリカ・ラングストンが記憶にあるが、七十代の枯れた老婦人だった。同じ城館とはいえ東西に離れて生活していたせいで、ほとんど会ったこともなかったが、記憶にある限り『ひいお祖母さま』といって浮かぶ姿は、気品はあるが気難しい彼女のものだ。間違っても子供の姿ではない。
だが少女は、そうそう、そうなのよ、とニヤッと笑った。
「あまり話した覚えもないから忘れられていても仕方ないと思っていたのだけれど。そのエリカ・ラングストンがわたくし。ああ、だからといってひいおばあさまなんて呼んだら殺すわよ? せっかく初々しい姿を取り戻したんだから、エリカと呼んでちょうだい」
「……」
「あらあら、わたくしの可愛い曾孫は石になってしまったのかしら?」
いや、曾孫って。これ程奇想天外なお話を聞かされたのは初めてだ。固まったままのアディに、エリカと名乗った少女はチュッと軽い音をたててキスする真似をしてみせた。
「あの……あなた、」
「エリカだって言ったでしょう? 長いこと名前を呼ばれることなんてなかったの。ちゃんと呼んでちょうだい」
「いや、その……じゃあ、エリカ……?」
「なあに?」
「まず聞くけど、どうやってここに入って来たの? 誰に私のことを聞いたの? その人に私の部屋に連れてこられたの? 本当のところ、ここに何をしに来たわけ?」
「……」
「だいたい、私のひいお祖母さまのことをどうして知っているの? エリカはひいお祖母さまに会ったことがあるっていうこと?」
「まあ、信じられないのも無理はないかしら。わたくしがその『ひいおばあさま』だと言ったでしょうに。だからね―――」
エリカがそう言いかけた時、ノックと共にメイドが入って来た。子供部屋は返事を待たずに入室されるので仕方ないが、こっそり見知らぬ少女を招じ入れているような状況に苦言を呈されると身構えたアディは、次の瞬間この日一番の驚きに見舞われた。
メイドはほっとしたようにこう言ったのだ。
「あら、お嬢様。やっと泣き止まれたんですわね。よかったですわ。いつまでも泣き続けてお嬢様が病気にでもなったら、母君も心配で安らかな眠りにつけませんよ。それにしてもこうして一人で部屋に籠もっていても、気分が晴れないでしょう? 外の空気を吸ってきたらどうですか?」
唖然とするアディに、エリカは澄ました顔で肩を竦めてみせた。なんとメイドには目の前の彼女の姿が見えていないのだ。
アディはメイドとエリカの顔を何度も忙しなく見比べた。どちらも嘘をついている素振りはない。首振り人形のように左右に首を振っているアディに、エリカは、ちょっと落ち着きなさいよ、と眉をひそめてくる。
「だって―――」
「だってじゃないでしょう。そんなに首を振っていたら頭がもげて落ちないか心配になるわ」
「あ、頭がもげるわけないじゃないっ。それより……他の人には見えてないの?」
「どうやらそうらしいわね。あ、いけない。わたくしと話しているとあなたが変人に見られてしまうわね」
「え? それ、どういうこと?」
怪訝に目を向けた先、憐れむような怯えるような顔をしたメイドが、口元を手で覆っていた。あからさまな作り笑いを浮かべて、誰と話しているんです? と聞いてくる。
「えーと……そのぅ、ここに金髪の女の子は……いないわね?」
「は? いません、けど……」
「そ、そうよね……あのっ、声も聞こえない?」
「……」
「ここなんだけど……本当に誰も……?」
諦めきれず重ねて聞くと、メイドは生ぬるい労り口調で、まあまあ、と宥めてアディの背中を撫でてきた。
「大丈夫ですよ。たいしたことじゃありません。まだ少し気分が乱れているんですね。よくあることだから心配しないで下さい。落ち着いたらそんな幻覚は見えなくなりますからね。とりあえず……お医者様に診て貰って、よく眠れるお薬を処方して頂きましょうね」
そう言うと急ぎ足で部屋を出て行く。
残されたアディは目を零れ落ちんばかりに見開いて、エリカを見つめた。
「……じゃあ、あなた……幽霊ってこと……本当に?」
掠れ声の問いにエリカは小生意気な態度で頷いてみせる。
「言ったでしょう。あなたはわたくしの葬儀にも出席していたでしょう? わたくしが二年も前に死んだのなら、今ここにいるわたくしは正真正銘、幽霊に間違いないわね。……物分かりの悪い曾孫だこと」
最後の一言は小声での独語風だったが、アディはしっかり耳にして飛び上がった。耳は悪くないのだ。勝手に現れた幽霊に、勝手に呆れられたということらしい。腹立ちのあまり、他のことは全て消え去り、アディはカッカしながらエリカに詰め寄った。
「人をバカにするのもいいかげんにしてっ。あなたが幽霊でも幻覚でもどうでもいいわよ。でもあくまで私のひいお祖母さまだと主張するなら、明らかにおかしいことがあるわっ」
「主張というか厳然たる事実ね」
「それはあなたが子供だっていうことよ。おかしいじゃないっ。あなたはどこをどう見ても十二歳以上ではない筈よっ?」
「そうそう、その通り」
エリカはわざとらしく拍手の真似をしてみせると、つまりね、と真面目な口調に変えた。
「わたくしはれっきとしたエリカ・アントニア・アマーリエ・ジャン・ラングストン本人です。この姿なのはわたくしが自ら望んだからよ。せっかくこうして蘇ることが出来たのですもの。何故わざわざ年老いた姿でいる必要があって?」
「それは……」
「そこで、この姿を選んだ以上、あまり関わりを持ってこなかった可愛い曾孫と、今後は親交を深めようと思い至ったわけ。そうしたらどう? いつまでもピーピーめそめそ、そんなんじゃカビが生えてしまうわよ」
エリカにそうきめつけられて、アディはまじまじと彼女を見た。
「なあに?」
「じゃあ……本当にあなたは私のひい―――」
「そうだけれど、エリカと呼ぶようわたくしは言ったわね? 物分かりの悪い子はわたくしガマンならないの。覚えておいてちょうだい」
偉そうなエリカに気圧されて反射的に頷く。幽霊に会うなど、本当なら怯えて気を失っていてもおかしくない状況だ。だが想像以上に暴君だった子供姿の曾祖母に翻弄されて、怯えるどころではなかった。
「えーと、じゃあ……エリカ?」
「何かしら」
「あなた、いつまでここにいるつもりなの?」
「―――それはわたくしにさっさと消えて欲しいと、そういうことかしら?」
眇めた目に慌てて首を振る。
「い、いいえ、そういう―――」
「安心して。親交を深めに来たと言ったでしょう? わたくしの気が済むまで、ずぅーっといるわ。よかったわね。薄ぼんやりしているあなたにとって初めてのお友達よ」
一語一語を強調するように皮肉を込めて言われて、アディは肩を落とした。それでは今後、幽霊につきまとわれるというわけだ。これが悪霊、怨霊の類いならなんとしてでも祓いたいが、仮にも血の繋がった相手を邪険にするわけにもいかず、密かに落ち込む。
エリカの言う通り、未だかつて友達のいなかったアディは、しかしそれを寂しいと思ったこともなかった。知らないものを求める感情はどこからも湧かなかったのだ。これが近くに同じ年頃の子供らがいて、自分だけが疎外されてでもいるなら違っただろう。
だが周囲に大人しかいない環境に置かれていたアディにとって、突然降って湧いた押しかけ友達の幽霊は迷惑以外の何物でもなかった。
そんな曾孫の困惑をよそに、エリカは艶やかな笑みを浮かべたのだ。
「よろしくね、アドリアナ」