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何を隠そう、ひいおばあさまです

 春ののどかな昼下がり。

 アディは読み終えた本から顔を上げた。

 開け放した窓から心地よい微風がクローバの香を運んでいた。


「こんな日は遠乗りなんかいいわね」


 何気なく言うと、書き物机の上に並べた小さな肖像画を熱心に眺めていたエリカが、行けばいいじゃない、と気のない口調で返してくる。


「何よ、軽い世間話だってば。だいたい同じ肖像画ばかり見飽きないの?」


 それこそ飽きもせずいつもと同じ台詞を口にしたアディに、エリカは面倒臭そうに目を向けた。


「そう思うなら新しいのを手に入れてくれていいわよ? 自分が退屈だからって我が儘なんだから」


 ワガママっ! アディは憤慨して室内を見渡した。白地に青と金の模様を縁取りした壁紙や、古いとはいえ繊細で優美な家具の数々は、年頃の娘の部屋として全く問題ないだろう。だが一隅にはおどろおどろしい交霊術関係の品々が山積みだし、机の上だけでなく床にも壁にも大小様々な肖像画がいっぱいだ。


「ちょっとエリカ。この部屋を見なさいよ。あなたの物で溢れ返っているじゃないの。おかげで私は皆から、オカルト趣味の怪しい娘ってレッテルを貼られているのよ? 私は全くそんなんじゃないのにっ! 我が儘はどっちだっていうの」

「キャンキャンうるさいわねぇ。……まぁ、その辺のガラクタは意味なかったから処分していいわよ」


 『その辺のガラクタ』とエリカが指し示したのは交霊術関連の呪い石や古い硬貨、ガラス玉など。殺人現場で被害者の血を吸ったという謳い文句の襤褸切れや、虫歯で抜け落ちたドラゴンの歯、夜な夜な泣き出すという人形もある。彼女の興味のおもむくままに手当たり次第に集めたが、モノがインチキなのかアディに才能がないのか、何か起こったためしがなかった。


 神秘的な物事を疑う気持ちはないが、エリカがガラクタと言うからにはこれらの品に神秘の力がないのは明白だろう。置いておくだけで薄気味悪い品々を捨てていいと言われ、ほっと胸を撫で下ろしていたところで、ノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


 おずおずと入ってきたのはまだ新米の部類に入るメイドだ。


「アドリアナお嬢様、伯爵様がお呼びです」

「お祖父さまが? 何かしら」


 首を傾げたアディに、メイドは言い難そうに、あの……、と口を開いた。


「おそらくこれらのご趣味に関してだと……気味の悪い物を収集して部屋に籠もってばかりいると、お怒りのご様子でしたから」

「―――あー……そう―――」


 今の話を聞いていたのかと疑いたくなる程、時宜を得た話題だ。アディは出て行こうとしたメイドを呼び止めた。


「あのね。このガラクタは処分するから運び出してちょうだい。机の上以外の肖像画ももういらないわ。それは重いから、後で男手も借りて倉庫に戻しておいてくれる?」


 えっ、と怯えたように蒼褪めたメイドに、アディは慌てて手を振った。


「あ、いいわ、いい。気味悪いわよね、こんな物。自分でやるから絵の方だけ頼むわ」


 いくらインチキといっても、人によっては見るのも嫌に違いない。悪い事をしたと謝るとメイドは迷うように視線を泳がせた。そして、思い切った様子で口を開く。


「あの……べ、べ、別に構わないと思いますわ。アドリアナお嬢様がご両親を恋しく思って、なんと言いますか……そのぅ、心霊術に熱中する変わり者でもいいじゃないですか」

「え……?」


 どうやら知らないところでアディの趣味嗜好に関する理由付けがなされていたらしい。古いメイドはともかく、新人には不気味さより不憫に感じる部分が大きいのだろう。怯え半分、同情半分の眼差しにアディは、えーとね、と言葉を探した。その間にメイドは両手を組んで、揉み搾るようにしながら訴える。


「そ、そりゃ、そういう悪趣味な……というかブキミな好みはあまり一般的とは言えませんけど、何も無理にやめさせようとなさらなくていいと思うんです」

「あ、あのね? 別に言われてムリにやめるっていうわけではないのよ。ただ意味がないと思って―――」

「ええ、そうですとも。そんなことをやったって亡くなったご両親が甦るわけはないです。でもそれで慰めになるなら、アドリアナお嬢様の好きにさせてあげればいいと思うんですわ。現実逃避の何が悪いって言うんです。せっかくお年頃なのに、殿方からのお誘いも仲の良いお友達もいない、寂しいお嬢様が変わり者でも誰にも迷惑をかけないでしょうに」


 微妙に貶されているような気もするが、余計な同情を向けられるのも居心地が悪い。アディは誤解を解くべく口を開いた。


「いえ、本当にそんな大層なことじゃないの。これを集めたのも親に会いたいとか、そういうことじゃないから。だいたい親が亡くなって何年も経っているのよ? 本当にそんな重い話じゃなくて、もっと軽ぅい感じ? というかちょっとした気まぐれ、気分? なんかそういう感じのノリでね」


 これでわかってもらえたかしら? と愛想笑いを向けたが、メイドは何故か強張った表情で一歩後ずさった。


「か、軽い感じで……?」

「え? ええ、あの―――」

「わわ、私、しし失礼しますわっ。あのっ、伯爵がお呼びですからっ」


 なるべくにこやかに、かつ友好的に話したにも関わらず、メイドはそう言うと全力で逃げ出した。後に残されたアディは呆気に取られてエリカを振り返った。


「何あれ。どういうことかしら」


 我関せずの態度で、座ったまま行儀悪く足をブラブラさせていたエリカは、鼻で笑った。


「どう見てもこの部屋の状態と発言が噛み合わなくてブキミに感じたんでしょうよ。軽い気紛れにしてはおどろおどろしい物が山をなしているんですものねぇ。自分の理解の及ぶ範囲ならアディの奇行も許容できるけれど、そうじゃないなら気持ち悪いと拒絶するのは、あの娘に限ったことじゃなくてよ。まぁ、ここはあの娘の妄想に乗っかっておいた方が良かったんじゃないの?」

「……。ていうか、だから私の趣味じゃないって言ってるでしょ!? この状況を生み出した張本人が何涼しい顔をして私のことをバカにしてるわけっ!?」

「ほらほら、大声を出さないの。また悪い評判が立ってしまうわよ?」


 エリカはふいっと立ち上がった。アディの胸元までしかない子供の身体で、爪先立って顔を覗き込む。


「オカルト趣味の娘が自分の部屋で一人で騒いでいるなんて、まさにちょっとしたホラーじゃない?」


 確かにエリカの言う通り。彼女の存在を知らない人々にしてみたら、全てがアディの変人ぶりを証明するエピソードになる。仮にエリカのことを説明してみたらどうなるか。考えるまでもない。今以上に変人扱いされるだけだろう。これ以上のやり取りは意味がない。振り出しに戻るだけと諦めて、アディは祖父の呼び出しに向かうため部屋を出た。





 アディがエリカと出会ったのは十歳の時。長く寝付いていた母が亡くなった後、一人でメソメソ泣いている時に、ちょっといいかげん泣き止めば? と言われたのだ。顔を上げて驚いた。生まれた時から暮らしているこの陰気な城館に、自分以外の子供がいる筈がない。だが目の前に立っているのは確かに同年輩の美少女だった。


「あ、あなた誰よ?」


 驚きのあまり涙も止まったアディの問いに、彼女は、あ~あ、と眉をひそめた。


「そんなに泣いて。顔がパンパンに腫れ上がるわよ? わたくしに似て元は悪くないのだからもうちょっと―――」

「なんなの? 私のお母さまが亡くなったのよ?」


 泣く理由はちゃんとあると主張すると、少女は呆れたように笑ったのだ。


「アドリアナ、あなたのお母様が亡くなったのは知っているわ。でも可愛がってもらった記憶どころか、まともに会って話したこともないじゃない。正直に言って、彼女が亡くなったからといって悲しいとか苦しいとかいう気持ちは微塵もない筈よ? でしょう? 責めているんじゃないの。メリーの方だってあなたという娘がいたことすら定かじゃなかったと思うわ。独身気分で着飾って王宮に入り浸ってばかりだったでしょう?」


 当然のことを話す口調にアディは絶句し、きまり悪さにみるみる顔が赤くなる。親子の情から何か反論しなきゃと思っても、返す言葉はみつからなかった。

 母とアディは血の繋がりはあっても、全く他人のような薄い関係に過ぎなかったのだ。泣いていたのは身内が『血みどろ伯爵』の通り名を持つ祖父一人になってしまった自分の身の上を儚んでいただけだ。

 全て見透かされていてはムキになるわけにもいかず、むっつりと黙り込んだアディに、少女は生意気な態度で空色のスカートをひるがえしてみせた。


「どう? 似合う?」

「に、似合うけど……」

「昔に比べてレース遣いがしゃれているのよね。年よりじみたドレスだとこの繊細さが映えないわ」

「あの……」

「後ろのひだ飾りはどう? 皺になっていないでしょうね?」

「え? ええ、大丈夫よ。じゃなくてあの―――」

「ああ、わたくし? 自己紹介が遅れたわね。わたくしは何を隠そう、あなたのひいおばあさまよ」

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