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モテ期到来 

 物憂げな風情で立っているドジャーは、いつもの何かを面白がっているような表情ではなく、本当はこんなことは言いたくなかったのにとでも言いたげな顔だ。


「……冗談でしょう?」

「そう思いたいんだろうけどね。あいにく本気だよ。君は俺のお姫様だ。―――で、どうだろう。俺のことを今すぐじゃなくていいから、真剣に考えてみてほしいんだ」

「無理よ。ごめんなさい、私はロ……彼しか……」


 言いながら情けなさが募って、アディは結局、ごめんなさいともう一度言って口を噤んだ。

 ドジャーは別に傷ついた素振りもなく、にっこりと微笑んだ。


「初回は玉砕覚悟だから全然問題なし。むしろ想定内だ。だけど気長に口説かせてもらうよ」


 そう言ったドジャーがふいに表情を改める。その視線の先には周囲の注目を集める二人連れがあった。一人はマチルダ王女、連れの男性はアディの知らない黒髪の青年だが、ドジャーがすぐに教えてくれる。


「ユージン殿下だ。国王陛下の第一子」


 行儀悪くキョロキョロ周囲を見回していたマチルダ王女は、こちらの視線に気付いて兄王子の腕を引っ掴み、人混みを抜けて近寄って来た。妹の強引さに慣れているのか、ユージン王子は抵抗せずに引っ張られてついてくる。

 目の前に来たマチルダ王女は満面の笑みで兄王子を振り返り、どう? と聞いた。


「うん、でもまず紹介してくれないと」

「あ、そっか。アディ、これがあたしの兄さまのユージン殿下。ねぇ、どう思う?」

「マチルダ、本人の前で感想を聞かれても彼女が答えにくいだろう? 突然すまないね、レントル卿。邪魔するつもりはないのだが」

「兄さま、ドジャーはアディの恋人じゃないんだよ? だから謝らなくていいんだよ?」


 口を尖らせて主張するマチルダ王女とユージン王子に、ドジャーは苦笑して挨拶をする。アディも慌てて挨拶をした。

 初対面のユージン王子は現在二十一歳、黒髪黒目の粗削りな野性味溢れる風貌だ。だが、母の違う年の離れた妹に笑顔を向けるさまは、いかにも優しげだった。


「やあ、初めまして、アドリアナ・ラングストン伯爵家令嬢。どうかお礼を言わせて下さい。貴女のように麗しい人が来てくれて、宮中が華やかになりましたから」

「兄さま、アドリアナじゃなくてアディよ」

「と妹が言うので、アディと呼ばせていただいてもいいですか?」

「は、はい、それは―――」


 思いもよらぬ展開に狼狽しているアディに、マチルダ王女は甘えるように抱きついてくる。


「ねぇアディ? ユージン兄さまに聞いたけど、アディには父さまも母さまも兄弟姉妹もいないんだってね。だったら本当にあたしが本物の妹になれば丁度いいよ。ねぇ、ユージン兄さまをどう思う? 見た目も格好いい方だと思うな。黒い髪は嫌い? 少し恐そうに見えるけどすごく優しいんだよ?」

「えっ? あの、マチルダ王女殿下―――」

「マティって呼んでって言ったでしょ?」

「えー……と、マティ王女殿下―――」

「ただのマティだってば!」


 頑なに言い張るマチルダ王女にユージン王子が苦笑して、どうか遠慮せずにマティと呼んでやって下さい、と援護する。王族二人に言われては太刀打ち出来ず、アディは仕方なくマティと言い直した。


「あのね、私はその、あなたを可愛くて面白い子だと思うし知り合えて良かったけど、お兄さまと私を強引に結びつけようというのは―――」

「ムリじゃないでしょ? アディだってそんな無神経な子より、優しい人の方がいいと思うよ? ねぇ、アディ、お願いぃ」


 甘ったれた声で訴える妹に、ユージン王子は驚いたように目を瞠った。


「貴女はどんな魔法を使ったのですか? 妹がここまで他人に心を許すのを初めて見ました」

「魔法なんて……ただ普通に言いたいことを言ってただけで。それも、あの……最初は私、誰か知らずに喋っていたんです。だから―――」

「あのね、アディはその時具合悪かったのに、あたしに髪の手入れの仕方や友達の作り方を教えてくれたの」


 口を挟んだマチルダ王女に、ユージン王子はなるほど、と頷いた。


「知らない者は妹の見た目でたいした身分ではないと決めつけて無礼な態度を取るし、知っている者はどんな格好であっても口を極めて褒めそやす。そういう中で貴女は妹に誠実に接してくれた、というわけですね」

「そうなの。だからアディに兄さま方のどっちかと結婚してもらいたいの。ちゃんとアディにいいとこを見せて好きになってもらってよ、ユージン兄さま」


 子どもらしい強引さにアディは慌てて腰を屈めた。


「ちょっと待って、マティ。私はこの前言った筈でしょう?」

「好きな男の子でしょ? わかってるよ。でも今日だってアディのエスコートはその人じゃないもの。上手くいってないってことじゃない。その人はアディを放ったらかして今何してるの?」

「それ、は……」

「宮中に来てないの? いるのね? じゃあこの中にいるんだ? どれ?」

「ちょ、ちょっと待って、待ちなさいっていうのに」


 ギョッとしたアディは、あちこちを指差して探すマチルダ王女の指を引っ掴んで下ろすと、なんとか気を落ち着けて話そうとする。


「いいこと? 人の心というのはそう簡単なものではないの。あなたのお兄さまにはお兄さまの好みというのがあるし、それは他人に言われて変わるような都合のいいものじゃないのよ。わかる? わかるわよね? 勿論、マティの年頃の女の子が恋愛に興味を持つのも当たり前のことよ。自分自身の恋愛や、友人知人の恋愛話は乙女の大好物だもの。お泊り会なんかした日には夜っぴいて恋愛話よ。……まあそれは私自身の話ではなくて、友達に聞いた話だけど。いえ、その友人も本人の話ではなくて聞いた話だと言っていたけど。……ま、まぁとにかくそういうわけだから、あなたが身近な人間の恋愛を見てみたいと思うのも不思議はないわ」


 マチルダ王女は目を見開いてじっと聞き入っている。アディは多少余裕を取り戻して続けた。


「でもね、恋というのは理屈じゃないものなの。マティもいずれわかると思うわ。一般に結婚を条件でする人が多いのは事実よ。それは認める。でも恋はそれと違って、乙女の夢と浪漫なの。床を這いずり回っていた幼児の頃に抱っこしてくれた優しい庭師の少年に抱いた淡い憧れも恋。少女時代に寝物語に聞かされたお伽話の勇者に抱くときめきも恋。ね? どこかで出会った素敵な異性と視線を交わしてほのかに頬を染め合うも恋。わかる? わかるわよね?」

「……」

「恋愛ってのはこのままならぬ世の中で一服の清涼剤。心のオアシス、言うなれば心の拠り所、潤い、幸福の源なわけ。それは何物にも換え難い、そう、なんていうのかしら。端的に言って奇跡の一環と捉えるべきね。誰かが誰かを好きになるっていうのは、そのくらいすごいことなの。それがお互いに―――となったら奇跡の二乗よ? これはもう天変地異のレベルだわ」

「でもアディは片思いみたいなものだよね? だったら―――」

「言ったでしょ? 現実に存在しない物語の登場人物にすら恋は出来るし、そういう妄想みたいなものに比べたら……片思いでも上等だわよ」


 半ばやけくそのように言ってのけたアディは、ぷうと頬を膨らませたマチルダ王女にじっと見つめられてドキリとした。


「な、なあに?」

「じゃあ聞くけど、アディはヨボヨボのお婆ちゃんになるまで、その子に片思いし続けるつもり?」

「そっ、それは……」

「報われない恋に身を捧げて意味はある? そんなの不毛だよね? 人生は長いんだよ?」

「うっ」

「アディはもっと現実を見なきゃ。少女趣味の乙女思考でお花畑を夢見ても仕方ないんだよ? どこかで割り切って先の見通しが立つ相手に切り換えるのが賢い判断だよ」

「……」

「まぁ、あたしとしてはアディのそういうとこも気に入ってるんだけどね」


 子どもらしい強引さを諭していた筈が、いつの間にか形成逆転している。

 ぐぅっと詰まったアディにエリカが、これはアディより完全に上手だわ、と追い打ちをかける。

 がっくりと肩を落としたところでドジャーが、まあまあと割って入った。


「マチルダ王女殿下。なかなか説得力のあるお話ですが、ユージン殿下にアディを勧めるのは出来れば諦めて頂きたいですね」

「え、なんで?」

「実はつい今しがた、彼女に愛を告白したところでしてね。これから彼女を振り向かせるために手を尽くさねばならないのです。だから他に余計な誘惑を設けないでもらえると―――」


 マチルダ王女は目を丸くしてアディを見た。


「じゃあ、ドジャーに決めちゃったのっ!?」

「ちちち違うわよっ」


 咎めるように声を張り上げたマチルダ王女に慌てて否定する。正直、ローディスとシビルのことを知り、胸の奥が膿んだようにじくじくと疼いている今の状態で、自分が何を言っているのかすらあやふやなのだ。それでもここで余計な恋愛沙汰に巻き込まれたら面倒なことになるのは自明の理だった。しかもそれが王子やローディスの親友となれば、ややこしくなることこの上ない。

 アディは声を励まして、とにかくこの話は終わりっ、と切り捨てた。断っているのに強引なことばかり言う連中相手では多少強引になっても仕方ない。会話に入れず放っておかれた形のユージン王子に申し訳なく思いながら、アディは溜め息をついた。


「あの、ユージン王子殿下にはつまらない話を聞かせてしまって―――」

「いや、なかなか面白い話で興味深く聞かせてもらいました」

「え、そ、そうですか……?」

「それに―――」


 言いさして微笑んだユージン王子はするりとアディの手を取った。


「今回ばかりは妹の見る目に感服しました。貴女に私を売り込んでくれた妹の愛情に感謝してます。レントル卿には悪いがこの場で宣戦布告させてもらうよ。アドリアナ嬢、俺もアディと呼ばせて下さい」


 『私』から『俺』に変えた王子に、優雅なしぐさで手の甲に唇を当てられ、驚きのあまり口から魂が抜け落ちそうになる。それでも慌てて手を引ったくって取り戻したが時すでに遅し、マチルダ王女が目を輝かせて歓び、ドジャーがやれやれと肩を竦める中、アディはそ、そんな……と呻くのみだった。





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