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マチルダ王女のお茶会

 九歳になるマチルダ王女主催のお茶会が若い貴族のみを招いて開かれた。

 主役の王女が子供なだけに、最初からざっくばらんな雰囲気の茶会だ。陽あたりのいい広い庭のあちこちに、気持ちのいい木陰があり、着飾った男女がさんざめいている。

 アディは近くのテーブルから菓子皿を引き寄せた。


「これ、すごく美味しいわ。シビル、全然食べてないでしょ? ほら、一緒に食べない?」

「いえ、私は……」


 慎ましやかに目を伏せるシビルはいかにも儚げな淑女だった。しかつめらしい口調でローディスに紹介された時、あまりに可憐なその姿に自分と同じ生き物だとは思えなかった程だ。エリカの美しさとは全く比較にならないが、どちらが世間一般に『姫』のイメージかと問われれば、アディは迷うことなくシビルに一票入れただろう。ほっそりとした肢体に華奢で小さい卵型の顔、優美な弓なりの眉はあくまで優しく、潤んだ褐色の眸が頼りなげで、まるで物語に出てくる可憐な王女様だ。

 自分が頑丈に生まれついたことに勝手に罪悪感を覚える程の繊細さで、アディはすぐに手を差し伸べてやりたくなった。

 だがローディスが先回りして手を貸していたので、いまのところアディの出る幕はなかった。


「アドリアナ様にはお気遣い頂いて……」


 消え入るように感謝の言葉を口にしたシビルに、アディは慌てて手を振った。


「まあ、私は何もしてないわよ。ねぇ、それよりこれはどう? 甘くて美味しいの。えーと、こっちはどんな味かしら」

「いえ、私は……」


 振り出しに戻ってしまったところで、離れていたローディスが菓子皿を片手に戻って来た。


「これが女性に好評らしいので貰ってきた。よかったら摘まんでみるといい」


 ぶっきらぼうに差し出された皿を見たシビルの顔がほころぶ。


「まあ美味しそう。では一つ頂きますわ」


 優雅な手付きで一つ摘まんで口に運ぶ。それをぼけっと見ていたアディにも、ローディスはどうぞと勧めた。


「ありがとう。ローディスも食べたの?」


 言いながら一つ手に取ったアディは、シビルがふらりとよろめいたのを見てはっと息を呑んだ。倒れる前にローディスが支えたので大事には至らなかったが、やはり見た目の印象通り弱々しいのだ。


「大丈夫?」


 ローディスの胸に顔を埋めてしまったシビルを心配して覗き込むと、ローディスは軽く眉根を寄せてアディを見た。


「貧血だと思うが、屋根のある所で少し休ませてくる。申し訳ないがアドリアナ嬢―――」

「あ、ええ。私も何か手伝うわ」

「いや、あまり目立つと彼女が煩わしい思いをするから。君を放っておいて申し訳ないが」

「いえ、いいのよ。早く行って休ませてあげて」


 菓子皿を受け取って二人を見送ったアディは、皿をテーブルに置いて溜め息をついた。


「アディ、顔色悪いわよ? あなたこそ少し休んだ方がいいわ。ほら、あそこの椅子まで行きましょう」


 それまで傍にいながらずっと黙っていたエリカが、何故か目元を険しく尖らせて勧めてくる。その椅子はさして遠くなかったが、そこまで歩くのはムリな気がしてアディは苦笑した。


「ちょっとムリみたい。なんでだろう、私も貧血かしら。珍しいわよね」

「喋らなくていいわ。本当に顔色が悪いのよ。じゃあ、そこの木陰に座りましょう。人目に付きにくいし、誰かが来たら花を見ているってことにすればいいから。芝生の上に直接座りなさいな」


 いつもは作法にうるさいエリカだが、余程きつそうに見えたらしくすぐに近くの木陰に導いてくれた。勿論、彼女が水を運んだり汗を拭いたり世話を焼くことは出来ないが、傍にいてくれるだけで安心する。

 そのせいか、幸い暫らく座っているだけで冷や汗が引き、楽になってきた。

 アディは笑った。


「もう大丈夫。ごめんね、心配かけて」

「いいからもう暫らく座ってらっしゃい」

「本当にもう平気よ?」


 だがそう言いながらもアディは言われた通り座り続けた。めったにないことだったので用心するに越したことはない。

 腰に手を当てて踏ん反り返り、アディの顔色を睨むように探っていたエリカは、ほっとしたように息をついて、大丈夫そうね、と呟くとぺたんと座った。


「にしても、具合が悪くなるのも当然よ。アディったらさっきからいくつお菓子を食べたか覚えている? 六つよ、六つ。あの娘にあれはどうか、これはどうかって菓子職人の回し者かっていうくらい頑張って勧めていたでしょう。どうせ、売り込みに力が入り過ぎて自分でも食べて見せないと味の保証が出来ない気分になっていたのよね。本当にいい年をして、いつまで経っても子供っぽいんだから」


 呆れ顔のエリカは安心したせいでいつも以上に怒りっぽく文句を言った。


「そう言わないでよ。幽霊の女の子ならともかく、生きてる女の子と友達になる方法なんて知らないんですもの。親しくなるには手始めに、喜ばせることかなって……まあ、コルセットのせいでこんなことになっちゃったけどね。彼女の好みを知らないんだもの、仕方ないわ」

「単純ね。それよりそのお菓子どうするの? 食べられないのにどうして皿から取ったのよ」

「だってローディスがくれたんだもの」


 彼から貰った物は全てが宝物だ。指輪もミニアチュールも、そしてこのお菓子も。


「そのローディスだけれど―――戻って来ないわね」

「シビルの具合が治らないのかしら? やっぱりこのコルセットが曲者なのよ」


 飽きずに同じ不平を言ったアディに、エリカは真剣な面持ちで黙り込んだ。


「どうしたの?」


 端整な顔立ちのエリカが眉をひそめ口をキュッと引き結ぶと、一流職人の手掛ける精巧だが命のない人形のように見えて不安になる。幽霊に命がどうこうというのもおかしな話だが、エリカはアディにとって殆どの人間より生き生きしているのだ。それが何かを考え込んでいる時は、何故か空っぽの抜け殻のように見えてしまう。だからエリカがフーッと深く息をついて顔を上げると、アディはほっとして口元を弛めた。

 だが、エリカは険しい表情のまま、笑っている場合じゃないわよ、と言った。


「あの娘のアレ、仮病じゃないかしら? はっきり言ってあの娘よりアディの方が余程顔色が悪かったわ。だいたい思い返せばかなり露骨に腹黒さを見せていたのよね。あなたの勧めたお菓子は見向きもしなかったけれどローディスのは、まあ美味しそう、お一つ頂くわってなんなのよ。わたくしはっきり見たけれど、どっちも同じお菓子だったじゃないの。あれは腹に一物あるわね」


 思いもよらない告発にアディは絶句した。


「ちょっと、呆けている場合じゃないでしょう? どうするの? わたくしが見て来ましょうか?」

「……えーと、……ううん、いいわ」

「どうして? わたくしなら気付かれずに二人の会話を聞けるのに―――」

「シビルの側の気持ちはともかく、ローディスはだって……私の王子さまだもの。こそこそ探るような真似はしたくないわ」


 半分は自分自身に言い聞かせる言葉だ。恰好をつけていても気になるのは事実だった。


「バカね。そんなことを言っている間にアディの王子様はシビルの王子様ってことになってしまうかもしれないのよ?」


 内心の不安を見透かすようなエリカの発言にムッとしたその時、なんでこんな所に座ってるの? という甲高い声がした。振り返ると小さな少女が子供特有の不躾な視線を向けて立っている。アディは苛立った気分のまま、肩を竦めて見せた。


「なんでといえば食べ過ぎて動けなくなったのよ。この木陰で少し休んでいたの」

「ふーん。それなのにまだお菓子持ってるんだ? あなたってすごい食いしん坊なの?」


 そう見えても仕方ないわね、と茶々を入れてきたエリカを無視してアディは説明する。


「これはね、いやしくて持っているんじゃなくて、可愛らしい乙女心の表れなのよ。大好きな男の子から貰ったからお腹いっぱいでも手離さないの。あなたももう少し大きくなったらわかるわ」

「あなたの大好きな男の子もあなたのこと好きなの? それとも片思いなの?」

「ええっ? そ、そういうこと聞くの? ま、まあ一応悪くはない状況とだけ言っておくわ」


 少女はまじまじとアディを見つめた後で、自分の髪を指に絡めてみせた。


「この髪どう思う?」

「どうって……」


 赤みがかったブロンドは艶もあって綺麗だが、癖が強くあちこちで縺れている。


「ブラシを入れて縺れを解かないと、髪が傷んじゃうわね」

「でも痛いもの」

「それはそうよ。でも放っておくとどんどん酷くなって、終いには鳥の巣みたいになっちゃうわよ? 優しく丁寧に梳いて昼間も垂らしておかずに結わくといいわ。寝る時も緩く編んでおけば痛くないし、余程寝相が悪くない限り大丈夫。でもまずはブラシよ。痛いのは一瞬よ」


 多分ね、と付け足したのはあまりのすごさにちょっぴり自信が揺らいできたからだ。それでも厩番の飼い犬の縺れ毛を解いてやった経験からみて大丈夫だろう。

 その時、凭れた木の後ろから、アディ? と呼ぶ声がした。ローディスが戻って来たと思い、満面の笑みで振り返る。だがそこにいたのはドジャーだった。


「おやまあ残念」


 エリカが再度茶々をいれてくるがそれの聞こえないドジャーはアディの顔色を見てはっと表情を改め、すぐに膝をついた。


「具合が悪いの?」

「あ、いいえ。そんなことはないのよ、ドジャー」

「アディは食べ過ぎて動けなくなったの」


 余計な口を挟んだ少女は、アディとドジャーを見比べて不思議そうに目を瞬く。


「アディの大好きな男の子って、ドジャーじゃないんだね。見た目はすごく格好いいけど、やっぱり中身が酷い男だからなの?」


 今まで繁みに隠れて見えなかった少女の存在に初めて気付いたらしく、ドジャーは固まっていたが、アディもその発言内容にはギョッとして飛び上がった。

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