ローディスとの再会
白大理石と紅碧玉で飾られた通称『大理石のギャラリー』。
煌びやかな室内装飾に負けないよう、美々しく着飾った男女がそこここで集まっている。
流行の裾の大きく広がったクリノリンが映えるよう、丈夫な紐とコルセットで胴を締め上げたご婦人たちの中でも、アディの腰の細さは際立っていた。身の周りの世話をするメイドに、エリカの満足がいくまで締めさせるとそうなったのだ。銀を織り交ぜレースをあしらったピンクサテンのドレスは、薔薇の花飾りにダイヤと小粒真珠を散りばめた髪飾りの効果で、清楚な中にも華やかで可憐だった。
衣裳に関しては気合の入るエリカの注文通りに装ったのは、大切な人との再会に備えてのことだ。貧血一歩手前といったところだが、ここで倒れるわけにはいかない。アディはコンフォート伯に案内されて、しずしずと歩を進めた。傍らにはエリカが弾む足取りでキョロキョロしながら歩いている。アディにはエレガントにしろとうるさいが、自分は幽霊だから行儀はどうでもいいらしい。
今日のエリカは青い細リボンがアクセントに付いた白いシフォンのドレスに、初めて見る大粒の真珠の指輪がきまっている。久しぶりの王宮に気合が入っているのだろう。さすが元王族だけあって誰よりもこの場に馴染んで見えるが、残念ながらエリカの姿はアディ以外の目には見えないのだ。
そのエリカはひととおり周囲を見渡した上で、満足気にアディを振り返った。
「どうやらアディに敵う娘はいないわね。ドレスも洗練されていて上品、尚且つ華やかで目立つわ。中身もわたくしの血が優ってきたし」
「……おかげさまで」
コンフォート伯に、何か言ったかね? と聞かれ微笑んで誤魔化したアディは、エリカにこっそり顔を顰めてみせた。変に思われるから人前では決して話しかけるなと言っておいたのに。だがエリカは、アディが返事をしなければいいだけでしょう? とすまし顔だ。
仕方なく何もなかったように歩きながら、相手を選んで立ち止まるコンフォート伯に合わせて、愛想よく振る舞う。紹介された貴族達は皆一様にアディの美しさを褒め、祖父の様子を聞き、息子や甥がいる者は熱心にエスコートを引き継がせようとしたり、催しに同伴する約束を取り付けようとした。その度に、祖父に頼まれているコンフォート伯は如才のない態度で彼らをかわしていく。
その後ろから、余計な情報を指折り数え上げるのがエリカだ。
「彼は若い頃継母の寝台に潜り込んでいるところを父親にみつかって、えらい騒ぎになったのよ? 勘当するしないの騒ぎの最中に父親が心臓発作でポックリ逝って、ラフェット伯の座に納まったの。その後もろくでもない女性問題を次から次に起こして、奥方にも随分苦労をかけてきたわ」
枯れたじいさまといった風情の伯爵が、そう言われるととんでもないヒヒジジイに見えてくる。
「あ~ら、バンクス伯はわたくしが死んでいる間に代替わりしていたのね。先代は悪い人ではなかったけれど、家系的に頭髪が薄いのをいつも気にしていて、扱いにくかったわ。会話中に相手の視線が少しでも上に行くとすぐに膨れてしまって、それから先は何を言っても返事をしないの。ところが致命的に話が面白くないので、皆どうしても退屈して見てしまうのよ。わたくしも飽きてきたら頭を見て話を打ち切ってやったものよ。しかしまあ、当代もまだ三十代でしょうに血は争えないわね」
そんな話を聞いたらどうしても視線が泳いでしまうではないか。気持ちがフラフラと頭に行きそうなのを、必死に戒めるだけで精一杯だ。
「リブレ伯の息子には期待しない方がいいわ。父親の欲目というべきか、詐欺的な売り込み方だけれど、実物は恐ろしいくらいの凡庸男ね。それでいて私生児はすでに十人以上というバカ男よ。そういえば―――ほら、昔アディのローディスを苛めていた異母兄の取り巻きに入っていたわね」
その話だけで顔を見る気も失せる。それでもラングストン伯爵家令嬢として、恥ずかしからぬ礼儀を保ちながら歩いていたアディは、コンフォート伯がだいたい主だった貴族に自分を紹介し終わったのを見てとって、ほっと肩の力を抜いた。
だがその時エリカが、いたわっ、と声をあげた。
「あれ、ローディス・クライアじゃないの? 面影あるわよ? ほら、見てご覧なさいな」
言われて目を向けると、確かに艶めく黒髪の青年がこちらに背を向けて誰かと談笑している。コンフォート伯もアディの視線に気付いて、おお、と声をあげそのまま足を向けた。
「クライア伯のご子息、少しよろしいかな」
なんでしょう、と優雅に振り返ったのは思った通り、ローディスその人だった。かつて不条理な扱いに苛立ちと怒りを露わにしていた少年は、その美貌が際立つ洗練された物腰の青年になっていた。
瞬きも忘れて彼を見つめていたアディは、彼に涼やかな眼差しを向けられて思わず頬を染める。
「―――というわけで、年寄りの私とおるよりも、若者同士で話が合うかと思ったのでね。幸い、領地を接しておる馴染みの間柄、よろしければこちらのアドリアナ・ラングストン伯爵家令嬢のお相手を暫らくお願い出来ますかな」
「……勿論喜んで。ただ、なにぶん面白みのない人間なので彼女が退屈されるのでは―――?」
滑らかな口ぶりで問うローディスに、コンフォート伯は無表情に首を振った。
「失礼があってはならんが、高貴な令嬢だからといってそんなに緊張する必要はありませんぞ。ご本人はかなりその……親しみやすい性格の方ですからな」
口には出さないが格下のクライア家の側からラングストン家に結婚を申し込んだ思い上がりを、快く思っていないのだろう。それでもほぼ婚約に至ると聞いているらしく、コンフォート伯はアディをローディスに委ねた。
夢見心地のアディは喜びを噛み締めてローディスを見上げる。今まで作っていた愛想笑いとは全く違う満面の笑みは、零れ落ちんばかりに彼への気持ちを表していた。
「あの……久しぶりね。私、あなたにすごく会いたかったわ」
「それはそれは。その―――こうして会うと幼い頃の面影がどこかに残っているようだ。懐かしい気持ちになりますね」
自分に向けられた好意の大きさに戸惑うように首を傾げたローディスにそう言われ、アディは息も止まるような気持になる。
その時、コンフォート伯がいる間はローディスの後ろに引いて静かに立っていた金髪の青年が、すいっと前に出た。
「俺は初めまして、ですね。おいローディ、こんなにも美しい女性と昔から友人だったとは、全く隅に置けない男だな。アドリアナ嬢に俺を紹介してくれよ」
恐ろしい程整った顔立ちに、人を惹きつける魅力的な笑顔。すらりと背が高いが、同じように背の高いローディスが硬質な威圧感をまとっているのにひきかえ、気付かぬうちに柔らかく距離を詰めてくるような、人たらしタイプの青年だ。
ローディスが、アディの顔から目を離そうとしない金髪の青年の肩に手をやる。
「勿論。アドリアナ嬢、このずうずうしい男はドジャー・レントル、レントル伯爵の二男です。あちらこちらで浮名を流している悪党なので、あまり気を許さない方がいい」
「おいローディ、勘弁してくれよ。彼女が本気にしたらどうしてくれるんだ。俺達は親友だろ? アドリアナ嬢も本気にしないで下さい。俺がそんな悪党に見えますか?」
「えーと、いえ、そんな―――」
「でしょう? 見ての通り、全くの人畜無害な人間ですよ」
アディはにっこりと微笑んだ。
「見た通り、というならやっぱり悪い人かもしれないわ、レントル卿。あまりに美しい人は恐ろしく思えますもの」
「だとしたらあなたは本物の極悪人ということになってしまいますよ? アドリアナ嬢は―――あ、名前でお呼びしても? ローディの幼馴染みと聞いたら俺も懐かしい気持ちになってしまって」
「口が上手いのね。勿論、名前で呼んで下さい。ローディスの親友なら私にとっても重要な人ですもの」
そう言って幸せそうにローディスを振り返ったアディは、はっと気付いて口元を手で覆った。
「私ったら、ローディスさまと呼ばなければならないのに、ごめんなさい。つい、いつもの癖で―――」
「……別に構いません」
「そうそう、二人の間でそんな他人行儀はいらないでしょう。ついでに俺もそこに混ぜてもらえたら嬉しいですね。俺のこともドジャーと呼んでもらえますか?」
「ええ、でも……」
躊躇ったアディにドジャーは悲しげに目を伏せる。
「やはりずうずうしいと思いますか?」
「いえ、そんなこと……。じゃあ―――ドジャーさま、仲良くして下さいね」
アディは再びローディスに向き直ると、柔らかい眼差しを彼の顔にそそいだ。
「……なんですか」
「え? あ、ずいぶん大人っぽくなったと思って」




