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第五十九話−夢の縫いぐるみ職人−

 その日の晩は、彼の仕事場に僕が泊めてもらうこととなった。 彼は、遠慮せず私の部屋を使ってくれ、と僕に指図した。 彼の部屋は、雑然としていて見るからに生活感がある。 なるほど、彼は夢の中では、こういうところで暮らしているのか、と僕は納得した。

 その日の夜(と、言っても夢の中での夜だが)、僕が眠れずに、ベットの上で日記を書いていると、彼が僕の使っている部屋に入ってきた。 (彼からしてみれば、自分の部屋に入っているのだが)


「邪魔だったかい?」


 僕は軽く首を振った。 すると、彼は安心した様子で僕のところへくる。 彼の部屋には、座る場所がベットの上意外に、無かった。 彼は、僕の隣に座った。 存外に彼は僕の近くに寄ってきたので、何故だか胸が緊張する。 初対面ではないか。

 その緊張を振りほどくために、何かおしゃべりでもしようと思った。 でも、何をしゃべればいいんだろう……。 気になることなら、たくさんある。 でも、どれから話したらいいのか……そうだ。


「あの、目元に出来ているのは、隈ですか?」


 あたりまえだ。 なんだ、僕は焦っているじゃないか。 そうじゃなければ、化粧か何かか?


「よく気付いたね」


 そう言うと、彼は目元を指先でなぞる。


「具合が悪いの?」


「いや、貧血さ。 もう、慣れたけどね」


 彼は一人でほほえんだ。


「年中? それは、何故……」


「あまり気にしないでくれ。 それよりも、君はこの世界―――つまり、夢の中でぬいぐるみと遊んだことがあるか?」


 さっきの態度とは一変して、オッズは明るく僕に話題をふった。

 夢の世界でぬいぐるみと遊ぶ? 考えたことが無い。 小さい子なら、ありえそうだが……


「無いよ。 ラジコンで遊んだことなら、あるけど」


「それだよ。 ボクたちが作っているのは」


 すると彼は、目を輝かせて、僕の肩を抱いた。 慣れないスキンシップに若干戸惑う。


「ラジコンを作っているの?」


 すると、彼は僕の冗談を聞いて「いや」と言った。


「ボクの分野は、ラジコンではないけどね。 めいぐるみを作っているんだ。 命のこもった奴をさ」


 はたまた、命のこもったぬいぐるみとはなんのことだ? ”命のこもったぬいぐるみ”なんて、言い換えたら、”生きた人形”だ。 そう言ってみると、なんだかホラーチックにみえる。 この男は映画、チャイルドプレイにでてくるような怖い人形をたくさん作っているのだろうか……。


「その、ぬいぐるみで遊んだことがあるかって聞いているの?」


「そう。 命のこもったぬいぐるみ……すなわち、生きたお友達だな。 ボクはね、夢の世界にいる子供達におもちゃを作った上げているんだ。 現実に作ったぬいぐるみを買ってくれた人のところへ、夢の世界で作ったぬいぐるみも届ける。 そうすれば、怖い夢を見た時だって、仲間がいるから安心だろ?」


 なかなか興味深い話である。 そうか。 僕は小さい頃、ベットの下にモンスターがいるという話を本気で信じていた頃があった。 そんなときに、万が一夢の中にそのモンスターが現れたとしても、いつも一緒に寝ていたくまさんが僕を守ってくれるんだ。 そのぬいぐるみが、彼の作ったものであれば。

 彼の子供心を大切にする気持ちが、なんとなく伝わってきた。


「良い見本があるから、少し待っていてくれ」


 彼はそういうと、やっとベットから離れて、部屋を出て行った。


***


 彼は、トランクを抱えて、僕のいる部屋に戻ってきた。

 あるトランクにはどこかしら見覚えがある。 何だろう。 あの、黒くて大きなトランク……そうか! あのとき―――そう、ウーネ・オズ・クラプスの大道芸を見たときに見た、彼のトランクだ。 だとすると、あのトランクの中には……


「も、もしかして」


 僕がそう言いかけると、彼はすばやく唇に人差し指を当て、「あともう少しだから、黙っていて」というように、僕に合図した。


 彼は、トランクのカギを徐にはずす。 そして、中から赤い塊を引っ張り出した。

 その赤い塊は、そう


「カウルだ!」


「そう、ボクの相棒、カウルだ 彼は特別なんだけど、でもちゃんとした生きた人形ではあるんだよ」


 オッズは恥ずかしげにそう言った。 僕は、彼の言葉そっちのけで、あの珍しい生きた人形、カウルに見入ってしまった。


「それに、彼は喋ることが出来るんだ。 しかも、それだけじゃない。 普通にご飯を食べたり、眠ったりすることもできる。 だから、生きた人形なんだよ。 生身の人間の変わりであるといっても過言じゃない」


 そう言って、彼はカウルを抱いたまま、僕のベットの上に座った。 そして、カウルを膝の上にちょんと乗せる。 するとどうだろう。 カウルは、三歳か四歳くらいの子供のように、活き活きと動き始めたのだ。


「おい、貴様!」


 カウルは、僕の顔を見るや否や、甲高い声でわめき始めた。


「あんときのカラスに襲われたガキだろ!」


 初対面でいきなりそれとは……、彼は一体、何様のつもりだ?

 僕は苦笑しながら答えた。


「そうだよ。 襲われていたのは僕さ」


「弱虫!」


 あくまで食い下がる彼の態度に、僕は頭の中でぷちっとちぎれる何かを感じた。


「うるさいなあ……」


「まあまあ、落ち着けって」


 すると、オッズが仲介に入って、口喧嘩はそこで幕を閉じた。


「この子は、少し口が悪いけど、音はいい子なんだ。 仲良くしてやってくれ。 何年も前から、ボク意外とは話をしてないから、きっと神経が過敏になっているんだろう」


 そう言って、彼は僕をなだめた。 それなら……ということで、僕はさっきの一言を大目に見てやることにした。 カウルは依然としてツンとした態度でボクをじろじろと見ている。 小憎らしい奴だ!


 それにしても”何年か前から”ということは、何年か前までは、他の人ともしゃべっていたのだろうか?

 だとしたら、どうして、それ以来、カウルはオッズ以外の人とは、しゃべらなくなってしまったんだろう……?


 この人たちには、不思議な点が多いなあ。


「でも、いくら生きている人形ったって、カウルも作られたモノなんだろ? てことは、元が布や、綿と……」


「”魔術”さ」


 そうか! この人は、”魔術師である”ということを利用して、こんな商売(というと、さわりのよくない印象では有るが、他にどう表したの良いのかわからない)をしているんだ!

 魔術師には、こんな進路選択もあるのかと、僕は感心した。


「魔術をつかって、生きたぬいぐるみを作るんだね? すごいや!」


「その第一号が、カウルなんだ」


彼はそういうと、愛想良くウインクした。


「ボクのぬいぐるみを買ってくれた人が、素敵な夢を見られれば本望なのさ。 カウルには、その願いが込めてある。……ただ、カウルの場合は、今とは少し違う方法を使ったけどね」


 なるほど。 じゃあ、どんな方法で生きたぬいぐるみを作ったかは知らないけど、とにかくカウルはオッズにとって、少なくとも特別な存在なんだ。 だから、相棒だと言っていたのか……。


僕は今日、友達が二人も(カウルだって、きっと友達だ)増えたことを忘れもしないだろう。

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