第五十八話−再会 3−
僕は、オッズに案内されて、店の奥へと通された。 オッズは、ちょっと用事があるから、といって、僕を先に店の中へ通す。 そして、一分か二分したときに、彼は僕の後を追って、店の中を案内してくれた。
オッズの店の中は、ほこりっぽさと、どこか懐かしい木のぬくもりでいっぱいだった。 ところせましと、かわいらしい売り物のぬいぐるみが置かれている。 木は琥珀色に輝いていて、それが外から差す光を受け、店の中を温かく照らしている。 つかの間の休息であるような、そんな雰囲気を感じた。
僕は、オッズに「適当な椅子に座ってくれ」と指示された。 ケガを手当てする道具を持ってくるから、らしい。 僕は、そばにあった、可愛らしいロッキングチェアーに腰掛けた。 しばらくしてオッズが戻ってくると、彼は僕の両膝を丁寧に手当てしてくれた。
「こんなに血が出ていちゃ、いけない。 早く手当てをしなきゃ」
彼の手は、温かかった。 優しい人の手は、あたたかいというのは、本当なのだろうか?
一通りケガの手当てが済むと、僕は二階の作業部屋へと連れてゆかれた。
階段を上ったところの突き当たりにある扉をくぐったところが、彼の作業場だった。
ところせましと、書物や手芸の道具が置かれている。 作業台として使われているであろう、机の上には、作りかけのぬいぐるみが大量に積まれていた。
僕達は、作業台のそばを通り抜け、隅っこのテーブルと小さなキッチンが備え付けられたダイニングに座った。
「そこに座って。 今に、お茶を入れてくるよ」
彼はそういうと、小さな台所の方へと向かっていった。
僕は、作業台に関心しながら、オッズに案内されたテーブルの席に座る。
彼が台所へ向かう途中で、僕は、彼に話し掛けた。
「何を作っているの?」
「ああ、見てのとおり。 小さい子向けに、ぬいぐるみをつくっている。 職人なんだ」
彼はそう言うと、鼻歌を歌いながら、ポットのお湯をカップに注ぎはじめた。 そして、彼が奥の台所からお盆を持ってもどって来たとき、僕はまた彼に声をかけた。
「職人なの……?」
彼は、うなずいて、向かい側の席に座る。
「そう。 ここはボクの工房みたいなものだ」
そういうと、彼は僕にクッキーの入った皿を進めてきた。 中に入っているクッキーは、さまざまな形をしている。 猫や犬、猿などの形をしたものから、中には木や芋虫の形をしたものまで!
しかも、色とりどりのビーンズやチョコチップで綺麗に飾り付けられていて、なんだか食べるのが勿体無いほどであった。
「手づくりのクッキーなんだ。 是非、食べて」
彼が、僕にクッキーを食べろと積極的に勧めてきたので、早速それに手を伸ばした。 ……おいし い!
彼は友好的だ。 緊張してこわばった気持ちを、ゆっくりと解きほぐすオーラを放っている。 それのおかげで、僕はさっきまで味わっていた恐怖を、ほとんど忘れることが出来た。 もう、別世界だ。
オッズは、カップを手に取り、そばにあった窓から、外の様子を眺めた。 外から差す光が彼の金髪を青白く照らしている。
「それにしても、君は珍しい子だね」
すると、彼は僕の顔を覗き込んできた。
僕は、さっきまで考えるのをやめていた、魔術師になったワケのことを思い出した。
「あ、あの……! それよりも、僕はどうしてオッズさんが僕のことを覚えていたのか、気になるんですが……」
考えがまとまらないので、話をそらせることにしよう。
「何故って」
彼は、僕の顔をしばらく眺めると、フフっと鼻で笑った。 顔を遠ざけると同時に、彼の目元には、うっすらとした隈ができているのを発見した。 よく見れば、彼の肌は、異様に白い。 日焼けしないでおいた白さではなく、どこか病的な白さである。 むしろ、蒼白だといったほうが……。
「それは、珍しかったからさ」
途端に、僕は現実に戻された。
「へ……?」
そういうと、オッズはカップをテーブルにおき、座りなおした。
「君みたいな子は、大道芸をはじめて以来、初めて見た。 フフ。 あんな風にカラスに襲われている客なんて見たことがない。 君は、きっと芸人よりも目立っていただろうな」
最後の方を、彼は一言を独り言のように喋っている。
僕は、それを聞いてなんだか嫌な気分になってきた。 もしかしたら、あの騒動の原因は、僕だったんじゃないのか……?
「だが、気にすることはないさ。 さっきも言ったろう? 君とそっくりの友達がいた」
オッズが僕をかばおうとしているのは分かったが、こうして言われてみると、フォローがフォローでないような気がしてくる。
僕は、口を経の字に曲げて、彼から目をそらしていた。
すると、彼がまた話し掛けてきた。
「ところで、話題を戻すけど、君は何故この世界にいるんだい? と、いうか、どうやってここに来たんだ」
再び、リトルのことが脳裏に蘇った。 リトルは、”魔術師として、無意識の世界をコントロールする立場にいる”といっていたが、それがどういう意味であるのかは、よくわからない。
「あの……僕でも、よくわからないんです。 理由は話されているけど、理解できなくて」
「なるほど」
僕は、彼に、このことをどうやって説明しようか、迷った。
あの日、リトルによって魔術師にされたことを、この人に話しても大丈夫なのだろうか? また、記憶を消さなくちゃいけない、だなんてことになるのは面倒だ。 第一、作者もそう言っている。
だが、よく考えてみれば、これは単なる夢の中での話だ。 夢の中なら、別に話したって、平気じゃないのか……?
「あの……僕、実は魔術師なんです。 魔術師にされたから、この世界にいるんだと」
すると、オッズは驚いて、目を丸くした。
「ボクも、魔術師だよ」
彼が、魔術師……? 僕と同じ?
「だから、というのもなんだが、それもぬいぐるみ職人である理由のひとつなんだ。 ……あ、すまない。 話がズレたな。 で、君はそれがここに来た切欠だと言うんだね?」
僕は、ゆっくりとうなずく。 すると、彼は間をおかずにまた質問をしてきた。
「ところで、君は一体誰によって魔術師にされたんだ? 魔術師であるのなら、参入儀礼を受けたんだろう?」
僕は、言葉に行き詰まった。 誘導尋問のような、彼の質問は、答えの偽りを削ぎ落とそうとしている。 しかし、それはこの場において、僕でもよく整理のつかないことを、明確にしてくれる質問の仕方だった。
「それは……」
さて、リトルのことをどう言おう? いや、言ったとしても……
「信じてもらえないかもしれない。 けど、そのままのことを言うなら、彼は三十年後の未来からきたリトル・ビニーという男なんだ」
「まさか!」
ほらね! やっぱりそうだ。 まともそうな(彼はきっとそうだと信じている)大人にこんな話をしたところで、信じてくれるわけがない。 ジェシーだって、半信半疑なんだ。
「面白いな。 未来からきた、といっていたね? と、言うことは、タイムマシンか何かでこの時代に来たというのか?」
僕は、こくりとうなずいた。 すると、彼は
「おいおい、冗談はカラスだけでよしてくれよ」
と、言って笑い転げた。
僕にとっては、笑えない。
「別にいいよ……信じてくれないんなら」
すると、オッズは話がこれ以上進まないと察したのか、さて、といって話題を変えた。
「さて、君は、見たところ、まだ初心者だろう? 誰か迎えに来てくれないのか? ほら、その……リトル・ビニーとか」
やはり、魔術師であるのなら、夢の世界が危険でもあるということを、知っているのか。
「彼は、今、ケガをしていて、迎えにこれないんだ」
「そうか……」
彼は、腕を組んで、背もたれにのけぞり返った。
そして、窓の外を覗く。 何かを考えているのだろうか。
しばらくすると、彼はまた僕に話を切り出してきた。
「今夜は、ボクの店に泊まっていくといい。 夢が覚めるまで」
僕は彼の言った案に、耳を疑った。
何しろ、僕は人の家に泊まったことがない。
親戚の家ならともかく、知らない人の家に泊まるだなんて、昔の僕なら、考えられないことだ。
「いいんですか……?」
僕が謙遜的な態度で聞き返すと、彼は”もちろん”といって、うなずいた。
「汚くて不便かもしれないが、一人で外にいるのは危ないだろう。 また、いつ襲われるかもしれないからね」
彼はきっと、まともな大人だ。