第五十七話−再会 2−
先に言っておくが、僕は目が悪い。
二階の階段から降りてくるとき、僕は声の主が、下から二段目か三段目にくるまで、その正体をつかめなかった。
声の主は、男のようだ。 長めの金髪に、灰色の瞳。 年は三十歳くらいだろうか? 紫色のベストを着ている。
男は、階段の下からニ段目までくると、驚いた様子で立ち止まった。 僕も、驚いた。
すると男は、僕に近づきながら「またきみか」と、気さくに話し掛けてきた。
「お、オッズさん……? あの、腹話術師の……」
そう、彼はウーネ・オズ・クラプスで見た”天才腹話術師のオッズ”である。
「おお、そうだとも。 覚えていてくれたんだね。 それにしても、君がここにくるだなんて、奇遇だ」
まさか、顔を覚えられていたとは……。
僕は、その返事を返さんと、色々なことを思考した。 僕が、ウーネ・オズ・クラプスで、彼の芸に感動したこと、そして、カラスに襲われたこと。 そうだ。 彼には言い忘れていることがある。
確か、あのときも、今と同じような状況に陥ってて……
「あ、あの! あのときは、ありがとうございました……。 僕を襲ってくるカラスから助けてくれた人ですよね? でも僕、また襲われちゃったみたいで……夢の世界なのに。 あははは」
すると、オッズはニヤリと笑ったあとで、そばにあった窓から外の様子を覗いた。 僕も、窓の外を覗く。 カラスたちがいぶかしげに、店の周りをうろついている。
「少しまっててくれ」
彼は、そう言うと、無理矢理僕をどかして、店の外へと出て行った。 僕も、彼に押されて、店の外に出された。 すると、僕達に気付いたのか、カラス達は一斉にさわぎだす。
まるで赤ん坊の泣き喚く声にエコーをかけたような、強烈な鳴き声である。 彼のことを警戒しているのだろうか?
続いて、オッズは懐から杖のようなものを取り出すと、それをカラスたちに向け、何か呪文を唱え始めた。 なんと言っているのかわからない。 彼の喋った言葉は、カラスたちの泣き喚く声にかき消されて、ほとんど聞き取れなかった。
しかし、次の瞬間、カラスたちは、いっせいに鳴くのをやめ、地面に落ち着いた。 コトリとも音を立てない。 続いて、カラスたちは、その場から舞い上がり、どこか遠くの方へ、飛んでいってしまった……。
「す、すごいや……」
僕が感心している間に、カラスたちは、ほとんどいなくなっていた。
「君によく似た友達がいたからね。 そいつも年がら年中カラスに襲われていたんだ」
彼はそう言うと、杖を懐へと仕舞った。
まさか、僕と同じ人種の人間がこの世にいたなんて! 彼の一言が、僕にどれだけの勇気を与えてくれただろう!
「ところで、君の名前は?」
突然、彼が名前を聞いてきたので、僕はどきりとした。
「あ。 ぼ、僕は、レンディ・クローズっていいます」
僕がおどおどと答えると、彼はうなずき
「そう。 ボクはね。 オッズ・リボリアン! ……と、いうのは、嘘で、本当の名前は、オレグ・ロマノビッチ・スクリポフと言うんだ。 でも、どっちで呼んでくれても構わない。 ボクは、どちらでもあるからね!」
と、大層芝居がかった調子で、自己紹介してくれた。 さすが芸人だ。
「それにしても、君はどうしてこの世界にいるんだい?」
「え……?」
オッズは笑いかける。
「さっき、言っていたじゃないか。 自分が夢の世界にいることを自覚しているんだろう?」
「は、はい……」
「なら、話は早い。 夢を自覚しているもの同士の世界なんだ。 ここはね。 魔術師なんかがよく来るんだけど、君みたいな一般人がくることは、珍しいな」
そう言って、彼は不思議そうに僕のことを見つめた。
僕は、彼になんと説明しようか迷った。 今までに色々なことがあったが、ほとんどリトルに関することだ。 ましてや、僕が本当は魔術師であるということなど、彼の存在を説明してからでないと、伝えられない。
僕が、なんと返そうか迷っている間に、彼は
「立ったまま話をするのもなんだから、奥でゆっくりと話を聞こうじゃないか。 それに」
と、言って自らの膝を叩いた。
「君のケガの手当てもしなくちゃ」
僕は彼にそういわれた途端、再び膝がじんじんと痛むのを感じた。