第五十六話−再会−
もしものことがあったら、不安である。 僕は、誰か先輩になってくれるような魔術師がいないか、探してみることにした。
一概に探す、といっても、方法はさまざまである。 だが、僕は一番身近で手っ取り早い、「インターネット」を利用して、魔術師を探すことにした。
一通り調べてみたが、まず僕の年齢に適応した人物が見つからなかった。
魔術師のことについてなら、本などで調べたりしたからわかっていたものの、実際の魔術的活動をしている人を探すのは、かなり困難なことだ。 そういった人が運営しているサイトなどを見ても、遠すぎたり、身元がよくわからなかったりする。 魔術師だけに、ミステリアスではあるが、これではダメだ。 僕には、かなわない。
次に、魔術団についてのサイトを調べてみた。 しかし、これも入団する際に年齢制限が設けてあったり、テストが必要だったりするので、ダメだった。 どれもこれも、なかなかいい具合に条件がそろわないので、当てが見つからずに終わっていた。
やっぱり、ダメか……
三日間、ネットで探してみたが、結局いいところが見つからなかった。
そうしている間に、僕はまたリアルな夢の世界へと入り込んだ。
最初に僕がいたのは、シルヴァニア公園の中である。 鬱蒼とした茂みにか囲まれ、水の匂いが僕を取り巻いていた。 ふと、何かの鳴き声が聞こえてくる。
僕の勘は、するどくその鳴き声の持ち主を当てた。 しゃがれたような、低い声。
そう、カラスだ!
僕は、慌てて、辺りを見回した。 木陰の薄暗がりから、まるで僕を警戒するように、カラスの鳴き声は聞こえてくる。 やがてそれは、数を増し、僕の立っている場所の四方八方を取り巻いて、壁や天井となっていった! きっとこの公園に生えている木の枝一本一本にカラスが止まって、一様にこちらを見ながら、鳴いているのだ。
その鳴き声に、脳内を占領されそうになる……僕は、その恐怖から逃れたくて、必死で耳をふさいだ。 しゃがみこんで、いないふりをする。 下手に動いたりしたら、気に障るかもしれない。 しかし、その声は、僕の両腕をすり抜けて、鼓膜の奥に入り込んできた! もう逃げられない。 いや、逃げられる。
僕は、死に物狂いでカラスの壁を突き抜け、オックスフォード駅へと向かった。
リトルから、夢の世界にいるときは、あそこにいろ、といわれている。 その理由は、彼が面倒を見切れないから、だ。 と、いうことは、きっと安全にしていることができるから、なのだろう。
僕は、そう解釈し、必死でオックスフォード駅へと、向かった。
いつも見ている景色の町をどんどん通り過ぎてゆく。 やがて、オックスフォード駅についた。
オックスフォード駅の広場は、反対側のプラットホームを出たところにある。 僕は、反対側のプラットホームを目指して、かけた。 後ろからは、カラスの鳴き声が聞こえてくる。 追ってきているのだろうか。
予想は……当たっていた。 僕の頭上を何十羽ものカラスが一斉に羽ばたいて、オックスフォード駅へと向かってゆく。 そして、駅の屋根を越え、広場の方へと舞い降りていった。
僕は、絶望した。 何故、彼等は僕のしようとしていることがわかるのか。 僕には、わからない。
頭の良いやつらだ! と、思うしかないだろう。 僕は、仕方なく、もと来た道を引き返すことにした。
今度は、道のりを帰る。 同じ道では、カラスたちにもよく分かってしまうだろう。出来るだけ、人気の無い小道を通っていったほうが、安全だ。 僕は、もと来た道の一本横にそれた小道に入って、身をくらませることにした。
見たことがあるんだか無いんだかわからない看板がよく目につく。 記憶にないものが現れることもあるが、その場合は単なる偶然の産物だ。 僕は、それを気にすることなく、狭い路地を分け入って、隠れた。
そろそろ、カラスたちはあきらめた頃だろうか。 不安げに空を見上げた。 すると……黒い一点が。 あれは、カラスだ!
僕の頭上にある、雨よけ用のテントにも、カラスたちが留まっているらしい。 テントから出てみたら、三羽のカラスがたむろしていた。 恐ろしいことだ。 気配もなく、僕に近づいてい来るなんて!
僕は、カラスたちから逃れたくて、必死で走り出した。 もう、いいかげんにしてくれ! 僕はうんざりなんだ。 どこか、隠れさせてくれそうな、店はないだろうか?
僕は、それを探しながら、狭い路地を走り抜けていった。 相変わらず、カラスたちは僕の後を追いかけてくる。 焦る気持ちばかりが、優先して、身体はそれについていけなくなってきた。
そして、とうとう、僕は転んだ。
視界が吹っ飛ぶ。 両膝をはげしくすりむいたようだ。 最初の頃の感覚は麻痺しているが、すぐに痛みが襲ってくる。 泣きたい。 もう、泣きたい! けど、それどころじゃない。 僕は、隠れさせてくれそうな店がないか、視線を夢中で走らせた。
まず、目に入ったのは、僕から五メートル離れた店。 白い壁で覆われている。 そして、次は、僕から十メートルほど離れた、ガラス張りの窓がある店だ。 そして、最後に……一番最後に気付いたのは、なんとすぐ近くにあった木造のこぢんまりとした店だ。
僕は、一番近い店に、我先にと飛び込んだ。 カラスにさきまわりされては、元も子もない!
玄関先には、赤いぬいぐるみの置かれたたるが、ドアのつっかえの代わりに置かれていたが、僕はそれを蹴倒して、店の中へ入った。 あとで、謝ればいいさ。 とにかく、今はカラスたちから逃れたい。 ここまで必死になるのも、久しぶりのような気がする。
粗い息を抑えながら、僕は、ドアを閉めて店にかくまった。 背後でカラスの鳴き声がする……ドアにもたれていた僕は、バクバク脈打つ心臓の鼓動を感じながら、店の中を見渡した。
ほこりっぽい木造のつくりだ。 掃除していないのか。 独特の店の匂いというものが染み付いている。 そこらには、子供が遊ぶような、ぬいぐるみばかりが飾られていた。
ここは、おもちゃ屋なのだろうか……?
やっとのことで動機が治まってきて、ふうと一呼吸をついたとき、遠くから聞こえてきた声に、思わずどきりとさせられた。
「誰だ」
どこか、聞き覚えるある声のような気がする。 しかし、何処で聞いたのだろう? 脇から二回に続いている階段の上の方から、聞こえてくる。
澄んだまあるい声だ。 続いて、声の主は、姿を現しながらこう言った。
「あの、お客様ですか……?」