第七十九話−壁の落書き−
ウィルの助言を聞いた後で、僕たちは出口を探しに学校の中を探検することにした。 カラスのシューマンが何故か飛ばずに、スキップをするようにして歩いてくる。 さっき飲み込んでしまった秘宝のせいで、お腹が重たいのだろうか? きっと、そうだ。
僕は、そんなシューマンにはほとんど目もくれないで、出口を探しつづけた。
「出口をさがすんだろ?」
オッズが、ふと僕に話し掛けた。
「うん、きっと窓かドアのどれかが出口になってると思うんだよ……」
すると、オッズが僕の言葉に畳み掛けてこう言った。
「でも、肝心の本物の出口がいつまでたっても見つからないじゃないか。 もしかして、外へ通じるはずの窓やドアはどれも出口にはなっていないのかもしれないよ?」
「本当に? でも、全部調べてみたほうが良いよ!」
……と、いうワケで、僕らは、引き続き外へと通じている窓やドアを徹底的に調べることにした。 すると、シューマンが途中でこんなことを言った。
「なあなあ、俺疲れてきちまったよ。 誰か運んでくれないかなあ」
何を言うかと思いきや、ブツブツと文句を垂らし始めたのだ。
最初は無視しておいたが(あんなワガママ野郎だ!)、彼が何度も同じようなことを繰り返して言ってくるので、僕はだんだんイライラしてきて、ついしかりつけた。
「僕たちだって、疲れてるんだよ。 少しは頑張りなよ」
するとシューマンは、
「じゃあ、少し頑張って……」
と言い、ワサッと舞い上がる。
僕は思わず叫んでしまった。 シューマンがちゃんと付いてきてくれるのかと思いきや、彼は一所懸命に羽をばたつかせて僕の頭の上まで舞い上がり、案の定僕の頭の上にちょこんと座り込んだからだ! カラスは、「よいこらしょ。 ほら、少し頑張って頭の上に来てやったぞ。ケケケッ」と愉快そうに僕の顔を覗き込む。
「ヒャー! ぼ、僕の頭の上にカラス……カラスが!」
取りたくても取れない苦痛。
「アハハ、お似合いだよ、レンディ」
オッズが楽しそうにそう言った。 まさか、彼までもがウィルの側についてるんじゃ……。
僕はカラスに向かってわめき散らした。
「どうして僕の頭にのっかるんだよ! オッズだっていいじゃないか!」
「どうしてって? それは居心地が良さそうだったからさ! このモジャモジャ髪なんか、毛皮のソファーみたいだぜ?」
馬鹿にされてるのか褒められてるのかわからない。 だが、うっとうしいことは確かだ!
「もう〜! どうしてだよぉ〜……」
結局、何を言っても降りてくれそうに無かったので、僕はそのままの状態で出口探しを続けることにした。 無理矢理引き離そうともすれば、カラスがよくするように、ひっかき攻撃をくらうかもしれない。
傍から見れば不思議な帽子をかぶっているように見えるんだろうな……。 オッズがさっきから笑いを堪えているのだってお見通しだもんね!
もう嫌だ! 何もかもが上手くいってない気がする。
……結局、外への出口だって見つからないままだし。
「ねえ、もうこれで全部だよ? 出口なんてどこにもなかった! もう、どうすればいいんだぁ……」
投げやりな僕を前にして、オッズは考え込むように頬を引っかきながら、こう言った。
「うーむ……これはもしかしたら引っかけ問題なのかもしれないよ? ほら、外へと通じるものが出口だと思わせておいて、殊の外そうだと思えないところが出口になっていたりして」
「例えば?」
「外に通じるものがダメということなら、うちで通じている窓やドアが正解だよ!」
……本当に?
「そうか。 そういうことだったのか! じゃあ、外へと通じていない窓やドアも調べてみるべきだったんだね」
僕は、本当にそれが正解なのか? と疑いつつも、一応オッズの意見も試してみることにした。 兎に角、やってみないことには何も始まらない。
ところが、この案も失敗だった。 カギの掛かっていた理科準備室を除いた、すべての窓やドアを調べてみたが、結局他の世界へと通じているものはなかった。 こうなってくると、いよいよ事が行き詰まってくる……。 理科準備室が出口だったら、別だけど!
僕はオッズに訪ねた。
「理科準備室はカギが掛かっているからどうしても開けられないんだよな……どうする?」
オッズも両手を肩のところまで上げて、首を振り「わからない」としめした。
「カギがかかってるんなら仕方が無いよな。 理科準備室は諦めるしかない。 もし、カギを見つけて理科準備室を開けなければ出口にたどり着けない、というのなら話は別だけど……」
「カギはないよ」
シューマンが唐突に言う。
「カギはないだって?」
僕は矢継ぎ早に聞き返した。
どういうことなのだろうか。
「ウィル伯爵に教えてもらったんだ。 あの理科準備室には、はじめからカギが掛かっていて、ウィル自身でもあけることが出来なかったらしいぜ」
「うそだー! ……それじゃあ、理科準備室は、答えの候補から外れることになるじゃないか」
「そういうことだな、レンディの坊主。 おまえ等、もっと考えることは出来ないのか?」
そんな風に言われても、思いつかないから仕方が無かった。 どうすれば良いのだろう……僕は必死で頭を回転させた。 何故だか、いつもより、考えがすっきりとまとまっていく感覚がある。
窓やドアは、全て外の世界へは通じていなかった。 と、いうことは、結局のところ、窓やドアというものは不正解ということになる。 それ以外で外の世界へと通じていそうなところがあるだろうか? 窓やドア……それ以外に外の世界へと通じそうなところ……そうか、わかったぞ!
「壁だ!」
「壁?」
オッズが怪訝そうな顔で質問した。
「壁になにがあるってんだい?」
「”回転扉”ないし”隠し扉”だよ! ほら、忍者屋敷にあるような……」
「ああー! あれか! わあ……僕はなんてそんな初歩的なところに気が付かなかったんだ……!」
オッズは悔しそうに頭を抱え込んだ。 僕は得意になり、壁じゅうをさぐった。
しかし残念なことに手が真っ黒になるまでいろんな壁を触ってみたが、結局扉らしいところをみつけることはできなかった。 だが、変わりに不思議なものを発見した。 ……なんだろう。 誰かが書いた落書きかな。 まるで魔法円のような図だ。 そのようなものが、壁の目立たないところに小さくかかれている。 壁をつたって探さなかったら、きっと見落としていただろう。
だが僕は、誰かの落書きかと思ったので、気にも留めず、壁を探しつづけようとした。 すると、シューマンがこう言う。
「お前ってホント抜けてるよな。 その模様が気にならなかったのか?」
僕は不思議なことを聞いてくると思って、シューマンに質問した。
「え、この小さな魔法円のような落書きのこと?」
するとオッズが、「何を話しているんだい?」といいながら近寄ってきた。
僕はオッズに訪ねた。
「ねえ、オッズ。 シューマンが不思議なことを言うんだ。 この落書きが気にならないかって。 これってなんの模様だと思う? 僕には落書きにしか見えないんだけど……」
僕は、オッズがこの模様について知っていないか確認するために、近くにあった模様を指差した。 すると、オッズはその模様に顔を近づけてじっくりと観察しながら、こう言った。
「ん? この模様は……ええーっと、なんだっけな。 どこかで見たことがあるぞ。 うん、魔法円の一種だ。 なんの魔法円だったっけな……」
やはりあれは、魔法円だったのか……でも、なんの?
なにやら、オッズが思い出そうとしている様子を見て、シューマンがニヤニヤしている。 きっと何か知っているんだ!
「そうだ! 思い出した。 この魔法円は……」