第七十四話−カラスの学園−
僕達は打ち上げられた――……打ち上げられた、ということは、あの洞窟は、密閉された空間ではなかったのだ。 そう、あのとき僕が見た天国からの導きは、頭上にある穴から差し込んでいる光だったのだ。
そして、それに僕は気付かないで、今さっきまで死ぬことばかりを考えていた。 なんて馬鹿げてるんだろう!
僕らは今、生きている! そして、飛んでいる! はるか上空を……そう。 火山から溶岩が噴出したように、僕たちはあの洞窟の穴から飛び出したのだ! 天に向かって飛ばされた僕らは、からだがふわふわとして不安定だ。 慣性の法則と位置エネルギーに包み込まれて、一気に吹っ飛ぶ。
そして夢の中で空を飛んでいるときに感じる、いつもの足場の不安定さを覚えた。 果たして、自分の体をうまくコントロールできるだろうか……? 夢の中で空を飛んだことなら、何度もある。
だか、いつものように快適な空の散歩をするわけにもいかず、僕らは惨めに地面に叩きつけられた。 途中で木の枝などに引っかかったりしながら、無残に着地する羽目になってしまったのだ……。
「あいてて……。オッズは、大丈夫かい?」
「ああ……ボクは大丈夫だ。 レンディ、骨を折ってやしないだろうね?」
僕はオッズの言葉にはっとして、間接を動かしてみた。 ……どうやら、どのパーツも無事なようだ。 おっと、皆さんにはこれが夢の中だからこそ可能な奇跡だということを忘れないで欲しい。
「僕は大丈夫だよ! それよりも……ここはどこだろう?」
僕たちは体についた葉っぱなどを払い落としてから、のろのろと歩き出した。
どうやら、ジャングルの中に墜落したらしい。 ヤブカラさんのいた村の周辺にあったジャングルと風景が似ている。 あたりをキョロキョロを見回していると、どこからか男達が駆けつけてきた。
「おーい! 無事だったか?!」
「はい! 僕たちは大丈夫です!」
僕が、意気込んで受け答えた。 きっとあの男達は、ヤブカラさんの仲間だ。 数人の男達が、救急セットをもってやってきた。
「あの洞窟は、雨が降るといつも穴から水が吹き上がるんだ。 海が近くにあるおかげで、波の影響を受けやすいんだよ。 丁度海もしけていて、大きな波が次から次へと押し寄せてきたんだ」
そうか……それであの時、一気に水かさが増してきたのか。
「とりあえず、無事で何よりだ。 ヤブカラさんが村で待っているよ。 さあ、帰ろう」
***
僕たちは、村の男達に囲まれて、ヤブカラさんのもとへと帰って来た。 洞窟での一件があったおかげで、帰路は非常にだるい道のりだった。
「やあやあ! 無事だったかね? 嵐がきていて、一時はどうなるかと心配でたまらなかったんじゃよ」
「長老ったら、あの嵐の中でも、レンディたちを迎えに行く!って言って聞かなかったんだ」
僕たちに同行してきた男が、愉快そうに口を挟む。 すると、オッズが慌てて謝った。
「ご心配おかけしたようで、申訳ありません。 でも大丈夫です! ほら、レンディ、秘宝を見せるんだ」
僕は、本分不安になりながらポケットをあさった。 もしも、秘宝をどこかに落としてきてしまっていたらどうしよう……。 だが、心配は必要なかった。
「これだ! 秘宝だ!」
僕が青緑色に輝くそれを取り出すなり、周りからはおおっと歓声があがった。 すると、ヤブカラさんは僕に近づいてきてこう話した。
「そう、それが村を守る秘宝のひとつじゃよ……この秘宝はな、卒業の儀式にはかかせない秘宝なのじゃ」
卒業?!
「それって……もしかして、卒業式のこと?!」
「ほほっ、言い忘れておったかの。 秘宝はまだ他にもたくさんある。 村の東西南北をかこむ洞窟に点在しておるのじゃ。 じゃが……、村にはもう子供がほとんどおらん。 村にただ一つある学校は、今年で廃校になる。 卒業式も、これが最後かのう……」
そんな……そんな切ない事情があったなんて、僕は何もしらなかった。
そういえば、この村には、ヤブカラさんくらいの老人ばかりだった気がする。 若い人は、さっき助けにきてくれた男の人たちだ。 子供はというと……。 まだ見かけていない。 きっと、それだけ少ないんだ。
「さて、その卒業式は明日だ。 間に合ってよかったよ。 孫もでるのでね。 是非君たちも卒業式にきてくれ。 式が終わったら、この秘宝はお前さんたちにやろう」
「長老……!」
僕たちのそばにいた村の男が叫んだ。 だが、ヤブカラさんは、落ち着いてこう話す。
「何、これは最初から決まっていたことじゃよ……」
***
翌日、僕たちは村に唯一ある学校の卒業式に参加した。 あの秘宝は、卒業する生徒たちが、一人ずつ手をあてて、将来の夢を語るために使われるものだった。 みんなの夢を一人ずつ聞いて、それをかなえるための秘宝……なんて素敵な秘宝なんだろう。 あの青緑色に輝く秘宝は、これまで学校を卒業してきた生徒たちの将来を聞いてきている。夢の塊みたいなものだ! それを手にすることができてしまったなんて、なんだか恐れ多くて、どうしようもない。
ヤブカラさんの孫は、元気そうなやんちゃっ坊やで、僕たちは直に仲良くなった。 だが、もうお別れだ……。
「色々ありがとう! お前さん達には感謝しておる。 ほら、お前も頭を下げなさい」
すると孫は、ヤブカラさんに頭を下げられて、僕らに挨拶をした。
「どうも、ありがとう……」
「さあ! 第一ステージは終わったかな?!」
唐突に、雰囲気をぶち壊す愉快な口調で、誰かがいった。 誰だ?!
「そこにいるのはレンディとオッズだろう? 私だ、ウィルだ」
ウィルが喋りだすなり、僕たち以外の世界は時間が止まってしまった。 どんなに触っても、叩いても、カチコチのままだ。
「秘宝は得たようだね? それでは、次のステージへと、進もう!」
……へ?
僕達の周りの風景は一瞬にして消し飛んだ。 ウィルの魔法でテレポートさせられたのか? そしてついた場所は洞窟の中だ……あれ?! ここの景色は、昨日冒険した洞窟じゃないか! 顔がやっと空気中に出していられるくらいまで水が迫っている。 このデジャウは……僕らはもう一度、空へと打ち上げられた。
***
ここはオックスフォードのはるか上空だ! まるで航空写真を生で見ている気分になる。二度目のの飛行。 だが、夢の中での出来事だって、何回も繰り返せば、上達するのだ。 よし、オッズの手を取り、一緒にあの池の中へ飛び込もう。 そうすればさっきジャングルの中に落ちたときよりかましな着地ができるはず……そう、地面に叩きつけられるよりか、ましだろう……
「オッズ! 僕の手を握って」
「わかった!」
僕達は、スカイダイビングをするように、手を取り合った。 神様、お願いします。 どうか、僕たちを池の中へと、運んでください……。
次の瞬間、水面に派手な水しぶきがあがった。 そして、全身に信じられない程の痛みが走る……。 不覚にも、池は水深三十センチメートルしかなかったのだ。 ついでに、ボキッという嫌な音まで響いた。
「レンディ、大丈夫か?」
「あイタタタ……うん……大丈夫、だと思う。 たぶん」
これが現実でなくてよかった! 現実なら、まず僕らが生きていることからして考えられないが、夢の中だからこそ、許されることもある。 今度こそ、死なずに済んだのだ……?
いいや、僕達がやっとのことで池から這い上がったとき、そこは天国のような世界だと思った。 と、思ったのも、そこには青々と茂った草が綺麗に刈り込んである庭園がひろがっていたからだ。 その近くにはセピア色のお城があり、空がどこまでも青く澄み渡っている……。
僕たちは、服に染み込んだ水を絞りながら、オッズと二人で近くを散策してみた。 ところどころに咲いている綺麗な花を時々眺めながら、僕らはお城の中庭までやってきた。
「きっと、このお城は天国へいけるかどうかを決める裁判所なんだよ」
オッズが、そんな独り言をつぶやく。
「そっか。 じゃあ、僕たちはもう死んだんだね」
僕は、冗談のつもりで、笑いながら返してやった。 するとオッズの表情が一変した。
「いやいや! 死んでたまるか! それよりも、ほら。 秘宝とかが無事なのか確かめよう」
オッズが急いで、仕舞っておいた地図を取り出した。 僕も、つられてポケットの中にしまっておいた秘宝を確かめる。
僕が、秘宝の無事(あれだけの衝撃があったにもかかわらず、割れていないことが不思議なくらいだ)を確かめると、オッズがとなりで頓狂な声を上げた。
「どうしたの?」と、僕。
「地図が……水浸しになったせいで、文字がぼやけてしまっている」
どんな具合なのかを確かめるために、地図を覗くと”己”と”進”という文字以外は、ほとんど消えるかぼやけるかして、読めなくなってしまっていた。
「たぶん、もう使う機会はないと思うけど……あいつからの試練はまだ終わっていないはずだ。 何が起こるか解らないから、一応とっておこう。これは万が一のときのために、レンディを渡しておくよ」
オッズから地図を受け取ったとき、突然、ウィルの声が空から聞こえてきた。
「もちろんさ。 君たちをこんなことで死なせてゲームオーバーにするほど、私は愚かじゃあないぞ。 まあ、落ち着いて聞いてくれたまえ。 とくにレンディ君。 君たちは第一の試練を突破することが出来たんだ。 おめでとう!」
僕はウィル伯爵に褒められ、つい嬉しくなって、わーいわーいとはしゃぎまくった。
「そして今度は第二の試練だ。 もう気付いているだろうが、この近くには……」
ん? そういえば、どこか見覚えのある場所だ。 もしかしてここは、ブレナム宮殿の敷地内だろうか?
と、いうと、このすぐ近くには、僕たちの……!
「学校がある。 第二の試練を受ける場所は、そこだよ」
意外な展開だ。 僕たちの通っている、学校が第二の試練の会場になろうとは……。
僕たちは、ウィルの言葉に従い、自分たちの通っている学校へと向かった。 僕らの通っている学校は、夢の中でも、大してその外見が変わることはなく、古めかしいお城風のデザインだった。 徐に扉を開けて中に入る。 すると、背後で不気味なロックの音が響き渡ったかと思うと、メリメリ……ッと液体の混じった固形物が何かに取り込まれているような音がした。 振り向くと……なんと、ドアが肉のように闇の食道の中へと、見る見る吸い上げられているではないか! あれよあれよという間に、ドアはなくなってしまった……残ったのは、無慈悲な壁だけだ……。
おお、神よ。 これはなんという試練なのだ。 入り口という基本的な逃げ道を隠して、僕は一体、どこから逃げれば……。
僕は、となりで落ち着き払っているオッズを見て、僕もなんとか落ち着こうと勤め、深呼吸をした。 ……周りを見渡す。 一階には市松模様の床があって、中央の階段と、それに続く壁からせり出している廊下と階段のセットが螺旋を描くように屋上まで続いているのがわかった。 なんら変わったところはない……。 だが、事務の受け付けのところには、普通誰か人間が立っているはずなのだが、僕らが訪れたとき、そこには一羽のカラスが留まっていた。
カラス!
嫌な予感が脳裏を駆け巡る……もしや、この試練は……?
「珍しいな! カラスの受付人かい?」
オッズが意気揚揚とそう言うと、続いてカラスのそばへと近寄っていく。
「やめようよ! これは……いや、この先にはとんでもないものが待ち受けていそうなんだよ」
「とんでもないものが待ち受けているからこそ、試練なんだろ? それくらいわかっていろよw」
オッズの考えは、頼りにならない。 彼は続けた。
「ところで、何故カラスがいるんだ? 何か意味でも?」
「苦手克服さ!」
突然、ウィル伯爵が口を挟んだ。
「……逃げたい」
僕がつぶやく。
「逃げたら面白くないだろう? 立ち向かうから面白いんだ!」
だが、オッズは僕の意見に食い下がった。
「それに、逃げるともっと酷い目にあうぞ」
ウィル伯爵のサディスティックな微笑が聞こえる……。 オッズとウィルに挟み撃ちにされてしまった今、僕の逃げる道はなくなってしまった。 いや?
「わかったよ……でも、きっとオッズの杖でなんとかしてくれるよ……ね?」
すると、オッズは苦笑いして
「それが……」
ジャケットの内ポケットから、申訳無さそうにぽっきりと切断された棒を取り出した。 それを見てしまった僕の驚愕を悟ってか、彼はこう言った。
「ごめんね……だぶん、池に落っこちたときに、ポッキリと逝ってしまったんだろう。 嫌な音がしたと思ったら、ね。 このとおりさ。 むしろ骨が折れていないことの方が不思議なくらいだったよ」
最後の望みが消え入った。