第六十七話−洞窟を抜けて−
僕たちは、落とされた。 暗い、闇の中に……。 そう、電話ボックスの中には深い穴が掘られていたのだ。 闇はまるで奈落の底まで続いているようで、地上の明かりとは無縁に思える。
僕らは何処までも落ちてゆく。 無重力を感じるほどに。 それにしても、底はまだ見えてこない……。 冷たい。 水が降っている。 ある場所から、おびただしい量の水が、滝のように落ちているのか。 僕らはそれに乗った。 同時に轟音が聞こえる。 鼓膜がちぎれそうだ。 こんな、奥深い地下に、滝が流れているなんて……。
約一分後、僕たちは、水の中に落ちた。 後から叩きつける瀑布に押され、しばらくの間もがいて、やっとのことで水面に顔を出すことが出来た。
僕は、こう思った。 あの電話ボックスはこの穴を隠すためのカムフラージュだったに違いない。
何も、こんな風に手荒なことをしなくても、丁寧にはしごでも使って降りていけばいいじゃないか、何か、特別な事情でもあるのだろうか?
「レンディ? どこだ」
オッズが叫んでいる。 暗くて、よく見えない。 暗闇に目が慣れていないのだ。 しかし、声の大きさからして、そう遠くにはいない。 僕は、滝の音に声をかき消されないようにして、大声で叫んだ。
「ここだよ! オッズはどこにいるの」
「レンディ! そこを動くなよ」
オッズは僕の声を聞きつけるなり、そう言った。 僕たちは、声を頼りに互いを捜し求めた。
僕は、オッズに動くなと合図されたので、同じところで留まる。 そうしていると、不意に肩をつかまれた。
「ここか! よし、見つけたぞ。 早く陸に上がろう」
僕は、オッズに抱えられるようにして、陸まで泳ぐことになった。 背後で滝が流れているからなのか、霧のような水しぶきが一面に舞っていて、息をするたびに水を吸い込んでいる気がした。 生臭い水の匂いがする。
しばらく泳いで、陸を見つけると、僕らはすぐさま、そこへあがった。
「これが、夢の世界じゃなかったら、ボクたちは間違いなく気絶していただろうね。 運が悪ければ、死んでいたかも!」
オッズはぜいぜい息を荒げながらそう言った。
「うん、確かに……。 それにしても、ここは何処なんだろう」
落ち着いて、辺りを良く見回してみると、だんだん目がなれてきたのか、薄暗くても光があることがわかった。 しかし、あの光り輝いているものは、地上からの光ではないだろう。 だと、するとこれは……。
「洞窟の中のようだ。 あれはヒカリゴケかな。 妙に寒い」
オッズが、僕と同じように辺りを見回しながら、そう言った。 ヒカリゴケなら、図鑑で見たことがある。 綺麗な緑色の、光るコケだ。 しかし、本物を見たのは初めてだ。
「綺麗だね……ハックション!」
僕がくしゃみをしたのを見て、オッズは笑いながらこう言った。
「服を脱いだほうがいい。 体温を奪われるよ」
夢の癖に、妙なところだけリアルだな、と思った。
僕たちは、できるだけ服を脱ぐことになった。 オッズは「誰も見ちゃ居ないんだから、全部脱いじまえよ」といったが、僕はどうしても恥ずかしかったので、全部の服を脱ぐことは出来なかった。(男らしくない!)
「さて、どこへ行けば良いのかな」
僕が言った。
「とりあえず、風の吹いてくる方向へ進んでいこう。 そうすれば、きっと地上に出られる」
目の前には、やや右側に、ぽっかりと大きく口の開いた穴があった。 どうやら、そこから風が吹き付けてくるようである。 口は、オオウと唸っていた。
しばらくの間、僕たちはオッズの指示で洞窟を進んでゆくことになった。 途中でヒカリゴケを集めながら(と、いっても体中にいつのまにかくっついていたが)、その光をたいまつの代わりに道を進んだ。
意外にも洞窟は一本道だったので、僕たちは迷うことなく、道を進むことが出来た。
感覚的に、十五分ほど進んだところで、漸く外の光が見えてきた。
「もう少しのようだ。 よかったね、レンディ」
「うん」
気付けば、さっきから少しずつ気温が上がってきているようである。 これは、地上に近づいてきているしるしなんだろうか。
進めば進むほど、辺りは明るくなってきた。 目の前には、太陽のようにひかり輝く出口がある。 僕たちは、つい嬉しくなって、そこへ向かって、一気に進んだ。
外にて出から、まぶしさに慣れない目で、何度も瞬きをしながら辺りを見回していると、そこがジャングルのように木々の生い茂った場所であることがわかった。
なんだか蒸し暑い。 湿気がものすごいと思った。 ここは、一体……。
「まるでジャングルのようだ。 最初は暑いといったのは、強ち正しかったようだね」
最初は暑い、というのは、最初の試練はジャングルだということだったのか……。 そんなことよりも、彼が僕の後から明るみに出てきたとき、僕は驚いた。 なんと彼の腕には紫色の痛々しいあざが出来ていたのだ。 しかもそれは何度も、いや毎日のように注射をしたかのようなあざが、肘の関節のあたり一体を埋め尽くしていた。 まさか彼は、薬物中毒者か、何か重い病気にかかっているんじゃ……? いやいや、きっとそんなことはない。 崩れそうになるイメージを留めて、僕は気を取り直した。
「でもさ、一体何をしたらいいのかがかわらないよ。 こんなジャングルで何をしろっていうんだろう」
僕がそう言うと、オッズは僕の前に立って、あたりを詮索しはじめた。 足元には、草や背の低い木が生い茂っていて、かなり歩きづらい。 僕らは枝をなぎ倒しながら、進んでいくしかなかった。 サバイバルのようなことには、めっぽう弱い僕だったが、オッズが先に立ってくれたお陰で、それほど苦労をせずに進むことが出来た。
「ナイフでもあるといいんだけどな。 まさかこんなジャングルに出くわすとは思わなかったよ」
「オッズさんは、こういうことをしたことがあるの?」
「こういうことって?」
「儀式だよ」
オッズは、僕の質問に「私だって初めてだ」と答えた。 どうやら、僕たちは未知の体験をしているらしい。 それにしても、こんな風にサバイバルができる彼を見ていると、彼の腹話術師という一面がまるで仮面のように思えてくる。
「へえ、そうなんだ。 僕、オッズさんのことを僕よりもずっと先輩だと思っていたよ。 なんでも知っているんじゃないかと」
「まさか」
存外な答えに、僕は驚いた。
「ボクだって、魔術師になったのは、そんなに昔のことじゃないさ」
「へえ……」
和やかな会話が続くと思った矢先、僕はとんでもないものを踏んでしまった。
「痛っ!」
僕が大声を上げると、オッズが「どうした?」と言って、こちらに振り返った。
「なんだろう。 何かに挟まったみたいなんだ……」
急いで足元を確認すると、どうやらネズミ捕りのようなものにかかってしまったらしい。 どうして、こんなところにネズミ捕りが……
その瞬間、僕はよくある探検映画の映像を思い出した。
ジャングルの中を探検している人々が、ジャングルの中に仕掛けられた罠にはまってしまい、同時に吊り上げられて、網の中に入れられてしまう。 しばらくすると、知らない民族が来て……。
まさか。 そんなことがあるわけが無い。 だって、あれは映画の中での話しだ。 まさか、本当にそんな罠が仕掛けられているわけが
「うわぁああああああ」
……あった。