第六十六話−電話ボックスの中へ−
僕がそう言った途端に、リトルはついに激怒した。
「フン! そんなことを言っているのなら、二人で行って一生戻ってくるな!」
この言葉には、流石のオッズも堪えられなかったらしく
「貴方のような人がこの子の保護者だなんて、さぞ哀れだ」
と、つぶやいた。
***
その後、僕たちは一旦帰される事になった。 ウィルは、儀式準備には少し時間がかかるから、二、三日後に本家に来てくれと僕に言った。 ウィルの家から帰る途中、僕はあの、リトルの失礼極まりない態度についてを、オッズと話し合った。
「まったくだよ! どうしてあんな風に物を言うんだろう。 失礼にも程があるよ」
オッズは僕の言葉を聞いても、曖昧な返事しか返さなかった。 彼の苦笑いが、何故だか可哀相に見える。
「仕方ないさ。 ああいう人間も居るんだ。 君のお師匠さんをとやかく言う資格は、ボクには無い。 一つ言える事は、ボクの過ちだったということだ」
ああ、なんて彼はお人よしなんだ。 神様に救われるべき子羊は、彼であって欲しい。
「とにかく、事が決まったんだから、それで良い。 なんだか、迷惑をかけてしまったみたいで、すまないね。 一緒に頑張ろう」
そう言うと、オッズは握手を促すように、手を差し伸べてきた。 僕は、オッズと硬く手を取りあって、握手を交わした。
***
三日後、僕たちは午前中にウィルの本家を訪ねた。 ウィルは大層手間がかかったといって、僕たちに苦労を自慢していた。 どうやら、ウィルはこの三日間、まったく眠っていなかったらしい。 しかし、ウィルは疲れを見せることも無く、いつも通りに僕たちを客間へと迎えてくれた。
「心の準備はしてあるかい?」
「え、ええ……もちろん」
しかし、僕は不意を突かれた、と思った。 一体、この先にどんな危険が待ち構えているのかも、想像できない。 むしろ、あえて想像することを避けてきたといったほうが正しい。 決断してしまった後で、あれやこれやと右顧左眄して、やっぱり嫌だ! と思いたくなかったからだ。
このことの裏には、僕がやけくそになっているのも影響しているのかもしれない。
「いざというときは、ボクがいるから安心さ」
オッズはそう言って、胸を張った。 僕はそれを聞いて、少しだけ緊張をほぐせた。
「ところで、リトルは……」
この質問は、僕がした。
「ああ、奴ならそろそろ来る頃だろう」
そんな話しをしていると、噂をしたからなのか、リトルが客間に入ってきた。
「おはよう、リトル」
リトルは不機嫌な面持ちで「ああ」と唸った。
「今日は、レンディが成長する日なんだ。 祝おうじゃないか」
ウィルがそう言うと、シャンペンを持ってきて、皆に注いでくれた。(僕には、アルコールの入っていないものをくれた)
「こういう日はね、祝われるべき日なんだ。 少しひねくれているが。 レンディ君、健闘を祈るよ」
僕たちは、その言葉を合図に、乾杯した。 少しひねくれている、というのは、この儀式には少し反対意見があるからなのだろう。 僕は、祝われて嬉しいような、恐ろしいような、不可解な気分になった。
***
乾杯の席を離れると、僕たちは儀式の場へと通された。 カウルは、儀式の場へと向かう前に、トモヒサにあずけて、彼と一緒に別の部屋にいさせることにした。 儀式を受ける場所は、客間から少し離れた中庭らしい。 中庭には、黒々と咲き乱れたバラの花が生垣として四面に植えられて、陰欝な印象である。 中央にはライオンの像の口から水の吹き出ている噴水が設置されており(まるでマーランオンのようだ)、天井は植物園のように、ドーム型でガラス張りになっている。 そこから太陽の光がキラキラと降り注ぎ、マーライオンのあるところだけが、妙に明るく、神々しく思えた。
噴水の脇には、電話ボックスのような、はたまた工事現場のトイレのような小さな小屋が建てられていた。
「ここだ」
小屋は、こげ茶色の木で作られている。
ウィルは、その小屋のところまで行くと、僕たちにそれを紹介した。
「まさか。 儀式をする場所って……」
「そのまさかだよ。 今から君たちはこの中へ入って、儀式を受けてもらう」
前にもそうだったが、この人は、僕たちにとってはおかしな事をさも平然と言う。 僕は、おかしくて、噴出した。
「狭すぎだよ! どうやってそんなところで儀式をするのさ。 暑くて一時間もしないうちに出てきちゃうよ」
「確かに最初は暑いかもしれないな。 だが、そのうち何をすれば良いのかがわかってくるさ」
ウィルはそう言うと、強引にも、僕とオッズをその電話ボックスの中へ押し込んだ。 反抗する間もなかった。 僕たちは電話ボックスの闇の中へと落とされたのだ。