第六十四話−疑心−
僕たちは、夢の世界の地図を頼りに、ウィルの療養所へと向かった。
ウィルの療養所は、ウィルの本家があるところから、一キロばかり離れた、小高い丘の上に、建設されている。 白い壁に黒く雨のしみがつき、古ぼけた様相は、まるでお化け屋敷のようだ。
僕らを待っていたのは、他でもないウィルとリトルで、それ以外には、ウィルと縁故のある女性が奥に控えているという。(これについては、少し後にウィルに説明された) 僕たちは、茨の生垣で囲まれた門を通り抜けると、ウィルに迎えられ、そのあと待合室へと通された。
「リトルと話しがしたいんだ」
僕は待合室に通されるなり、出し抜けに彼に問い掛けた。
すると、ウィルはすんなりと承って
「リトルなら奥の部屋にいるが。 と、お客様かい?」
僕の後ろに控えていたオッズとカウルを見渡した。
僕は”友達だよ”といって、軽く彼らを紹介する。
「こっちはオレグ・ロマノビッチ・スクリポフといって、大道芸人なんだ。 それで、こっちの赤鬼は彼の相棒にしているカウルというぬいぐるみ」
オッズは、僕がそう紹介するとウィルに軽く一礼した。 カウルも、オッズに勧告されて、お辞儀をした。 カウルがお辞儀をしたのを見て、ウィルは「これはこれは」とおののいた。
「お会いできて光栄です。 貴方は……」
オッズがそう話し掛けたとき、ウィルはニヤりと得意の微笑をたたえると、”私は――”と自己紹介をした。
「名乗るほどのものでも無いが、ここの療養所を経営している、ウィル・ウィッシュだ。 あわせて、そこの不思議なお友達も、どうぞ、お見知り置きを」
ウィルがオッズやカウルと握手を交わすと、ウィルは今にリトルを呼んでくるから、そこの席にでも座って待っていてくれ、と僕らに合図した。
***
「何の用だ」
リトルは寝起きたばかりらしく、不機嫌な様子でソファにもたれかかっていた。
「まずは、僕の友達を紹介するよ」
僕はそう言って、ウィルにしたときと同じように、オッズ達をリトルに紹介する。
「へえ、大道芸人ねえ。 ところで、そいつは一体何者なんだ?」
リトルは、いぶかしげにカウルを見つめた。
「ボクの相棒ですよ」
すかさずオッズが説明を加えたが、リトルは「それはわかっている」と緘口する。
「生きた人形など見たことが無い。 気味が悪いわ」
「リトル……」
僕は、目で彼を諌めようとした。 すると、リトルはこちらを一瞥して、”フン”と鼻を鳴らす。
「モノに命を宿らせるなど、禁忌におぼしい」
「確かに」
ウィルが、リトルの意見に平然と同意を示したので、僕はなんだか怖くなった。
「禁忌って? 彼は別にそんな……」
「まあ、難しい話しは後だ。 それで、用件があるそうじゃないか。 言ってごらん」
僕は、ウィルに促されて、カラス使いになることについてをリトルに話した。
「前向きにカラス使いになろうとすれば、クローズという名前も嫌じゃなくなるハズだぞ?」
「確かに、そうだけど……」
リトルに言われた正論に、僕は心底腰を折られた。 僕は、一言一言、押し出すようにして持論を語った。
「やっぱり、僕はどうしても、今の状況を受け入れ難いよ。 カラス使いにならなければ、クローズという魔法名を変えられないだなんて。 でもさ、確かになろうとは思うよ。 ジェシーや家族のこともあるし」
「それなら、相談するまでも無いじゃないか。 なれよ」
しかし、と僕は反論した。
「どうやってなるのさ。 地道に努力するんじゃあ、きっと手遅れだよ。 だって、危険な夢魔が夢の世界にはびこっているんだろう?」
なんとも、オッズの言っていたことは、このとき大いに役立ってくれた。 彼の言っていることはもっともであるのが、改めてわかる。
「少々危険ではあるが……」
そこへウィルが口を挟む。 同時に、僕らは彼に注目した。 そして、ウィルは一旦そこで区切って、一通り僕らを見渡してから、再び口を開いた。
「儀式を使う、という手もある。 通過儀礼を応用するのだ。 ある目的を達成するために、一つの擬似的な過程を作る。 つまり、君が受けた参入儀礼と同じように、カラス使いになるための参入儀礼を作るんだ」
「画期的だ」
オッズがそこで口を挟んできた。
「だがね。 一つ言っておくことがある。 いかなる危険に出遭っても、自己責任だ。 私はただの私見としてこれを提供したが、やるかどうかは君にかかっているからね」
そう言って、ウィルは僕を見据えた。
「……わかったよ」
「少々、危険すぎやしないか?」
リトルが、心配そうに僕を見ている。 僕は、ウィルに質問をした。
「それは、一人でやらなければならないの?」
「一人でなくとも構わないさ。 君が最終的な目的を達成することができるのなら。 だが、危険は二倍だよ」
すると、オッズが立ち上がった。
「なら、私が着いて行こう」
僕は、片眉を吊り上げて、オッズの方を見た。 彼は、ニヤりと僕に笑いかけている。
「気に食わんな」
リトルの一言が僕らの雰囲気をぶち壊した。
「どうして?」
「どうしてって、君。 そこにいる子鬼が一体なんなのか、分からないのか」
僕の質問に答えたのは、ウィルであった。 僕は、カウルを見やった。 カウルはキョトンとこちらを眺めている。
「カウルは、縫いぐるみだよ? それも……」
すると、ウィルは僕が言い終わらないうちにこう言った。
「それも、ただの縫いぐるみじゃないさ。 そいつは、夢魔だからね」