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第六十二話−カラスの愛情−

 夢から目が覚めるのは、思ったよりも早かった。

 背後のカラスに背中をひっぱられそうになる感触を覚えながらも、必死で走っていると、そのうち跳ね返るようにして、僕は目を覚ました。

 夢から覚めたときは息が荒くて、まだ夢の中にいるんじゃないかという恐怖を覚えていたが、ホットミルクを飲んで一息つく頃に、ようやく落ち着いてきた。


 僕は、カラスについてを、リトルにあれこれ相談しようと思った。 駅前の広場なら安全だと言っていたのに、そこで二度もカラスに出遭っていて、しかも襲われるようでは、事の収拾がつかない。

 リトルにこのことを相談すると、それについては、ウィルが専門の知識をもっているだろうから、彼に相談したほうが良いと提案したので、その通りにすることにした。(リトルも魔術師ではないのか……?)

 リトルは、そっちに迎えを送るから、それに乗ってこいと僕に令した。


「執事のトモヒサ・オオガミでございます。 お迎えに上がりました」


 その日の朝、執事は僕の家の直前に黒い車を止めて、僕を迎えに来てくれた。

 この車に乗ってウィルの家に行くのは、これで二度目である。

 執事は、僕を乗せている間、一言も喋らなかった。 前々から思っていたが、この人は、不思議なオーラを持っている。

 別段、目立っているわけでもないのに、彼の存在は、すんなりと心に溶け込んでゆくものがある。

 だから、彼がいないときは、どことなく落ち着かない。 守り神のような存在だと、僕は思った。


「やあ、また来てくれたね」


 僕は、玄関のところでウィルに迎えられた。

 相変わらずの、おっとりとした口調で優しそうに笑っている。(しかし、僕はこの人の本性を知っている……)

 リビングには、リトルとウィル、そして僕が集まった。 リトルは、相変わらず右足にギプスをはめていたが、前に見たときよりか少しは元気を取り戻しているようである。 ウィルは僕たちが席に着くと、「さて、用件を聞こうか」と僕に問い掛けた。 しばらくすると、いつもどおりに、トモヒサが熱い紅茶を用意してくれた。


「僕、どうしても不安なことがあって」


 彼は、静かにうなずいた。


「あの……僕は、カラス使いですよね? だのに、どうして、カラスは僕のことばかり襲うんでしょうか」


 すると、彼は目に薄ら笑いを浮かべて


「心の中が知れてしまっているからさ」


 と、答えた。


「へ?」


 どういうことだ?


「カラスだけに限らずとも、動物は人の心を感知することがある。 それはわかるね」


 僕は、ふむふむと相槌を打った。


「つまり、君の心は、カラスたちに知れてしまっている。 私のところへきた動物使いの多くは、皆同じような経験をしていたよ。 逆にいえば、カラスは君の心に注目しているんだ。 他の動物でもそうだが、カラス使いであるためには、まずカラスと仲良くなる必要がある。 君がカラスの心に目を向けないだけで、カラスは大いに君の心をわかってくれているよ」


 まさか。 あんなふうに襲ってくるだけのカラスが、僕の心を分かっているだと?


「ビクビクしていれば、それがカラスたちにもわかる。 賢くて遊び好きの連中は、そんな君にちょっかいを出しているのかもしれないね」


「ま、愛情だと思え」


 リトルが、突然首突っ込んできた。


「愛情?! 嘘だ。 あんなのが、愛情だなんて、世の中皮肉だ!」


 ウィルはククと笑った。


「そんなことはない。 君がカラスのことを分かって上げようとすれば、お互いに理解し合えるよ。 ただ、それだけのことだ」


 だが、僕はカラスたちの心を分かろうとするばかりか、近づくことさえままならない。 カラスたちの行動が愛情表現なんだと思っても、僕にはどうしても納得がいかなかった。


 それにしても、カラス使いであるからには、と彼は行ったが、僕はカラス使いの名を授かる前からも同じようにカラスに襲われていたのは、どうしてだろう。 もしかして、これはカラス使いには関係の無いことなのではないだろうか?


 やはり不安はぬぐいきれない。


「カラスと仲良くするためには、どうしたらいいの……」


 僕が独り言のようにそうつぶやくと、今度はリトルがふむと話題に入ってきた。


「カラスと仲良くする、か。 私も苦労したな」


「リトルも?」


「まあな。 お前と同じように、カラスはよく私のことを襲ってきたが、慣れていくうちにそうでもなくなった。 だが、カラスは今でも嫌いだな」


 リトルにも同じような境遇があっただなんて。 僕は、心底驚いた。


「へえ……」


 僕が感心していると、「まあ」とウィルが入ってきた。


「まあ、君がクローズという魔法名を持っている限りは、ずっと同じようなことが続く」


 そんな……。


「どうやったら、魔法名を変えられるの」


「魔術師として、昇格すればいいのさ。 それか、魔術師をやめるかだね。 後者はやってくれても構わないが、君のもともとの名前もクローズだから、対して変わりはしないだろう。 君のその名前は、まるで魔法名のようだ」


 そう言うと、ウィルはひとりで笑った。

 まるで、魔法名……。 まさか。 魔法名を本当の名前に使う奴があるか。

 ウィルは続けた。


「まず、魔術師として昇格するためには、名前の目的……つまり、君の場合は”カラス使い”を真っ当することが必要だ。 そうしなければ、次のステップに進めない」


 僕は、うんざりした。

 どのみち、カラスと仲良くなるしかないということか。


「我慢するしかないようだな」


 そう言うとリトルは、僕をからかうように、クスクスと笑った。

 しばらくして一息ついた頃、リトルはまたこう言った。


「そういえば」


 一瞬、彼はウィルと目を見合わせた。 ウィルも訳知り顔で、うなずいている。 するとリトルは、次に僕の顔を見ながらこう言った。


「夢の世界で何かがあったときのために、私の居場所を教えておいたほうが良かろう」


「メールは使えないの?」


「それは……」


 すると、ウィルが口をはさんだ。


「次元が違うんだ。 夢の世界で電波は通じないだろう?」


 なるほど。 しかし、よく考えると、わからない。


「つまり、直接連絡が取れるように私の居場所を知っておいたほうが良いということだ」


 そう言うと、リトルはソファーの脇から分厚い地図帳を引っ張り出して、テーブルの上に広げて見せた。


「これが、夢の世界の地図帳だ。 夢の世界は、現実と違ってすこしつくりが違う。 同じイギリスの地図でも……ほら、このとおりだ。 ウィルの療養所は、ここ。 私がいるのは、ここだからな」


 そう言って、リトルは、地図上のウィルの療養所のところを指差した。 それにしても、夢の世界のイギリスは少し歪んでいるように見える。 やたらと横に間延びしていて、ねじったような形だ。 島の数も少し多いような気がする。


「わかったよ。 じゃあ、その地図を写させて」


***


 僕は、リトルに見せてもらった、夢の世界の地図の写しを、家に持って帰ることにした。

 しかし、肝心の夢の世界で、この地図を使うことはできるのだろうか……。

 枕元にでも置いておけば、夢の世界に出て来てくれるのかな。

 僕は、地図の写しに願いを込めて、床に着いた。



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