「捕まりました」
拍子抜けするほど、あっさりと子供たちに別れを告げることが出来た。
実際は、子供たちが行動を起こす前に出て来ただけなのだが。
時折、振り向きながらーーーー追手が来ていないかを確認する。
何だか、怖い。
本当に失礼な話なんだけど、あんな風に好意を向けられるのは初めてで、戸惑ってしまう。私そんなに好かれるような事した覚えも無いのに。それに、聖女って何?
聖女って………深く考えるのはやめよう。
嫌われるのも怖いけど、意味も分からずに好かれている方も怖い。
ーーー後ろを振り返る。
追いかけて来そうだ。いや、追いかけてくるだろうな。
私が子供たちに別れを告げた時の表情からして。
とりあえず、さっきから身を隠せるところを探しつつ、移動を続けている。
こそこそ、こそこそ。
側から見たら自分が相当怪しい人だって自覚、あります。
「・・・・・・」
そうやって歩き続けているのに、どうしてだか一向に大通りに着かない。
国道は何処だ。アスファルトが恋しい。
何処までいっても畑が広がっている。
さわさわ、さわさわ。
高い位置の太陽、日の光を浴びた緑の絨毯が揺れている。
何処までも平穏な光景であるはずなのに、言い知れない不安が背筋を這い上がる。
ここ、何処なんだろう?
はっ。
もしや。
ついに方向音痴に目覚めたか。覚醒してしまったか。
ははは、流石、私である。
道に迷ったことは無いんだけどなぁ・・・それは迷っている事に菜摘が気付いていないからだよ。いつかの友達の声が聞こえた。
でも。ーーーーーーそんな事は無い、と思う。
ヨアヒムさんを支えながら歩いた道は、右に一回曲がっただけ。
そして、その右一回はもう曲がってしまったから、あとはひたすらまっすぐ進むだけ。
それだけで、元いた場所に戻れるはず。
その通りに進んでいるんだけど、一向に着かない。
人生、上手くいかないものだなぁ。
あと少し。もう少し歩けば、さっきの場所に着くだろう。
そこから大通りに抜ければいいだけの話だ。
不安になったって、いい事ない。いいように考えよう。
今までだって、そうして来た。
あ、そうだ。今度、あの子たちにドーナツの差し入れに行こう。
お昼ごはんをご馳走になったお礼に。
「聖女様ぁ!」
女の子の声。腰のあたりに衝撃。
この感触。女の子が私の腰あたりに顔を押し付けていた。
うわぁっ!!捕まったっ!
「うう、どうして行っちゃうのー」
ぐぬぬ、そんな顔しないで・・・なんだか常識が崩れ去りそうになるから・・・
駄目、駄目よ。菜摘〜〜〜!!
これ以上、子供達にお世話になる訳にはいかないんだ。
「ごめんね、用事があるから」
本当は用事なんて無いけれど!
家に帰ったところであるのは求人誌だけですけど!
高校を卒業して、フリーターで。
気がついたら、二十歳になっていて。
成人式で再会した友人たちに刺激を受けて。
やっとさ就職しようと思って面接受けに行ったあと落とし穴に落ちた小野菜摘さんですけど!
あ、今気付いたけど、面接終わりに落とし穴に「落ちた」って不吉かも。
「それって、ルナたちよりも大切なのー?」
ぐはっ。
そんなこと言わないで・・・そんなうるうるお目目に見つめられたら・・・家に帰っても・・・・待っているのは散らかった部屋と、求人誌・・・・それなら。
ルナちゃんにそんな顔をさせるくらいなら、私、もう少しだけここにいても、いいかなー?
いや、血迷うな、私。
落ち着け、落ち着くのよっ、菜摘っ!!
これ以上お世話になる訳にはいかない。
迷惑かける訳にもいかないし、今服は泥だらけ。
とてもとても人様の前に出られる格好ではないのよっ!!
ヨアヒムさんを、送り届けたのは例外。
早く家に帰らなきゃ!!
「ルナ、寂しいよー」
女の子はさらに私に抱きついてくる。
うわぁああ、何、可愛いっ!!
うわあぁ、そんなっ、そんな、鼻血、鼻血がっ。
鼻を押さえ、空を見上げた。
ああ、神様。
こんな可愛い子、どうしたらいいんですか?
・・・可愛すぎる。
「お姉ちゃんの部屋に一緒にくる?」って言っちゃいそう。・・・ソレ、誘拐だ。
「あっ、聖女様だー」
「見つけたー」
子供達がこっちを見ていた。後からわらわらと集まってくる。
うわー、うん、どうしようか。
どの子も、私を見て嬉しそうにしている。
「オノ様」
うわっ、ヨアヒムさんまで!!
腰大丈夫ですか?ーーー大丈夫じゃないみたい。
おじいちゃんみたいな歩き方してる。
男の子がこっちに寄ってきて。
「聖女様、帰っちゃうの?」
わぁああああ、第二のうるうるおめめ攻撃がっ。
駄目、駄目よ、菜摘。
だが、口が勝手に動いていた。
「じゃあ、ちょっとだけ・・・」
言っちゃったーーーー!!
「ほんとう?」
「じゃあ、遊ぼうよ!」
「・・・・・」
これは・・・・断れない流れ。ええい。
「いいよ!じゃあ、何して遊ぼうか?」
「じゃあ、かくれんぼっ!みんなー、行くよー!」
ぱああっ、と顔を輝かせた男の子が言った。
わぁっ、と歓声をあげて、嬉しそうに子供たちは散らばる。
え?
これ、私が鬼のパターンですか?
・・・・うん、そうみたいだ。
鬼役誰もいないし。
「じゃあ、十数えるよー」
なんでこんな事、してるんだろ?
そう思ったけど。
どうせ家に帰ってもやる事ないし。用事もない。
子供達と遊ぶぐらい、どうってことない。
それに。
こんなに誰かに好かれる事が初めてで、嬉しかった。
まぁ、いっか。
要するに、私は調子に乗っていたのだ。