「私、帰ります」
「どうしましたか?」
振り返ると、ヨアヒムさんがこっちを見ていた。
目と鼻の先。
腰を庇いながら、歩いてきたので当然だがこの距離は近い。
今まで意識していなかった事が、改めて実感する。
近い。
「な、何でもないです、あっ。じゃあ、私、帰りますね!」
ぱっと、手を離すと。
勢いがよすぎて腰に響いたのかヨアヒムさんが呻いた。
はっ、すみません。
慌てて支える。家の中のまでは案内したほうがいいのだろうか?
こじんまりとした赤い屋根の教会が見えてきた。
「お邪魔します」
中は、意外にもちょっと暗め。
美味しそうな匂いがしてきた。そういえば、もうお昼時だった。
子供たちもご飯の事を言っていたし。
これは、早く退散しなきゃ。
「ヨアヒムさん、どこに行けばいいですか?」
ヨアヒムさんの指す方向に、歩を進める。
・・・・信用してもいいのか。
誰かが私に囁く。ここは敵の本陣とも言える場所。
いや、でも子供たちもいるようだし、大丈夫だと思う。
奥の方から聞こえる子供達の声が私に決断させる。行こう。
私は家の中に足を踏み入れる。
今見えている大きな扉を開けると、広い空間に大きなテーブルがふたつ横たわっていた。
食堂、みたいだ。
子供たちが、協力しあってお皿や料理を並べている。
ヨアヒムさんは、そのテーブルの端、椅子に座った。
私にも椅子を進めてくれる。
いや、いいです。私、帰ります。
ヨアヒムさんは、笑顔で進めてくれる。
いや、遠慮してるんじゃありません・・・・ちょっとは、あるかも知れないけど。
ひとりの女の子が、笑顔で私の前にお皿を置いた。
「・・・・え?」
女の子は笑顔で頷く。
え、あ、いや・・・・。
初対面のひとにいきなり、ご馳走してもらうわけには行かないんです。
けど、お腹は素直だった。
ぐーーきゅるきゅ。
ぐー、はいいいけど。
きゅるきゅって、何だ。
ヤダ、恥ずかしい、聞こえました?
みんな驚いたように、こっちを見ている。
静まり返っている。
こっち見ないでーーーー!!
「お姉ちゃん、こっちだよ!」
手を取られて、テーブルの真ん中に座らされる。「お姉ちゃんは、こっちね!」
流れるような作業で、みんなより少し大きめのカレーが目の前に出された。
「いやっ、その、わたしは・・・」
スプーンを握らされる。
「お姉ちゃん、お手ては?」
有無を言わせない、彼女の言葉。
はい、すみません、お手て出します。
女の子の真似をする。
「「「「「いただきます」」」」
神父さんがいるから、何か挨拶や儀式があるかと思ったが、意外にも、日本の挨拶だ。意外だ。
そんな事を考えていたらじーーーーーー。と、視線を感じる。突き刺さる。
えっと、これは。これは・・・・・
「いただきます」
一口だけ。
じぃいいいいい。
「うん、おいしい!」
そう言うと、みんな笑顔になって自分の食事をし始めた。
それを確認。もう一度、自分の食べたものを見る。
なんだ?
これは、なんだ。
見た目はカレーなんだけど、味がカレーじゃない。
お米と、ルーが茶色で、人参ジャガイモ玉ねぎみたいなものが入ってる。
カレーの要件は満たしている。だけど、味がカレーじゃない。
お芋を潰してかけました。みたいな味がする。
甘い。甘くて、甘いものにお米がかかっている感じ。
じーーーー、と見られてる。
あ、これは・・・。
美味しいよ、という意味を込めてもう一口食べてみる。
カレーじゃないと思えば全然いける味だ。
うん、ボリュームがある。もぐもぐ。
カレーじゃないと思えば、おいしい、かも。
カレーだと思えば、変な味。違和感MAXだし。
ふむふむ、もぐもぐ。
子供たちは、十人・・・・ぐらいは入るだろうか。にー、しー、ろー、はー。
全部で十七人。結構な大所帯だ。
一番上は、十二、三才ぐらいの男の子。
全員小学校に通ってるのかな?
そう思っていたら、男の子と目があった。
こんにちは。という感じで会釈するとぷいっと、目を逸らされた。
ふうむ、人見知りなのだろうか。もぐもぐもぐ。
周りにいる小さい子たちはそうでもないみたいで、私の隣に座った女の子は私の洋服をつかんでいる。
うーん、そんなに掴まれると洋服が伸びちゃうんだけどなぁ・・・・でも初対面の子に怒ることなんてできないし、これぐらいならいいか。もぐもぐ。
ふと視線を感じる。ガキ大将の男の子。私と目が合うと、キッと睨んできた。
き、気が強そうだなぁ・・・・。
って、私、何暢気にカレー擬きを食べてるんだ。
初対面で家に上がり込み、お昼ごはんまで頂いている今のこの状況。
うわぁー、清々しいほど図々しい、図々しいにも程があるぞ私!
空気に流され、空気に呑まれてこんな感じになってる。
このままでは、どこかで流しきれなくなる。
いつもこんな感じで流されて取り残されるの、私の得意技だ。
・・・・いけない。
ここでその流れを止めておかなければ、どこまでも流されてしまいそうだ。
「私、帰ります!すみません、ご馳走様でした!」
ここで、流れを止めるのだ!