「神父さんの、お名前は・・・?」
「やったぁっ!」
ぱちんっ!
小さな女の子と小さな手を合わせてハイタッチ。
今日のMVPは、君だっ。君がいなきゃ、不審者神父には勝てなかったよ!
いえーい。ぱちんっ。
その神父は、私たちに負けて地面に転がっている。
ふうむ、どうしたものか。
「大丈夫ー?ヨアヒムー」
神父側の男の子が声をかけている。
本当。大丈夫?
私も、一定の距離を開けつつ神父を見守る。
負け方が、負け方だった。
このままじゃ、味方の男の子を巻き込んで倒れてしまうっ、と思った時。
上手い具合に男の子を避けて地面へとダイブしていた。
その時、腰を変な感じに、というかありえない動きをしたので。
多分、腰をやったんじゃないかなーと思うんだけど、大丈夫?
「ああ、うう・・・」
時折、腰の方を気にしつつ呻き声を上げている。
若いのに・・・いや若いからこそなのか。痛そうだ。
「あのー、大丈夫ですか・・・」
原因は、私にある。多分、おそらくだし、このまま立ち去るのは、いくらなんでも。
人として少し終わる気がするので、様子を見る。
「ヨアヒム、大丈夫かー?」
一番年長者と思わしき男の子が神父に声をかけた。多分ガキ大将ポジション。
というか、この男、ヨアヒムというのか。
明るい茶色の髪に、瞳。
日本人にしては明るい髪色と瞳だから、もしかしてハーフかもしれないって思ってたけど、そうか、ヨアヒムという名前なのか。日本人じゃないみたいだ。
「よ、ヨアヒムさん?大丈夫ですか?」
ヨアヒム、言い辛いな。ヨアヒム、ヨアヒム。うん、言い辛い。
ヨアヒムさんは、飛び上がった。あ、腰・・・。
「痛い!」
そ、そうですよね。
急に動いて痛そうだ。激痛が走った事は見ていて分かる。
ああ、腰は辛い。痛そうだ。痛い、絶対に。見ていて痛々しい。
が、そんなヨアヒム神父にも子供たちは容赦無かった。
「ヨアヒムー、俺お腹空いたー」
「お腹すいたー」
「お昼まだだよー」
「今日はカレーだーー」
「まだだよなー」
「早くー」
「いつまで寝てるのー?」
「はやくはやくー」
「もう行こー」
女の子数人は一緒に手をつないで、どこかへ帰ろうとしている。
え・・・・いいの?
緑の目をした男の子と目があった。
男の子の目が語っていた。いいんだ。
何だかかわいそうになる。ヨアヒムさん・・・。
でも子供たちを見るに、これがいつものヨアヒムさんと子供たちとの関係なのだろう。
「ヨアヒムー、もう行くよー。」
「お腹が限界だよ、俺は行くよー」
ぱらぱらと、子供たちはヨアヒムさんを置いていく。
え、ええ?
マジか、マジなのか、本当なのか非情なり。
「ヨアヒムさん、あの、動けますか?」
「へ?」
ヨアヒムさんは、私を眩しいものを見るような目で見た。
そ、そんな目で見ないでください。全力で縋り付いてこないで下さい。
逃げたくなります、9割ぐらいの確率で。
でも、こんな風になったのは、私の責任。見捨てるわけにはいかないし。
「良ければ、家まで送ります・・・よ?」
うわぁ、上から目線になってしまった。こんな台詞言うのは初めてで、恥ずかしい。
わああ、なんて事・・・・!
「あ、いや、そういうわけにはいっ・・・ぅ・・!」
あ、腰ですか、腰ですね。
言葉の途中で悶絶し始めたヨアヒムさん。
「送ります、から!・・・・すみません」
ぺこり、頭を下げる。
ーーーしばらくお待ちくださいーーー
ヨアヒムさんの回復を少し待って。
「じゃあ、お願い、します・・・」
ヨアヒムさんの腰を庇いつつ、ヨアヒムさんに肩を貸す。
若い男の人、同年代の初対面でこんなに接近したのは初めてだ。うわああ。
そこでふと。酔いつぶれた父親をこうした記憶を思い出す。
そして、思った。
何やってるんだ、私。介護か。
トキメキが消えた。切ない…。
「よし。じゃあ、行きますよ・・・?」
ヨアヒムさんと私の顔は近い。ヨアヒムさんの顔が肩の近くにある。近いなー。
いち、に、いち、に。
歩を進める。転ばないように地面に視線を向ける。デコボコしていて歩き辛い。
「ヨアヒムさん?大丈夫ですか?」
「はい・・・・」
舗装されていない道が続く。公園ってこんなに距離があったけ?
もう、大通りとか住宅街に出てもいいと思うんだけど、やっぱり人ひとりを支えての体感は違うのだろう、もう少し。
「こ、ここを右です。」
「み、右、ですね。」
おっと、そこに大きな石ころが。
避けつつ、歩いていく。
「ここです、着きました。」
辿り着いたのは、赤い三角屋根をした家だった。
童話とか絵本とかで出てきそう。
少し汚れている感じも、風情があっていい。適度な広さを持っていて、さっきの子供たちがちらほらとそこの庭で遊んでいる。
「・・・・・・」
こんな所、公園にあっただろうか?
こんな規模の建物、すぐに見つかってもいいと思うし、自分自身が今まで知らなかった事が不思議でたまらない。
私は、この公園で小さい頃から遊んでいたはずなんだけど。
振り向くと、青い畑が広がっていた。
それが、私が感じたほんの少しの違和感だった。