「聖女様って、誰ですか?」(一回目)
「聖女様」
そう呟いたまま、神父の格好をしたコスプレ男は微動だにしない。
聖女様?
私の耳が確かなら、今聖女様って言いました?
何言ってるんだ、何か言ってるよ、何言ってるんだ。
私をコスプレワールドに引きずり込むな、世界観が異なるんだ、ハッピーハロウィン!
そして、さようなら!
いや違うな。言うなら「お菓子あげなきゃイタズラするぞ」か。
そうだ、これは先手を打たなければ!!
「お菓子あげなきゃ、いたず「聖女様」・・・・」
あ、被った。えー、今なんて言いました?ごめんなさい聞き取れませんでした。
目の前でそんな風に気まずくされたら、逆に話しずらい・・・
私と神父は、話そうとして、話せない・・・・というのを何回か繰り返した。
「・・・・」
「・・・・・」
神父は、気まずそうに、私を見ている。
その視線の先には、泥まみれになっている自分。
ええ、ええ。落とし穴に落ちましたがそれが何かっ!
もうヤケクソだ。
はっ、今気づいたけど、私ってばコスプレ集団の一味になってない?
泥女ってことで。
でも、それなら差が激し過ぎません?
白衣に金糸の刺繍の施された、見れば見るほど高そうな服を纏った男。
泥まみれの泥女と比べたら。コスプレのクオリティが高すぎる。落とし穴のクオリティも高かった。
あー、お家に帰りたい。お家が恋しい。
今この状況をなんとかしたい。
私の足は勝手にジリジリと後ろに下がる。なんか、なんか、変な雰囲気?
やばい?
「あははは」
とりあえず、笑って誤魔化せ。そして全力ダッシュだ。
今なら世界記録に挑戦できそうなほど早く走れる自信がある。
「・・・帰ります、すみません、失礼しましたぁああ!」
なんで私謝ってるんだろう。謝りつつ私はダッシュの体勢にはいる。
斬り込み隊長、行きます!
「お待ち下さい!!」
ふあっ!?
腰抜けた、なにこのイケメンボイス!
立ち上がれない。私に近づいてきた神父さん。
「聖女様、あなたは聖女様ですか?」
あなたが落としたのは、金の斧ですか、銀の斧ですか?みたいに聞かれた。
質問の意味が分かりません。あなたは聖女様ですか?
「私は小野菜摘です・・・」
セイジョサマっていう名前じゃないのは、確かだ。
そんでもって、就活中の普通の女だ。ちなみにフリーター。
追加で最近は婚活にも興味がありますけど。
「オノ・ナツミですか」
う、うん?
・・・そうだけど。
さっきのイケメンボイスはどうした?
ちょっと、発音が違う・・いきなり田舎者の発音になった。どうした?
オノ・ナツミ。
なにが違うのかって、分からない。オノ、で音を切ることは当たってるし、ナツミもナツミだけど、なんか違う、自分の名前じゃ無いみたいだ。
「オノ、そうですか・・・」
噛みしめるように、もう一度私の名前を呼ぶ。オノ。
自然に手を取られた。そっと、大切なものを扱うようにに握られる。
え、なにこのテクニック。
驚いて手を引こうとする。出来ない。
意外に強く握られている、なにこの強引さ。
って、いきなりなんなのさ、この人!!
なんだか馴れ馴れしいんですけど!?
「お待ち下さい」の一言で腰が砕けた私が言えることでは無いけれど。
だってこの人、カッコ良いんだもの、優しそうな顔しているし。
イケメンってだけで、警戒心が引き下げられてる、私チョロい。
優しそうだし、子供たちに懐かれていることは、一目で分かるし、良い人そうだ。
あ、こうゆうところがチョロイんですよね。
「ああ、聖女様、オノ、あなたは聖女様なのですね!」
あ。
やばい。なんか、スイッチ押しました?
変な人、変な人だ。
やばい、今頃になって危機管理能力が警鐘鳴らし始めた。大変だ!
遅いけど・・・ええい、その手を離せ、無礼者!
力、強い。
すでに握られている手。
私が離そうとしたのが分かったのか、力強く握られて離せない。
離してくください?
私の引き方が悪いのか、綱引きみたいになっている。もしくは芋掘り。
逃げようとする私と、離さない神父。
ずるずる、ずるずる。
ええい、離せぇ!離してっ、離して下さいってばっ。
やっぱり、手を掴まれた事が痛い。男と女という性差が如実に出ている。
離せ。家が恋しい。ここから走って家に帰りたい。
もう、嫌だ。この無礼者、いやっ不審者っ!帰ったら、通報するっ、絶対っ!
「がんばれぇ〜〜!」
ほへっ!?
気の抜ける声が聞こえた。周りにいた子供達のひとり。男の子だ。
一人が言えば、堰を切ったように。
「がんばれ〜〜!」「がんばれ〜〜ヨアヒム!」「お姉ちゃんも頑張って〜〜」
あっと言う間に、ギャラリーが。
ワイワイガヤガヤ。子供たちが目をキラキラさせてこちらを見ていた。
これをどこかの綱引きか芋掘りかと勘違いしているみたいだ。
違うってっ、のっ、これは遊びじゃないっ、遊んでないって!
これは真剣勝負の・・・・って、違うっ。
こんのっ、手を、離せっ、離しなさいっ。
ぎゅうう、と私の腕を掴んで離さない神父と。
腕を引く私。ずるずる、ずるずる。確実に動いている。神父を引きずる私に子供たちが歓声をあげる。
ええい、離せ、離すんだ。私は逃げたい。お家帰りたい。
離せ、引きずって神父まで家に招く気は、ないっ、んだから!!
ふんぬっ。
「おおっ!」「わぁ!」
神父が体勢を崩しかけ、子供達が歓声をあげる。
ちょっ、そこっ、外野っ、手伝ってよっ!!
そんな思いを込めて、子供達を見る。
そこで油断してしまったのか、神父と私の間の均衡関係が崩れる。
神父が私側に大きく体勢を崩す。
神父の顔が近い。
あ。
そこで気付いた。
これ、私が勝ったら神父が私の上に倒れこんくるやつじゃない!?
うわああっ、ソレ、駄目なやつっ。
そう動揺したのが駄目だった。
一瞬で、神父側に体が傾く。
私は立ち上がり、神父の腕が腰に回る。
まるで抱き寄せられてキスされる、そんな体勢。
うわっあ、コレ、一番駄目なやつ!!
どっちに転んでも、私は捕まる。
それならっ、この手を離してもらうしかない!
うおおおっ。
うわああっ。と子供達の歓声が響く。
神父は私の緩急をつけた小ワザのお陰で大きく体勢を崩した。ナメんなよ!
はははー!
そこで、何を思ったのか。
突然子供達が私と神父をわらわら取り囲んだ。
え?え?何が始まるの?
そんでもって、油断できない何も出来ない。
ナンダコレ、ナンダコレ。
綱引き?が始まった。多分、人間綱引き。
疑問系なのは綱が無く、私と神父の腕が綱の代わりになっているからだ。
子供たちは、私に加勢する側と神父に加勢する側にちょうど半々になり、反対方向へ引く。
加勢してくれるのは嬉しいんだけど、これは加勢なの?
無遠慮に私の腰あたりにしがみついてくる子供達。
腰あたりを掴まれて地味に痛いし、案外掴む力が強くてシャレにならない。
それにたくさんの手が私を掴んでいて、結局逃げられなくないですか?
そんなことを考えていたら、神父側に大きく引きずられる。
ちょっ、うわっ、やめっ。
「お姉ちゃん、頑張って!」
私の正面、お腹あたりにしがみついている女の子。
その必死で可愛い顔と声で。
そんなっ、そんな応援されたらっ、頑張るしかっ、ない、じゃないっ!!