第三話 懐かしい手つきとまだ知らなくては良い事
「あたしの名前は・・・だぜ。お前の名前は?」
ジュリアと同じ黒髪赤目の女性が僕にそう問いかけてきました。
ジュリアとどこか似ている様な、似てない様な。不思議な感じです。
けど、その女性の頭には普通の人間にはない、立派な角がありました。
黒くて、ゆっくりとカーブを描いていて、上品な輝きがありました。とても、綺麗です。
僕は自分の名前を名乗ったのですが、何となく、聞き取れませんでした。
自分の声なのに、おかしいです。
「そんなちっこいのに・・・を守って偉いな。よし、身なりを整えてやるから、あたしの家に来な」
「・・・どうして?」
どうして、そんなにしてくれるんでしょうか。
こんな、こんな・・・?あれ?よく分かりませんが、初対面なのに、どうして?うん?
そう言えば、この女性は僕よりずいぶんと大きいですね。
女性に手を伸ばせば、自分の手が随分と縮んでいる事に気が付きました。
なるほど。この女性が多きいのではなく、僕が子供になっているんですね。
「子供ってのは何よりの宝だぜ?これから未来を作っていくのは、お前ら子供だ」
その美しい顔に似合わない、豪快な笑い声を上げたかと思うと、女性は僕の手を取って自分の家に連れて行ってくれました。
そこではボロボロだった服を奪われて、お風呂に入れられました。
「おお、汚いな。まあ、これぐらい法力を使えばすぐに洗い落とせるぜ」
「法力?」
魔法でも、聖法でもなく、法力?
よく分からない第三の力が出てきましたね。
「何だ。お前使えねーのか?それとも最近ちらほら出てきた魔法と聖法とかのどっちかしか使えない奴か?祈りとか、恐怖心とか、そういうややこしい事考えずにただ感覚で法力を使えば良いのによ。まあ、確かに考えるのは大事だけどな」
丁度良い温度のお湯を頭からかけられて、汚れが全て落ちた時、女性は言いました。
「なんだ。お前綺麗な銀髪じゃねーか。・・・も・・・だし、良いもん拾ったな。あたし」
わしゃわしゃと頭を撫でられて、それがとても優しいものだと気付けました。
そうです。この女性は、確か、妾の、大切な友人。
友であり、姉であり、指導者。
とても、大切な人。
どうして忘れていたんでしょうか。
名前を呼ばれる度に、嬉しかった。
銀の髪を褒めて貰えることが、嬉しかった。
知らない事を教えて貰えることが、嬉しかった。
妾は彼女に会えたから、学ぶ楽しさを知り、それを広めたいと思ったのです。
この後、彼女は妾をしばらく家に置いてくれました。
“この時代”生きるだけで精いっぱいという者が多いのに、彼女は知識を有し、それを教え、人を導く事が出来る人でした。
彼女の家で過ごす日々は、宝物の様で、これを忘れていただなんて、おかしな話です。
けれど、全てを思い出した訳ではありません。
まだ聞き取れない部分も多いし、気付けていない事も沢山あります。
ザクロがお腹の中にいた時の夢よりは、もっともっと鮮明ですが、それでも、まだ・・・。
・・・あれ?夢?これは、夢なんですか?
当たり前の事の筈なのに、気付くのが遅くなってしまいました。
けれど、気付いてしまえば全てはあっという間です。
彼女の豪快な笑みが見えたと思ったら、すぐに彼女の姿は書き消えてしまいました。
「まって・・・!」
そう言って手を伸ばせば、見えたのはザクロが僕に与えてくれた部屋にあるベッドの天蓋でした。
もう、朝です。
そう。あれは夢だったんです。
ジュリアによく似た、けれど少し違う女性が出てきただけの夢。それだけの事です。
・・・けれど、ザクロの時の夢もそうですが、これは確かに、僕の、いいえ。妾の記憶なのでしょう。
記憶でなくても、それを暗示する様な、意味のある夢なのでしょう。
それにしても、赤い瞳に縁がありますね。僕は。
「おはようございます。白雪さま。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「うん。いいよ。ジュリア」
部屋のドアをノックされて、ジュリアの声が聞こえました。
部屋に入る許可を出すと、ジュリアは既に出来上がった朝食を持ってきていました。
良い匂いがします。
あれ?そう言えばこの世界に来てから食事をするのは初めてかも知れません。
ザクロが持ってきた果物とかは食べていましたが、それだけです。
我がことながら、よくお腹が減りませんでしたね。
それをジュリアに言ってみると案外簡単な解答が返って来ました。
「法力量が多い者は植物の様なものですから。眠ったり、湯浴みをしたりと、精神的にリラックスをすると自身の力が回復します。ですから、こういう食事は特に摂らなくても良いのですけど、それでも食事は娯楽の一つですからね。・・・精神的に安定しているか、それとも外部から法力を得ている者は食事も睡眠も、何もしなくても生きて行けるのです」
「法力量・・・?」
MPみたいなものでしょうか?
ゲームには詳しくありませんが、それぐらいなら知っています。
「聖法は祈り。つまり信仰心などを力に変換するのですが、魔法は恐怖心。未練。後悔。そんなものを力に変換します。しかし、信仰心も神への畏れ、恐怖心も何かを自分より上位のものだとする事によって生まれます。そういう観点から見ると、聖法と魔法を総称して法力と呼ぶのです。そして、法力の量ですね。それが法力量。詳しい事なら・・・ジェノモンドという神職の者を覚えていますか?」
「えっと、ザクロが言ってた様な?」
「水色の髪の、無精ひげが生えた研究者然とした男です。あの方も昔聖法と魔法には違いがなかったと仰っていますから、今日会えたら少しばかり話を聞いてみるのも良いと思いますよ」
ああ。あの人ですか。
確か、ザクロを呼びに行った人ですよね。
思い出してしまえば、確かに研究者と言われれば納得できるような外見だった気がします。
あれは、気になったら一直線。とかそういう者凄い集中力を持っている人の類なのではないかと思います。
朝食を食べ終わり、歯を磨いたりとかをし終わると、ジュリアが髪を梳かしてくれました。
一応部屋の外に出てそれなりの地位の人に会うのですから、気を遣わなくてはいけないらしいです。
服も、なるべく露出が少なく、清楚?に見える物を。
でも僕としては友達に助走を見られると言う事なので、少し嫌、と言いますか。何と言うか。
そんな僕の気持ちを察してくれたのか、ジュリアはドレスではなくズボンを穿くのを許してくれました。
というか、これは剣術とかの練習をする時の服らしく、訓練場に行くのですから、これが一番目立たないと言ってくれました。
白いブラウスに水色に近い灰色のベスト。ベストと同じ色のズボンと白いブーツ。
可愛いです。
凄く、凄く可愛いです。
こういう服一回作ってみたいです。
色は大人しめだけれど、細かい刺繍や布の質感が上品さを表しています。
しかも、今日は髪を大きい三つ編みではなく、緩めの編み込みを数回繰り返し、ひとまとめにした、可愛いけれど、結構高等技術がいる様な、そんな編み方をしてもらいました。
ジュリアは髪を結うのがとても上手です。
「ジュリアは髪を結う事が多かったの?凄い上手だけど」
髪の長い妹でもいるんでしょうか?
「・・・昔、とても髪の長い女の子の髪を毎日結っていた事があります」
昔、という言葉とそう言ったジュリアの表情から、何となくあまりツッコまない方が良い様な気になりました。
そういえば、今日の夢の事をジュリアに話した方が良いんでしょうか?
何かあったらジュリアに言えと、そう言われていますが、何となく、タイミングが掴めません。
けど、やっぱり言った方が良い様な気がします。
だって、夢の中の女性は、あんなにもジュリアに似ていたんですから。
「そういえば、ジュリア」
「はい。なんですか?白雪さま」
「今日、夢を見たんだ」
「まあ、どんな夢を?」
ジュリアは興味深そうに僕の話を聞こうとしてくれています。
髪を結って貰って、服ももう着替えています。
けれど、まだ約束の時間まで少しばかりあります。
だから話しても、そしてそれが原因で何かがあっても、まあ、多分大丈夫でしょう。
「ジュリアと同じ、黒い髪と赤い瞳の女性が出てきたんだ。話し方は、全然違うけど、僕・・・ううん。妾を拾って、お風呂に入れてくれて、髪を綺麗だと言ってくれた。その人は、法力をとても上手く使っていたし、なにより、色々な事を知っていたんだ」
「・・・その女性に、他に特徴はありませんでしたか?」
「えっとね、頭に角があったよ」
そう言うと、ジュリアは少し黙り込んでしまいました。
何か、知っているのでしょうか?
「あ、あのね。ジュリアにちょっと似てたよ。僕の髪を結う手の感じが、少し」
「そう、ですか。・・・良かったです。白雪さまが良い夢を見られて」
「これも、記憶の封印が解かれている証拠、なのかな?ザクロと再会した時も、夢を見たし」
ジュリアは色々と考えているみたいだったけれど、それでも、やっぱり嬉しそうだった。
何となくだけど、僕が彼女の事を思い出せている、その事実が嬉しいのかもしれない。
ジュリアと外見的特徴が似ていたから、もしかしたら、ジュリアの先祖とかなのかも。
・・・あれ?でも、あの女性には角があった様な?
「白雪さま。魔人について知識はございますか?」
「ない、かな?」
「そうでしょうね。白雪さまが聖母として生きていた時にも、魔人は確かに存在しましたが、それでもやはり今の魔人とは違います」
「どう違うの?」
「・・・私は研究者ではありませんから、詳しい訳ではありませんが、今現在の魔人は完全に魔神の支配下にあります。しかもそれに違和感を感じてはおりません。もともと、高い矜持を持った種族です。何かの下につく事など殆どありえなかったのですが、今は知りもしない失われた力を取り戻そうと、魔神の復活だけを考えているのです」
「失われた力。・・・法力?」
「そうです。尊い何かを恐れ敬う事。それが法力の源です。ですから、それをよく知りもしないのに魔帝國の者達は取り戻そうとしているのです」
自分が欲している物が何なのか知らない。
それでは確かに信仰にはならないでしょう。
それが何か知らないのであれば、祈りたく何てないでしょうから。
「二つの天職を持つ者が聖法と魔法。両方を使えるのは知っていますね?」
「うん。だから、多分僕も使えるんだよね?」
「もちろんです。つまり、聖法と魔法の二つを再び混ぜ合わせた時に、別れ、別物となった物を合わせる事で、もしかしたら、奇跡が起こるのではないかと」
奇跡。それは日常では案外使う言葉です。
けれど、ジュリアが言うその言葉は、とても重く感じられます。
気軽に使って良い様な、そんなものではない様な。そんな気がします。
「ジュリア。魔帝國が奇跡を望むのなら、聖国は何を望んでいるの?」
かつての僕が作り上げたという国。
それを今はザクロが治めている。
魔帝國は過去にあった力を望み、多分、その為に僕を封印していました。
それならば、聖国はどうなんでしょうか?
この国は、何を、望んでいるのでしょうか。
「・・・それは」
ジュリアの言葉の続きを僕は待ちました。
けれど、もう約束の時間は近付いていたのです。
「白雪さま。この話はもう終わりです。さあ、訓練場に行くまで目立たぬように、これを」
はぐらかされてしまいました。
けど、確かに僕が知るにはまだ早い内容なのかもしれません。
ジュリアから渡された、まるで結婚式で花嫁さんが付けるヴェールの様なものを被りました。
「白雪さまの存在は一応知っている者は知っておりますが、それでも白雪さまは聖母なのです。そこら辺の者が気軽に近づいて良い存在ではありません」
「・・・落ち着く」
鏡に写っている自分の姿を見ました。
服とヴェールは特に違和感を感じさせませんが、顔が隠れているのは久しぶりです。
今更な感じもしますが、これは結構落ち着きますね。
ジュリアやザクロになら顔を見られても何とも思わわなくなって来ましたが、やはり他の人にはちょっと。
そんな僕の気持ちをくみ取ったのか、ジュリアはくすり。と笑って言いました。
「部屋の外に出る時は、それを被っているのなら、許可が下りればどこへでもついて行きましょう」
「ありがとう。ジュリア」
さて、紅火ちゃんや時雨くんたちに会いに、訓練場へ行きますか。
微妙に伏線染みた、というよりも確信染みた事を書きました。
ジュリアの事とか、色々とこれから明らかになっていくのですが、それよりも、服を着替えたり、夢の話をするだけで一話使うとは思っていませんでした。
予定では既に勇者組たちとの再会を済ませている筈だったんです。
まあ、それはまた次回。