プロローグ 傍から見た母子の再会
家庭科部に所属している女子四人組は家庭科部唯一の男子である花車白雪の事を可愛がっていた。
背が高くても、華奢と言うべき体格で、女である自分たちでも力でなら勝てそうな、そんな弱弱しさが彼女たちの母性本能をくすぐったのだ。
ただ気弱なだけならそこまで気に掛けなかったかもしれない。
けれど、白雪は自分の好きなものの為にもの凄いパワーを発揮するのだ。
体力何て文科系の部活動に所属している分他の男子生徒よりも少ないだろう。
休み時間も外で遊ばずに縫物をしたり少女漫画を読んだりと、実にインドアなのだ。
けれど、一度部活の買い出しに行った時にショッピング中の女子と同じだけのテンションを維持し続け、最終的には本屋で新刊の少女漫画と少女小説を買った時点で3時間「これ好き?あっちの方が可愛いよ。あ、これ前から欲しかったやつ!」と本当は女子なんじゃないだろうか。と言いたい程可愛かった。
そう。白雪は可愛いのだ。
気弱なだけではなく、可愛く、身近だ。
生まれてくる性別を間違えたのではないかと思える白雪は、女子にとっては身近で、男子にとってはどう扱って良いのか分からない相手なのだ。
性別と身長以外、気弱な女子と一緒なのだ。
その上自分の方が少しばかり身長が高いのに少しばかり怯えを含んだような視線を向けて来る。
その長い前髪で目を認識できなくても、動作で分かる。
可愛らしい小動物の様だから、多感な年ごろの男子はどうして良いのか分からない。
そしてそれを寂しがりながらも一人ぼっちは苦手な白雪は話が合う女子の許へ来る。
紅火たちは自分たちの幼馴染が白雪を可愛く思っているのを知っているけれど、それでもそれは白雪には秘密なのだ。
怯えている姿が可愛いという理由もあるし、何より、幼馴染たちを白雪に近付けたくないと思うのだ。
白雪の方から行くのは良い。
白雪が「男子と話せた」と嬉しそうに報告してくる様子は可愛らしいのだから。
けれど、特にツンデレが過ぎる時雨と、反応が良くてつい苛めてしまう天晴は駄目だ。
明らかに怖がっているし、何を仕出かすか分からない。
けれど、まあ。それでも大事な幼馴染なのだから仲良く出来る様になるのなら手伝ってやりたいし、何より、あの可愛い白雪と自分たちの眉目秀麗な幼馴染が絡んでいる姿は目の保養だ。
そこに限度はあれど、少女漫画が好きな女子は大抵、男子が絡んでいるのを見るのも好きなのだ。
家庭科部女子は結構それを好んでいる。
話しは変わるが、白雪が自分の容姿にコンプレックスがある事は周知の事実である。
けれど、それは特に問題ではないのだ。
幼馴染たちはどんな酷い容姿でも可愛いから問題ない。そう思っているけれど、紅火達はそんな事はないと思っている。
まず、前髪の隙間から時折見える輪郭。
顎のラインや唇の形。歯並び。
作ったシュシュを結ぶと言えば、前髪に触らない限り髪には触らせてくれるのだ。
だから頭蓋骨の形もよく分かる。
大きな怪我でも負っていなければ、愛らしい顔だちをしているに決まっているのだ。
そう。それを知っている彼女たちは白雪の顔が見れるというこの絶好のチャンスを固唾を飲んで見守っていた。
もちろん、白雪が本気で泣き出しでもしたら自分たちを呼び出してくれた神職たちを逆に泣かす程度の覚悟はある。
腕力で敵わないからと言って何になる。
年頃の女子の集団ほど恐ろしいものはないのだと、その身をもって思い知る事になるだけだ。
けれど、実際白雪の顔が自分たちの目前に晒された時、白雪が泣き出しそうだ。という事実は陰に隠れてしまった。
人工的に作られた人形の様に配置が完璧すぎる目鼻立ち。
いや、その大きく、真っ黒なのにどこか甘く見つめられればその場から動けなくなるであろう、飴玉の様な、宝石の様なその美しい潤んだ瞳。
長いまつ毛はそんな大きな瞳を美しく縁取っている。
小ぶりだが真っ直ぐで、高い鼻。
口は小ぶりで、しかし少しも荒れておらず、桜色が艶やかに見える。
髪で隠れていたからか、肌は陶器の様に白く滑らかで染み一つなく処女雪の様に触れる事を戸惑わされる。
頬はほんのりと桜色に染まっていて、ああ。言いだしては止まらない。
そんな容姿を、どうして隠しているのか。どうしてコンプレックスだと言うのか、誰もが理解できなかったし、その理由を知ってもいた。
確かに、生まれてくる性別を間違えている。
白雪にはそっくりだという中学生の弟がいるらしく、写真を見せて貰ったが、男前と言うか、例え髪が長くとも男だとすぐに分かる顔立ちだった。
そんな弟と全く同じ。けれど、確かに違う。
それは確かにコンプレックスにもなるだろう。
「・・・さま」
白雪の前髪を退かした神職の一人が何かを呟くのを聞いた。
涙をほろほろと流し、床に体育座りでへたり込んでいる白雪に対して言ったのか。
何と言ったのかは分からなかったけれど、白雪の天職に関係しているのだとは誰だって分かっていた。
「聖王!聖王様を呼べっ!」
神職の言葉に誰かが自分たちがいる部屋から出て行った。
そして、泣き続けている白雪を慰めようと思っても、神職の者達が近付けてくれなかった。
泣かせてやろうか。紅火たちはそう思ったけれど、その後少し白雪の様子がおかしい事に気付いた。
ゆらゆらとその瞳はどこでもない場所を見つめているように見えた。
まるで、幻覚でも見ているかのような。
そして、ゆっくりと白雪にとってそこにいるらしい“なにか”に手を伸ばした。
「 」
そして何かを呟いていたけれど、この距離では分からない。
どうにかしないと。紅火たちも時雨たちもそう思った。
何かしないと、白雪がどこかに、自分たちの手の届かないどこかへ行ってしまう様なそんな感覚になった。
けれど、それは叶わない。
自分たちよりも余程白雪にとって強力な“なにか”が白雪を、白雪でない名で呼んだからだ。
「母上!」
現れたのは白雪とよく似た男。
けれど、女性の様な容姿の白雪とは違い、そして同じ顔の筈なのにああも違う、白雪の弟と似た、そんな男だった。
金糸の様な髪。
鮮血の様に赤い瞳。
白雪を見る、縋る様な、陶酔する様なその視線。
顔立ちが似ているばかりに、似ても似つかない。白雪と親しいもの程そう思えてしまうのも無理がなかった。
何度か白雪を違う名で呼んだ、聖王と呼ばれた男は白雪に普段と全く違う表情を表せた。
ああ。それがどうしようもなく恨めしい。
紅火たちはそう思った。
自分たちの白雪に何をするのだ。
何をしようと言うのだ。
そう叫びたかったけれど、そんな事を言える時ではなかった。
「・・・ザクロ」
その果物の名を聞いて、ああ。確かに聖王の瞳はザクロによく似ているかもしれない。
彼女たちはそう思った。
けれど、白雪が、自分たちの白雪がそんなにも愛おしげにその名を呼ぶ事がとてつもなく気に入らない。
「おお、おお。妾の愛しきザクロ。その顔を、もっとよく妾に見せておくれ」
「はい。母上」
白雪。いや、白雪であって白雪でない者。
それが手を刺し延ばし、それが合図であったかの様に聖王は白雪に近付いた。
「母上。お変わりないようで」
「ああ。お前も相変わらず父親似じゃ、目元の辺りなど、瓜二つじゃ。ザクロ。近う。近う寄れ。もっと、すぐ傍に」
「はい。母上」
いや、明らかに白雪似だろう。
そう心の中で誰かが、いや、誰もが突っ込んだが、それはやはり声にならなかった。
白雪の前に、まるで愛しい女性にプロポーズをする男の様に、美しい姫君に忠誠を誓う騎士の様に、そんな風に跪く聖王の姿はとても絵になった。
白雪の美しさもそれを際立たせているだろう。
「愛しき我が弟にそっくりじゃのう」
その言葉と表情には聖王に向けたものとは別種の愛情が乗せてあった。
そして、それに聖王も気付いていたのだろう。
それが気に喰わないと、一瞬。ほんの一瞬自らが纏う空気に表していた。
それに白雪は気付かなかっただろう。
聖王は絶対に白雪にだけは気付かれたくないのだから。
それにしても、白雪はそこまで、そこまであの弟を愛していたのだろうか。
とても可愛がっているのだと、話では聞いた。
けれど、そういう感情を含む様な、そんな声色で呼ぶような、そんな表情で思い出すような、そんな間柄では決してなかった筈だ。
聖王を抱きしめながら、聖王の腕に抱かれながら、白雪は言葉を続けた。
「のう、ザクロや。妾はまだ完全に目覚めた訳ではない。封印の綻びから呼びかけているだけじゃ。だから、早う。早う。この聖戦を終わらせ・・・わら、わ・・・お前・・・父を・・・妾の・・・に、早う」
それはまるで壊れたラジオの様な、録音していた機械が途中で壊れたかのような、そんな様子で。
白雪の体が聖王の許へ崩れ落ちる瞬間、白雪の背中程しかなかった髪は背の高い白雪が立った状態であっても床を這う様な、それ程の長さへと伸び、黒から茶、茶から金。金から灰。そして最後は銀色に変色した。
それはまるで星屑の様な、そんな美しさがあったけれど、意識を完全に手放した白雪を見つめ、耳元で優しく、妖しく囁く聖王に紅火たちの心は同化した。
「母上。良い夢を」
あ、これヤンデレですね。
「大事な白雪に何をするんだこの野郎」と言うよりも、「いいぞもっとやれ!」と囃し立てたくなるのは健全な女子だと彼女たちは思った。
少し長くなったので、とりあえず2が次にあります。
この後、ある程度主人公、白雪の状況が説明されるはずでした。
まあ、白雪の立場とか周りからの評価とか、実際の容姿とか、そういうのが分かって良いんじゃないかなって思います。