第二十二話 だってお母さんだからね 下
「ジュリア!ジュリア、ストップ!」
剣を両手に構えて「さあ、どう料理してやろうか」というような雰囲気を纏わせながら盲目主義者に向かって行くジュリアを僕とエドゥは必死に止めました。
エドゥは一応初対面だからかジュリアに直接触れたりはしませんでしたが、ジュリアの進行方向に立ちふさがっていました。
僕は僕でジュリアの服の端を伸びない程度に掴んで引っ張り、ジュリアは僕を無視する様な事がないのでそのまま止ってくれました。
でも、エドゥが険しい顔をしているのできっと今ジュリアは怖い顔をしているんでしょう。
ちなみにジュリアがこんな事をしようとした原因を作ったウォルヴィルークさんは困った様に笑いながら僕たちを見守っていました。
いや、見守っていないで手伝ってください!
「白雪さまのお手を汚させる訳にはいきません」
「ジュリアがこの人たち殺す方が嫌だよ!」
「大丈夫です。白雪さま。介錯は恥ずべき行為ではありません。死する運命の者を無暗に生き永らえさせる事の方が憐れです」
「いや、それ明らかに私怨が混じっているだろう」
「貴方もあの者を殴っていたではありませんか。私は背骨にひびを入れただけです。貴方は肩の骨を粉砕していましたね」
「白雪の首を絞めたんだ。当たり前だろ」
「ならば分かる筈です。これが私怨だというのなら、それを止める権利は貴方にはありません」
「……それもそうだな」
「エドゥ!?」
嘘でしょう!?エドゥもそっち側に行くんですか?無理です。流石にジュリアとエドゥ両方は止められません!
「だが、白雪の前で殺生は良くないと思うのだが」
「……それもそうですね」
あ、大丈夫でした。エドゥもそこまで危険思考の持ち主ではなかったみたいです。さっきのエドゥの表情を見る限り駄目だろうなぁ。とは思っていたんですが、やっぱりエミリアさんたちと話して良い方向へと向かったみたいです。……まあ、エドゥにあんな悟りきった様な表情をさせてしまったのは僕の責任なんですけれどね。
「じゃあやっぱり白雪さまに封印をしてもらうしかありませんね」
「……ウォルヴィルーク様は、本当に、命が惜しくないと見えますね」
「あはははは。ですがそれが一番だとジュリア殿も分かっているんでしょう?現にエドゥアルド殿はそれを止めはしません。それが一番良いと分かっておいででしょう?このまま、彼らの命を刈り取るよりも、魔帝國とどのような交流を深めていたのか、魔法をどの様に持ち込んだのか。法導具の件にしてもそうです。国という単位で見ても、一つの命という単位で見ても、それが一番の方法ではないでしょうか」
「……他人の為に白雪さまのお手を汚す必要があるのですか」
「刑執行をその様に表現なされないでください。聖王はいつも、ご自身の手で封印刑を執行されています。その結果、罪人がご自身を恨む結果になろうと、それが王の務めだと、いつも仰っておいででしょう?」
ウォルヴィルークさんの言葉にジュリアは何も言い返せませんでした。
「だから嫌いなんだ」
小さく呟いた言葉を僕は聞かないふりをしました。多分、エドゥも聞こえていたでしょうけれど、何も言いませんでした。
僕としては、ジュリアがこうして誰かを嫌っている姿を新鮮に感じながらも、少し嬉しいと思っています。
僕にとってジュリアはとても大切な人だから。こうして色んな表情を見せてくれると嬉しいんです。
普段ジュリアは僕に綺麗な面しか見せようとしませんから。
まあ、ジュリアとしては多分無意識に出ちゃってるってだけなんでしょうね。結構、疲れてるみたいですし。
「……ジュリア」
「はい。白雪さま」
「ザクロがやっているなら、僕だってやるよ」
「……その様な事、しなくても良いのです。私は聖王から白雪さまを守る様に仰せつかっております。身体的にではなく、そのお心も、守れと、そう言われております。白雪さま。お願いですから、綺麗なままでいてくださいませ」
「綺麗なままって……」
何でしょうね。ジュリアは僕の事本当に大事にしてくれているっていうのがもの凄くよく伝わってきているんですけど、流石に過保護が過ぎる様な、そんな気がします。
思えばザクロの方がそうでしたけど、どっちかっていうとザクロが目立ってそういう事をしていたから気が付かなかっただけで、ジュリアも結構過保護で過干渉が過ぎる様な、そんな気がします。
「あのね、ジュリア。僕をそんなに過保護にしなくて良いんだよ?僕だって男だし、何より、今回の事って結構僕の所為だからね」
「しかし、白雪さまはお気になされなくても良いのですよ!」
「後、やっぱりザクロがやってるんなら、僕もやりたい。やらなきゃ駄目だと思う。だって、僕お母さんだからね。息子にだけ重荷を背負わせたくないよ」
「……分かりました。白雪さまがそこまでのお覚悟を持って言われているのなら、もうお止めしません。けれど、辛かったら、言ってください。私は白雪さまの侍女ですから。白雪さまが笑顔でいられる様にいつでもお支えいたします」
両手を包み込まれて、僕の目を真剣に見つめてくれるジュリアに僕は笑い返しました。
「ジュリアがいてくれるなら、何にも心配ないね」
「では、封印についてのご説明は以上です。もうさっさとやってしまって大丈夫ですよ。というかやっちゃってください。そろそろここ倒壊します」
おざなりな言葉ですが、結構丁寧に説明してくれたんですよ?ジュリアは機嫌悪くなっていますが。
封印をしてもその意識がこちら側に残っている限り、罪状について調べる事は可能らしいです。記憶を浚うっていうか、対話をする事が可能らしく、けれどそれも高度な聖導師じゃないと難しいらしいです。
いえ、記憶を得る事は可能らしいのですが、相手の精神を壊しかねないとかなんとか。
そんな事を聞かされてしまえば、今からやる事が結構怖かったりするんですが、僕がやらなきゃ誰がやるって事ですし、そうした方が一番だと言われました。
「良いですか?繰り返しになりますが、白雪さま程の聖法量を持つ方が一人ひとり丁寧に封印を施せば、聖王でも封印を解く事が難しくなります。ですからなるべく大雑把に。荒さを目立たせてください。永久に封印する訳にもいかないですし、情報を得る為にもどこか隙は必要ですよ」
丁寧にやれって言われる方が楽です。適当に、大雑把に、とか逆に難し過ぎる注文ですよ。
でも、適当にって言われても、まず僕聖法そんなに使った事ないんですよね。今この場にある聖法って大体がルヴェリーがやったんですよね。……失敗っていうか、成功しちゃわない様にするのが難しいです。
こういう時って詠唱をした方が安定するって言いますよね。あ、安定させちゃ駄目なんですよね。でも、あんまり杜撰だと、あの人たちの精神に多大なる負荷が……。
「大丈夫ですか?白雪さま」
「ダイジョブです」
「目が虚ろだぞ」
エドゥには言われたくないですね。
でも、やらなきゃいけないんですから。僕はとりあえず一か所に集められた盲目主義者の人たちに向かって聖法を使いました。
花、花ですよね。花をイメージ。
僕の属性技に合う様に、花を咲かせる様に、イメージ。
ふわりと、風が巻き起こった様な気がしましました。
目を閉じて、その風を感じれば、僕は今自分が花畑にいる様な気分になりました。
空には番の鳥が風に乗って舞っていて、足元に咲く花々は風に煽られてその花びらを撒き散らします。
そして、空には、丸く満ちた月が。
ゆっくりと目を開けば、水晶の中に少し黒っぽい花たちが閉じ込められているのがいくつもありました。
「えっと、成功、したの?」
恐る恐るウォルヴィルークさんの方を見て問いかければ、ウォルヴィルークさんはいつも浮かべている笑みを呆然とした表情に変えて一瞬呆けていましたが、すぐにいつものウォルヴィルークさんに戻りました。
「はい。見事な封印術でした。とても、美しかったです」
「ありがとう」
「では、ローゼロッテ嬢とロムアルド子息を保護いたします。さっさと避難いたしましょう」
ウォルヴィルークさんとエドゥがロッテさんとロムくんを救出し、ロッテさんの次によく抱き上げていた僕がロムくんを抱き上げて聖法を使って通路の安全を確保しながら外へ出ました。
数時間ぶりに見た空は、息苦しさも何もなく、自由を感じさせました。
「何か、ドッと疲れた」
「城に戻りましたら、何か身体が温まる甘い物を淹れましょう。お召し物も変えて、身も清めて」
「うん。エドゥの着替えはどうしようかな」
「……いや、俺は義姉さんの葬儀の手配をするから、一度家に帰っ」
「駄目ですよ」
ロッテさんを抱き上げているエドゥにウォルヴィルークさんは一瞬怖いと思えるような笑みを浮かべて言いました。
「いくら不可抗力とはいえ、聖国に仕える騎士の身分でありながら白雪さまを誘拐……ではなく隠し通し、国に報告せず、その上魔法を使い身内を狙われた犯罪に巻き込まれた被害者兼目撃者でありながら封印術に関する知識と勇者の知識、そして白雪さまの立場も知ってしまわれた上に白雪さまをお救いになられたその名誉と偉業を持つ貴方の立場は大変複雑です。暫く城に拘束……ではなく滞在して頂きます。お義姉様のご葬儀も国が総出で挙げます。ローゼロッテ嬢は我が国が誇る名女優です。特に国としても問題はありません」
「……はい」
あれは怖いです。顔が笑っているのに目が笑っていません。その上有無を言わせぬその言葉の畳みかけとかがもう逆らえないです。エドゥ。ご愁傷様です。ロッテさんのご葬儀は僕も出ます。
でもとりあえずあの二人の間に割って入る気にはなれません。
そんな事を考えながら、この事件が発生してから結構時間がたっていたので周囲にも野次馬がいて、でも一応その野次馬に聞こえないように話しているウォルヴィルークさんは流石です。……じゃないです。野次馬には僕の銀髪を晒した姿がバッチリと見えていて、なんて言いますか、跪かれています。拝まれています。ありがたがられています。
どうしようかなーって考えていたら、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「母上っ!」
「ザクロ?」
声の聞こえた方向を見れば、ザクロが白馬に乗って駆けてきていました。あー、ザクロは白馬がこれでもかってぐらいに似合いますね。顔と金髪の所為でしょう。白馬の王子様じゃなくて王様ですが。
「母上!ご無事で良かった……」
そう言って馬から降りるなり僕に抱き着いてくるザクロに僕も抱き着き返したかったんですが、生憎僕の腕の中にはロムくんがいました。疲れ切って眠っているロムくんが起きない様に僕は密かに身を捩りましたが、それがザクロにとっては嫌だったらしく、より強く抱きしめてきました。
「ザクロ。ザクロ。僕赤ちゃん抱っこしてるから」
「……ジュリア。赤ん坊を」
「はい。聖王さま」
まあ、久しぶり、というか1週間ぶりにあったんですから息子を甘やかすぐらいはしなきゃ駄目ですよね。僕はジュリアにロムくんをそっと渡し、ザクロの背中に腕を回しました。
「母上。ずっとずっと、貴方をこの腕に抱きたかった」
「僕も、ザクロとこうしたかったよ。ごめんね。勝手にいなくなって」
「いいえ。私こそ、母上のお心を考えもせずに、申し訳ありませんでした」
「……うん。僕ね、寂しかったんだよ。眠ってる時間とか、そういう事もだけど、ザクロと一緒にいられなかったのが寂しかった」
「母上……!」
嬉しそうなザクロの声を聞いて、僕はザクロの胸から顔を上げました。
ザクロの赤くて綺麗な瞳を見つめて、ちょっとした我儘を言ってみます。
「だから、もっともっと僕を構って。じゃないと、拗ねちゃうよ?」
首を傾げて言ってみれば、ザクロは目を見開いていました。
イケメンはそんな顔してもイケメンのままなんですね。
「では、これから就寝する時は母上のお部屋で眠る事に致します」
「あ、良いね。そうしよう。そうすればいっぱい一緒にいられるもんね」
「はい!母上がお眠りになる時最後に見るのは私で、母上が目を覚まされる時最初にみるのは私です!」
「それいいねぇ」
僕の前世の息子はヤンデレです。最初は戸惑いましたが、今ではとっても可愛くて、ヤンデレ具合が見える度にちょっとキュンッとします。
「大好きだよ。ザクロ」
僕の家出騒動はこれでお終いですが、その後色々と複雑な立場にあるエドゥが僕を守る騎士としての任に就いて、ロムくんを男手ひとつで育てる手立てが付いたと喜ぶんですが、どうもザクロはエドゥの事が気にいらないみたいで、エドゥもザクロが苦手みたいです。
エドゥが常に僕の傍にいるから機嫌が悪くなったザクロを宥めたりするのは大変ですがとても可愛いんですよ。
ああ、そういえばザクロから金属製のチョーカーを貰ったんですが、それを付けるとジュリアが微妙な顔をするのが不思議です。
うーん、そうですね、後は、これから聖母として聖国と聖国と同盟を結んでいる国に僕は紹介されるんですが、色んな意味で不安でしかありません。
やっと一章終わりました!
長かったです!ギリギリだった!めっちゃギリギリでした!
今回そんなに文字数多くないので、スマホで読んでる人には良い、かも?
二章をどういう風な話にするかは微妙に考えていますが、ちょっと、休憩です……(◎_◎;)