第二十一話 だってお母さんだからね 中
疲れ切って最早悟りの境地にまで至っているのではないかと思えるエドゥはとりあえず表面的に健康面では問題ない事を確認し、未だ姿の見えないジュリアの方が気になり始めました。
ルヴェリーはジュリアの方が危険だと言っていましたし、それにどこにいてどんな状態なのか分からないジュリアの方が危険な目に遭っている可能性の方が高いんですから。何より、ジュリアは、女の子なんですから。傷でも残ったら大変です。
銀色の三日月の上から動けない訳ではありませんが、エドゥを一人で残しておくのも心配です。
この建物、そろそろ崩れるんじゃないかって思うから、余計にです。
だってミシミシ所の話じゃないですよ。ガラガラって崩れる音が聞こえてきていますし、本格的に倒壊する可能性がすぐそこにあります。
今崩れていないのは、高純度の魔法と聖法がこの建物の中に満ちているからです。聖法の方は僕。魔法の方は天井爆発とか色々と、あの黒い服の人たちの所為です。二つの天職持ちである僕は魔法に対してある程度免疫がある、という訳では多分ないんでしょうね。僕の体の中の聖法量が多いのと、僕がこの場を支配している状態だから魔法に侵されないんです。
けれど、聖法しか使えないエドゥや、ジュリアはきっときついでしょうね。……あれ?でも、ルヴェリーはどうしてジュリアの方が危険だと言ったのでしょうか?怪我をしているから?それだったら先に言う筈です。だからこれは、聖法と魔法のバランスを欠いているからだけの事、です。多分。
……情報が少なすぎます。エドゥの事も、祭壇の上にいるロッテさんとロムくんの事もどうにかしなくてはいけないのに、どう動くのが得策なのか分からなくなっています。
それに、何より、この場にある魔法量が明らかに少ない気がするんです。まるで、どこかに吸収されている様な、そんな風に思えます。
どこでそんな事になっているのか確かめられたら、ジュリアを助けられるんじゃないかと思うんですけど、それも微妙に根拠がある様でないんですよね。
どうしたものか。と考えていたら、エドゥが復活したらしく、僕にどうすれば良いか聞いて来てくれました。
「お前だけを戦わせる訳にはいかない」
「え、でも」
「呆けてる暇なんてなかった。弛んでいる証拠だ。お前が来てから毎日が楽しかった。……それで義姉さんを守れなかったら世話ないが」
「それは違うっ!エドゥは悪くないよ。エドゥは僕を守ってくれた」
「ああ。だからだ。俺はお前を選んだ。なら、最後までお前を守らせろ」
真剣な表情で言われてしまえば、反対なんて出来る訳がありません。
「分かったよ。元々、僕一人じゃ何も出来なかっただろうから、エドゥが一緒に頑張ってくれると嬉しい」
「……白雪」
「僕もエドゥを守りたい。ロッテさんを守れなかったのは僕も一緒だから。せめて、せめてロムくんだけでも守らなきゃ。僕の知り合いもここにいるみたいだし」
「知り合い?」
僕の言葉に不思議そうな顔をしたエドゥに僕は笑い返しました。
「僕を探してるんだと思う。ジュリアは僕にとって、とても大切な人だから、失う訳にはいかないんだ」
「……そうか」
「うん。あ、じゃあちょっとこっち来て。一緒に下に降りよう」
銀色の雲の上に乗っているエドゥの手を取って僕はそのまま下へ落ちました。
「お、おぃぃぃいいいいい」
「大丈夫だよ。舌噛まないでね」
穴の中をおちるアリスはこんな気分だったんでしょうか。普通だったら怖い筈ですけど、僕は今、不思議と前々怖くないんです。
舞台上にふわりと着地したら、神主っぽい人と和龍が僕の方を見て深々と頭を下げました。
黒い服の人たちと戦っている最中だったみたいなのに、大丈夫なのか心配になりましたが、花が体中に咲いているから力が出ないのか、黒い服の人たちは特に何かをする訳でもありませんでした。
というか、神主っぽい人と和龍と一緒に跪いているんですが、これはどうすれば良いんでしょうか。
ちなみに和龍は瞳を閉じて頭を垂れている、という感じです。流石に肉体構造的に跪くのは無理だったみたいです。いえ、跪かれたい訳ではないんですけれど。
日本人としては何か携帯ほどの大きさの物を取り出して偉そうにしてみるのが良いのかもしれませんが、多分そっちより僕の方が彼らは気になるんでしょうね。あ、多分そういう事したら僕が取り出した何かを聖遺物レベルに大事にしそうで怖いです。ええ。
だからとりあえず、偉そうにするのは性に合わないので、普通に、けどあまり馴れ馴れしくない程度に話しかけてみました。
「貴方たちは何がしたかったんですか」
「おお、おお・・・!我らが偉大なる聖母よ。他ならぬ我らの前にその姿をお見せ下さった事を心より感謝申し上げます」
待って。待ってください。何で、泣くんでしょうね。この人たち。普通に怖いんですけど。
「聖母よ」
「はい。何ですか」
神主みたいな着物を着たエドゥにどことなく似たこの人に声をかけられると、少し緊張します。
どちらかと言うと、僕を見ているけれど、本当は他のものが見たい。という様なその表情に、何だか悪い事をしたような気になってしまうのです。それでも僕を敬っている様な表情は消えませんが。
「僕は貴方さまから生まれました。しかし僕には生みの親が別におります」
「……そう、なんですか?」
「この姿も、その方の似姿を勝手に使っているだけなのです。僕と、彼は一人の人を思って作られたのです」
和龍もその言葉に頷いています。そして和龍と彼が見つめる先が僕の後ろで控えているエドゥである事に気付きました。
ああ、なるほど。そういう事なんですね。いつも考えない様にしているから、考えるべき時に考えられなくなってしまいます。
まあ、どうせ考えてはいるんですけれどね。気付こうとしないだけで。
『どうして、しーちゃんはいつも気付かないふりをするの』
幼い声が聞こえた気がしました。それは、一体、誰に言われた言葉だったんでしょうか。幼い頃は大体の人にしーちゃんと呼ばれていましたから、分かりません。けれど、そこも確かに間違いではあるんですよね。
だから僕は、お母さんにも、お父さんにもなれないんでしょう。
なりたくても、なれません。
気付かないふりに慣れた人が、誰かを導ける訳ないんですから。
……ああ。意識すると駄目ですね。必要ない事まで考えてしまいます。僕は今、ジュリアと彼らを助けられればそれで良いんですから。
「エミリアさん」
僕が名前を呼べば、神主の様な恰好をした、深緑の髪と瞳をした、優しそうな表情が似合う彼は困ったように笑いました。
「名など、付けなくても良いのですよ」
「僕が付けたかったんだから、良いんです。貴方が、エミリアさん本人であろうとなかろうと、どちらでも良いんです。ただ僕は、貴方の言いたい事ぐらい言わせたいと思ったんです」
「お情けをお掛けになって下さるのですね」
「もう、どうしてそういう方向に行くのかな。僕なんてただの子供なのに」
「貴方は聖母です。偉大なる我が母よ」
「我らを生み落した貴方に従うのは当然なのです」
和龍の声は渋かったです。ダンディなオジサマ風でした。こんな時じゃなかったらオジサマフェチの碧李ちゃんと色々とキャッキャと盛り上がるんですが、そもそもここには碧李ちゃんはいません。
というか生み落した。って、物理的に不可能じゃないですか?
ああ、でも僕の天職は聖母でしたね。そちらを使えば、特に問題はないのでしょうか?
多分ルヴェリーが僕の体使っている間に何かしたんでしょうけれど、使うべき時以外何もしないって言っていたのに、面倒な話です。まあ、多分ルヴェリーの判断で間違っていないんでしょうけれど、それでも知らない間に身体を使われているのは良い気持ちはしませんよね。
でも、そうなるだけの事が起こっているのも事実です。
「彼らの望みを聞きたい。けどエミリアさんたちがエドゥに言いたい事があるのなら、先に言っちゃってください。多分もう、そんなに時間はないでしょうから」
僕の知らない間に生まれたとしても、一応僕の体を通して生まれてきたんですから、このままの状態をいつまで保てるかどうかぐらいは分かります。
僕はまだまだ聖母として未熟ですし、何より、この場が悪いですよね。
聖国は、というかこの世界の殆どの場所で聖法しか使われていません。似て非なる物ぐらいあるんでしょうけれど、魔法を使うのは天職二つ持ちか魔帝國の住人だけです。
聖国は聖法の力が満ちていて、この歌劇場には今魔法を使える者とその魔法の糧となるものが沢山存在します。
……ああ、使うじゃなかったですね。使えるでした。良く考えれば僕聖法すらまともに使った事ないんですから。高い所から落ちて無事なのは、もう本能でやっていただけです。理論的に考えてした事ではありません。
だからこそ、エミリアさんと和龍がこうして生まれている状態はあまり長く続かないでしょう。
「一人で、大丈夫だよね?エドゥ」
「ああ。もちろんだ。何かあったらすぐに呼べ」
エドゥとエミリアさんと和龍が話しているのをBGM代わりにして僕は黒い服の人たちにもう一度問いかけました。何が目的なのかと。
すると、彼らは自分たちが盲目主義者と呼ばれている存在であり、聖母のみを信仰している自分たちこそこの国を真により良いものへと改革出来る者なのだ~的なところまで聞きました。
多分何かのグループの偉い人みたいでしたから、話を纏めるのが上手で多分5分も経っていない位の説明でしたが、ハッキリ言いたい事が今僕の中にはありました。
「この国に不満があるの?」
「いいえ。聖王は素晴らしい王です。我らもこの国の者として生まれ育ち、平和な日々を過ごしてきました。しかし、此度の聖戦では聖王は再び聖母様の腹へと戻られ、その間に何をすべきか我らは考えたのです」
考えている事は真面目なんですね。しかもザクロを良い王だと言ってくれたのはポイントが高いですね。
「そして、我らが偉大なる聖母である貴方さまを殺めた魔神を滅ぼした暁には魔神の配下である魔人どもを浄化し、洗礼を受けさせ、失われた力を今まさに取り戻すのです」
……アウト!色々と思う所はありますが、アウトです。しかも詳しく聞けば魔人って浄化されると弱体化しちゃうみたいですし、洗礼を受けさせるって事は無理やり体の中に聖法を送り込むって事です。体のつくりを作り替える。それってどんな人体実験ですか。
多分僕の手前だからソフトな言い回しにしているんでしょうけれど、失われた力ってジュリアが話してくれたあれですよね。
僕は聖母信仰についてそこまで詳しくありません。自分の事なのに、少し変です。でも、聖国の敵である魔帝國は奇跡を望んでいます。僕は、聖国が何を望んでいるのかは知りません。この人たちに聞いても、どうせこの人たちだけの望みです。多分聖王であるザクロに聞いてもそれは同じでしょう。
この国の為に王として働いているザクロと、この国に住んでいる国民の考えは違うでしょう。でも、それで良い筈です。誰もが考えない方法で多くを救う事が出来る者こそが、人を導く事が出来ると思います。別に誰も考え付かない方法だけ実行すれば良い訳ではありませんが、誰でも出来る事を続けるって事は誰にも出来ません。
だからこそ、ザクロは王様ですし、何より……いいえ。これ以上考えなくても良いですね。とりあえず、一人一人に聞いていかないと、この国が何を望んでいるのかなんて知る事は出来ません。
それでも、少し聞いてみたいと思うんです。
「その力を取り戻して、貴方たちは何をするの」
きっと、嫌な答えが返ってくるでしょう。でも、それを受け止めるべきだと僕は思いました。
けれど、小さな好奇心と小さな覚悟では、その答えを受け止める事は出来ませんでした。
「我らは、神になりたいのです。貴方の腹から生まれ直し、この聖国を神々の住まう地としたいのです」
ああ、いやです。とても、気持ちが悪い。
分かり易い理由なんてないです。ザクロに産み直して欲しいって言われた時は戸惑いましたが、ザクロの為なら別に良いどころか、もう一度ザクロを産めるという事が、今度は僕が、ルヴェリーじゃない僕がザクロを産めるって事が嬉しかったはずなのに、どうして、こうも、気持ちが悪いんでしょうか。
生理的に受け付けないとはこの事です。
こんな風に感じた理由なんて考えたくもありません。
だから僕は、僕の目の前に跪いている盲目主義者という人たちに言いました。
「やだ」
「……は?」
「やだ、とは?」
呆けた顔でこちらを見てくる彼らに僕は僕の中にあるいくつかの理由と、言葉に出来ない嫌悪感を選り分けて答えます。
「僕を復活させるとか、それにロッテさん使うとか、この歌劇場を壊した事とか、色んな人を傷付けた事とか、色々だけど、一番はポリシーがないと思う。魔帝國を敵と思うのは仕方ないのかもしれない。けど、この世に存在する生物たちは全て僕の子供だよ。それを勝手に作り変えようとするのは、いやだし、そんな風にするつもりなのに僕の手を借りようとするのが嫌だ。神になりたいなら自分でなれば良い。僕を介する必要はないでしょ?」
「っし、しかし聖母よ!貴方さまから生まれ直す事こそが我らの悲願で」
「この世に生きる全ての命は僕の子供だから、貴方たちの願いも聞いてあげたいけれど、僕だけを信仰するのなら、何でわざわざ魔法を使うの?魔法は駄目ってこの国は決めているでしょ?駄目な理由も教えられている筈。なのに、こんな事をするって事は、僕の、というかこの国の聖母信仰の考えに不満があるんでしょ?僕はね、不満があるのならあるって言うべきだと思う。何も不満や改善点を言わないで、自分がそうしたいって決めたルールを破って、それで何かを得ろうとするのはズルいよ。僕は、それがなくなる様に、言いたい事を、変えた方が良い事を言える国を造りたかった。だから、僕は君たちの願いは叶えない」
自分の言いたい事を隠す人になんか、手を貸したくない。と、そうハッキリ言ったら、僕の目の前にいた人が僕の首に手を回してきました。
「っか、は」
「うるさいだまれだまれだまれ。ただの小娘の癖に。我々がどのような思いでこの身に汚らわしき力を入れたと思っている。我らは我らの崇高なる目的の為に、我らの愛しい娘を取り戻す為に。我らは前に進まねば。汚らわしい魔人の力を得なければ我らの目的は果たせない我らは、我らは、我らはっ!」
首を絞められていると言っても、そこまで力がこもっていないのが分かります。わざと力加減をしているのでしょうか?それとも力が出ないのでしょうか?
最初は淡々とした声色でしたが、段々と感情が出てきているのが、何となくリアルだなぁと思いました。
首を絞められるなんて事、今まで生きて来て一度もなかったから、現実味が湧かないのです。
泣きそうな顔で恨みつらみを言われると、僕も悪かったのかと思ってしまいますが、それでも、嫌なものは嫌だったんですから、仕方ないと思います。
そこまで強い力じゃないと言っても、絞められているのには変わりないので、僕はエドゥが気付いた時この人が大丈夫か心配になったのですが、どうやら言葉にしなくてもフラグというものは建つようで、僕の首を絞めている人と、僕たちの姿を見ようとせず、目を逸らしている人たちは急いで駆け寄ってくれたエドゥとジュリアに攻撃を受けていました。
ジュリアは、真っ黒い、柄のない、刀身部分に何やら文字の様な物が書かれた、長さと太さの違う細い剣を両手左右一つずつ持ち、剣を落とさない為か、ふわふわとした黒くて頑丈そうな毛皮を両手にリボンの様に巻いていました。それはまるで狼の尻尾の様でした。
流石にそれで攻撃したら攻撃された人は死んじゃうんじゃないんでしょうか。と他人事の様に思っていたら、ジュリアは刃のない部分で盲目主義者の人たちを2人程一度に殴りつけていました。
エドゥはエミリアさん……ではなく、今回の舞台で使う予定だった聖剣を握りしめ、盲目主義者の人を柄の部分で思いっきり殴っていました。
ああ、これはちょっと酷いなぁと思っていたら、僕の首を絞めていた人をジュリアとエドゥは武器を使わずに攻撃しました。しかも、他の人と違って意識を失わない様にわざわざ痛そうな方法で攻撃しているのが見て取れました。怖いです。首絞められた本人が言う事じゃないですけど、本当に怖いです。
ジュリアの方はメイド服に包まれた白い足を惜しげもなく晒し、喰らった人の骨がもの凄い音を立てるぐらいの強さで回し蹴りを喰らわせました。背骨って、そんな音出して大丈夫でしたっけ?異世界って、これが普通なんですか?
しかもジュリアの普段長いスカートで貞淑に隠されていた足には、狼をモチーフとした刺青が両足に入っていました。デザイン的に多分足の付け根、いや、もしかしたら腰まで入っているかもしれません。当たり前ですけど、ジュリアの刺青は初めて見ました。狼って普段のジュリアからはイメージ出来ないので、少しびっくりしましたが、戦っている時のジュリアは狼っぽくて何となく納得出来ました。
エドゥの方はもの凄い速さで僕の首を絞めている人の肩を殴りつけていました。
大丈夫ですか?砕いてやろう。レベルじゃなくて、貫いてやろうっていう意志を感じましたよ?異世界これが普通ですか?多分この人日本だったら一生肩上に上がらないんだろうな。希望的に見て。っていうレベルの粉砕音が聞こえましたよ?やり過ぎじゃないですか?大丈夫ですか?
「大丈夫ですか。白雪さまっ!」
「大丈夫か。白雪っ!」
とっても心配してくれているのは見て分かります。けど、何ていうか、やり過ぎ……いえ、言葉にしてはいけませんね。言葉にしては泣きたくなります。
「ご、ごほっ、だ、だいじょうぶ」
曲がりなりにも首を絞められていたので、せき込みながら答えたら、あまりの痛みにのた打ち回る事も出来ない被害者……もう被害者と言って良いレベルでしょう。ええ。まあ、とりあえずその人に武器を向けていたので僕は慌てて二人の腕を掴みました。
「あ、あの!二人は体調悪くない!?魔力と聖法力が混じってて、結構キツく……なかった?」
「ああ、俺はこの聖剣がある程度守ってくれているから平気だ。心配かけて悪いな」
「……私は」
ジュリアの答えを聞く前に、舞台の上に誰かが登って来る気配がしました。
「私が魔力濃度をコントロールしていたからですよ。白雪さま」
「なっ、ウォルヴィルーク様!?」
「っち」
「……ジュリア?」
「何でもありませんよ。白雪さま」
土埃やら何やらで汚れた格好のウォルヴィルークさんを見てエドゥは驚いた後畏まってしまいました。
そういえば、エドゥは騎士として聖国に仕えているんでしたね。ロンドライグスさん直属の上司でも、方向性は違えど同じぐらい偉いウォルヴィルークさんも畏まる相手には変わりないんですよね。
……でも、ジュリアの方から舌打ちが聞こえてきたのはどういう事でしょうか。名前を呼んだらいつもの様に優しい笑顔を返してくれましたし、幻聴?
「あはは。ジュリア殿は相変わらずご容赦がない。この盲信者、早めに医者に見せないと後遺症が残りますよ」
足元に転がったまだ痛みに悶えている盲目主義者の人を見て、ウォルヴィルークさんは言いました。
あ、やっぱり流石に異世界でもこれはやり過ぎですよね?
「私の仕事は白雪さまをお守りする事です。犯罪者の安否など知りません」
「政治家としては待ったをかけたい台詞ですね。まあ、聖母に暴行を働いた盲信者ならば特に情けをかける必要もないでしょう。しばらくの間封印刑に処されるでしょうね。……まあ、今一歩手前の様な状態ですけど」
「封印刑?」
「ああ、そうですね。封印刑とは死刑とは違う方向の極刑です。死刑制度の話は長くなるのでやめますが、封印刑では聖法を封じられ、強制的に眠りにつかされるのが一般的な極刑ですね。しかし、それは主に人間関係がこじれ過ぎたとか、環境を一新したりする為にするのであって、罪の重さや危険性とは関係ないんですよ。しかもこのグループ魔法を聖国に持ち込み、魔人と交流し、魔法の法導具を白雪さまに近付けた可能性がありますからね。危険性と罪の重さから言いますと、封印中も意識がある悠久封印をされそうですね」
「意識があったら、どういう感じなの……じゃなかった。なんですか?」
「あはは。良いですよ。話しやすい形でお話して頂いて。この国で白雪さまに敬語を使われて良い人間なんて存在しません。神々もそうです。むしろ白雪さまが敬われるべき立場です。……そうですね、身体を全く別の存在に固定され、夢を永遠と見せられるか、辺りの様子が分かる様にしておくかのどちらかです。しかし、この状態だと夢は難しそうですね」
「そうなの?」
「白雪さまは少し疑問に思われた事はありませんか?……勇者さまたちや、ご自身の家名を」
「……みんな花が入ってる」
「ええ。そうですね。勇者にはそれぞれ4つの属性があります。これは称号とは関係のないもので、勇者さまたちにしか適応されないものです。『花鳥風月』自然の美しさを表した、この言葉の『花』は華々しい栄華。つまり英雄譚に記されやすい派手さを意味し、容姿や天職にも華々しさがあり、同じ属性を持った者が多いだけ良いとされています。英雄が多いですね。『鳥』は生命力に溢れ、長い安寧を意味します。鳥は番を持つものでしょう?相性の良い相棒を見付けると良いとされており、この聖国で繁栄してくださることが多いです。勇者の血筋は大抵鳥の勇者さまの血縁です。『風』は華々しさこそないものの、自由自在とも称される程に柔軟性に優れ、自分のいる場を自分の良い環境に作り変える事が得意で、安定感と柔軟性を併せ持った、使い勝手の良い属性です。ちなみに同じ属性の者がいるかいないかはさして関係はない様です。そして『月』ですが、これは最終的に信仰を受けて生きたまま神になられる方が多いですね。聖母から生まれていないタイプの神の一部です。静かな存在感があり、他の属性よりもその力が強いのが特徴なんですが、その力を安定させるのが難しい上に同じ属性が被るとその力が半分に分かれるのです。ですので扱いが非常に難しい。ですから今回の勇者さま方が『花』で良かったです」
「……ゲームみたいですね」
「よく言われるらしいですよ」
属性とかあったんですね。じゃあ相性の良さとか考えなきゃいけないんですね。
全員花である僕たちは、結構バランス悪そうです。そういえば、天職の方も結構バランス悪かったですよね。聖導師が多かったですから。
「ちなみにもう少し複雑な説明はジェノにでも聞いてください」
「まだあるの!?」
「ありますよ。なんたって属性ですから。……あ、で属性持ちには属性技というものがありましてね。それが今現在盲目主義者たちに咲いている花です」
「……え?」
「ああ、この花そんな意味があったんだな。月や雲に気を取られてて気付かなかった」
「ああ。あれは凄いですよね。でもあれはどちらかと言うと古代聖法に近いので、あながち間違いでもないんですよ」
僕は辺りにも浮かんでいる白い花を見ました。
これ、どうなっているんですか?
「まあ、そんな属性技にも特徴がありまして、詳しくは知らないので簡単に説明しますと、この者たちは存在が花に固定されかけており、普通封印刑を行う時は聖法量が濃密な場でしますので、ここでこんな状態になって、意識が花にならなかっただけでも御の字ですよ」
ウォルヴィルークさんは、笑顔でえげつない事を言うんですね。横でジュリアが顔をとってもしかめています。僕が見ると元の笑顔に戻りますが、明らかにジュリアはウォルヴィルークさんを嫌っていますね。
「じゃあ、僕は、何をすれば良いの?」
さっさと話を終えないと、そろそろこの場所に留まるのは危なそうです。ロムくんも、泣き声が聞こえないから余計に不安です。
「話が早くて結構です。白雪さまには刑の執行を行っていただきたいのです」
「ウォルヴィルーク様っ!白雪さまにそのような事をさせられる訳がっ」
「この国は、人権を尊重する事が一番大事な法律です。この者たちの尊厳を守るには、聖母自らの裁きを受けさせるのが一番です」
「……ならば私があの者たちを殺します」
「ジュリア殿?」
「それなら問題がない筈です」
そう言ってジュリアは剣を手に盲目主義者たちに近付いていきました。
ああっ。色々と急展開過ぎます……!
今までで一番長くなりながらもまだまだ終わりそうにないので一区切り無理矢理つけて上中下編となっております。
なんか隠れた設定が微妙に浮き彫りになる中、胡散臭い話が出てきたり、説明不足の部分もありますが、後々の伏線となっております。
こんなに長くなってごめんなさい。スマホで読んでくださっている人に物凄く申し訳ないです。でも、短くするのも分けるのも削るのも苦手なんですよね。