プロローグ 異世界での立場
勇者として召喚されたのは良いですが、色々と王道な説明をされていると、こういうのってよく見るから、当事者になると案外退屈だなぁ。と思いました。
けど、何て言うんでしょうか、何かを思い出しかけている様な、記憶の引き出しの鍵をガチャガチャされている様な、そんな感覚になります。
「我等が聖国はたった一人の女性によって作られました。しかし、その方は魔神に殺められ、既にこの世にはおりません。
けれど、その女性には息子がいた。その息子が我らの聖王なのです。
聖王はもう既に千年はこの世に留まられている。本来ならばもっと早く転生をなさられなければならないのですが、我らが聖王はこの聖戦に勝ち、母君の魂を魔神から取り返し、復活させる為にまだ転生をする訳にはいかないと仰られているのです。
母君は特殊な天職をお持ちでした。
それがあったからこそ、この国を作れたとも言えるでしょう。
そして母君に新たな子を産んでもらい、聖王は新たな命へと転生する為、此度の聖戦では我等は絶対に勝たねばなりません。
その為に勇者様方を召喚したのですが、今から配りますプレートに勇者様方の天職が書かれております」
「あの、天職って何ですか?」
「それはその者が誰よりも適性を持ち、それを極める事が出来る職業の事です。勿論、天職以外に職業を得る事は出来ますが、その職業を天職として持つ者よりは劣るでしょう。
レベルというものがあるのですが、それが100に達すると今現在の職業の上位職業へとランクアップする事が可能です。
しかし、それが天職である場合は十全の力を発揮する事が出来ますが、普通に職業として得ている場合はレベルが100に達しても天職の半分しか力を発揮できないのです。
しかし、己が存在を転生させ、今よりも上位の存在となれば、力を更に発揮する事が出来るのですが、他者を転生できる天職を持つ者は確かに存在しますが、それは期待なさらないでください。
その天職を持つ者は既に魔神の手先によって囚われて魔人の転生に利用されているか、それ程までの力を持たないかのどちらかなのです」
説明はとても分かり易かったです。大切な事を隠されている様な気がしますが、まだ僕達には理解できないだろうと思われているのだと思います。
この世界について僕達はまだ何も知らないも同然なんです。
僕達は配られたプレートに説明された通りの手順を踏み天職とレベルを見ました。
あ、ちゃんとレベルは1なんですね。
経験値どのくらいでレベルアップできるとかも書いてあります。
あー、筋力とかそういうのはないんですね。僕ゲームも自動的に筋力とか素早さとか上がってくれないと分からないので、それは有り難いです。
多分レベルが上がるごとに、とか天職とか職業の特殊さに応じて、とかそういう感じで色々と決まるんじゃないでしょうか。
そんな事を考えていたら、僕は自分の天職を見る前に紅火ちゃんたちの楽しそうな声が聞こえたのでそっちに意識を向けました。
「ねぇねぇ、私は火焔導師だって!」
「私は衣演舞師だわ」
「あ、私は樹木導師だって」
「私は闇治癒師だよー」
なんか難しい漢字が多い様な、そんな気がします。
王道通りならとっても特殊でレアな職業って事ですね。
「おお、素晴らしい!」
「聖法の特殊天職を得ているとは!」
聖法って言うのは魔法って事でしょうか?
そう言えば、一応聖国だから魔法とか魔導って言ったら駄目なのかもしれませんね。
もしかしたら、魔人とかが魔法を使うのかもしれませんね。
それと区別しているのかも。
「・・・俺のは、雨弓兵。名前と部活をかけているのか?」
「俺は、歌唱晴師?確かに部活と名前かかってんな」
「僕のはー、雲画家ですねー。戦えなさそうです」
「俺は・・・雷神剣士?直接戦うのだるい」
あ、男子は直接戦う天職って訳じゃないんですね。
でも名前と部活とかかっているっていうのは、女子もかも知れません。
家庭科部ですから、一応そんな雰囲気は出ていると思うんです。
「おお、伝説でしか聞いた事のない様な天職が!」
「天気とかかっておるのはその天気の神の守護を得ているという事!」
「天気に応じて戦う方を決めて貰えば」
「いや、しかし近接型は雷公さましかおらぬぞ」
「それを言うのなら時雨さましか長距離型はおらぬではないか」
「天晴さまと雲雀さまはそもそも聖法と戦いを混ぜておる」
難しい話をしています。
確かに戦いなんですから戦いのタイプも考えなくてはいけませんね。
僕としては少女漫画派だからあんまり男の子が好む様なやり込み型のゲームには興味ないのでよく分かりませんが、それでも確かに実際当事者になると大変な事ってあるんですね。
そんな事を考えながら自分の天職を見ていない事に気付き、紅火ちゃんや時雨くんたちも僕の天職が気になるらしく、じっとこちらを見つめていました。
しかも、何か僕達を召喚した神職?の方たちも期待した様な目で見ています。
怖いです。
僕は渡されたプレートを見て、少し考えました。
・・・?
これって、え?どういう事なんでしょうか。
短い上に、名前とも被っていない。
ハッキリ言うと紅火ちゃんたちも名前と被っているんですよ。
だからなんか、僕だけ仲間外れみたいな、そんな気分になります。
それに、何で・・・。
「あ、あの。僕のだけなんか二つあるんだけど・・・?」
このプレート壊れてるんじゃないんでしょうか?
そういう意味を込めて言えば、神職の人たちが目をカッと見開いて凄い勢いで近付いて来た。
怖いです。夢に出てきそうです。
「な、なんと!」
「その天職はなんですかな!?」
必死過ぎて怖いです。
僕は半泣きになりながらプレートに書かれていた天職を口にした。
「せ、聖母と鬼子母神です・・・!」
怖かったけど頑張って言いました。
僕もハッキリ言ってどういう事だ。と思いますが、それでもそこまでの顔をされる様な事でしょうか。
しかもその顔を思いっきり近付けられるような事でしょうか。
怖いです。本当に怖いです。
「失礼ですが、御髪を退かせて貰っても良いですかな?」
「え!?い、いやです・・・!」
曾祖母に生き写しだと周りに言われ続けていました。
弟も結構似ていると思うのですが、弟の方はちゃんと格好良いんです。
僕の方は全然です。
そんなコンプレックスの塊である顔を長すぎる前髪を使って隠しているのに、どうして見せなくちゃいけないんでしょうか。
「しかし、見せて頂かない訳には・・・!」
「むりです。いやです。こまります」
「少し。少しだけで良いですから!」
「たった一瞬です!」
「いやです!」
なんか知らない人に無理矢理連れ触られそうになった幼少期を思い出しました。
あの時も弟に助けて貰ったんです。
2歳も上なのに、僕は情けない兄なんです。
あの時の事を思い出しながら、ここにいない弟に心の中で助けを求めます。
大丈夫。僕の弟なんですから、異世界からのテレパシーぐらい届く筈です。
あ、でもどうやって助けに来てくれるんでしょうか。
盲点だった。そんな事を現実逃避に近い感覚で考えていたら、後ろに回った神職の人に肩をガッと掴まれて固定されました。
「え?え?」
僕は背が高いですが、それでも異世界の人の方が高いし、きっとレベルももの凄く上だから力も強いんです。
ひょろひょろしたもやしの僕には絶対に敵わない相手です。
「ご無礼は承知ですが、しかし、これもこの国の為!」
「い、いやです!絶対にいやです!離してください!」
「あまり暴れられるとお怪我をなさいますぞ」
「は、離してっ!いやですってば!むりなんですってば!」
「申し訳ありません」
そんな形だけの謝罪なんていりません。
必死に暴れる僕を押さえつけながら、僕の髪は左右に退かされました。
このコンプレックスの塊である顔がついに衆人環視の許に晒されたのです!
泣きたいです。というか、泣きます。
今からガチで泣きます。
「ひっ、酷いです」
こんな辱めは初めて・・・いえ、雲雀くんと何度か体験していますが、雲雀くんは僕が本気で嫌がったらやめてくれます。
あれは只の遊びの様なものなんです。
だから、実はこの顔を晒すのは同じ家庭科部の皆にも初めてですし、何より男子の皆は僕が容姿にコンプレックスがあると知っているので色々と想像心をかき立てていたらしいです。
自分の瞳からほろほろと涙が零れていくのが分かります。
髪はもうガッチリと左右に退かされており、顔を隠すには手で覆うしかないでしょう。
けれど僕にはそこまでの気力はありません。
僕を押さえつけていた神職の人は僕の顔を見た途端その手を離し、支えを失った僕は床に膝を突きました。
本当に酷いです。
僕はもう引きこもります。
布団でも被って聖戦とやらが終わるまで引きこもっています。
それか日本に帰してもらいます。
そして本当の引きこもりになります。
「・・・さま」
僕がうじうじとその場に体育座りをしていたら上の方から何かを呟いた声が降ってきました。
何となく、誰かを呼んでいるのではないかと思いました。
「聖王!聖王様を呼べっ!」
ああ。聖王という人にもこの顔が晒されるのですか。
もう、良いです。見たいのなら見れば良い。
見て、僕の存在について悩めばいいんです。
僕は、本当に、男なのか。とか。
そう言えば良いんですよ。
会った事もない曾祖母は堂々としていたと聞きました。
弟も堂々としています。
けれど、けれど僕は、自分をそんなに好ましく見る事は出来ません。
僕は、何と言うか、乙男として、顔を隠して生きていたいのです。
『母上!』
だから、悲しみに暮れるあまり、幻聴を聞いても仕方がないのだと思います。
ああ、幻覚まで見えてきました。
小さな男の子がそこにいます。
金糸の様な柔らかな髪が温かく周りを照らしています。
その瞳は血の様に赤く、とても美しい。
何と言うか、とてもジューシーな果実の様な、そんな風に思えます。
僕の頭の中にしかいない筈の子供は嬉しそうに目を細めて僕に手を伸ばしてきました。
幻覚だと分かっているのに、僕も手を伸ばしてしまいます。
「ざ、くろ」
それは、どういう意味を持っているのでしょうか。
「母上!」
また幻聴なのかと思ったのですが、目の前にいた筈の幻覚の男の子は消えていました。
だから、これは幻聴ではないのかも。
「聖王!」
「聖王。母君が!」
母?そういえば、僕の天職は両方とも母の字が入っています。
戦えそうにも、魔法、ではなく聖法も使えそうにありませんが、それでも何となく二つあるのは意味があると思うのです。
それに、両方母なんですから、とても、大切な意味が。
「母上っ!」
もう一度、“呼ばれました”。
僕は声のする方に顔を向けて、その声の持ち主を見ました。
その声の持ち主は、先程僕が幻覚で見た男の子によく似ていて、けれど、それ以上に成長していて。
どことなく、弟が成長したらこんな風になるのではないか。と思いました。
ああ。そうです。あの幻覚の男の子は、僕の大事な弟にそっくりなのです。
「母上!」
「・・・ザクロ」
僕の口から勝手に言葉が零れました。
僕の口は、勝手にしゃべります。
勝手に僕の知らない事を、僕が言いたい事ではない事を、喋ります。
「おお、おお。妾の愛しきザクロ。その顔を、もっとよく妾に見せておくれ」
「はい。母上」
まるで陶酔し切ったかのような、神に会えたかのような、そんな顔をする人がなんとなく聖王なのだと感じました。
僕の口と体は勝手に動きます。
床に体育座りをしていた体は、ゆっくりと立ち上がり、聖王に手を伸ばしました。
そして、僕のその動作が全ての許可であるかの様に、聖王は僕に近付いてきました。
ああ。やっぱりその顔は僕の弟に、僕が見た幻覚の男の子にそっくりです。
「母上。お変わりないようで」
「ああ。お前も相変わらず父親似じゃ、目元の辺りなど、瓜二つじゃ。ザクロ。近う。近う寄れ。もっと、すぐ傍に」
「はい。母上」
聖王は僕のすぐ目の前に跪いていました。
それはまるで、少女漫画でよく見る様なプロポーズの時にする様な、お姫様に忠誠を誓うかの様な、そんな格好良いものでした。
ハッキリってキュンってします。
萌えます。
今このアングルが一番です。
ただ、難点を言うのなら、僕相手にしている事でしょうか。
蒼衣ちゃんとかにするともっと萌えるのに、残念です。
「愛しき我が弟にそっくりじゃのう」
僕は、というよりは僕の体は、聖王をそっと抱きしめました。
とても大切な何かを抱く様な、何と言うか、あれです。
子供を抱く母親の様な、そんな感じがします。
僕の天職が関係あるのでしょうか。
それとも、本当に僕はこの人の、聖王の母親なんでしょうか。
「のう、ザクロや。妾はまだ完全に目覚めた訳ではない。封印の綻びから呼びかけているだけじゃ。だから、早う。早う。この聖戦を終わらせ・・・わら、わ・・・お前・・・父を・・・妾の・・・に、早う」
ああ、今僕は壊れたラジオの様なものです。
電波の届かない場所にある携帯電話です。
声が飛び飛び、というか身体も動かし辛くなっています。
もう何も言えない。
そう思ったら僕の体は聖王の方にゆっくりと倒れました。
頭が、重い。
ふと、暗くなっていく視界からは背中程度までしかなかった僕の黒髪がとてつもないスピードで伸びていくのが分かりました。
聖王にもたれ掛かっているので詳しい事は分かりませんが、多分立っていても床に着くかもしれない長さです。
それに、変わっていくのは髪の長さだけではありません。
色も、変化していっています。
黒から茶、茶から金。金から灰。そして最後に銀色に。
そんな僕の髪を聖王が愛おしげに撫でました。
ああ、何だかとっても落ち着きます。
僕はそのまま聖王の腕の中で深い眠りにつきました。
「母上。良い夢を」
その言葉に少し含みがあった様な気がしたのは、気のせいでしょうか。
次回、他視点からの状況説明です。