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第十五話 家出騒動の裏側

 それは、白雪が城から抜け出した事が発覚した後の話である。

 白雪の無意識の聖法を受け、花壇の傍で固まっていたジュリアだったが、本来なら一日は動けないままの筈の聖法をジュリアは半魔という自身の特性を活かして解除し、目の前から消えた白雪を、その体に溜め込まれた法力量を感知して探そうとしたが、月光薔薇が咲き乱れている庭園という場所柄、それは難しく、結局その身一つで探す事になったのだが、白雪は見つからなかった。

 ちょっとした気まぐれで隠れている。という可能性は限りなく低い。

 どちらかと言うと、白雪が良からぬ輩に連れ去られたと考えた方が可能性としては高いだろう。

 しかし、白雪は確かにどこか抜けている様な性格であるが、その身に宿る聖法量は十把一絡げの誘拐犯など足元にも及ばない程だ。

 危害を加えられそうになれば、危害そのものを消し去る事も可能だ。

 危害を加えた者を消し去るという事は、白雪の性格上はないだろう。

 だからこそ、自分から城を抜け出したという可能性が一番高い。



 確かに、籠の鳥の様な扱いを受けているのを侍女兼護衛であるジュリアは知っていた。

 しかし、それは白雪の安全面を考えれば仕方のない事であるし、何より、今現在の白雪はとても不安定だ。

 ハッキリと言うと、ジュリアを一時的にでも行動不能に陥らせられた事すら驚きなのだ。

 聖法など関係のない世界で生きていた白雪は、今、力をコントロールする為に細々とした調整を外部から行わなければならないのだ。

 だからこそ、あの鳥籠の様な部屋は存在するし、聖法も魔法を使える半魔であるジュリアが侍女として傍にいるのだが、今回はそれが悪い方向に向かった様だった。



「母上。母上母上母上母上母上母上母上母上母上母上母上母上母上母上」

「あー、ご主人様よぉ、そろそろ落ち着いてくれなきゃ、あたしもどうして良いか分かんねーぜ?」

「母上母上母上母上母上母上ははうえははうぇえええ」



 まるで呪詛の様に母を呼び続ける聖王の姿は、まさしく親と引きはがされた子供としか言い様がなく、部下と上司と言う関係性であるジュリア。いやアニーでも、その姿に同情を禁じ得る事は出来ないだろう。

 世界一平和で理想的な国を造り、維持している千年も生きている筈の聖王の今現在の姿は、気心の知れているもの以外には絶対に見せられないものだった。

 あの母にしてこの子あり。とも言える程、聖王ザクロの実情は隠居中の老人が猫を腹に乗せて昼寝をしている時の空気感を彷彿とさせる程に穏やかでのんびりした、男である。

 確かに年齢だけ考えれば隠居をしていても問題のない年だが、それでも、未だ現役でもうすぐ訪れる聖戦に向けて着々と準備をしている程には王として必要なものを兼ね備えてはいる。

 外面も、度胸も、決断力も、発想力も、運も口の堅さも知識量も、カリスマ性もずば抜けてはいる。

 けれどやはり決定的に王には向かないのだ。



 王として必要な技量も全て努力で身に着けた。

 周りは生まれながらにして王であるとザクロを褒め称え、その素晴らしき王政に満足している。

 けれど、ザクロはただ単に膨大なる時を生きて、蓄えた経験や、ある意味荒療治となった母を失った時のトラウマがザクロを王たらしめているのであって、そのトラウマでありながら最愛の存在である母が今すぐ傍に居る現在、ザクロの常に王であろうとしている姿勢が崩れ始めてきているのだ。



 それが一概に悪いとは言えない事を、数百年ほど直属の部下としてザクロの傍で影から尽力していたアニーはよく知っていた。

 常に王であるという事は、王でない自分を認めないという事なのだ。



『聖国は理想の国であるべきだ。誰もが平等に、誰もが幸福に。誰もが、生きる希望を持って』



 そんな馬鹿げた理想論を語ったザクロに、アニーはついていったのだ。

 この馬鹿が、どこまでその理想を貫くのか興味があったから。

 この馬鹿の理想がどこで折れるのか興味があったから。

 この馬鹿が、理想を失った時、どうなるのか興味があったから。

 だからこそ、アニーはザクロの傍で裏からこの国を守っていた。

 光ある場所には必ず影が必要だから。眩いだけの光よりも、その身に馴染む様な闇が誰かを救う事もあるのだから。だからこそ、アニーはそこにいる。

 半魔という己を隠し、自分の最期を確信しながらも、理想を語った男を見守っている。



 それは、所々飛んでいる記憶の中から感じた懐かしさだけではなかったのかもしれない。

 帰る場所を失って、それでも生まれ落ちた地に戻りたかった。誰かの為に手を汚す事しか出来ないと、そう思っていた自分の心を、確かにその理想的な言葉が救ったのかもしれない。

 陰でしか生きられない己を、仮初でも光ある場所に戻してくれた恩が、あるのかもしれない。

 途切れ途切れの記憶を懐古するという意味の方が大きいのかもしれないけれど、それでも、アニーはかつて世話を焼いた少女の息子を、それ以上の価値で大切に思っているのだ。



「ははうえっ!」



 まあ、それでも、こううじうじと普段白雪が使っている枕を抱きしめながら泣き崩れる自分の上司にドン引かないなんていう優しさは、アニーは持ち合わせていないのだが。

 無理矢理ノスタルジックな記憶を思い起こさせなければならないぐらい、今現在のザクロの様子は酷いのだ。

 なまじっか顔が良い上に普段の立派に王をしている姿を見ている分だけ余計にダメージが大きい。

 こんな姿、あまり親しくない臣下や貴族たちには絶対に見せられない。というか見せてはいけない。そうアニーは決意した。

 城の中で魔法を使う事は、基本的には避けているけれど、気付かれない様に今いる執務室に無意識に近づくのを避ける様な結界でも張っておくべきかとアニーは考えた。

 せめて母親の枕を抱きしめる行為だけは止めさせねば。と思っていたアニーだったが、この執務室に意図的に近づいてくる気配を感じ、すぐさま王の懐刀であるアニーの顔を消し、白雪の侍女であるジュリアに戻った。



「聖王。白雪さまの件ですが」

「ぁあああ~。耳が早いな。ウォルヴィルーク」

「白雪さまを探すジュリア殿を見かけたと人伝に聞きまして」

「それにしては、タイムラグがありますね」

「今さっき聞いたばかりなんですよ。目撃した本人は、白雪さまのご事情を何も知りませんから、世間話の様に私に話してくれたのです」



 威厳も何もあった物ではない状態のザクロを見ても何の反応も示さないウォルは、その天職と家柄故に、幼少の頃から城に来ていたので、ザクロのこういった一面を何度か見ているのだ。

 気心が知れている、と言えば聞こえは良いが、どちらかと言うと、残念な部分を知っているという事でしかない。

 類稀なる信仰心と才能を有し、自分と同じぐらいの努力を他人がして当たり前だと思っているウォルは、持ち前の人当たりの良さと人徳で諍いが起こる前に自分を気に喰わないと思っている相手を自分の懐の中に入れる。

 そんな処世術と本来の性質の“ズレ”はある意味ザクロと似通っているけれど、このニコニコとしている枢機卿の方がよっぽど性質が悪いとジュリアは知っていた。

 アニーとして活動している時も、ウォルの行動を見て、敵でなくて良かったと安堵すると同時に敵でないままでいてくれる保証がないと言う事実に再び警戒心を持ち直すのだ。

 だからこそ、耳が早いウォルを訝しみながらも、持ち前の能力の高さとその人徳を鑑みると、不自然さを見付けられない事にジュリアは苛立った。



「その人は、母上がどこに行ったのか見なかったのかい?」

「ええ。“誰かを探すジュリア殿を見た”らしいです。詳しく問い詰める時間が惜しかったのと、白雪さまの存在を、召喚された勇者であるとも知らない者でしたから」



 上手い切り返しだ。そうジュリアは思った。

 けれど、確かにこの男の頭の回転の速さなら、白雪が消えたという結論を導く速さが異常でもおかしくはないのだと、無理やり自分を納得させるジュリアに、それを見抜いているかの様にウォルは微笑んだ。



「大丈夫ですよ。ジュリア殿。目撃した彼は、本当に何も知りませんから」

「……そうですか」



 そうだ。それに、あれは白雪の聖法が溢れ出た結果なのだ。

 閉じ込めて法力量を貯め込ませた事が原因の、暴走とも言えない、けれど白雪の意志に反しながらも、その意思に忠実に聖法が動いた結果なのだ。

 素っ気なく言葉を返すジュリアにウォルはいくつか質問をした。

 時に、ぐずぐずと泣いているザクロを宥めながら答えていたからと、ジュリア本人も全くの意識外で起こった出来事であったからこそ、答えられない部分と、答えたくない部分が入り混じり、不明瞭な答えばかりだったが、ウォルの頭の中では何かが噛み合ったらしく、納得した様に微笑んだ。

 と言っても、ウォルはよっぽどの事がない限り、その口元に浮かべた笑みを消し去ったりなどしないのだが。

 そこも、ジュリアがウォルを嫌いな理由の一つでもあった。

 常に笑顔であるというのは、白雪にも当てはまる。

 けれど、白雪の場合は、自身の感情が表に出やすいだけで、悲しくなれば泣くし、嫌な事があれば落ち込む。……ああ、そういえば、白雪もあまり怒りを露わにするようなタイプではなかった。

 自分にとって嫌な事をされても、大体は悲しげな顔をして終わりだ。それは異世界人の「ニホンジン」という人種の特徴でもあるのだと、ジュリアは聞いた事があった。

 曖昧に笑顔を浮かべるだけで、他人に対して当り散らす事はそうない。常に仮面を被って一歩引いている様だと、異世界人を知っている者は口を揃えて言うだろう。

 それでも、それはどちらかと言うと、ザクロの性質に近いものだとジュリアは思った。

 何かを言われて傷付かない訳ではない。ただ、それを隠しているだけなのだ。

 隠して、隠して、自分自身にさえ隠した後、その痛みと傷を深くする。

 だからこそ、ジュリアは、アニーは、ザクロを気に入っているのだ。白雪を気に入っているのだ。



 隠しているという点では同じでも、ウォルとザクロや白雪たちはそれぞれ違う。

 何を考えているのか分からないウォル。

 何を考えているのか忘れてしまったザクロ。

 何も考えない様にしている白雪。

 三人とも見事に違う癖に、三人の中で一番弱いのはザクロだろう。

 ウォルは考えていないのではなく、悟らせないだけなのだから。

 白雪は考えるのを止めているだけで、何時だって思考を再開させる事は出来るのだから。

 だから、ザクロだけが。千年前から動けないザクロだけが、弱くて脆い。

 外側だけ立派に固めているだけで、その中身が脆くては意味がないのだ。

 その内側の脆さは、白雪という存在がいる限り、頑丈さを得たり、余計に脆くなったりもする。

 白雪の存在でザクロは今以上に完成された王となり、そして、一人の人間として、自分の傷に気付かないなんて事にはならなくなるだろう。

 けれど、それは王としての自分をザクロが保てなくなる程の、人間として許容できない程の傷の深さを深めるかもしれない。そんな危うい賭けでしかないのだ。

 ザクロにとって、母でありながら母ではない白雪は諸刃の剣だろう。

 だからこそ、ジュリアは、アニーは、ザクロが白雪を母としてではなく、花車白雪本人として見れる様になれば良いと思っていた。

 そうすれば、きっとザクロは王としても、人としても救われるだろう。

 母を失った憐れな子供ではなくなるだろう。

 何より、白雪もそれを望んでいる。



 ジュリアにとって、白雪は特別なのだ。

 アニーにとってザクロが特別な様に、ジュリアという存在にとって白雪はなくてはならない存在なのだ。

 千年待ったのは、ザクロだけではない。ジュリアもだ。

 だからこそ、似たもの母子であるザクロと白雪がどうなるのか、見たいとジュリアは思っている。

 理想なんて言う甘くて馬鹿馬鹿しい言葉に惹かれた故郷を失った少女として、千年経ってもたった一瞬すれ違っただけの少女を忘れられない魔人としても、ジュリアニーという名を持つ彼女は、誰よりもこの国を、この国を造った存在を、大切に思っている。



 だからこそ、少しばかり残念な姿を見ても幻滅はしないし、見限る事はしないのだが、今、目の前にいる男がどうして王あるまじき醜態を晒しているザクロを許容出来るのか、やはりジュリアには分からなかった。

 それを直接聞いても、どうせ目の前の男はそれをのらりくらりと上手い具合に躱すだろう。

 だからこそ、この男は価値があるし、価値があるものは総じて危険なのだ。



「そういえば、ジュリア殿は昔の事はどれだけ覚えておいでですか?」

「それは、何時の事でしょうか。ウォルヴィルーク様」



 唐突なウォルの言葉にジュリアはやはり素っ気なく言葉を返した。

 それは彗星の称号を持ちながら枢機卿という立場にもいるウォルにする態度ではないけれど、ジュリアも伊達に数百年聖国で今の姿のまま生き続けている訳ではないのだ。

 今はただの侍女という立場でしかないけれど、長い時を生きれる者を、聖母を信仰するこの国の者達は尊敬するし、何より、生物としての格が違うのだ。不敬等という言葉ではジュリアを裁く事は出来ないであろう。

 そんなジュリアの態度にウォルは何故か嬉しそうに笑っていた。

 それが純粋に不思議だと思ったジュリアは、何故。と問う様な視線をウォルに向けた。



「いえ、ただ、貴方はお変わりなく凛々しくも確固たる意志をお持ちなのだな。と思っただけです」

「……?すみません。私と以前貴方と何かありましたか?」

「あると言えばありましたが、貴方が忘れているのなら、なかったも同然ですよ」



 そう言うウォルにはどうしてだか、いつも感じる得体の知れなささをジュリアは感じなかった。

 むしろ、どこか懐かしさを感じていた。

 けれど、それが何なのかは結局分からなかった。



 そのまま、ウォルは執務室から出て行き、相変わらずぐずぐずと白雪の枕に抱き着いたままのザクロをジュリアが根気よく宥めていたら、ザクロはようやく枕から手を放し、「母上母上」と呪詛の様に白雪を呼ぶ事はなくなった。

 まあ、それでも涙を流す事はやめない上に、白雪が帰って来た後どうすればもう自分の前から白雪が消えないか、逃がす事がないか考え始めていたが、ある程度見れる様にはなっている。白雪に鎖付きのチョーカーをプレゼントしようとかそういう話はある程度聞いてやって、それは首輪ではないかと考えを改まらせておいたら、一定距離を離れたら自動的に瞬間移動する聖法を……とか言い始めたで、そんな大げさな聖法をたかが首輪にかけるなと思わず言ってしまったが、それが良かったのか、ザクロは少し正気に戻った。

 王としての威厳は涙と共に流れ落ちて行ってしまったけれど、千年生きた大人としてはまだ大丈夫だろう。

 その後、詳しい説明を聞く為と、聖法の観点から今回の家出騒動の真相を探る為にジェノが来てジュリアに色々と質問をしたが、その質問の一つにジュリアは違和感を覚えた。



「あの、ジェノモンド様。一つよろしいですか?」

「答えられる範囲なら、幾らでも良いですよ。ジュリア嬢だからこそ気付く事もあるでしょうから」

「では、質問をさせてて頂きます。……どうして、白雪さまが聖母と銀の薔薇をお好きかどうか聞いたのですか?」

「ああ、そうですね。聖王には元々報告するつもりでしたので。ジュリア嬢も誰にも言わないと誓って頂きたい」



 いやに慎重な言葉だと思ったが、ジュリアはその言葉に頷き、ジェノの話の続きを促した。



「実はですね、私も人伝で聞いたのですが、要注意人物として監視していた聖母盲信者たちのグループの一つ、ああ。これは非公式グループですので、小規模なものなのですが、どうやらそのグループのリーダーが聖母と銀の薔薇の舞台公演を襲うのではないかという話を耳にしました。詳しい事情は定かではありませんが、どうやら劇中で使用する聖剣を強奪するつもりだとか、主役を降りたローゼロッテという女優を聖母を復活させるための触媒やら生贄にやらにするつもりだとか、怪し過ぎて本気に出来ない様な目的があるらしいのです。まあ、聖剣の方は確かに本物らしいので、そちらの目的が本命なんでしょうけれど、常識を持っていない者達は何を仕出かすか分かりません。とりあえずあの女優にはロンが目をかけている深緑の縁竜騎士という天職を持っている義弟がすぐ傍にいますので、注意を促す事はしようとは思っていますが、彼の腕なら十把一絡げの聖導師など相手にならないとロンが言っていましたので。そう気にする必要はないでしょう」



 そして、ジェノの口から聞かされた話を馬鹿げた話だと切り捨てる事をジュリアはしなかった。

 何故なら、最近魔帝國の者と交流を持っている人物がいるという情報を既に得ていたからだ。

 しかし、その人物の素性がまだ割れていなかった。

 だからこそ、ジェノのその情報は自分自身が持っている情報にぴったり当てはまる事にジュリアは気付いた。

 聖母盲信者は、聖母を唯一神として、他の神を一切信仰しない者達の事を言う。

 盲信するがあまり、他の神を信仰している者に危害を加える事も多く、光り輝く理想の国である聖国の数少ない汚点であるのだ。

 もちろん宗教上の自由というものは存在するし、殆どの盲信者たちは聖母にだけ信仰を向けるという信条を持っており、外の世界の神たちにも敬意は払うが、自分たちの神は聖母のみ。というスタンスを持っているだけで、盲信者全てにその信仰は間違っていると。他の神も信仰しろと一概には言えないのだ。聖母に祈りが集中する分、聖法の力が強くなっているという事実も確かにあるのだから。

 だからこそ、盲信が過ぎてもはや狂信にまで行ったもの達は要注意人物であり、監視が必要なのだが、聖母を殺し、聖母の天職を持つ者を攫う魔人もいる魔帝國と交流を持つなどというのは、既に聖母を信仰していると言えるのか怪しくなってきてはいる。

 それでも、ジェノの情報で自分の情報に肉が付いたとも言えるから、ジュリアは自分の持っている情報を整理し始める。



 そして、ジュリアはジェノに話せるだけ話してから、精神的に不安定なザクロを聖法で癒してもらい、白雪が消えた庭園まで行ったのだが、そこである物が発見された。



「これは……」

「ジュリア嬢、触れては駄目です!」



 月光薔薇の根元に置いてあった一冊のメモ帳程度の小さな本からは、禍々しいほどの魔力を感じた。

 魔法に関する結界が常に張られてある聖国の、しかも月光薔薇が咲き乱れる庭園に何故こんな物が?とジュリアは思ったが、ジェノの言葉にそれを拾おうとした手を引っ込めた。



「……血が、着いていますね。白雪さまの血でしょうね。月光薔薇にも反応しなかったという事は、天職を二つ持つ白雪さまに反応したというのが正解か?それなら、聖法の使い方を教えられていない白雪さまが聖法を使えたのも納得がいくね。……ああ、でも、こんな物をこの場に置く事が出来る者なんて、そうそういないし。それに、白雪さまたちがこの場に来る事が事前に分からないと……。どれだけ月光薔薇があると思って。いや?むしろ白雪さまの血に反応して、ここに出現した?それなら、ここに置く事が出来ずとも、ここに来た事がある者なら誰だって……。だが、二つの天職は、珍しいが、まるっきりいない訳じゃ……。じゃあ、無差別?でも、それならどうして」



 ぶつぶつと自分の思考の渦の中に入り込んでしまったジェノを横目に、これが二つの天職を持つ白雪を狙ったものだとしたら、聖母の復活を知っている人物がいるという事になる。けれど、それならどうして、こんな不確かな方法を使ったのかジュリアにはまだ判断できなかった。

 ジェノの言葉通り、天職を二つ持つ者は確かに珍しいが、全くいない訳ではないのだ。現に、聖母の神の子供であるザクロや、半魔であるジュリア。そして、



「ウォルがいればなぁ。聖王で試す訳にはいかないし」

「ウォルヴィルーク様は天職を二つお持ちですからね」

「あ、ええ。そうです。だからこそ、僕じゃなくてウォルが今ここにいれば他にも何か分かったでしょうけれど、ウォルは今白雪さまを探しに行っているみたいですから。混乱しているらしいですから、早めに戻って来てくれる事を祈るしか出来ませんがね」



 ジュリアの言葉にようやく自分の思考の中から出て来れたジェノは「聖法なら得意なのだけれど、流石に魔法は知識以上には分かりません」と笑って言った。



「ウォルヴィルーク様が混乱?」

「ええ。あ、でもロンがそう言ってただけなので、確かな情報ではないですね。……ただでさえ、二つ天職がある事で幼少の頃は辛かったのですから、天職を一つにしてくれるかもしれない白雪さまに盲信者が接触してこようとしているかもしれないのですから、気が気でないのでしょうね」



 天職を一つに。その言葉にジュリアは何かを思い出しかけた。

 以前、そんな言葉を言ったような、気がしたのだ。

 でも、どうしてそんな事を言ったのか。いつ言ったのか。誰に向かって行ったのか、ジュリアはどうしても思い出せなかった。



 その後、庭園の一部を閉鎖し、ジュリアはザクロを精神的に立て直した後、件の盲信者たちを調べようとアニーとして城下へと向かったのだった。

 そのついでに、取り乱しているウォルを見かけられたら良いと思ってもいた。

 そうすれば、自分が何を忘れているのかジュリアは思い出せるような気がしたから。

 それに何より、あの常に笑みを浮かべている男の取り乱した姿は面白そうだとも思っているのだが。

長くなりました。

ザクロがヘタレと化しましたが、心の中では白雪が帰って来た後の事をヤンデレ思考で考えております。

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