第十四話 嘘はついてないけどどうしても噛み合わない
タイトル通りの話です。
ロッテの赤ちゃんの名前が決まりました。
最期の最後に書いてあります。
朝起きたら、見知らぬ部屋で眠っていました。
僕が寝ていた白くて清潔なベッドは、ロッテさんのベッドと同じです。ああ、でも、ロッテさんのベッドより少し縦の方に大きいですね。城にあるザクロが用意してくれた僕の鳥籠の様な部屋にある天蓋付きベッドよりは小さいですが、それでも大きい方だと思います。
少しごろごろとだらけてみると、何となく、エドゥの匂いがする様な気がします。
城から脱走する時に抱き着いていましたから、エドゥの匂いはもう覚えています。流石に匂いを追うなんて事は出来ませんが、それでもこのベッドがエドゥのものだって事ぐらいは分かるんです。
という事は、この部屋はエドゥの部屋だという事なんでしょうか?
本や、細々とした物が多いです。しかも、結構異国情緒溢れると言いますか、色々な文化を表したものが多いです。多国籍料理のお店に行った時みたいな、そんな感じがします。
ベッドから出て、髪がさらりと音を立てて、床に落ちます。
……ああ、そうですね。今はジュリアがいないんでしたね。髪も、自分で結わなければいけないんですね。ちょっと大変ですけど、何とか頑張ってみるしかないですね。
男性の部屋ですから、鏡とかはないのかな。って思っていましたが、銀の和龍が装飾されている、和風な大きな姿見がありました。
僕よりも大きくて、多分エドゥと同じぐらいの大きさの姿見は長方形で、三枚鏡になっているので、髪を結うのにそんなに手間はかかりません。
三枚鏡って、最近の日本ではあんまり見ないんですよね。色んな角度から見れて良いと思うんですけど。
鏡の前に近くにあった黒い椅子を持ってくれば、セッティングは完璧です。
ああ、でも櫛や髪を纏める紐が必要ですね。流石にそこまでゴソゴソと探るのも、どうかと思いますし。
この髪をそのままにして部屋を出るのも少し戸惑われます。
……あれ?そういえば、僕、どうやってお風呂から上がったんでしょうか?湯船に浸かったところまでは覚えているんです。お湯の中で外を見れば、まるで映画館の最前列にいる様な気分になれました。
小さな花の蕾があって、良い匂いがしていて、何だか気持ちが良いなぁ。と思ったんです。確か。
そしたら、段々と力が抜けていって、壁に寄りかかって、目を閉じて……あ、れ?それって、つまり、僕、お風呂で寝ちゃったって事ですよね?しかも、多分ですが、エドゥに助けて貰って、着せ替えられて、髪も乾かしてもらって、ベッドに入れて貰って……?
だめです。色んな意味でだめです。
まだ僕自分から男だって言ってません。エドゥは僕の事を女の子だと思っている筈です。っていうか、女物の服を着ていましたし、そんな風な扱いをされていました。だから、絶対にそうです。
そんな僕が、実は男だってエドゥは知ったんでしょうね。だから、僕を自分の部屋に入れたんでしょう。ロッテさんや聖女医さんたちと一緒の部屋で寝かせる訳にはいかないですから。
そういう真面目な所がエドゥの良い所なんですが、何て言いますか、朝起きたら知らない部屋で一人。という状況に置かれた身としては、かなり複雑です。
いえ、別にロッテさんたちと同じ部屋で寝たかった訳じゃないんですよ?確かに僕だって男ですし、男の人がイケメンだーってはしゃいだりしますけど、普通に女の子と仲良くする方が好きです。
紅火ちゃんや蒼衣ちゃん。碧李ちゃんに紫織ちゃんたちと好きな少女漫画や好きな芸能人。最近作りたい物について語り合って、パジャマパーティーとか出来たらとっても楽しそうですし。
あれ?もしかしたら、僕健全な男子高校生としては何だか少しおかしいんじゃないでしょうか?
普通だったら、ここで可愛い女の事イチャイチャしたいー。とか思うのが普通、普通ですよね?多分。
少女漫画に登場する男の子達ってそんな感じですし。あ、でも時雨くんたちってそんなタイプじゃないですね。天晴くんは女の子と遊ぶの楽しそうですけど、どっちかと言うと部活に精を出している感じですし。
……あ、待って。待ってください。もしかしたら、僕、比較できる対象っていないんじゃないんでしょうか?僕は正真正銘男なのに、もしかしたら男子について知っている事って、大抵少女漫画知識なんじゃないでしょうか?
よく考えると、そうですよね。僕自身、男子と遊んだ記憶なんて、小学校低学年の春ぐらい。弟もどっちかって言うと、あんまり積極的に女の事関わる様なタイプじゃないですし。
だめです。深く考えない事が一番だと、昨日のお昼、悟ったじゃないですか!
心を落ち着かせて、何もない。何でもない。と考えるのが一番です。
「うん。問題ない」
「何が問題ないんだ」
「え、エドゥ……!」
気が付いたら、エドゥが扉の前にいました。
いや、まあ、ここはエドゥの部屋なんですから、別に入って来ても何の問題もないんですが、少しびっくりしました。
あ、でもなんか心なしかエドゥの顔が疲れ切っているようにも見えます。まあ、昨夜はロッテさんの出産という大イベントがあったから当たり前なんでしょうけれど。
「ああ、髪を結うのか」
驚いたまま固まっていた僕の姿を見て、そう結論付けたエドゥは棚の中から綺麗な箱を取り出し、色とりどりの紐を出してきました。
櫛も、迷うことなく見つけて、僕に手渡してきます。
「あ、ありがとう」
「別に良い。体調の方はどうだ?どこかおかしな部分はないか?」
そう聞かれて、僕は自分の体の変化について考えました。
特に変な所はありませんが、強いて言うのなら、頭がスッキリしています。よく寝たからでしょうか?
そう答えると、エドゥは難しそうな顔をしました。
「そうか。……白雪。風呂での事、どれだけ覚えてる?」
「寝ちゃった、んだよね?……あのさ、エドゥは、僕の身体、見た?」
エドゥのどれだけ。という言葉はよく分かりませんが、それでも、それだけは一応聞いておきたいと思いました。
騙していた訳ではないですけど、本当の事を言わないのは、卑怯だし、それは嘘をついているのと同じ事ですから。僕だって、ザクロやジュリアに本当の事を教えて貰えないのは悲しいし、寂しいです。それに何より、とっても不安になります。
特に、僕の睡眠の事とかは、僕自身の事ですし、それに、僕はザクロとどうなれば良いのか、よく分かりませんから。
自分で問いかけておきながら、今エドゥがどんな顔をしているのか、怖くて見れません。
もしかしたら、僕の事を、軽蔑、しているかもしれません。
酷い事を、言う様な人ではないとは分かっていますが、それでも、僕とエドゥはまだ出会って日が浅いですし、何より、もしかしたらエドゥは、僕の事を、好き、だったのかもしれませんから。
自意識過剰でしょうか?恋愛的な意味じゃなくても、多分、人としては好かれていたとは思います。
でも、それって“どこかの箱入りお嬢様”である僕の事を、気に入っていたのかもしれません。
僕が異世界から召喚された勇者。しかもこの国の聖母だとバレた時、もしかしたらエドゥは、僕と距離を置こうとするかもしれません。
何となくの勘ですが、エドゥって、傍に居ない方が相手の為になるのなら、迷うことなくそうしそうな、危うさというか、自己犠牲心がある様な気がするんですよね。逆に、相手が嫌いでも、よっぽど不利益にならない限りは、ずっといる様な、そんな気がします。
「……見た」
だからこそ、エドゥが気まずそうな声でそう言った時、僕はどうしても、自分の顔を上げる事が出来ませんでした。
顔を伏せたまま、エドゥの深い緑色の瞳を見る事も出来ずに、僕はただ、エドゥの言葉を待っていました。
もしかしたらその言葉は、僕を嫌いだという言葉なのかもしれません。それとも、嫌いだけれど、僕に悟られないようにする言葉なのかもしれません。
エドゥの性格を考えたら、後者である可能性の方が圧倒的に高い様な気がします。
嫌いと言われるよりも、我慢して傍に居られる事の方が、いやです。
嫌いなら、嫌いだと、そう言ってくれれば良いのに。でも、きっとエドゥは僕に優しい言葉をかけるんでしょうね。不器用だけれど、素っ気ない、優しい言葉をかけるんでしょうね。
だから、僕は、エドゥの傍が居心地良いんです。
居心地が良すぎて、だめになってしまいそうです。
「白雪」
名前を呼ぶと同時に、エドゥは僕の髪に触れました。一束掬って、指先に通しています。
優しい手です。安心してしまいます。もっと、触れて欲しいと、そう思ってしまいます。
「白雪。顔を上げろ」
「……やだ」
「俺を見ろ。白雪」
その言葉は、どうしようもない位の強制力を持っていて、僕はおずおずと顔を上げました。
ああ、そういえば、ザクロに首を噛まれた時も、こんな感じだった様な気がします。
つくづく僕の行動は子供っぽいですね。でも、何でだか、今は別に目を閉じている気にはなれないんです。
エドゥの深緑を思わせる瞳が、僕をじっと見つめてきます。
「一つ聞きたい。良いか?」
「答えられる事なら、いくつでも話すよ」
「……お前は、聖母か?」
そう問いかけるエドゥの声は、核心に満ちていました。
どうして、バレたのでしょうか。勇者として召喚された。という事すら、きっと僕の今の外見ではバレない筈です。それなのに、どうして?
早速僕が答えに詰まっていると、エドゥは僕が答えやすい様に言葉を続けてくれました。
「いや、男が聖母の天職を得ると言うのは、稀にだがあるらしい。そういう者は大抵、魔帝國に囚われない様にずっと外に出ずに閉じた生活をしているらしい。俺も詳しくは知らないし、その話を人伝に聞いただけだからな。だが、どうしても男が何かを産み出すと言うのはそれ相応の力が必要な上に、やはり男であるから、そういう行為に拒否反応が出たりするのが普通だから、女として育てられている者も多い、らしい。聖法を使い過ぎて、それを回復する為に何年も眠ったままという人もいるらしい。逆に、聖法を貯め込み過ぎて、長く生き過ぎてしまって、自死する者も、多いって聞くから、その、な」
言い辛そうにしながらも、僕に分かる様に、というかどうにかオブラートに包もうとしているのが丸分かりなエドゥに、エドゥが何か重大な誤解をしているのではないかと気が付きました。
それこそ、エドゥが言った通りに、女として育てられて隠されて生きていた聖女の天職を持った男が、家の関係で城に行って、何か嫌な事があったり、聖母と銀の薔薇の舞台を見に行きたいのに言っちゃ駄目って言われたストレスで城から逃げ出したんじゃないか。とか、そんなどこかの王道な恋愛小説みたいなストーリーがエドゥの中で展開されている様な、そんな気がしました。
あー、うん。そうですね。多分それで間違いないです。
「エドゥ。どうして、僕が聖母だって思ったの?」
色んな意味で布団の中に潜り込んで引きこもりたい衝動が襲ってきますが、とりあえずどうしてそこに行き着いたのかだけは聞いておいた方が良いですよね?
天職が聖母ってだけじゃなくて、この国で信仰されている聖母だってバレる可能性だってあるんですから。
「一つは、法力量の多さだな。普通、洗礼を施す時あれ程の現象が起こる事はまずない」
「洗礼?」
「……知らずにやってたのか?」
「口から、勝手に零れたって言うか、その」
エドゥは面倒くさがらずに僕に洗礼や、その他もろもろこの国の事について教えてくれました。
それを聞いて、僕は実はザクロはちゃんと頑張っていたのだと初めて知りました。
僕からすれば、ザクロはただの息子ですから、そこのところがよく分かっていなかったんですね。
自分自身の不甲斐無さも感じられて、少しブルーです。
後お風呂での出来事も聞きました。何か話せる事と話せない事を分けているみたいな説明でしたけど、とりあえず僕が聖法を使いまくってずっと寝てたという事だけ分かりました。
「え、じゃあ僕何日も寝てたの?」
「いや、今は昼だけど、一日も寝てなかったぞ」
あ、良かったです。そんな何日も寝ている訳じゃなかったんですね。
まあ、実際僕が一度寝るとどれだけ寝ているのかなんて実のところ分かってないんですけどね。
思わず泣きそうになります。
「白雪、泣いてるのか?」
エドゥの優しくて気遣ってくれる指が僕の目に浮かんだ涙を拭ってくれます。
「僕、一度寝るとずっと寝てるみたいで、でも、何日寝てるのか誰も教えてくれなかったんだ」
「白雪……」
「だから、エドゥがエドゥで良かった」
「……?おう」
「エドゥが、僕の事好きでいてくれて良かった」
別にザクロもジュリアも僕を嫌っている訳ではないけれど、あんまり大切にされ過ぎていると、少し窮屈なんです。
だから、好かれている上に、僕を閉じ込めたり、敬おうって思っている訳ではない人は、こっちに来てからは珍しいです。
まあ、元々男の人とはそんなに仲良く出来ていなかったんですけどね。どうしても距離が出来るんですよね。ええ。
だから距離を取られずにちゃんと目を見て話してくれる相手は、久しぶりです。
雷公くんとか、雲雀くんは優しいですけど、目は、僕が前髪を伸ばしっぱなしだったから目は合わなかったですし、あ、でも友達でしたよ!ちゃんと!
それでも、そうですね。エドゥみたいな人はあまり周りにいないですね。
そんな思いでエドゥの方をニコニコと見ていたら、エドゥの顔がまるで沸騰したかのように真っ赤になっていくのが見えました。
「エドゥ!?」
熱中症でしょうか?聖女医さん達はまだいるでしょうか?
おろおろとしながらエドゥを見つめていると、エドゥは僕の事を勢い良く抱きしめました。
「エドゥ、どうしたの?苦しいの?」
僕は椅子に座った状態のままですけど、エドゥが腰を屈めていてくれているので、僕の顔はエドゥの胸辺りにあります。
だから心臓の音がよく聞こえるんですけど、心配になるぐらい、早いんです。
本当に具合が悪そうです。僕はどうすれば良いのか考えて、とりあえず横になって貰おうと、僕を抱きしめたままのエドゥの背中をぽんぽんと優しく叩いて、声をかけます。
「エドゥ、ベッド行こう?」
そう言ったら、エドゥがビクッと驚いたみたいな反応をしました。
心臓の音も、早くなっています。
「し、白雪」
「ね?お願い。我慢しなくて良いんだよ?」
「待ってくれ。白雪。俺はそんなつもりじゃ」
しどろもどろ、というか、狼狽えているというか、どこか焦っている様なエドゥに僕は言います。
「でも、辛そう」
「……俺は」
「エドゥ、具合悪いんでしょ?」
「……は?」
「顔が真っ赤だし、心臓の音がすっごく早い。熱中症とかかもしれないよ?いったんベッドで休もう?聖女医さん呼んでくるから」
そう言ったら、エドゥは少し黙った後、大きなため息を吐きました。
「分かってただろ。俺。何期待してたんだ」
何か独り言を呟いたみたいですけど、バッチリ聞こえてます。でも、どういう意味を持っているのかは分かりません。
だから手を伸ばして、エドゥの頭をいいこいいこ。と撫でてあげれば、抱きしめる力が強くなりました。
「エドゥ。苦しい」
「ああ。でも、もう少し、このまま」
具合が悪かったのではないのでしょうか?
でも、まあ健康ならそれに越した事はないので、僕は暫くエドゥに抱きしめられたままでした。
解放されたのは、十分ぐらい経ってからの事でした。
その後、髪を結うのをエドゥが手伝ってくれて、僕がジュリアのやり方を見て学んでいたのを教えたりして、楽しい時間を過ごしました。
あ、そうです。その後、赤ちゃんの名前をロッテさんたちと一緒に決めました。
いくつか候補があったんですけど、エドゥの名前を少し受け継いで「ロムアルド」となりました。
ちなみに、それはエミリアさんが子供が出来た時にそう言う名前にしたいと決めていた物の一つなんです。
他の候補も結構良かったんですけど、でも、やっぱりエミリアさんの遺志と、エドゥとの繋がりを意識した結果です。
ロムくん。可愛い名前ですね。