第十二話 月の光の下で奇跡は起こる 上
少し長めになってしまったので、上下編とする事にしました。
「生まれて来てくれてありがとう。可愛い子。君はきっと、誰より幸福になれる。誰より愛される。誰より、優しい存在になれるよ」
歌う様に紡がれた言葉に、膨大とも言える量の法力量が込められている事は、聖法がそんなに得意ではないエドゥにも分かった。
聖法とは祈りの力を使ったもの。聖法を使う時に、言葉にする必要などないのだ。
けれど、聖法を使う時に具体的なイメージを持っていた方が良いという事実は確かにあった。
だからこそ、聖導師の中には師弟関係を築く者がいたり、書物を読み解き、自身で聖法を使う特訓をするのだ。
何かを成す時に、決まった合図のような物があると良い。
それ故、聖法を使う時に聖法補助道具を使ったり、一言言葉にする者もいるのだが、慣れてくれば言葉にせずとも、自分の匙加減で力をコントロールする事が出来る。
だからこそ、熟練した聖導師には詠唱を用いない者が多いのだ。
けれど、例外はある。
聖国は聖母信仰を掲げている。この世に生まれた命は全て、等しく聖母の子であると、そういう信仰が。
聖国を造った聖母の真の子は聖王であるが、聖王自身も、この国の民たちを自分の弟や妹だと、家族であると銘打っている。
聖母信仰をしている者の中には、外の国の神から加護を受けている者も一定数いる。その神たちを信仰する事で自身へ与えてくれた加護に報いようとしているのだ。
けれど、やはり聖国の民は聖母の子なのだ。
どんなに寂れた場所にも必ず聖母信仰を行う教会があり、助けを求める者達に救いの手を差し出している。
職を斡旋したり、食事を無料で振る舞ったり。
そういう末端までの教育、というより過保護な性質が行き届いているからこそ、この聖国は理想の国、平和の象徴、安寧の地と呼ばれるのだ。
聖母への感謝を忘れなければ、大抵の者はこの国に暮らす事が出来る。
そして、外から来た者たちに聖母からの加護と言い、洗礼を受けさせるのも教会で、この国の習わしだ。
洗礼を受けていれば、この国で行き倒れる心配はないと言える。
運が良ければ、他の国でも聖母信仰をしている者に良くして貰えるだろう。
聖母からの加護は、それ程までに大切なものなのだ。
この国で生まれた者は、それ相応の理由がない限り、生まれてすぐ教会、または高名な聖導師から洗礼を受ける事が必須だ。
別に教会で受ける必要はないが、厳かな雰囲気と教会にいる聖導師は総じて一般よりも高位の天職、または職業を得ているものだ。
聖導師は祈りの力でその力を使っている。祈る時間が多ければ多いほど。祈りが強ければ強いほど、その力は強くなると言われている。
だからこそ、聖職に就いていなくとも、普通の民よりは聖母に対する信仰心は強い。
新しく生まれてきた子供に洗礼を施す事は、名誉であると言われている。
教会の方が雰囲気はあるだろうが、法力量が多い聖導師に洗礼を受けると、その子の加護は強くなる。
洗礼は儀式である。
儀式であるからこそ、普段は必要のない詠唱を使って、聖母に対する信仰心を増す為に、それなりの雰囲気を作るのだ。
詠唱にはさして意味はない。詠唱など本来存在しないのだから。
言葉を紡ぐのは、それ相応のイメージを作り出す為。
だからこそ、洗礼の場での詠唱は、子供の健康や明るい未来を祈っての言葉である事が多い。
そして儀式だからこそ、詩人が歌う様な、美しい言葉である事が多い。祈りのイメージが強くなるからこそ、だ。
簡単な言葉でも問題はない。けれど、それに強いイメージを乗せるという事が大変なだけで。
それらの知識を、修行の旅で出会った者達から教えられていたエドゥは、もしかしたらこの場にいる誰よりもその意味を理解していただろう。
聖女医として、教会の代わりに簡単な洗礼を行う事のある彼女たちよりも。
今まさに子供を産み終わった、子供を産む為に必要な知識を調べていたロッテよりも、その意味をよく、エドゥは理解していた筈だ。
だからこそ、今目の前で起こっている神々しい現象が、ただ神々しいだけではないのだという事も、知ってた。
白雪はエドゥが流れで城から連れ去った、それ相応の身分を持った、推察するに人外の姫だ。
だからこそ、法力量はそこら辺の人間とは比べ物にならない程持ち合わせているだろう。
それなりの身分を持っているのだから、もしかしたら聖母信仰についてもある程度は知っていただろう。けれど、けれどそれだけでは説明がつかない事態が今、エドゥの目の前では起こっていた。
白雪の体から、聖法を凝縮した様な強い力が光となって現れた。
それは、ただ強いだけではなく、優しく、愛に満ち溢れていた。
その光は、生まれてきた子供にはこれ以上ないくらいの洗礼だろう。けれど、それは洗礼という、神職者が聖母の代行で行うものとはかけ離れていた。
そんな、代行だなんて言葉で片付く様なものではないのだ。
実際に洗礼を施す者であっても、分からないだろう。
旅先で世界を見てきたエドゥだからこそ分かる、そんな、格の違いが分かる、その力に、エドゥは言葉を失っていた。
その力は聖母本人が生まれてきたエミリアとロッテの息子に直接加護を与えていると言っても良いほどの、強大で、圧倒的で、神々しくも、愛に満ちた力だった。
だからこそ、白雪の体から出てきた光を美しいと、そうとしか見れない聖女医たちと義姉に、これはもしかしたら後世に語り継がれるべき場面だと、言うに言えなかった。
そんな事を言ったら、純粋に美しく尊いものを敬う気持ちに陰りが出来るだろう。
もしかしたら、恐れるかもしれない。
だから、白雪という人外の姫の異常さを知っているのは自分だけで良いと、エドゥは思った。
今目の前で起こっている光景が、美しい事には変わりはないのだから。
光が生まれてきた子供の中に入り、その美しくも神々しい時間は終わりを告げた。
そんな大それたことを密かに行った白雪は、流石に疲れたのだろう、ヴェールの所為でよくは見えないが、その白い肌は青みがかり、少し体がふらついていた。
生まれてきた子をその腕に抱いているから、倒れ込むような真似はしないが、ベッドに横になるロッテの胸に赤子を乗せていた。
優れた聖導師は精神的に安定していれば休息も食事も必要ないが、精神的に疲れてしまえば、長時間の休息か大量の食事が必要になる。
まあ、それは普段よりは長時間か大量、というだけで、むしろ小食な人物が人並みに食べる様になった、という程度の事でしかない。
白雪は昼食を少量しか食べず、残りをエドゥに渡していた。
何か食事でも作ってやるべきか、とエドゥが思った時、白雪は思いもよらない行動に出た。
「エドゥ。お風呂、連れてって」
「……は?」
「一緒に入ろう?」
その言葉の意味を考えていたエドゥは、追い打ちをかけるかの様に自分の服を子供の様に掴んで来る白雪に絞り出すように文句を言う事しか出来なかった。
しかも、その言葉に隠された、と言うよりもそう言うしかなかったエドゥの心情に全く気付く様子のない白雪はまるで仔犬がじゃれつく様に、片手で顔を覆うエドゥに纏わりついて来た。
それに対して嫌だと思う程、エドゥは枯れてはいなかった。
自分の恋心は全て義姉に奉げたのだ。とそう思っていた筈なのに、この無垢なのか無知なのかよく分からない姫はエドゥの心を無意識に試すのだった。
「男を見せなきゃ駄目よ。エドゥアルド」
「そうね。エドゥは浮いた話が一つもないから、丁度良いのかもしれないね」
「……何も分かってない奴相手に何を見せろって言うんだよ」
義姉であるロッテだけでなく、ロッテの妊娠中、何かある度に検診に来てくれたベテランの聖女医や、見習い聖女医にもくすくすと微笑ましいものを見る様な表情でそんな事を言われてしまったエドゥは、疲れ切った声で声でそう答えた。
しかし、それが不服だったのだろうか、白雪はエドゥに抱き着き、エドゥが白雪の方を見ない様に未だに目元を覆っている手をエドゥの顔から引き剥がそうと、可愛らしいとしか言いようのない行動をし始めた。
ロッテが産気づく直前まで、白雪がロッテの遊びに付き合わされていたのはエドゥも知っていた。
けれど、それを止める気がなかったのは、ロッテと白雪が仲良くなれれば良いというちょっとした気遣いと、あの状態のロッテを邪魔するとどうなるか知っている、ちょっとした人身御供の様な打算も含んでいた。
だからこそ、今の白雪の服装についてとやかく言うべきではないのはエドゥは分かっていた。
着替える暇なんてなかったのだから。
白雪は一般的な女性よりは背が高い。人ではなさそうなのだから、当たり前だろう。
けれど、その体はとても華奢で、ロッテが少女だった頃の着ていた舞台衣装も難なく着こなす事は出来た。
けれど、やはり背丈の問題はどうしようもない。手足の長さが根本的に違うのだ。もちろん、ロッテの手足が短いと言う訳では決してない。寧ろ長い方だろう。
だからこそ、ロッテが着れば膝丈のスカートも、白雪が着てしまえば、少しでも無理な体勢をすれば下着が見えてしまうのではないかと、男ならある意味興味津々で、しかしエドゥにとっては試練でしかない、そんな状態だった。
初対面が、妖精や精霊の姫、といった印象だったから、余計にきついのだと思う。
真っ白く、上等で、そのまま公的な場に現れても問題のない様なドレスを着ていた白雪が、そんな格好をしているのだ。
しかも、自分に抱き着いて、じゃれ付いてくる。エドゥはこれはどうすれば突破できる試練なのか、全く分からなかった。
幸いなのは、白雪の胸が平坦と言って良い状態だという事だとエドゥは思った。
種族的なものなのかも知れないが、白雪の体は女性的で、神秘的で、男なら思わず触れてみたいと思えるような状態であるにも関わらず、胸の方はそこまで育っている訳ではなかった。
白雪本人には口が裂けても言うつもりはないが、もし、白雪の胸が豊かで、それが自身の体に遠慮なく、そして意味もなく押し当てられてでもいたら、自分はは家から飛び出して再度修行の旅にでも出ていたかもしれない。そう、エドゥは思っていた。
もちろん、そんな事は本当に絶対に白雪本人にも、他の誰にも言う気はなかったが。エドゥは自分がそんなに多弁な方じゃなくて良かったと、余計な一言を言ったが為に義姉に鉄拳制裁を受けていた兄を見て学んでいたのだった。
それでも、白雪から香る、甘くて誘う様なその香りは、エドゥの精神の頑丈さを、幾度も試していた。
そして、流石に耐えられなくなったエドゥは自分の顔を覆っていた手を離し、圧倒的に力の差があるからか、幾ら引っ付かれてもエドゥ本人はビクともしていなかったが、その所為でエドゥが急に動いた為にバランスを崩した白雪を片手で支えた。
礼でも言おうとしたのか、口元に笑みを浮かべてエドゥの方を見た白雪は、本能的に恐怖でも感じたのだろう、身をすくめ、どうして良いのか分からないと言った風にエドゥから視線を逸らさなかった。
目を逸らせば、エドゥが自分を喰らうとでも思ったのだろうか。
それはある意味正解で、もっと早く気付くべき事だったのだが。
「……白雪」
怯える白雪の姿を見て、本能のまま、その甘い香りに誘われるように白雪を喰らってやろうと思っていたエドゥは、鋼の様な精神力で、自分の中の衝動を打ち消した。
少し怯えられるだけで、怖がらせてやろうと思った事を、エドゥは後悔したのだ。
少しでも、その純粋で、警戒心の全くない、幼すぎる行動を止めさせようと思ったのだったが、少し怖がらせたとしても、どうせ意味など理解しないだろうとエドゥは気付いたのだった。
痛い目を見なければ分からない。と言うが、その痛い目の意味すら分かっていないだろうと察したのだ。
だから、これ以上自分が気を遣う必要はないのだと思い直し、エドゥは白雪の歳すらも知らない事を思い出した。
いくつであったとしても、まだ子供だ。
人生経験を積んだ者が、子供が分かっていない事を教えるべきなのは分かっているが、教える時期と言うものもあるのだと気付いた。
「風呂なら案内する。服も、義姉さんの予備の寝間着と新品の下着を貸す。一緒には入らない」
「う、うん。でも、」
「でも?」
大きくため息を吐いたエドゥが元々の話題に話を戻した時、白雪は戸惑っていたが、何か言いたそうにしているのにエドゥは気が付いた。とりあえずキチンと理由は聞いてやろうと思ったエドゥは、なるべく怖がらせない様に穏やかに聞き返した。
「僕、多分お風呂で寝ちゃうよ?」
「……すぐ傍に居てやるから、何かあったら呼べ。定期的に呼び掛ける。その時返事がなかったら、駆けつけてやる」
そう言うと、白雪は安心したのか、ありがとう。と無邪気にエドゥに微笑んだ。
先ほどまで怯えていた事など嘘のような、その無邪気さにエドゥはまた溜息を吐いた。
アルカ家の風呂は、家の外にあった。
外と言っても、周りに生えている木や植物のお蔭で外から誰かが見ている可能性は殆どない。一応雨や風、雪を防ぐ為の屋根もある。
殆ど、と言うのは時折妖精や動物たちが風呂の周りにも植わっている月光薔薇に引き寄せられてやって来るからだ。
人間は、一度も来た事がない。
それは生前エミリアや、エドゥやエミリアの父が聖法で風呂場には近付けない様に結界を張ったからだ。
それはその場には来れない。というだけのもので、防御的な意味合いは全くない。むしろ、聖法を通しやすい位だった。
だからこそ、妖精たちがやって来るのだが。
そんな不思議な風呂は、どうやら異世界から召喚された勇者たちから伝わったものらしいが、あまりその状態を保つ事が出来ている場所は多くないだろう。
第一条件に、天然の温泉が出ていなければならないし、そして、使用するにあたって、やはり結界は張っておいた方が良い。
物珍しさでは素晴らしいと言えるが、やはり慣れない者には不便に感じるだろう。とエドゥは思ったが、白雪はそうでもないらしく、弾んだ声で歓声を上げていた。
「うわぁ、露天風呂だぁ」
この風呂の正式名称を言えた白雪にエドゥは驚くが、勇者の血を引いていると推測できる白雪ならおかしくはない、と思っておいた。
「知っているなら話が早い。結界を張っているから、誰か来るとかそういう心配はするな。精霊や妖精は来るかもしれないが、シャワーは天井に設置してあるから、使う時に壁の温度調節の部分を上手く使え」
ある程度の説明をした後、着替えを渡し、エドゥは白雪に声をかけやすい場所に待機し、白雪の方を決して見ない様に気を引き締めた。
わあ、びっくり。今気が付きましたが、十一話になってました。
気付いた人どれだけいたんでしょう?
一応直しておきましたが、微妙な違和感しかなかったので、気付かずに投稿してしまいました。申し訳ございません。




