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第九話 竜と縁ある弟

エドゥアルド・アルカは義理の姉と二人暮らしである。

今月中に家族が増える予定だが、数か月前に兄が死んだので、人数的な問題では何も変わらない。

エドゥの義姉であるローゼロッテは彼の兄であるエミリアーノの妻で、彼とも幼馴染として物心ついた時から仲良くしていたのだ。

ロッテは昔から美人で、その癖ぽやぽやとしていたから、いつも彼が守っていた。

エドゥが竜騎士(ドラグーン)という天職を持って生まれたというのも、優しい姉の様なロッテを守るきっかけとなったのも事実だろう。

天職のお蔭で喧嘩は負けなしであったし、エドゥ本人が弱いものを守ったり、悪を許せないという正義感を持ち合わせていた事も大きな理由だった。

けれど、それ以上にエドゥには理由があった。



招き竜画家インビート・ドラゴンペインターという天職を持っていたエミリアに、ロッテが恋をしていた事が一番大きな理由だった。

兄弟揃って竜に愛されていると、周りは皆言っていた。

けれど、エドゥは竜を従わせ、共に戦い、育てる事は出来ても、エミリアの様に美しい竜を描き、自在に動かせる事も、聖法で絵の中に誰かを招待する事も出来なかった。

自分には決して出来ない事をするエミリアをエドゥは尊敬していたし、エミリアの描いた美しい世界に入るのは好きだった。



けれど、エドゥはロッテの事が好きだったのだ。

エドゥは兄を尊敬しながらも、羨み、妬んでいた。

けれど、エドゥはロッテと兄が惹かれあっている事に気付いていたから、自分の気持ちを押し込めて、才能があるくせにどこか頼りない兄と、美人で脇が甘いロッテの中を祝福していたし、二人を守る事を指名の様にも感じていた。



エミリアとロッテが結婚し、両親が他界してずいぶん経った家からそろそろ離れる頃だと思ってたエドゥはそろそろ竜騎士として新たなステップに進もうと、修行の旅に出ていた。

もちろん、今どこにいるのか、定期的に手紙を出していたし、自分の力量では無理だと思った場所には行かなかった。

けれど、それでも着々と力を付け、ドラゴンたちの巣穴でひと月過ごした事もあった。

そのお蔭か、エドゥの天職は深緑の縁竜騎士グリーン・チャンスドラグーンにまで進化したのだ。

このまま、騎士としてどこかの王族や貴族に仕えても良いし、自分の技術を誰かに伝えるのも良い。そう考えていた矢先だった。

エミリアが病に罹ったと連絡が入ったのは。

いつものように手紙ではなく、エミリアが作り出した美しい竜がやって来て、直接伝えてきたのだった。

エドゥは自分が従わせる事に成功した一匹の白いドラゴンに乗って、懐かしい家に着いた。

兄はまだ死んではいなかった。

けれど、危険な状態である事には変わらなかった。



「おかえりなさい。エドゥアルド」

「ただいま。ローゼロッテ義姉さん」



数年ぶりに会ったロッテは心労でやつれた様子だったが、昔の様に優しい笑顔でエドゥを迎えてくれた。



「久しぶりだな。エドゥ」

「ああ。長い間帰りもしないで、悪かった」

「良いんだよ。エドゥは昔から僕達に縛られっぱなしだったからね。エドゥのやりたい事が出来て、僕は嬉しかった。手紙も、頻繁にくれたじゃないか」

「・・・それでも、帰ってくればよかったよ」



手紙だけで全てを済ませていた。

それは、幸せそうな兄達を見た時、自分が嫉妬してしまうのではないかと思ったからだ。

エミリアもロッテも、エドゥにとってとても大切な人たちだ。

二人が幸せにしている様子を見るのは嬉しかった。

けれど、そこに自分の余計な感情が入る事を、エドゥは恐れていたのだ。

けれど、こんな事になるのなら、もっと早く、帰ってくればよかったと、エドゥは思っていた。



「僕の、僕の絵は僕が死んでもそのまま生きているからね」

「そんな縁起でもない事を」

「分かるんだよ。エドゥ。僕は、もう死ぬ。だから、エドゥ。最後にお前の顔が見れて良かった。・・・ロッテを頼むね。支えてやってくれ」

「当たり前だろ。兄さんが頼りない分、俺がいつも義姉さんを支えて来てたじゃないか」

「ああ。お前はいつも頼もしかった。僕より5つも下なのに、お前は僕に出来ない事ばっかり出来て。僕はお前が羨ましかった。お前みたいに、強くなりたいっていつも思ってたよ」



それは、それはエドゥが兄を見て思っていた事と同じだった。

お互い、自分にない物を持つ兄弟を、羨み、自分の出来る事をしていたのだ。



「結局、エドゥを縛り付ける事になってしまうけれど、ロッテは強いから。だから、暫くの間だけ、頼むよ。エドゥ」

「勿論だよ。兄さん。俺は、ずっと、義姉さんを守る」



エドゥの答えに困ったように笑ったエミリアは、そのまま眠る様に息を引き取った。

その笑顔は、エドゥやロッテがエミリアに竜を描いてと強請っていた時と同じ笑顔だった。



「エミリア、エドゥの顔を見て安心したんだろうね。ずっと、心配してたから」



エミリアと二人で暮らしていた間、ずっとエミリアを心配させまいと笑顔でいたらしいロッテは、葬儀の間、ようやく涙を零したのだった。

記憶にあるよりも、ロッテの髪が伸びている事に、エドゥは気付いた。

そして、葬儀の最中に口元を抑えて倒れかけたロッテに、エドゥは気付いたのだ。



「義姉さん。もしかして」

「エミリアにはね、言ってないの。無理させたくなかったから。とっても、辛そうだったから。もう少し、良くなったら、って、そう思ってたけど、結局、言えなかったなぁ」



涙を零しながら、まだ膨らみが目立ってもいない自分の腹を優しく撫でているロッテを見て、エドゥは決めたのだ。

兄の最期の言葉の通り、自分はロッテを守って生きようと。

昔に戻ればいいだけなのだ。

ただ、自分やロッテの隣には、兄が、エミリアーノがいないというだけの事だった。

その事実は、エドゥの心に大きな空白を産み出す事になったけれど、それでも、自分の役目をエドゥはしっかりと胸に刻み込んだのだった。



そして、まずは職に就くために、エドゥはすぐさまもうすぐ来ると言われている聖戦で戦う騎士として、聖王に仕える事にしたのだった。



「エドゥアルド・アルカ。だったな?天職と職業を述べろ」

「はい。天職は深緑の縁竜騎士。職業は風弓兵(ウィンドアーチャー)竜の調教師(ドラゴンテイマー)です」

「ほう、ある程度進化した職業も持っているのか。天職の方も良いな。竜騎士隊の方では一つ自分の隊を持たせてやろう。聖法の方は得意か?」

「ある程度なら出来ますが、それ程得意ではありません」

「分かった。じゃあ、訓練や部隊の調整の為に城に通う日を話しておこうか」



彗星聖騎士の天職を持つロンドライグス・ライトは神職としての地位も高いが、ごくごく普通の騎士からの叩き上げだ。

あらゆる武器を使える上に、聖法での戦いも出来ると有名である。

エドゥは旅をしていた経験や、職業を進化させていた点から、竜騎士隊の3番隊隊長として認められ、部下を得た。

組織に属すことは初めてであったが、同じような天職持ちであるからこそ、教えられる事もあるのだとエドゥは知った。

隊長としての仕事にある程度慣れてきた頃、ようやくロッテの体調も回復して来た。

エドゥはロッテの腹が膨らむのを見る度に、兄の命が繋がっているのだと安心できた。

自分の大切な人たちの命は途切れたりしないのだと、そう確認出来ている様な気分であった。

だから、そんな矢先、訓練目的ではなく、ロッテの予定日が近いと医者に言われ、子供が生まれるまでと、生まれてから様子見の数日間は来れないとロンドライグスに報告した帰りの事だった。



聖母の月光薔薇(マリア・ムーンローズ)という名の、聖国の国花が咲き、道となっている場所をエドゥは馬で通り抜けていた。

普段なら庭園の方も行けるのだが、何故だかその日に限り、そちらの方には行くなと言われていた。

庭園の方は純粋に観賞目的で、偶に茶会なども開かれていたりする為、そういう事なのだろうとエドゥは考えた。

予約をし、ある程度金を払えば庶民でもその場で茶会を開く事は出来るのだ。

聖王は庶民にも優しいと評判で、色んな国を回ったエドゥも聖国ほど王が民と貴族の間が良好な国はなかった。

良い国だと、思う。

けれど、あまりに理想的だともエドゥは思った。



聖母の月光薔薇は白ければ白い程良い物で、聖法を使う導師は月光薔薇を使った石鹸で体を洗い、庭に月光薔薇を植えて、ハーブティーの様にして飲んでいたりもするらしい。

それ程まで、聖法の力を強めてくれるこの花の匂いは、時々人ならざる者も引き寄せる。

ロッテもこの花が好きだから、家の前にいくつか植えているのだが、確かに時折精霊の類が現れる事もあった。とエドゥは思い返す。

その度に、兄の描いた絵や美しい義姉に近付き、加護を与える様子を見て、平和であるとエドゥは思っていた。

何時とは知れぬが、聖戦はすぐ先にある。

聖戦は聖国の勇者たちと復活する魔神の戦いである。

他の国は特に関係ない。

だから、聖戦が始まったのなら、ロッテと生まれてくる子供を精霊樹の森辺りにでも連れて行こうかと、考えていた。

普通は人間はあまり立ち入らない場所ではあるが、旅の途中、エドゥはその森の精霊の一人に気に入られたのだ。

だから自分が闘いに身を委ねている時、きっとロッテと子供を守ってくれるだろう。

エドゥは交友関係を築いていた精霊の姿を思い出しながら、乗っていた馬から降り、摘んでも良い月光薔薇を幾つか摘んでロッテに持って帰ろうと思ったのだが、そこで近くに生えているそれ程大きくもない木を見上げたのだ。



何故、そんな事をしたのかエドゥは分からなった。

けれど、何となく呼ばれた様な気がした。

木の上には、まるで精霊の様に美しい女性が、エドゥの方を見つめていた。



「・・・あ?」

「え?」



聖国の女性の殆どが外出時に着けているヴェールを着けていたから、女の顔は見えなかった。

けれど、女がとても美しい事は、顔を見ずともエドゥには分かったのだ。

真っ白く、上等そうなドレスを着ながら、木の上に登っている女は、本当に精霊の様な神々しい美しさを纏っていたのだ。

女の瞳はエドゥには見えなかったけれど、自分たちが見つめ合っている事ぐらいは分かった。

お互いどうして良いのか分からず固まっていたら、それ程遠くない場所から女性の声が聞こえてきた。

何と言っているのかまでは分からなかったが、目の前の女はそれに気を取られ、振り返り、バランスを崩した。

落ちる。

そうエドゥが思った時、エドゥは思わず手を伸ばしていた。

この高さ程度なら、落ちて来る人を受け止めるというのは、鍛えているエドゥには特に問題のない行動であったが、女はそうは思わなかったらしく、エドゥの腕の中に落ちて来ても、暫く反応しなかった。



「大丈夫か?」



思わずそう声をかけてしまったが、女は何の反応もせず、ただぼうっと、エドゥを見つめていた。

相変わらずその瞳はエドゥからは見えなかったけれど。

しかし、そのどこかこの世のものではない様な雰囲気を纏う女に、エドゥは問いかけた。



「おい、アンタ、もしかしてどっかの姫かなんかか?」

「え?ち、違うよっ。僕は・・・」



精霊樹の森の住人であるエルフや、妖精の類の姫ではないのだろうか。

そう思ったエドゥだったが、女は否定した。

僕、という一人称に少々違和感を覚えながらも、人ではないのなら特におかしくはないのか、ともエドゥは考え、姫でなくとも、かなり良い身分の娘である事には変わりはないと結論付けた。

人間の少女にしては少々高い背丈。

そして騎士であるエドゥが力を込めれば簡単に折れてしまいそうな、儚いとも言える華奢な身体。

やはり、人ではないのだろう。

自分の説明をしようと言葉を選んでいる女は、少し近づいて来た、声に過敏に反応し、女はエドゥに縋り付いて来た。



「あ、あの!」

「お、おう」



近くに咲いている月光薔薇とは違う、甘い匂いがエドゥの鼻孔をくすぐった。

自分に躊躇いもなく体を密着させている女に、エドゥは少しばかり動揺していた。

自分の恋心は義姉に全て捧げている。

思いを告げる気などなかったし、ただ近くで昔の様に守れるだけで幸せであったエドゥは、実は女性に対して免疫が少なかった。

旅の途中、それなりに女性が近付いてくる事もあったが、修行に打ち込んでいたエドゥは自分を完全に律しきれていた。

だから、こうして平和な場所で女性とここまで近づいて話す事などそうなかったのだ。



「お願い。僕を連れて逃げて」

「・・・は?」

「早くっ!」



だから、女の突拍子もない言葉にエドゥが流される様に従ってしまったのは、仕方ないとも言えよう。

馬に乗り上げ、女を自分の外套の中に隠しながら城から出て、家路へと向かう間、自分の体に回された女の腕に心臓が早鐘を打つのも、仕方がないのだ。

縋りつかれていた時よりも、さらに密着する体に、冷静な判断能力が欠如してしまい、そのままエドゥは自分と義姉の家へと女を連れ去ってしまった事も、やはり仕方がない。

途中から、安心したのか、女から穏やかな寝息が聞こえてきた時は、落とさない様にと今度はエドゥの方から女を抱き寄せなければいけなく、それがとてもエドゥにとっては今までの修業よりも辛いものだったのは、仕方がないとしか言いようがない。



家の前に着いた時声をかけると、小さく欠伸をした女は馬に乗った事がないのか、どう降りて良いのか分からない様子だった。

怪我をさせない様に力加減に気を付けながら女の腕を引けば、女はエドゥの腕の中に飛び込む形になった。

そうすれば無駄な怪我をしないと思っての行動であったけれど、視線が交われば、エドゥは思わず女の頬に手を添えてしまった。



人外の美しさを感じる女は、どこか雰囲気がロッテに似ている。

そんな事を思っていたら、女は自分の頬に添えられているエドゥの手に自分の手を重ねていた。

自分の手よりも随分と小さく、細く、白いその手の柔らかさに、エドゥはまるで引き寄せられる様に女の顔に自分の顔を近づけた。

自分が何をしたいのか、エドゥはよく分からなかったけれど、女の甘い香りがエドゥの判断力を下げていた。



だからこそ、義姉が家から出て来ておかしな勘違いをし始めた事でエドゥは正気に戻ったのだった。

女に意識を向けている時のエドゥは、例えるのなら、酒に酔っている様な状態であった。

それがロッテの声で元に戻ったのだが、攫ったという事実は確かなのでどう説明したものか。と考えていたエドゥよりも、エドゥの腕の中にいた女に興味が向いたのか、ロッテは女に自己紹介をしていた。



「初めまして。エドゥのお嫁さんよね?私の名前はローゼロッテ。ロッテと呼んでね」

「はじめまして。白雪といいます」



そこでエドゥは初めて女の名前を知ったのだが、白雪。という名前にもしかしたら召喚された勇者の子孫なのかもしれないと考えた。

英雄譚の最後は精霊等と婚姻関係を結びこの世界で骨を埋めるというのが定番であるから、珍しい名であってもそこまでおかしくはない。



「さあ、エドゥとの出会いを聞かせて!」



好奇心に目を輝かせながら、エドゥが城から連れ去った女、白雪に問いかけるロッテに、エドゥはこれからどう誤解を解いて、白雪の事情を知るべきか考えていた。

流されやすい謎のイケメンの素性が割れました。

白雪は女と間違われているけれど、いつかバレます。

バレた時の事をちゃんと考えてますが、その時のエドゥの反応が見物の筈です。

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