第七話 予賢者ジェノモンドの授業
「ジェノせんせー、質問ですー」
聖法と聖国についての授業の時間、雲雀の声が仮教室としている場に響いた。
先生と呼ばれたジェノはそう呼ばれた事が嬉しそうに雲雀の質問に答える姿勢になる。
聖国について、そして異世界について教えられている今の時間、最初は異世界に来てまで勉強かと天晴や紅火が思っていたが、中々にファンタジーな事を教えられているのと、ジェノの教え方が上手い事で、今はこの時間が楽しみになっている者も多い。
ちなみに、勇者を呼び出した三人の神職のウォル、ロン、ジェノの三人は常に一緒。という訳にはいかないのだ。
理由としては、ウォルには主に政治関係の仕事が多いという事。
ウォルは生まれた時から聖職者としての天職に目覚めており、幼い頃から信仰に触れる機会が多く、最終的にランクアップした天職彗星枢機卿により、この聖国の政治の場において、かなり高い地位にいるという事。
そして、ロンは元剣士として城に仕えている騎士たちに戦い方を教えたり、信仰からなる聖法を使った剣技等を教えているのだ。
剣士として数多の戦場を駆け抜け、そのまま生き残りながらも、強い信仰心を抱く事になる様な事になったロンは今現在彗星聖騎士の天職を有している。
そして、ジェノは元々普通の学者だったが、その人一倍強い探求心に突き動かされていたら、とある予言を受けて彗星預賢者という天職へとランクアップしたのだ。
聖国の成り立ちと聖法についての研究を今なお続けており、ジェノの研究のお蔭で聖国は着々と文明を開花させていっている。
そんな三人だからこそ、それぞれの仕事の重要性から勇者たちにずっと付きっきりという訳にはいかないのだ。
「はい。何でしょうか。雲雀さま」
「僕達もそうですけどー、ジェノ先生たちも天職に不思議なの付いてますよね?」
「不思議なの?・・・ああ、彗星ですね」
「そうです。僕たちは名前と部活にかかってます。でも、それって結構特殊な天職なんですよねー?」
「そうですよ。普通なら天職は、そうですね。例えば雲雀さまの場合だったら只の画家となるでしょう。ですから本来、自然や色、自分の名前にかかった称号が天職に就く様になるためにはそれ相応の努力と経験が必要なんですよ」
「じゃあ、僕らは何で最初っから付いているんですかー?」
「元々、称号持ちというのは確かに努力で至れますが、生まれながらに称号を持っているというのはとても大切な意味があるんです」
「大切な意味、ですか?」
「ええ。以前幾つかこの世界の神話や英雄譚などをお話したでしょう?この国での信仰の対象は聖母ですが、他の国、そうですね。獣人たちが住まう獣連合共和国や亜人、精霊や妖精と言った類の住まう精霊樹の森といった場所では、必ずしも聖母信仰という訳ではなく、むしろ神が複数いると、そういう考えが根付いているのです。ですから、称号というものはそういった外の神々が我が国の聖母と交流を結んだ結果と言えるのです。我々は皆平等に聖母の子である。もちろん、真の意味での御子は聖王ただ一人ですが、そんな聖母の子である私たちに外の神たちは愛を授けて下さっているのですよ」
「普通、信仰している神以外の恩恵など不要というのが宗教ではないのか?」
ジェノの説明を聞いていた時雨が質問をした。
時雨たちのいた日本は八百万の神を信仰し、神どころか仏も信じているという、多神の国だ。
全ての物に神が宿っている。
だからこそ、一つの国が一つの存在を信仰しているよりは、そちらの方が分かりやすいが、大体の宗教では自分の信仰する神が絶対神だと思うのが普通なのではないか。と時雨は思っているのだ。
「そういう考えもありますね。特に魔帝國なんて、魔神が唯一神ですから。でも、我々は神を信仰しているのではなく、聖母を信仰しているんです。我らを産み、育んでくれた母を、信じ、敬い、労わる。それが我々の聖母信仰です。聖母は何者をも拒まない。来るもの来るものに愛を。傷付いた者には労わりを。隣人には親しみを。ですから、外の神々も我々の隣人であり、時々お菓子を分けてくれる存在なのですよ」
「お菓子かぁ。何か分かりやすいなぁ」
「子供に説明する時はこれが一番分かりやすいんですよ。お菓子を分けてくれた隣人には我々からもお返しを。そのお返しが信仰なのか、祈りなのか、それとも加護を頂いたからにはそれ相応の役目を果たすのか。それは本人によってそれぞれですが、母を愛する気持ちを失わない限り、他の神を信じても、特に問題はないんですよ」
天晴の言葉にジェノは微笑む。
そして、本日の授業時間が終わり、勇者たちもこの後の自分の予定を考える。
いつも全員一緒にいる訳ではないのだから。
「ああ、そういえば蒼衣さま、紫織さま。図書室の方で新しい本が入った様ですよ。医療関係の物や、普通の書籍の方も」
だからジェノの言葉に本好きの蒼衣と闇治癒師という天職を持っている紫織は目を輝かせた。
この世界の文字は何故か読める。
それは召喚される時にそういう聖法をジェノたち三人の神職らがかけたお蔭なのだ。
だからこうしてジェノの授業も問題なく受けられる。
自分の知らない文字を読むという聖法は存外単純なもので、それなりに聖法についての知識があれば行う事は簡単に出来る。
だからジェノも勇者たちの文字、言語を独特の言い回し等もキチンと理解出来ているのだ。
理解出来ているのだが、少女組の趣味嗜好を理解出来る様になった事はプラスになっているのか分からない。
「壁ドン」や「顎クイ」に「股ドン」その他もろもろの少女漫画用語に加え、それを少し過剰にした専門用語まで聞こえてきているのだ。
聖職者であるジェノにとっては耳が汚れる気がするが、研究者としては好奇心が煽られるのだ。
「教えてくれてありがとう。行ってみよう。蒼衣」
「ええ。早速行きましょう」
自分が引き止めた少女たちが部屋から出て行くのをジェノは見届けた。
教室にはジェノ以外には誰もいない。
この教室の隣にはジェノの研究室がある。
研究室と言っても、本や遺物が大量に置いてある、倉庫の様な場所だ。
そこでジェノは聖国の歴史を読み解きながら、信仰という純粋な感情の中にどっぷりと浸かっていく。
そこには確かに知識欲、好奇心。探求心という感情はあるけれど、自身の天職を得るきっかけとなったあの予言。
あの時感じた尊き者への畏怖と畏敬の念。
自分がとても小さな存在に思える、あの感覚を、ジェノは大切にしていた。
信仰心というものでは同じ称号を得ているウォルには叶わないけれど、それでも、真実を解き明かそうとしているこの欲求だけは、決して誰にも負けないとジェノは思っている。
次の授業では何をしようかと、ジェノ自身の中では規則的に配置されている本の山を倒壊しないように慎重に崩した。
ここにある本の中には、ピンからキリまであるが、貴重で高額な物も存在する。
破れたりしたら大問題なのだ。
それに、本という概念だけではなく、それ自体に聖法が織り込まれ、一つの聖法補助道具となっているのだ。
聖法について明るくない者でも、手順さえ踏めば簡単に聖法を行使出来る、その本たちは、ジェノが常時発動している聖法により常に最高の状態を保っているけれど、やはり物理的に破れたりしたらある程度は法力が減るのだ。
勿論、修復する方法はあるが。
「ああ、じゃあ次の授業では法導具を教えようかな」
あの勇者たちには不要の長物でしかないだろうけれど、敵対する相手が法導具を使ってきた場合や、いざという時の切り札として必要だろう。
知識はあっても困る事はないのだから。
ジェノは自身の知識だけで今の地位に就いている。
この地位に付いてくる周囲からの畏敬や媚びへつらいには興味はない。
ただ、この地位にいるから見られる。知れる知識に興味があった。
自分の生まれたこの国は本来はどういった形であるのが正しいのか。
自分たちの母である聖母は、この国をどうしたかったのか。
我等が聖王は、どんな理想を抱いて、どんな願いを込めて、この国を千年も治めているのか。
千年。
国としては若い方だ。
けれど、一人の人間の生涯としては長すぎる。
ジェノは聖王に対して知識欲としての興味しかなかった。
千年前の事を知っている人間であるという以上に、特に気になる事はなかったのだ。
どうせ、あの方は語らない。
千年も昔の事を。
一人きりで生きていた、千年前の事など、絶対に語らないだろう。
自分だったら絶対に語らないと、ジェノは思っていた。
この国は聖母信仰で成り立っている。
だからこそ、今も尚聖王が母を愛しているのだと、ジェノは知っていた。
信仰の上に立つのなら、自身を信仰させればいい。
そうすれば祈りは、聖法は全て聖王が手に入れられるだろう。
けれど、そうしないのは、独裁を望んでいないという事だけではないのだろう。
忘れないで欲しいのだ。
自分の母の事を。
自分を産み、育ててくれた、この国を作った聖母を、国民に、否、世界中の全ての者に、忘れて欲しくないのだ。
ジェノは初めて聖王と謁見した時の事を覚えている。
元々、城に閉じこもってばかりの王ではなかったから、時折街に降り立ち、自国の民の暮らしを体験しているという噂は聞いていたし、人混みを探せば、何割かの確率で聖王はそこにいた。
民の暮らしを、まるでとても尊く眩しいものでも見る様な表情でいたのを、ジェノは、この国の人間は誰でも知っているだろう。
だからこそ、初めて一対一で聖王と向かい合った時、その美しい顔立ちに目を惹かれるよりも、その言葉に惹かれたのだ。
心を、奪われたと言っても過言ではない。
ジェノは確かに、その夢に、理想に、惹かれたのだ。
「ジェノモンド。君にライトの姓を与えよう。君の知識欲は我が母の作り上げたこの国に相応しい」
ステンドグラスから漏れる光が、聖王のその金糸の様な髪を一際美しく輝かせていた。
何かの本で、聖母に似なかった髪がそこまで好きではないと答えていたのを見た。
けれど、ジェノにとっては、その髪はまるで月の光の様に思えたのだ。
聖母は月の光を集めた様な美しい髪と瞳をしていたと伝承されている。
だからこそ、この国の女性は銀を好む。
けれど男は太陽と同じ色である聖王の金色を好んでいる。
だから、本来なら太陽の様だと思うべき筈のその金の輝きを、ジェノは水面に写る月の光だと思ったのだ。
それを告げるべきか悩んだ。
けれど、何となく告げたくなってしまった。
だからジェノは聖王に素直に自身が抱いた感想を伝えたのだ。
「聖王の髪は、太陽の光と皆は言いますが、水面に写る月の光にも似ていますね」
そんなジェノの言葉に聖王はその血の様に赤い瞳を瞬かせて、柔らかく笑ったのだ。
「母は私を癒してくれた。私の心に暗闇が差し掛かった時、母の腕に抱かれると光に導かれるように心が澄んでいくのが分かる。だからこそ、私は、母が集めた民たちにとってそんな存在でありたいと思った。誰かが闇に落ちる時、私が傍に居る事は早々叶わぬ事だろう。けれど、信じる心があれば。母への信仰と、私がこの国を治めていた時間を思い起こせば、きっと、その誰かを救えればと。そう願っているのだよ」
それはとても些細な願いだ。
自身が愛する存在と同じものになりたいと、そんな、小さな子供の様な願い。
けれど、それはもしかしたら、確かに純粋な祈りの形なのではないのだろうか。
不吉の前兆とも言える彗星の称号を得たジェノは、確かに予言を受けた。
その予言はジェノが今の地位に就く事になった要因で、そしてジェノが信仰を手にする理由ともなった。
星空の下、水面に写る月の周りに、いくつもの星が落ちて来て、その星たちは月に還っていく。
十数年後に起こるべき聖戦を表したその予言は、ジェノの心に深く刻み込まれていた。
ジェノにとって、月とは聖母であるという認識があった。
けれど、聖王と向かい合った時、確かに、聖王も月なのだと、月の血を引いているのだと分かった。
誰も知らない事を知るとは、とても尊く、畏れ多い行為なのだとジェノは知った。
だからこそ、千年も母との思い出だけで生きている聖王をジェノは尊敬していたし、特別だと思っていた。
ジェノは彗星預賢者の天職と地位を持っているけれど、それでも聖王とは別の世界に生きている人間なのだ。
けれど、聖王はまるで友の様に気安く、けれども主として厳格に接して来てくれていた。
信仰とは違う、けれどそれに確かに近い感情をジェノは聖王に抱いていた。
だから聖王の許に聖母が帰って来た事を喜ぶ以外の事はないが、それでも、聖王は聖母の腕の中にいると光に導かれる様だと言ったのに、今の聖王は、聖母の傍に居る限りその心に暗闇が差してきている様だと、ジェノは憂いた。
千年振りの邂逅。
それは、もしかしたら聖王の心を歪めてしまったのかもしれない。
理想を抱き、願いを込めて王として在った聖王。
人として完成されてしまった聖王の許に帰って来た聖母。
それは、もしかしたら、聖王という存在を捨て去りたいと聖王自身が思ってしまう程の、甘い毒にしかならないのではないか。
そこまで考えてジェノは自嘲気味に笑った。
「こんな、不敬でしかない様な事を考えるなんて、僕は相変わらずだ」
あらゆる可能性を、あらゆる道筋を考えて、そこから真実を見付ける事がジェノの仕事だ。
だからこんな事を考えても裏切りではないのだ。
知識欲と探求心で真実を得る為には、綺麗なもの以外も選ばなければならないのだから。
けれど、今のジェノの思考は、ただ、自分の思いが裏切られた様な、そんな感覚で思考を巡らせていたに過ぎない。
可能性ではなく、邪推。
それだけしかなかった。
ジェノは次の授業で使えるものを抱え込み、簡単な法導具を手に入れようと研究室を出た。
しかし、何やら騒がしい。
城で何かが起こっているとしか思えない。
まさか、勇者たちの身に何か、とジェノが考えていた時に同僚であるロンが現れた。
「ロン。どうしたんだ」
「ああ、ジェノ。いや、実はな聖・・・白雪さまが」
「白雪さまに何かあったの?」
ジェノの問いに、ロンはその日焼し血色のいい肌を青くしていた。
言いよどむロンに続きを促すと、ロンは衝撃的な言葉を口にした。
「白雪さまが、城から抜け出したらしい」
「っは、あ!?」
「白雪さま付きの侍女が少し目を離した時を見計らって逃げ出したらしい。とりあえず捜索の手を広げようにも、白雪さまの存在はまだ公には出来ないからな」
「そう、だね。うん。・・・あー、僕も一応探ってみるけど、その侍女の子に話を聞けるかな?」
聖王が直々に推薦した侍女の目を盗んで脱走したのだから、何かしらの聖法を使っていないか、ジェノは確かめようと思ったのだ。
そういう事に一番強いのは自分だと、ジェノは自負していたからこそだ。
「ああ、聖王の執務室にいるみたいだ。・・・だが、とりあえず、白雪さまの存在を公にしないで、しかも勇者さま方の力も借りず、どうやって探し出すべきか」
「ん?勇者さまたちの力は借りないの?」
「勇者さまを動かすと白雪さまの存在をどう説明するか、っていう問題があるからな」
「ああ、確かに。・・・まあ、僕達三人で探すしかないんだろうね。あれ?ウォルは?」
「聖王と侍女から聞き出した情報を頼りに城下で白雪さまを探している最中だ」
「相変わらず腰が軽いね。・・・ん?聞き出した?」
「ああ、聖王が取り乱して、今白雪さまの侍女に落ち着かせて貰っている最中だ。なんとかウォルの奴がある程度話しを引き出して、統合して、城下に。・・・多分ウォルも混乱している最中だけど、とりあえず道端で白雪さまの名前を叫んだりはしないだろう」
「ウォルが混乱って。何か厄介な事でも絡んでるの?」
「・・・ここだけの話にして欲しいんだが」
ロンの言葉を聞いて、ジェノはロンにも負けないぐらい顔を真っ青にさせた。
その情報が確かなら、あのウォルが混乱する様な事になっても仕方がないと思えたからだ。
「じゃあ、僕は聖王のご機嫌を覗って来るよ。聖法で落ち着かせるって手から初めてみる」
「ああ。俺は勇者さまたちに暫く白雪さまに会えないと説明してくる。後、一応ヴェールはしているみたいだから、目撃情報も浚って来る」
ジェノとロンは今後の自分たちの行動を改めてからその場を立ち去った。
面倒な事になった。と思っているジェノだったが、それでもそんな事を仕出かす聖母に興味が湧いて来たのを隠す事は出来なかった。
「まあ、退屈はしないよね」
久しぶりの投稿となりましたが、何とか書きたい事は書けています。
ジェノモンドって名前、覚えている方はどれだけいるのでしょうか。
彼ら神職の方々にも設定と言うものがあるのです。




