或る少女の恋愛回想談
初作品です。慣れないので拙い面もあるかと思いますがご了承ください。
好きという言葉を伝えられる時間は有限だ。その中で私はどれだけその言葉を、想いを伝えることができただろうか。
きっと、全ては伝えきれなかったと思う。ふと開いたメールボックスが、手紙の缶詰が、日記が、私に教えてくれるのだーー無邪気さと楽観が生んだ悲しい結末を。
「好き」とか「愛してる」という言葉は嫌いだった。なんだか安っぽいし、相思相愛なら態度で伝わるものだと思い込んでいた。そんなわけで、私とあの人はそれなりに長い付き合いではあったけれど、私が「好き」を言葉にした回数は片手で数え切れる程度だ。長年片思いしていた彼からの告白の返事も「私も」という一言だけ。そのくらい口にすることがない言葉だった。
対照的に、彼は言葉ではっきり伝える人間だった。メールボックスの検索窓に「好き」と入力してみると、私宛の沢山の想いが並ぶ。受け取った当時、その言葉が嫌いだった私の率直な感想は「酔ってる奴だ」という冷ややかなものであった。喧嘩する度、愚痴を零す度に「好き」だの「愛してる」だのと私を諭す彼の心理は理解しがたいもので、その度に私はお決まりのように軽く受け流していた。阿呆らしいーーそんな風に思いながら。
伝える彼と、伝えない私。対照的な私達はいつしかすれ違い始めた。最後の最後、彼は問う。
「これからどうしたいのか……お前のシンプルな答えを聞きたい」
私は渋る。彼があの言葉を聞きたがっているのはすぐにわかった。だが、告げるのを意地が邪魔し続けていた。計算ずくめの話術での誤魔化しも限界を迎えた頃、「別れたくない」と一言呟いた、それが私の精一杯だった。 その一言が彼を繋ぎ止めていたのも束の間、私の長い恋は残酷な終焉を迎えた。
それからは随分と時間が経つ。初めは寂しい一心で独り身歴何ヶ月だのと数えていたものの、ふと気付いたらあやふやになっていた。彼という人間に関しても、思い出は確かに焼き付いているが、恋人であったという事実は幻想ではないかという気がしてくる。ただ、偶然彼を見かけた時に跳ねる心臓と痛む胃が、現実だということを伝えるのだ。
未練や後悔も薄れてきた今なら、過去を冷静に見つめ直せるのではないか。そう思わせたのは、好奇心と、ほんの僅かに残る過去への思慕の念だった。私はメールボックスで眠っている二人のやり取りを引っ張り出した。
まず自分を省みようと、送信箱に手をつけた。雑談、冗談、喧嘩、愚痴……会話の内容は多岐に渡るが、いつでも私は本心を隠しながら、曖昧な言い回しで相手のの出方を探っていた。当時、彼に対して「鈍い奴だな」と悪態をついていたけれど、自分で読み返しても何が言いたかったのか思い出せない文章ばかりだ。これでは何も伝わらない。随分と無理を言っていたことを今になって思い知るものの、苦笑することしかできなかった。
送信箱を開くとき以上に躊躇いながらも受信箱を開く。いくら反省目的でも、ほろ苦い思い出が詰まっているその場所を開くのは今でも抵抗があるのだ。
やはり、例の言葉で私を宥める彼がここにいた。阿呆らしいーー見る度そう思っていたし、今回もそれで終わるはずだった。しかし、ついに気付いてしまったのだ。理不尽な我儘にも嫌な顔一つせず、いつも私の為に最善を尽くそうとしてくれたこと。私を何よりも大切に想ってくれていたこと。そして、ここに綴られているものは全て彼の純粋な本心であったということに。
彼のことは全てわかりきっているというような顔をして、私は何もわかっていなかったのだ。真っ直ぐな想いを疑われて、どれだけ彼は傷ついただろう。虚しかっただろう。無意識に想いを踏みにじりながら、それでも満たされないと嘆いた私は、なんて愚かだったのだろう。
照れ臭いけれど本当は何よりも聞きたかった言葉。私が伝えきれなかったーーいや、伝えようとしなかったあの言葉。失った今、伝えることが大切だと気付いた。あんな意地を張らなければ良かったと後悔してももう遅い。時間が巻き戻ることなど、決してないのだから。
朧げな記憶の隅にいる貴方に捧ぐ。
「ありがとう、大好きでした」