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メロンパン

日差しがまぶしい。

駅のホームには私の他に若者ばかり数十人が並んでいた、自家用車を持たない者は社会人にあらずと言ってはばからない車社会のこの土地でこういった平日のド昼間はスーツを着た人間は電車では移動しないのだろう。

ホームの端にベンチを見つけた前後に三席づつ、よくある六人がけの席だ。ピンク色のシャツに明るい髪色が印象的な軽薄そうな男と黒い髪を腰まで垂らした身なりのよさそうな女が二人とも文庫本を片手に背中合わせに席を埋めており、私は目当ての車両が停車する方、軽薄そうな男が座る方へ彼と私の間に一つ席を空けて座った。

特別な事情や精神的な疲労の自覚はなかったが近頃の私は食が細くなった。

立って一畳寝て二畳、米を食っても二合半などと何かの歌にあったがそれまで一食に三合は米を食っていた大食漢の胃袋も一日何も食わずとも空腹に襲われることはなくなっていた。

たまに立ったときに襲われる目眩や立ちくらみを合図に粗食に走るのだ。

食事はもっぱらインスタントやコンビニ、特にコンビニでは今手にしているメロンパンを好んで食べており、家を出るときに軽い立ちくらみに会った私は駅への道中にメロンパンとコーヒーを買っていたのだが、普段からしている食べながら歩くと言うことがこの時はどういうわけが酷く卑しい行為に感じられたのだ。

パンをあけると濃いバターの香りが鼻についた、少しだけかじるとひどく柔らかい歯応えが脳に返ってきた。

あぁ、これじゃあないんだ。

バターのよい香りが口内に溢れスポンジのように柔らかい食感が食べやすさを増長させる、一口食べるともう一口、もう一口と食が進む。ような味わいだ。が。私はそんな味わいの良さは求めていなかった。

ただ、体に悪そうなガチガチに固い砂糖でジャリジャリとした食感の百円の価値も無いような、そんないかにもメロンパンメロンパンしたメロンパンを求めていたのだが最近のコンビニはどこも高級指向でしかもその高級は私の想像したような庶民の味を薄っぺらな上品さでゴテゴテと飾ることで成立させているのだ。そして私が今食べているのもそんな飾り立てられたものの一つだったのだ。

そんながっかりとした気分に呼応するように食道と胃は二日ぶりの固形物に受け入れ拒否を示している。喉にずるずると無理矢理押し込むようにパンをねじ込む。食道がパンの形に膨らむのが解るような感覚だ。多分蛇が獲物を丸呑みする時も彼らはこんな感覚に襲われているに違いない。

コーヒーを空けて流し込む、甘い。新商品だったがこちらも私の口には合わなかったようだ。

電車の到着まであと3分もない、しかし男も女も服や持ち物を正すつもりもないらしくどうやら車両がホームに着くまで本を読み進める腹積もりらしい。

軽薄そうな男は何やら小難しそうな本を読んでおり、それは時間と重力の相関について書いてある学術書だと推測できた。人は見た目に依らないものだ。一方の身なりのよい女はブックカバーをつけており表紙を見ることはできなかったが、すこし気になって気づかれないように背中越しに覗いてみると男と男が組んずほぐれつした美麗なイラストで埋め尽くされており内容はともあれそれはマンガであることは見てとれた。

やはり人は見た目に依らないものだ。

そんなことを思っていると電車が到着した、先頭車両に乗り込むと中には私と先程の男女。それと老婆と孫と思われる男児、そしてもう一人男とも女とも判別のつかない人間が一人いた。

老婆と子供はともかく、このもう一人はとても目立っていた。肩くらいまである白髪に真っ赤な眼鏡と赤い瞳は綺麗ではあったがこの田舎では悪目立ちしている。コスプレだろうか。パンクな頭とは対照的にかっちりとしたスーツを着ているのがまた奇妙である。

そもそもこんなやつ、ホームに居ただろうか。

それにしても、あぁ、眠い。

少し。

眠っておこう。

目を閉じようとしたときアナウンスがなった、どうやら目的地まで着いたようだ。ずいぶんはやいな、と携帯で時間を確認すると三十分近く経過していた。

プシューとドアが開く音がする。私は思い腰を持ち上げドアへと向かう。

ホームについたとき私の手にはコンビニの袋が握られていた。

先程購入したメロンパンとコーヒーだ。ふっと目線を上げるとホームの先にはベンチがありそれは前後に三席の六人がけであった。

そしてベンチにはやはり文庫本を片手にした先程の男女か背中合わせに座っていた。

やはり、なにがだろうか。先程、いつの事か。

私は何かを見おとしているのかもしれない。

何か、などと解らないものに気をとられても仕方がない。ベンチに座りメロンパンをかじる。あぁ、これじゃあないんだ。

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