コンビニ
翌日、目が覚めた俺は少しばかり懐かしい声を聞いた。
「神か」
俺がそう問いかけるとまたもや虚空から、性別の区別がつかない声で返答してきた。
「その通り! 覚えていてくれて嬉しいよ、サカキ」
「忘れるわけねえだろ……それで? なんで出てきた?」
「せっかく君のためにここまで会いに来てあげたのに、その態度は無いんじゃない?」
「はいはい、わかったよ。で、何の用だ?」
「いやぁ、君が落ち込んでいるんじゃないかって、少し心配になって」
「落ち込む? 何でだ」
「いや、昨日の固有魔法の儀式、失敗しちゃったじゃない?」
「別に気にしちゃいない。思い通りにいかない世界っていうのは、中々楽しいもんだ」
俺は事実そう思っている。
俺の感想を聞き、安心したとばかりに神が「そう」と声を漏らした。
「だったら大丈夫。それと勘違いしないでね? 別に君には魔法の素質は無いわけじゃないんだ」
――そうなのか。それを聞いて俺も少し安心した。俺にも魔法が使えるってんなら、それで結構暇が潰せそうだ。
「ああ、それと――」
神が唐突に思い出したと言わんばかりにこう続ける。
「君が会ったあの女の子……名前はリリアって言ったかな? 一つ忠告だよ、あの子の周りには気をつけて。何か良くないものを感じるから」
嘘だな。こいつは曲がりなりにも神らしいから、何か良くないもの――なんていう曖昧なことで俺に忠告するとは思えん。確実に何かが起こるのを分かっていてこいつは黙っているんだ。――まあ文句は言わないが。
「せっかくの助言だ、有り難く受け取っておこう」
「うん、それがいいね。じゃあ僕はそろそろ行くよ?」
そう言って神の気配は遠くへと薄れて消えていった。
ていうかあいつ、一人称僕だったんだ。
「よおリリア、昨日はホントに助かったぜ」
俺は町で歩くリリアを見つけて話しかける。
一瞬だけビクンと身を震わせたリリアだったが、俺の声だと気づくとすぐさま挨拶を返してきた。
「マキ! おはよう、昨日は良く眠れた?」
「ああ、おかげさまでな。……今は何をやっているんだ?」
普通の事だと分かってはいるが――昨日と変わらず、リリアは防具を装備して帯剣までしている。
だがそれは剣士としての普通であり、今は町にいる一人の市民だ。何も無いのに町中でフル装備とは中々物騒なものだ。
「ああ、そのことね。実はパトロール中なの」
「パトロール? リリアはこの国の騎士ってわけでもないんだろ?」
「うん、ちょっとしたバイトみたいなもの。国営騎士団の人員が不足してるって、私のもとに連絡が来てそれで」
「なるほどね。――何なら、俺も手伝おうか?」
「え、マキが?」
リリアはかなり驚いたらしく、少しの間固まっていた。
「――ダメだよ、マキを危険な仕事には連れていけない。記憶が無いんだから、あまり無理をしないほうが……」
「いや、昨日リリアに散々奢ってもらっちまったからな。借りっぱなしってのは性に合わない」
「でも――」
「心配すんな、根拠はないが、腕に自身はある」
俺もかつては神童と呼ばれていた男、武道の幾つかは嗜んでいる。
俺の少し強引な説得で、リリアはひとしきり唸った挙句、うんと頷いた。
「分かった、今回だけだよ? その代わり、これで貸し借りチャラね?」
「オーケー」
「それと、万が一戦闘になったら君は逃げること。あくまでサポートっていう形で助けを呼びに行って。いい?」
「りょーかい。じゃ、行きますか」
「うん、行きましょう」
そうして俺はリリアと町を歩き始めた。
――背後から俺たちを覗く視線には気が付かないまま。
「しっかし、この町広すぎだろ。地図見た限り、まだ十分の一も歩いてないぜ」
リリアと行動を共にし始めて既に三時間が経過したのだが、人通りが多いくせに広い町で、非常に疲れる。
だがリリアは鍛え方が違うという様子で、シャッキリとしていた。
「しょうがないよ。付近では最大の都市だから」
「さいですか……」
これはついて来ない方が良かったかなと、俺は少し後悔した。でも一度乗りかかった船だ、簡単には降りてやるものか。
それに、神の言っていたことも気になるしな。
――それから数時間、リリアの昼ごはんに同伴させてもらったりと、やはり迷惑かけっぱなしの俺だった。まあ、もしもの時の備えとして一緒にいないと心配なのでリリアから離れる気はないが。
まあ、そうこうしているうちに日も暮れ始めたので、リリアと俺はパトロールを切り上げてそろそろ帰ろうとしていた。
そして、これを最後にと、繁華街から少し離れた路地裏に来たのだが……。
――何か視線を感じる気がする。
「なあ、リリア。何か感じないか?」
俺がリリアにそう問いかけると、リリアは体を小刻みに震わせて俯いていた。
「……どうしたリリア」
俺の再度の問いかけにも答えず、ただひたすら――何かに怯えている。
咄嗟に、コレはマズイと俺の直感がそう告げ、リリアに早くここから移動するように促した。
だがリリアは動かない。
「おいリリア、しっかりし――」
ろと、俺は言い終える前に、ようやく視線の正体に気づくことが出来た。
袋小路になっている路地の壁に背を向けて、俺は来訪者の姿を確認した。
「よお、久しぶりじゃねえかリリア?」
やってきたのは囚人服のようなボロを着た男が三人。いずれも短剣で武装している。
「ひっ――」
リリアが声にならない悲鳴を上げる。それで理解した、今まで感じていた違和感の正体を。
ジュリアの発言、今朝リリアに会った時の反応、そしてこの状況。
おそらくリリアは今俺たちを囲んでいる男に何かしらのトラウマが有るのだろう。そしてそのトラウマが原因でリリアは本来男が苦手なのだと思う。……何故俺と普通に接することが出来たのかは謎だが。
俺とリリアは三人の男にジリジリと壁際まで追い詰められてしまった。
「まったく、ひどいじゃないかリリア。俺を牢屋に放り込んでおいて、それで若い男とイチャイチャしているなんて。まったく……酷い……酷い……ヒドイよなァ!」
我慢の限界だと言わんばかりに短剣を構えて、何故か俺に向かってに突進してくる男。それを見て、俺も応戦しようと構えを取った……が、気がついた時には脇腹に短剣が突き刺さっていた。
――正直こんなヤツらチョロいと思っていた。武術を嗜んでいる俺からすればこんなチンピラみたいなやつ、一瞬で圧倒できると思っていた。
が、俺は大きなことを忘れていた。――ここは異世界だった。チンピラ然り、こちらの世界に俺の元いた世界の常識は通用しない。そんな単純な事を忘れているなんて、我ながら情けない。
俺は脇腹を刺され、そのままうつ伏せに倒れた。
それを見てせせら笑う男。そうして俺への八つ当たりが終わった後、男の意識は報復へと移った。
俺は倒れたまま動けないでいた。このままではリリアが大変なことになる。それは分かっている。が、どうしても俺の意識は脇腹へと持って行かれてしまう。
刺された箇所が熱い。思えば俺は、単なる暇つぶしのためにこちらの世界へ来た。
――だが俺はまだ何もしていないじゃないか。
――そうだ、俺はまだ死ぬわけにはいかない。何もない、つまらない人生で終わらせるつもりは無い。
『じゃあ、そろそろ使おうよ』
頭に直接声が響いてくる。
『君の……君だけに許されたその力。君だけの固有魔法』
固有魔法。だが俺はまだその実態すら……。
『何を言っているんだい? もう君には分かっているはずだ。どうすればいいのか』
既に俺が知っている? そんなこと――。
――ああ、そうだな。俺は知っている。今まで気づかないふりをしていた。だって、既に知っているものほどつまらない物はないじゃないか。
だから俺は叫ぶ。この退屈な力の先に、新しい何かが在るのを信じて。
俺は軋む体に鞭を打って、立ち上がった。
「知識、知識こそが俺の武器……」
俺がそうつぶやくと、リリアの周りにいた男たちがこちらを向いた。
「まだ生きていやがったのか」
先ほど俺を刺した男がそう言う。
「じゃあ、今度こそ……殺してやるよッ!」
男が再び突進の構えを取る。でも、それより速く、俺は構えを取っていた。
股を開き、右腕を前方に突き出す。そして呼ぶ――己の力を。
「万物創造」
紡ぎだす、呪いの言葉。
「来たれ――コンビニッ!」
瞬間、世界は白く塗りつぶされ、俺の意識は、自らが創造した空間へと飛んだ。
俺はコンビニへと入店する。そして今の状況を打破するために必要なものを探す。
此処には何でも在る。歯ブラシも、髭剃りも、シャンプーもリンスもボディソープもッ!
そうして店内を歩きまわること数分。俺は遂に目当ての物を発見した。……分厚い少年誌である。
更にもう幾つか、必要な物を探した。
「……あった」
ライターと制汗スプレーを手に取りレジへと向かう。
支払う対価は俺の魔力。買ったものはすぐに使うので、レジ袋は遠慮した。
会計を済ませた少年誌を服の中へ仕舞い、腹を防御する。そして右手にライター、左手に制汗スプレーを装備する。これで準備は完了だ。
――さあ、戻ろう。奴らに目に物を見せてやる。
「――何?」
俺を殺すために突進してきた男が、予想外の事態に驚愕した。
男が俺の腹へ向けて繰り出した全力の突進は、突如として現れた謎の本に阻まれた。
俺はその隙を突き、男の顔へ、ライターとスプレーを使い即席で作った簡易火炎放射器で炎を吹きかけた。
「ふっ……う……グアァァァァァァァァっ!」
顔面にモロに炎を食らった男は視界を奪われ、もんどりうってそのまま倒れた。
「アレは……魔法?」
「しかし発動徴候がまったく見えなかったぞっ!」
「魔導師クラスか……ここは一旦引こう」
現在起きている事を冷静に判断した仲間の男たちは、俺が焼いた男を放ってそのまま逃げてしまった。
咄嗟に追いかけようかと思ったが、リリアが心配だし、俺も軽傷じゃないので諦めた。
――俺は短剣の刺さった少年誌を投げ捨て、リリアの下へと走り寄った。
「リリア、大丈夫か?」
俺がそう声をかけると、大きく目を見開いてこちらを見てきた。
「まさか、あなたは――」
「――?」
「おーい! 二人とも! 大丈夫?」
と、突然大声を上げてこちらに近づいてくる人影が一つ。……ジュリアだ。
「ハァ……ハァ……二人とも、無事?」
「ジュリア、何故ここに?」
俺がそう問いかけるとジュリアがビックリしたように口をあけて俺を見た。
「マキ、あなた血が……。直ぐに手当しないと!」
ああ、忘れていた。俺、怪我してるのか。
なんだか血が抜けて頭がぼーっとしている。コレはマズイな。
だからジュリアの言う通り、早く、手当を、しないと。
――血の足りない俺は意識を保つことが出来ずに、ドサッとその場に倒れた。
「マキ! しっかりして、マキ!」
ジュリアが叫びながら何かをしている。
あっ、なんかジュリアの両手が光りだした。コレが魔法か……。最後に良い物を見れた……。
そうして俺の意識は完全に闇に閉ざされた。




