山奥
眩い光をくぐり抜け、俺はおそらく異世界に来た。
あの後突如出現した、見るからに危険そうな光源に飛び込めと抜かした神の気配はもうどこにもない。少しばかり理不尽な気もするが、まあ何も分からず放り出されるっていうのは中々スリルがあって楽しい。
「しかしこれは……」
前言撤回。スリルとかそう言う問題じゃない。着の身着のままで俺はどこぞの山奥にいた。
困った、これからどうしよう。
「どうしたの? お困り?」
突然背後から声がした。振り返ってみればそこには、まさに異世界といったプレートアーマーに身を包んで、腰に剣を挿した女がいた。
ていうか、異世界っつっても、結構言葉は話せるもんだな。聞こえてきた言葉は少し訛りの強い英語と、大して変わらない難度の言語だった。
「ああ、凄いお困りだ」
この短髪で剣士っぽい女は、非常に可愛らしい顔を崩し、唐突に笑った。
「ちょっ、君、困ってるくせに全然余裕そうなのね」
「そう見えるか?」
「うん、とても!」
変なやつだな、笑いのツボが浅い。まあ面白そうなやつではあるか。
「で、何があったのかな?」
女は快活な声でそう聞いてきた。
「ん、それがな……」
なんだかここで、俺は異世界から来た、と言っても全く信用されなさそうなので、体のいい嘘をつくことにした。
「実は俺、記憶喪失なんだ」
「え?」
まあそりゃ驚くか。でも一から色々教えてもらうにはこれが最善なんだ、許してくれよ。
「というわけで、この世界のこととか色々教えて欲しい」
俺は、こいつがこんなこと軽く受け流してさっさと町にでも連れて行ってくれるものだと思っていた。が、この女、予想以上にいいやつだった。
「ちょっとそれ大丈夫なの? 名前は? まさかそれも分からない?」
「い、いや、名前くらいなら分かるぞ?」
「ホント? 良かったぁ……それで君の名前は?」
「ああ、榊真木だ」
「サカキマキ? 変な名前ね」
おっとそうだった、ここは異世界、向こうの常識は通用しない。
「まあ、言い難いだろうし、マキで良いよ」
咄嗟にフォローをする。危うく不審に思われるところだった。
「マキ、ね……わかったわ。私の名前はリリア、リリア=ローレン。リリアって呼んで」
「わかった。じゃあリリア、早速聞きたいことが有るんだが」
「何でも聞いて」
「それじゃ遠慮無く……ここはどこだ?」
記憶喪失定番の質問。実は一度言ってみたかった。
「ここは商業都市ロードブルグ、その近くの峠よ」
「なるほど、じゃあ取り敢えずはそこに案内してくれないか?」
「りょーかい。じゃ、行きましょうか」
そうして俺は、商業都市ロードブルグへと向かった。
「着いたよ」
「ここが……」
商業都市、ロードブルグ。商業というくらいだから港的なのを想像していたが、これは……。
「随分とデカイな。予想以上だ」
石を基調とした中世風の街造りで、いかにも異世界って感じの都市だ。
「でしょ? ここは天下の台所って呼ばれくらい多くの食べ物や道具が有るんだから」
なにその大阪みたいな呼び方。
「へぇ……それにしても、城まであるとは……」
ここは一つの城下町なのだろう。それが商業的に発展した結果が今のこの都市だと思えば納得できる。
「他にもいろいろすごいところが有るんだけど……まあそれは後にして、これからどうする? 取り敢えずロードブルグには着いたけど」
「そうだな……取り敢えず、服屋は無いか?」
「服?」
「だってこの格好はなあ……」
俺はバイト中にこの世界にやってきたので、来ている服がコンビニの制服だ。青と白のストライプのこの服、こっちの世界では非常に目立つ。
「そういえば変な服よね。ホントにどこから来たのかな、君は」
「わかんねえな」
「そうだよね、記憶喪失だもんね」
失言をして――もっとも俺はそんなこと気にしないんだが、しょんぼりするリリア。
なんだこいつ、結構可愛いな。ちょっと苛めたくなる。ま、恩人にそんなことしないが。
「気にすんな。で、服はどこに売ってる?」
「そうね、服ね。店に案内するからついてきて」
「おう」
俺はリリアについて、店へと向かった。
「服……ねぇ……」
服など買うのは久しぶりだ。あっちの世界にいた頃も、数年に一着買うか買わないかだった。それが急に服を買えと言われても……。
「迷ってるの?」
と、店内をウロウロしていたら、落ち着きがなかったのかリリアに話しかけられた。
「ああ、服を選ぶセンスなんて、生憎これっぽっちも持っていないもんで」
「じゃ、あたしが選んであげようか?」
「……いいのか?」
わざわざそこまでして貰う必要は無いのだが、ここは少し甘えさせてもらうか。
「もちろん! じゃ、選んでくるからちょっと待っててね」
そう言ってリリアは店の奥へと消えていった。
――数分後、いや、この世界の時間の単位は分でいいのか?
――まあ取り敢えず、あっちの世界でいうところの数分後、リリアが男物の服を抱えて戻ってきた。
「君に似合いそうなのを幾つか持ってきたから、ちょっと着てみてよ」
「おお……しかし、いいのか?」
「何が?」
「だってリリア、お前にだって何か目的があってこの都市に来たんだろう? それを俺に構っていていいのか?」
「いいのいいの、あたしの方は大したことじゃないし。それに、あたし困っている人を見たらついつい助けたくなっちゃうんだよね」
「そうか……ならもう少しその好意に甘えさせてもらおうかな」
「よっしゃ! どんと来い!」
「じゃあ取り敢えず試着してくるから、そこで待っててくれ」
「はーい」
俺はリリアをその場に待たせ、試着をしてくることにした。
そうして試着室に入り、さあ着替えるかと思い、改めてリリアの持ってきた服を見てみる。
「まあ無難かな」
リリアが持ってきたのは先ほど町中でよく見かけた上下の服に、あっちの世界だったら厨二病かと疑われるようなマント。この世界では実に無難だ。
「俺には個性がないってか」
まあ文句は言うまい。リリアが自分の時間を割いてまで選んできてくれた服なのだから。
「これでよしっと」
着替えを終え、俺は試着室から出リリアの元へ向かう。
「どうだ?」
一応リリアに感想を聞いてみる。
「うん、よく似あってる!」
いい笑顔だ。思わず俺のことが好きなんじゃないかって勘違いしてしまうほどに。
「そうか、じゃあこれを買おうかな」
そう言い、俺は店員のいるカウンターへ足を運ぼうとした。
が、一つ、大きなことを忘れていた。
「カネがない」
俺はこの世界のカネを持っていない。
「あっ、そっか、記憶を失ってあんな山奥にいるくらいだもんね」
そう言ってリリアが懐から財布を取り出した。
「あたしのお金使っていいよ」
そう言ってリリアが俺に財布を差し出してきた。
こいつ、良い奴すぎるだろ。
「ちょっと待て、これでもし俺が泥棒だったらどうする。財布取られて逃げられちまうぞ?」
「だって君そんなコトするような人じゃないでしょ? 大体泥棒はそんなセリフ吐きません」
そりゃそうだが……。
「じゃあせめてお前がカウンターまで一緒に来てくれ。じゃないと本当に泥棒みたいな気分になる」
「わかった」
そう言って、今度こそ俺は服を買いにカウンターへと歩いた。
「ありがとうございましたー」
この世界の店員は随分丁寧だな。「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」がはっきり聞き取れる。俺とは大違いだ。
「さて、服も買ったことだし、次はそうだな……」
あとするべきことと言ったら……。この世界の知識か。
「済まないリリア、さっきから頼みっぱなしで悪いんだが、この世界の事を大まかでいいから教えてくれないか?」
「この世界のこと? それはどういった?」
「あー、例えば……魔法とかってあるのか?」
異世界と言ったらコレ、魔法。魔法なくして異世界は語れない。
「あるよ? ただ、私はほとんど使えないけどね」
「あるのか……じゃあさ、それ、使える人って今から見れるかな」
「使える人ね……そうだ! 今回あたしがここにきた理由、友だちに会うことなんだ。その人に会えば魔法、見れると思うよ」
「そうか、じゃあ俺も一緒に連れて行ってもらおうかな」
魔法か……いよいよだな。
あまりの暇さに飛び込んだ異世界。そこでようやく怠惰を打ち壊す新しい物に巡り会える。そう思うと俺は、ここ数年感じたことのなかった高揚感に包まれ、知らず知らずのうちに足元で小さくスキップをしていた。




