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優等生と劣等生

 朝がやってくるたびにレイラは頭痛に悩まされる。それは精神的なもので、その理由も知っていた。 


 レイラは茶色の外壁の建物を見て、短く息を吐いた。その周りを取り囲むようにして立ち並ぶ、石造りの柵の門の部分から中に入る。その学校にはまばらに生徒の姿があった。魔法を使い学校まで一瞬で行く事も出来るが、多くの生徒が健康のために体を動かすのが必要不可欠だという学長の考えに従い、徒歩で通学していた。


 レイラも不本意ながら、その一人だった。本当は人目に付きたくないので魔法で行き来したかったが、こうした補助系の魔法も使う事は出来るが、得意とは言い難い。運が良ければ目的地にピンポイントでたどり着くが、位置の特定を間違い、町はずれにある湖に付いたこともあるし、学校の裏口に行こうとしいて、他の学年の教室に着いたこともある。そのため、魔法での通学は諦めていた。


「お姉ちゃん、行こう」


 白いローブを身にまとったシルヴィアは笑顔を浮かべると、レイラの手を握る。その隣にはユーリーの姿もある。


 シルヴィアたちがこの学校に通うようになってからは、歩いて通うことになったレイラを彼女たちが毎朝迎えに来る。恐らくマハトの計らいだろう。だからこそ、学校は好きではないが、なかなか休むこともままならなかった。だが、学校まで無事に到着できるので二人には感謝していた。帰りも彼女たちはほとんど待っていてくれ、一緒に帰宅する事がほとんどだった。


 悪いという気持ちもあるが、先に帰っていても良いと言っても、シルヴィアは好きで待っているだけだと聞く耳を持たなかった。


 学校の敷地が円形になったのは、今から十年前の隣国のケヴァドから攻撃を仕掛けられたことが発端となっている。その時、多数の犠牲者を出した教訓を生かし、結界が張りやすいように学校などの公共施設はのきなみ、その敷地の形を変えた。そして、その建物には必ず結界魔法が得意な人が一人配属されている。レイラ達のいる学校では学長がそうだ。彼の結界魔法は詠唱から発動までに時間差がなく、強力な結界を広い範囲に張れる。


 戦争の原因は分かっていないが、戦争の経過は周知されている。この国の中で何人か裏切者が出て、内から手引きした人間がいたらしい。ケヴァドの目的は今となっては分からないが、隣国の王が領土を拡大し続けていた最中だったため、この国を自国の領土にくわえたかったのではないかと言われている。


 十年前にマハトが結んだ和平条約が功を奏し、今は独立を保てているが、隣国は徐々に国土を拡大させて、徐々にケヴァドの支配下に収まる国が増えたのだ。それから、この国では人の家に至るまで、至る所で結界が張られているようになった。


 国の裏切り者の名は公表されていないが、マティアスが関係していると噂されていた。それを直結させ、マティアスが国民を惨殺したという噂が国内ではまことしやかに流れている。ミーナやマハトも否定していたし、レイラは信じていない。だが、その言葉を信じてくれる人間はごくわずかだ。


 レナルトの祖父のヨハンでさえ、マティアスを悪と決め付け、毛嫌いしていた。だが、デヒーオ家といっても一筋縄ではないのか、レナルトの兄のヴァルトと、この学校で教師をしているレナルトの父親のオリビエはレイラに対して親切な態度を取っていた。


 レイラは校舎の中に入るとシルヴィアたちと別れた。彼女たちの教室は一階にある。レイラは階段をあがる。自分が通ると見知らぬ生徒の会話が止まり、しんと静まり返る。


 学校内では教官が目を光らせている事もあり、攻撃されることはほとんどない。人目を感じるが、意識しないのが最良の策だと今までの経験から学んでいた。


 レイラは教室の扉に手を掛けと、広い教室内には生徒が点在していた。扉を引くと、ざわついていた気配の残る教室が、物音一つしない空間に変わる。

 毎日過度にレイラの登下校に反応して、大変だと揶揄したくなるようなワンパターンの反応だった。


 レイラは教室の一番奥にある窓際の列の一番前の席に腰を下ろす。

 レイラはあまり勉強が得意でない。本当は前には座りたくはないが、後ろに座るとレイラの前に座っている生徒が不安そうに何度も振り返る。彼らにとってレイラは聞き分けのない猛獣と同レベルなのだろう。

 何年も同じクラスで過ごしているのが大半のこのクラスでさえそうだ。別のクラスに行けば、その非でないのかもしれない。


 レイラが横目に自分の座る列を見渡すと、三列隣には白いローブを着たレナルトの姿があった。

 彼もレイラと同じように一番前の列に座り、古ぼけた本を読みふけっていた。


「レナルト様、ちょっと教えてほしいことがあるんです」


 レナルトに歩み寄ったのは赤毛の髪を三つ編みにした少女に、蜂蜜色の髪をショートカットにした女の子だった。


 にこやかに反応する彼に反発を覚えながらも、無関心を装う。だが、彼らの大きな声はレイラのもとにしっかり届く。


「ここなんですけど」


 レナルトは手にしていた本を閉じると、彼らが差し出したノートをみる。


「これって何ですか?」


「この国に昔伝わっていたと言われる古代魔法の本」

「すごい。使えるんですか?」

「読んでいるだけで、使った事はないよ」

 彼は笑顔を浮かべると、彼女たちのノートに視線を落とす。


「ここはこうして、こうしたらいい」

 彼は彼女達に許可をもらうと、差し出されたノートに文字を書き綴り、簡素に教えた。


「でも、どうしてこうなるんですか?」

「テキストの百三十三ページに書かれている。それが分からない場合は図書館でこの本を読んでみるといい。この辺りの証明が書かれていたはずだから」


 彼は教科書的な反応をするが、クラスメイトは何度も感謝の言葉を綴り、顔を赤めながらレナルトに頭を下げ、後方の席に戻っていく。

 レナルトの視線が不意にレイラを見た。だが、彼は無関心な表情を浮かべながらまた自分の本に視線を戻した。


 彼に寄ってくる人は男女問わずに多いが、彼はあまり人と深く関わろうとしない。

 だが、彼の素っ気ない態度は反発を買うどころか、彼の容貌と家柄、そして能力の高さが彼に対する羨望の眼差しへと変わる。


 鐘の音が教室内に響いた後、教室の扉が開き、明るい茶色の髪を後方でまとめた男性が教室の中に入ってきた。このクラスを受け持っているオレクだ。

 彼は机の上に手を置く。彼は挨拶をした後、本題を切り出した。


「今日は飛び級対象の発表の日だ。自覚のあるものもいるだろうが、名前を読み上げる」


 自覚のあるものというのは興味のなさそうに、オレクを見つめている彼のことだろう。


「レナルト=デヒーオ」


 オレクがレナルトの前で足を止める。


「君は上級学校の卒業資格まで許可されている。そろそろ身の振り方を考えてもいいんじゃないか?」


 真っ先に名前を呼ばれたのは、案の定彼だった。

 毎年優秀な順から呼ばれ、真っ先に呼ばれる。

 教室がざわめく。


 レナルトに教育は必要ないと教官たちが判断したのだろう。レナルトの場合、彼が飛び級をしたとしても高等学校、上級学校の卒業資格が与えられる。彼が受けるかは別問題だが。


「はあ」


 レナルトは興味がなさそうに曖昧な返事をする。

 オレクは苦い表情を浮かべ、教室の後方に行く。


「ウルマス=カルピン。君は高等学校の三年まで飛び級を許可された」


 ウルマスは歓喜の声をあげ、教室内から拍手が巻き起こる。


 ほとんどの生徒は飛び級を許可されると、みんな喜ぶ。そのために勉強をしている人間が大半だろう。


 次々に発表されていく飛び級対象者の名前を聞くのに飽きたのか、レナルトは鞄の中から白い背表紙の本を取り出すと、視線を落とし、本の内容に目を走らせていた。


 だが、飛び級をしない彼は、何を目指して勉強をしているのか理解しがたい。


 自分だったら即卒業して、ミーナの手伝いをしたいのに。

 レイラには才能があり、努力をしながらも、より高みを目指さない彼の存在が不可解だった。



 一通り発表が終わると、教室内が静まり返る。


「希望は今週中に伝えるように。この対象になることはとても誇らしいことだ。君達も半年後には対象となるように、鍛錬するように」


 オレクがレイラを流し見する。レイラは背筋を伸ばし、うつむいた。


「君達も知っていると思うが、高等学校には今までのように誰しも進級出来るわけではない。名前はあえてあげないが、何人かは進級が危うい。自分の苦手なものを少しでも良いので解消するように」


 優秀な生徒の卒業は促す一方で、劣等生と呼ばれる生徒には進級不可の判断を下すこともある。学年の進級に必要な回復魔法が使えないレイラはその進級不可の対象だった。


「あと、本日からスカウトの人間がやってくるので、思うところのある生徒は気を抜かないように」


 彼は軽い口調でそう告げると、テキストを開き、授業を始める。今からは魔法原理の時間だ。


 スカウトとは、何らかの事情で魔法使いを探している人の依頼を受け、その希望の相手を探す仕事だ。基本は成熟した魔法使いとのマッチング作業をする。ここの魔力の強さよりは、顔の広さや潜在能力や人柄を見抜く能力が重宝される。その依頼主は個人や国など様々で、有能な人は引く手あまただと聞く。


 何らかの事情で若い魔法使いを求めたり、生徒の素養をはやいうちから見抜き、目を付けようとしている人も少なくない。仕事や就職の依頼が来ても、間に学校が入るため、単独で交渉は出来ない。中には、単発での仕事もあり、高等部になるとこうした簡単な依頼を受けるようになる。


 だが、この国の仕事は魔力を使うものだけではない。魔力を主力としない仕事を選ぶ人も少なくない。食べ物を作ったり、動植物を育てたり。町の掃除をしたり。働き口は個人によって異なる。ある意味バランスが取れているのだろう。


 単発の仕事はともかく、就職の話題となれば、レイラには関係ない話題だった。レイラは上級学校を卒業したら、野菜を作りながら、ミーナの仕事に手伝いをする予定だった。自分を雇ってくれるところがあるとは考えもしない。だが、それはレイラに限らない。ユーリーやシルヴィア、レナルトにも共通する。彼らは大事な跡取りであり、怪我をさせたくないという理由で優秀さに関わらず、個人は雇ってくれないだろう。


 だからこそ、三家族とアーヴァン家は基本的に卒業をしてしまえば、家の仕事に従事するか、学校といった国の管理する機関で働くのが通例だ。その一例がレナルトの父親のオリビエだ。彼は長年、この学校の上級学校の教官として働いている。


 四血族が結界を張ったり、積極的に国の平和に個人として関わるのはある種の名誉職であり、給与はない。


 レナルトの兄も近いうちに学校を卒業するため、何らかの決断を下すだろう。

 レイラは短くため息を吐くと、天を仰いだ。



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