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一族の役割と掟

 マハトに促され、出かけたままの状態になっていた部屋の中に兄を通すと、適当に教科書を積み重ねる。作り置きしていた木の実のジュースをヴァルトに差し出した。


「たまには実家に戻ってこいよ。父さんとは学校で会えるからともかく、じいちゃんは心配しているみたいだよ」


 彼の言葉に返事をできずに、自分のジュースを口に流し込む。甘みのある風味が一気に広がる。


 レナルトの家のデヒーオ家はホーム家と同様にこの地を守る長老の一つだ。彼らは癒しの力を司っている。


 本来であれば実家で悠々自適な生活を送れるところだが、こうして狭い部屋で一人暮らしをしているには理由があった。レイラのことでヨハンと衝突したからだった。その発端はレナルトがレイラを学校で庇っているという噂をどこかで聞きつけ、レナルトを責めたのだ。


「お前も良くやるよな。適当に話を合わせておけばよかったのに」


 ヴァルトは家を出たレナルトにそう語っていた。


 彼が言っている意味は分かる。だが、レイラの事に関しては、軽く流す事が出来なかったのだ。


「そんなにレイラが好きなら告白でもしてしまえばいいのに」

 軽い口調の兄の言葉に思わず咳払いをした。

「俺は責任を果たすだけだよ」


 周りはレナルトがレイラを好きだと誤解している。当の本人にそう思われていないだけましだとは思う。

 彼女に恋愛感情はないと言っても誰もその言葉を受け入れてくれない。


 天才と呼ばれた彼女の父親が死んだのは自分のせいなのだ。今でもその情景を思い出せるほど鮮烈な記憶だ。当時は人の傷を治せるのが当たり前だと思っていたが、それからしばらく経ち、各々には限られた寿命があり、それを伸ばすことはまずできないと知ったのだ。


 ミーナはそのときが兄の寿命だと分かっていたのだろう。そして彼女とあの約束を交わしたのだ。


「お前のせいじゃないよ」


 落ち込んだ弟を慰めるためなのか、ヴァルトはそう落ち着いた声で言う。


「分かっているよ。でも、彼が生きていたら、今のこの国はどうなっていたんだろうって思うこともある」


 彼が生きていたら、レイラも今のような状況に陥らなかったかもしれない。そう考えると彼女に対する罪悪感は増す一方だった。


 マティアスには未来を知る能力が備わっているとも言われていた。自分の死から逃れられたかもしれないのに、彼は身を挺してレナルトを助けていたのだ。


 それからレナルトはレイラと話をしない日々が始まった。だが、彼は影でレイラをいじめる人間から庇い続けた。そのことがアーヴァン家を忌み嫌う祖父の逆鱗に触れたのだ。


 目をつりあげアーヴァン家と関わるなと言うヨハンの言葉を受け入れればよかったが、レナルトはそんな祖父に正面から反発した。話をしなくとも彼女を悪く言うことだけは受け入れられなかったのだ。


 レナルトはすぐに家を追い出された。

 そんなとき力になってくれたのが、他でもないマハトだったのだ。ヨハンは自分より年上のマハトに対しては表立っては逆らえなかったのか、レナルトだけには一際厳しいヨハンがそれ以上レナルトに何かをしてくることはなかった。幸い、生活費は奨学金で賄えている。


「跡取りのことがあるから、正直、できた弟が後を継ぐのが一番だと思うけど、嫌なら俺が継ぐよ。だから気にするなよ」


 レナルトがレイラを好きだと考えている彼がそう言ってくるのはレナルト達の家に課せられた掟のせいだろう。仕事を制限され、この国を守るためだけに従事する。それがこの家に生まれた時に定められる掟だ。そして、その国を守る役目を持つ家々の結婚は禁じられている。それはレナルトとレイラにも当てはまる事だ。


 今から思うとヨハンは子供ながらに結婚の約束をしていたレイラと自分を遠ざけたかったのではないかと思えてくる。他愛ない子供の頃の約束だが、厳格な彼にそんな理屈は通用しない。


「何があるか分からないから、第二候補は必要だろう」

「縁起でもないことを言うな」

 兄の言葉に「悪い」と謝る。

 レナルトとヴァルトは顔を見合わせて笑う。


「最近、じいちゃんがおかしいんだよな」

 ヴァルトは笑うのをやめ、肩をすくめる。

「おかしいって?」

「体調が悪いんじゃないかな。思いつめた表情をよく浮かべている。年だしね。そろそろ体力的にきついのかもしれない。わだかまりはあるだろうけど、顔くらいはだしてやれよ」

「そっか」

 仲が悪くても、心配ではある。近いうちにと心に決める。


 だが、もう一つ気になる事がある。ヨハンが体調を崩せば、彼は自分の跡継ぎをきっちりと指名するだろう。

 自分達の父親がいるので、それは遠い話というわけではない。息子二人が強い魔力を持つ反面、彼らの父親の魔力は長老となるには不十分だったのだ。彼自身もそのことは悟っているようだった。

 迫り来る問題に長く細いため息を吐いた。


◇◇◇


 レイラはマハトに呼ばれ、部屋の中に入る。彼はテーブルの上に置いていた藍色の袋をレイラに渡す。

「これをお前に与えようと思ってな」

 中には透明な石が入っている。取り出して目の前に置くと、マハトの顔が透けて見えた。


「この石に魔法をこめる。魔法が使えないものでもその石に込められた魔法を使うことができる」


 封魔石。そう呼ばれているものだった。名前は知っていたが、高価なもので、実物を見るのは初めてだった。


「どうしてわたしにこれを? 貴重なものじゃないの?」

「マティアスにな、お前が十五前後になったら折を見て渡してくれと頼まれたからな」

「お父さんには今の魔法が使えないわたしの姿が見えていたのかな」


 アーヴァン家には二つの力が備わっている。破壊的な攻撃力と、未来を見通す力だ。だが、破壊的な攻撃力は生まれつき得られるが、未来を知るのはアーヴァン家の家を継ぐもののみがしる。恐らく、ミーナにはそうした力が備わっているのだろう。それは決して表には出ない。


 ホーム家に託されているのは調和の力。体の異常に対するものへの魔法に強い力を発揮する。彼らの家に伝わる魔法は姿を変えずに寿命まで生き続けたり、自らが望む姿に自分の姿を変えられることができる能力だと聞く。


 レナルトのデヒーオ家に託されているのは癒しの力だ。人の生死を操れる魔法を司るとの噂もあった。だが、人の寿命は決まっているとも言われる。だから、本当にそんな魔法が存在するとは思えなかった。一族の威厳を見せるためにわざと大げさに言っているのかもしれない。


 もう一人の長老であるノール家に託されているのは知の力だ。彼らはこの国に刻まれた歴史を全て知っていると聞く。マハトやレナルトの家系に比べると一見劣るように思われる能力だったが、実際はそんなことはない。彼らの力は特殊だった。彼らは魔法を新しく作り出すことができるのだ。


 彼らは新しい魔法を作り出したり、知を広めるために家にこもりほとんど家から出てこない。学校に通う権利も免除されていた。ノール家に伝わる魔法は魔力を奪い去ることだと聞いたこともある。だが、誰も彼らの実態を知らない。実際は他の名を名乗り、街中で生活しているとの噂も聞く。全ては憶測の域を出ない。


 各々の家に伝わる特殊な魔法は禁術と呼ばれている。


 この三家がこの国を守り、統一している。その礎となるのが、この国を覆う巨大な結界だ。外からの侵入を一切拒むが魔力のない動物などは難なく通過でき、気候を安定させる役割もあるという。


 その結界を張っているのが、ホーム、ノール、デヒーオ家の三つだ。それはこの国に伝わる古代魔法をそのまま用いたもので、その昔、ノール家の人間が考案したとされている。その結界の存在が国民がその三家族を崇拝する理由にもなっている。だからこそ、一族の跡取りは強い魔力を持った人間が必要不可欠だ。姿を見た事のないノール家の人間はおいておいても、その面では今の子供たちは申し分のない潜在能力を秘めているだろう。


 アーヴァン家にはその力で、彼らやこの国を直接的に守る使命がある。


 今はミーナが全てを請け負っているが、彼女が一人で対処できないときにはレイラが駆り出される予定だ。だが、それは仮定の話で、今の回復魔法が使えないレイラでは足手まといにしかならない。

 だからこそ、レイラは回復魔法を早く習得し、ミーナの助けとなりたかったのだ。


「これに回復魔法を入れて持つのってどう思いますか?」

「お前がそうしたいならいいが、頼むならレナルトに頼むと良い。彼の治癒は良質だよ。だが、壊れる事もあるというのを忘れないように」


 レイラはレナルトの名前にむっとしながらも、頷いた。彼の言葉が正しいのは心得ていたのだ。


「今日もお母さんを治癒しようとして、出来なかったの。お母さんが苦しんでいるのに。何で私には治癒能力がないんだろう。攻撃より治癒魔法を使いたい」

 その言葉にマハトは目じりを下げた。


「本当、お前達は良く似ているな」

「誰のこと?」

 レイラの問いかけに、彼は何でもないと付け加える。


「いずれ使えるようになるさ。学校のことなら、こちらからも便宜を図るよ。学校だって進級させられると思う」

「でも、無理ですよ。回復魔法を使えないレイラ=アーヴァンは有名なんです。人前で建前でも良いので使わないと、誰も納得しないと思います」


 マハトは顎に手を当てる。


「お前は学校が嫌いか?」

 突然の問いかけにマハトをみる。

「大嫌いです」

 レイラは即答した。

「お前が学校に行かなくていい方法があると言ったらどうする?」

 その言葉にレイラは反応する。そして、マハトを見据えた。


「その方法を試みますよ」

 マハトは満足そうに頷く。彼はそれ以降口を噤み、その理由をレイラには伝えてくれなかった。




 レイラが玄関を開けると、ミーナが出迎えてくれた。この森の前までシルヴィアが送ってくれたのだ。ミーナの傷は完全に塞がったようで、白いワンピースに着替えた彼女からは痛々さは微塵も感じない。

「良かった。治ったんだね」

 ミーナは笑顔を浮かべる。

「心配かけたわね」


 ミーナはレイラの憧れだった。擦り傷一つ治せない自分とは大違いだと感じる。いつか彼女のようになりたいと思っていたのだ。レイラは彼女の手に洋服が握られているのに気付いた。さっきミーナが来ていた服だ。


「洗濯なら私がするから、今日はゆっくりしていてね」


 大丈夫だと言うミーナを説き伏せ、レイラはミーナの洗濯物を預かった。そして、マハトから預かった封魔石を自分の部屋に置くと、ミーナの部屋の正面にある洗面所まで行く。そこでいつも手洗いで洗濯をしている。


 今、自分に出来ることをしよう。


 レイラは自身にそう言い聞かせ、落ち込んだ気持ちを少しだけ元気づけようとした。

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