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責任と重圧

 三人は街の中心街を抜け、五分ほど離れた場所にあるマハトの家に到着した。レナルトはシルヴィアと一緒にいると、マハトのこの国に対する影響力を痛感する。こちらをじろじろ見る人さえ、ほとんどおらず、見て見ぬふりをする。


 石造りの門を通ると、広い庭が広がる。庭には様々な植物が葉を育み、花が咲いている。


 シルヴィアはドアを開けると、レナルト達を招き入れた。

 最後に入ったレナルトが扉を閉める。そこで一息吐いた。

 シルヴィアはレナルト達に「待っていて」と告げると、階段をあがっていく。


 マハトを呼びに行ったのだろう。

 レイラはレナルトから顔を背けたまま、こっちを見ようともしない。

 さっき助けたことが気に障ったのだろうか。自分が出て行けばものの数秒で解決すると思ったのが逆効果だったようだ。ここまで嫌われた事を褒めたくもなってくる。

 階段を降りる音が響き、シルヴィアは難しい顔をして、戻ってくる。


「おじいちゃん、部屋にいなかったの。そのうち戻ってくると思うけど、どうする?」

「待つよ。どうせ急いでないし」

「私はお母さんに頼まれたから」

「なら、お話ししようよ」


 シルヴィアはレイラの手を引き、家の奥に連れて行く。レナルトがそんな二人を見送っていると、シルヴィアはレナルトを手招きをする。

 レイラの怒りを買うだけだと思うが、ついてこいと言いたいのだろう。

 レナルトは重い足取りで彼女たちの後を追った。


 そこには机と椅子が並んでいる。この家の家族がくつろぐ場だ。尤もマハトが忙しい身なので、シルヴィアとユーリーの二人が過ごしている場所と言って間違いないだろう。

 シルヴィアたちはソファに座り、レナルトは入口付近にある木製の椅子に腰を下す。


「お兄ちゃんもこっちに来たら?」

 悪意なく笑いかけるシルヴィアの誘いは丁寧に断る。


 レイラとシルヴィアは話をしているが、レイラは機嫌が悪いのかいつもより反応が悪い。


 刻一刻と刻む時間に内心ため息をついていると、

「お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 と甲高い声が響く。シルヴィアと似た銀色の髪をした少年が部屋の中に入ってきた。少年がレナルトの近くで足を止める。レナルトは彼の頭を撫でると、肩を叩いた。


 少年は頷くと、レイラに駆け寄っていく。レイラは戸惑いながらも彼を抱き上げた。彼はマハトの孫のユーリーだ。シルヴィアの弟でもある。


 ユーリーの屈託ない笑顔にレイラは目尻を下げて微笑む。シルヴィアとユーリーはともに不思議な雰囲気を持つ。マハトに似たと思えなくもないが、その雰囲気はシルヴィアとユーリーでは大きく異なる。シルヴィアは見た目麗しく、聡明な少女だが、どこかつかみどころのなさを感じる。ただ、曲がった事を嫌い、信念の強さを併せ持っている。


 逆にユーリーは年齢のためか少女のような顔つきをした、頭の良い少年だ。彼は人の心にすっと割り込んでくる。彼自身は無意識でしているので、ある意味才能だろう。マハトも似た雰囲気を持っているため、ユーリーを見ているとマハトの血を引いていると実感させられる。彼には人の心を癒す何かがあるのだ。


 レイラの心もさっきより落ち着いたようだ。


「お姉ちゃんは来年、高等部の一年だよね。僕もそこに行けたらいいな」


 レイラは驚いたように目を見張る。


「そろそろそんな時期だね。私もそこまで飛び級しようかな」

 シルヴィアはユーリーを見て羨ましそうに口にする。


「昨年は初等部の五年まで来たんだよね。でも、高等部はどうなんだろう。


 ユーリーは笑顔で大丈夫と口にする。彼の自信は普段からマハトに英才教育を受けているためだろう。たまにレナルトが駆り出され、彼に勉強を教える機会もあった。彼の飲み込みの早さは目を見張るものがある。


 この国の学校はレナルト達の通うもの、ただ一つだけだ。人口自体が少ないため、一校あれば子供の教育には事欠かない。


 子供たちは六歳になるとみんな強制的に学校に進学し、初等部、中等部、高等部までの卒業が義務付けられ、その上には上級学校がある。それぞれ六年、三年、三年、六年の教育課程が組まれていた。


 学校をストレートで上級学校まで卒業すると、今のミリーと同じくらいの年になるはずだ。


 基本年齢に応じて学校は進級し、卒業後はそれぞれの道を歩み始める。就職を望む生徒には、学校側がそれぞれの適正にあった仕事を紹介する。だが、誰しもその長い過程を進級するわけではない。その良く知られた例が、レイラの父のマティアスだった。彼は十三歳で上級学校を卒業していた。


 その学年に上がっても授業内容が理解できるかといったことを含め、成績や人柄など総合的な観点から優秀な生徒は上の学年にあがることが許される。それは優秀な生徒という証でもあり、就職を決めるには影響力が強く、その権利を行使する人は少なくない。


 学校で学ぶのは魔法が中心だが、歴史や数学、文字の読み書き等も学ぶ。そのため、低学年で飛び級を選んだ生徒には、授業に加えて個別に別の教育カリキュラムを課せられる事も少なくない。彼らの多くには、高等部までなら当たり前のようにある長期休暇が存在しない。今のユーリーがその状態だ。


 また、理解が出来ていないと判断されれば、必要に応じて補習も行われるし、下の学年に強制的に戻されることもある。逆に能力をシビアに判断されるのだ。だからこそ、卒業と飛び級の許可には実際には大きな差がある。


 シルヴィアは半年前の審査で、高等部二年までの進学が許可されていた。そして、レナルトはその上の上級学校三年までの資格だ。


 恐らく、彼女は高等部二年まではいけると目論んでいるのだろう。


 そして、レナルトとユーリーも同様だ。シルヴィアとレナルトにはある共通点があった。双方が飛び級の案内をされるが、一度も聞き入れたことはない。


 飛び級の案内は半年に一度で、ちょうど明日だ。学校で全ての科目に置いてトップの成績を収めた自分がその候補から漏れるとは考えていない。だが、半年に一度の恒例行事となった教師の辛辣な表情を見るかと思うと、気が重くなる。


「お兄ちゃんも同じになれるかもね」


 レイラがその言葉にあからさまに嫌そうな顔をした。

 これもある意味恒例行事だろう。


「もうそんな時期か」


 その言葉と共に、小柄な男性の影が現れた。彼はレナルトとレイラに会釈をする。

 彼は家の中にいる面々を確認し、口角をあげた。


「用事があって外出していた。すまんな。レイラ、先にレナルトと話をしていいか? すぐに終わるから」


 マハトはレイラの脇を通り、レナルトを見る。彼の瞳に促され、階段を上がる。そして、二階の一番手前の部屋に入ると、ドアを閉めた。

 彼の部屋は見渡す限りの本が並んでいた。それは彼の努力の結晶だった。

 彼は自分が学んだ本を一冊残らず取っているのだ。

 マハトは窓辺に立ち、窓の外を見つめている。

 レナルトはマハトの背中に語りかける。


「ミーナの家に行ってきた」


 マハトは振り返ると、優しい笑みを浮かべた。


「感謝するよ。彼女の傷もすっかり塞がっていたよ」

「会ったのか? それならわざわざ俺が行かなくても」

「どうかな。わしは治癒に関してはお前にも敵わんよ。それに彼女に会ったのは偶然さ。この町の結界が破られかけたんだ」

 レナルトは目を見張る。


「もう大丈夫だ。気付いて閉めに行ったら、そこでミーナに会ったよ。ミーナはお前を褒めていたな」

「確認をしにいったのか。俺に行ってくれれば良かったのに」

 レナルトは傷だらけになったミーナの姿を思いだし、ため息を吐いた。


 タイミング的にレナルトが家を出てすぐにその地に向かったのだろう。ミーナに結界を張ることはできないが壊れている地点で修復することくらいはできる。彼女の体も回復していたのだろうが、やるせない思いは尽きない。


「彼女には彼女なりの考えがあったのだろう」

 彼はレナルトを見て、目を細める。いつも彼は軽い口調で言葉を語るが、その言葉は声の質よりも重く、感情の入ったものだった。

「何でミーナはあんな怪我をしていたんだ? 少々の事なら、あそこまで怪我をするわけがない。それにミーナをあそこまで怪我をさせるなんて、ただものじゃない」


「それは秘密と言いたいところだが、お前の力も借りる機会もあるだろし、他言はせぬだろうからかいつまんで話をするよ。この町の右手にある砂漠にラースが出たんだ。狂暴化していて、妙な技を使ってな」


 その言葉にレナルトは眉根を寄せた。

 その生物は巨大な動物で、人の十倍以上の大きさがある。頭の割に体が小さいが、長い手足をしているため、走ると追いつけない。だが、ラースは大人しく滅多に人里には出現しない。その生息域はここから歩こうものなら半年以上かかる場所に住んでいる。

 彼らは基本的に魔法を使用しないはずだが、同時に魔力に対する耐性がある。

 その大きな体を人が肉体的な力でどうにかする事は出来ない。だからこそ、耐性よりも強力な魔力で追い払う必要がある。だからこそ、ミーナが選ばれたのだろう。


「報告を受けてミーナとわしで行った。ミーナは一人で大丈夫だと言い、私には手が出ない事もあり戻ったんだ。足手まといになると思ったからな。だが、ミーナは傷を負い、家に帰るのがやっとだったようだ。彼女から話を聞けば、狂暴化したものだったようだ」

「そうか」

 ミーナがラースの能力を見誤っていたのだろう。


 生物の狂暴化は事例がないわけではない。たぐい稀な確率でそういうものが出てくる。それが運悪く様々な要件が重なったのだろう。


「警察も無意味だよな。こういう時に役に立たないなんて」


 一応、この国にも自国を守るための組織がある。魔法を主な攻撃対象とするが、槍や剣も場合によっては使用する。だが、大きな生物の前にはそうした武器は無力だ。そして、彼らが束になってかかっても、ミーナ一人に敵わない。


 ミーナは自分の役目を全うしようとしただけだとは頭では分かっているが、すっきりとしない。

 マハトは悲しい目でレナルトを見つめている。

 ミーナの重荷はいずれレイラが背負うだろう。だが、彼女はミーナのように優秀な魔法使いとは程遠い。


 彼女を危険な目に遭わせたくはないし自分が代われたらいい。そう思っても、自分では力不足な事も分かっている。


「まあ、めったにない事だから気にせずとも大丈夫だよ。ミーナに大事がなくて良かったよ」

 レナルトは頷いた。


「他に用がなければ、そろそろ帰るよ。レイラに何か用事があるんだろう?」

「レイラの帰りは森までシルヴィアに送らせるから大丈夫だ」


 自分の心配事を汲み取った返事に苦笑いを浮かべ、マハトの部屋を出た。まだ居間にいたシルヴィア達に挨拶をすると、家を出る。

 いつの間にか太陽が傾きかけている。今日はほとんど勉強をできなかったことを思い出し、足早に帰ろうとする。そのレナルトの体に影が届いた。

 何気なく顔を上げると、レナルトと同じ色の瞳をした髪の毛を短く刈り上げた大柄な男が立っていた。彼からは顔以上に優しい雰囲気が漂っている。


「兄さん」

 彼の名前はヴァルト=デヒーオという。レナルトの実の兄だった。レナルトより三歳年上で、今は上級学校の三年に在籍していた。


「久しぶりにお前の家に行かせてもらおうかな」

「じいちゃんにばれたら怒られるよ」

「慣れたよ」

 大げさに肩をすくめる兄にレナルトは苦笑いを浮かべていた。



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