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銀の髪の少女

 軒の低い家が適度な感覚を保ちながら、並んでいる。家々の多くには庭や畑が備わっており、人の姿もまばらに見える。


 レイラは町の中心街から少し離れた場所で足を止め、見慣れた街並みを見つめていた。


 ゆっくり息を吐く。この中心街を抜けたところに緑が生い茂るな大きな家がある。それがマハトの家だ。


 中を横切っていくか、遠回りをしていくか、迷っていたのだ。裏口から入ればマハトの家にたどり着くまで町の人間に会うことは少ないが、どうせ誰かに会うなら人通りの多い道の方が身の安全は保障されている。


 たまにアーヴァン家を恨む人間が魔法を使い攻撃してくる事もある。レイラ達母娘に手出しをすることは禁止されているが、決まりごとを守る人間ばかりではない。その上、攻撃されたとしても反撃することもできない。圧倒的な力の差は理由を問わずに責められる要件となる。


 レイラが誰にも会わない遠回りを選択しようとしたとき、軽い足音が耳に届いた。


「お姉ちゃん」


 澄んだ声が耳に届いたと同時に、レイラの腕に一人の少女が飛びかかってきた。彼女はレイラと目が合うと、満足そうに微笑む。彼女の銀色の細い髪の毛が日に当たり、鈍く輝く。


 レイラは少女の頭を撫でた。少女の長いまつ毛の奥から覗く碧の瞳にレイラの顔が映った。


「どうしたの?」

「おじいちゃんからお姉ちゃんが来ることを聞いたから待っていたの」


 レイラは表情を綻ばせる。それが彼女の祖父のマハトの心遣いであることは分かっていた。彼女が一緒なら町の人間に見つかっても、何かされることはない。それほどマハトのこの国へ与える影響は大きかった。


「また魔法教えてよ」

「いいよ」


 レイラの言葉に彼女は微笑んだ。


 シルヴィア=ホーム。彼女は銀色の髪が特徴的な十歳の少女だった。彼女には三つ年下のユーリーという弟がいるが、彼を差し置いて、マハトの後取りではないかと噂されていた。


 後取りに性別は関係ない。どれほど強く一族の能力を受け継いでいるかが重要視される。仲の良い姉弟ではあるが、その影でどちらにつくのが得策かという権力争いが生じていると聞く。


 この国は三人の長老が治めており、その中の誰かが欠けることは許されない。誰かが欠けることはこの国の滅びを意味するのだ。


 跡取りが生まれなかったらという血統の問題が生じる可能性もあるが、三家族とアーヴァン家はこの国の建国以来、跡継ぎが途絶えたことがない。この血筋が途絶えるのは、国の消滅を神が選択したときだとまことしやかにささやかれていた。


 だからこそ、犯罪者の家族という烙印を押されたレイラ達が嫌がらせを受ける程度で住んでいるのだと思わなくもない。


 シルヴィアの差し出してきた小さな手をつなぐ。幼い彼女が今だからこそ自分を慕ってくれているということを痛感しながら、その手に安らぎを覚えていた。


 レイラとシルヴィアの足元に細い影が届き、鼻にかけたような声が当たりに響く。


「お嬢様」


 シルヴィアがレイラのニットの袖を掴む。レイラが顔を上げると、そこには赤い茶色の髪をした男が立っていた。彼は腰まである髪を後方で一つにまとめ、白いローブを羽織っていた。


 彼はレイラを見ると、乾いた笑みを浮かべた。

 レイラは顔を背ける。この男はどうも苦手だった。


 彼はシルヴィアに取り入ろうと、シルヴィアの後を付回し、婚約を狙っているのではないかという噂まである。


 シルヴィアの整った顔立ちを見ていると、彼女が美人になるだろうということは容易く想像が付く。地位、金、能力、美貌の全てを持っているように見えるシルヴィアに、権力欲のある男が寄ってくるのは仕方ないことかもしれないが、マハトが生きている間はそんな愚かなことがまかり通ることはないだろう。だが、年を重ねた彼がどの程度生きられるか分からない。


「こんな呪われた血を引く女に関わらないほうがいい。僕が家まで送りますよ」


 ハンスは笑みを浮かべ、シルヴィアに手を差し出す。

 彼女はハンスを睨むと、レイラの手を引く。

 穏やかな彼女が人に嫌悪感を示すことはあまりなかった。


「お姉ちゃんに魔法教えてもらうの」

「魔法ならわたしが教えますよ。中等部の卒業さえもできない落ちこぼれにシルヴィア様に教えられる事はなにもありません」


 レイラは唇を噛む。

 彼からバカにされたことが悔しかったわけではない。

 自分の能力の低さが彼につけ入る隙をあたえていることが歯がゆかったのだ。


「嫌よ。わたしはもっと強くなりたいの」

 シルヴィアは強い口調で彼に言葉を投げかける。


「じゃあ、俺が教えますよ。先輩」


 三人の間にまだあどけなさの残る、高い声が響く。その声にシルヴィアの表情が明るくなる。レイラはあえて、声の主を見なかった。


「レナルトお兄ちゃん」


 シルヴィアはレイラのニットを掴んでいた手を離す。その新しく現れた影に駆け寄っていった。


 さっきまで得意顔で話をしていたハンスの表情が歪む。


 レナルトはシルヴィアを傍に従えて、ハンスとレイラの間に割って入る。彼の茶色の髪が日に当たり、優しく風に揺れた。


 ハンスは「用事を思い出した」と言い残すと、逃げるようにしてその場から立ち去る。


 天才の名をほしいままにしている彼に対して強い態度には出られなかったのだろう。


 会いたくなかった金の瞳の少年に出会い、そのことを不快に思いながらも、心のどこかが弾んでいた。


 レイラは気持ちを悟られないように、目の前の男を睨みつける。


 人に嫌われることはある意味慣れていた。だが、彼に嫌われるのと他の人に嫌われるのでは、子供の頃のレイラにとっては天と地ほどの差があった。


 ある時、彼は突然自分を無視し始めたのだ。

 当時はショックで夜何度も泣き明かしたが、今ならその理由が分かる。


 他の人と同様に家のことを知り、避けようとしたのだろう。その後二度と関わらないのならば納得できたが、彼はいつもレイラが困っているときに手を差し伸べる。それは学校内でも例外ない。その曖昧さがレイラの心をかき乱す。


 レナルトは髪の毛をかきあげると、頭をかいた。


「お前と同じでマハトに用があったから通りかかったら、シルヴィアが困っていたから助けただけだ」

「そう」


 レイラはレナルトを睨むが、彼は決して怯まない。


「お兄ちゃんも来るの? 一緒に行こう」


 シルヴィアは右手でレナルトの手を、左手でレイラの手を掴んだ。


 嬉しそうなシルヴィアの表情を見て、溢れ出しそうになる不満をぐっと飲み込んだ。

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