未来への決意
「どんな夢を見ているのかしら」
レイラの金の髪をエルミが撫でる。
レナルト達がヴァルクスに戻り、十日が経過した。あれからレイラは一度も目を覚まさず、眠ったままだ。
一時的にホーム家にレイラを預けていたが、マハトが自分の家のほうがゆっくりできるだろうと言い出した事でレイラはアーヴァン家に戻されることになった。だが、レイラを一人にしておくことはできないため、何人かが交代で彼女の傍に付き添うことになったのだ。
「悪いな」
「いいのよ。レイラはわたしの娘のような存在だもの。ずっとあってはいけないと言われていたから関わらないようにしていただけで、レイラのことは大好きよ。こうして面倒を見るのも悪くないわ。これくらいなら、わたしも力になれるわ。それに今日からはシルヴィアも来てくれるしね」
彼女はそう言うと、優しい笑みを浮かべていた。
「俺は学校に行ってくるよ」
「いってらっしゃいというのも変な気分ね」
レナルトは今まで住んでいた家を引き払い、デヒーオ家に戻ることが決まった。周囲は彼の帰還を跡取りの決定だとまくしたてるものもいる。だが、ヨハン自身、レナルトに後を継がせる気はないと繰り返していた。それはレナルトには向いていないというのと同時に、眠り続ける少女の存在があったのではないかと思っている。
レナルトは転移魔法で学校に直行する。門をくぐると、幾人かの生徒に声をかけられた。
決して今回の件が全て国民に伝えられる事はない。一般国民に伝えられているのは、シルヴィアがノール家の唯一の生き残りであり、国にもどったこと、それに尽力したレイラが負傷し、眠り続けていることくらいだ。
十年前のことで、アーヴァン家に深い恨みを持つ物も未だいる。だが、レナルトだけではなく、エルミやヨハン自身がこの家に頻繁に出入りしていることが広まり、手を出そうとするものはほとんどいないだろう。
レナルトは学長室の前に来ると、拳を作りノックする。すぐに返事が聞こえたため、扉を開けた。
学長はレナルトの姿を視界に収めると、目を細めた。
「少しは落ち着いたかい?」
「なんとか。正直慣れませんけどね」
レナルトの言葉に学長は苦笑いを浮かべていた。
だが、本当のことを知る人間も少なからずいる。その一人が学長だ。
神の話はぼかしたが、大まかな事の顛末と、レイラが魔力を使い果たし、眠り続けていることは彼も知っている。
「それで、話というのは?」
「まだ今年の卒業は間に合いますか?」
レナルトの言葉に、学長は目を見張る。だが、その口元は綻んでいた。
「君はレイラが目覚めるまで休学させてくれと言うのかと思ったよ」
学長の言葉にレナルトは目を細める。今までの自分であればそう望んだかもしれない。
だが、今回の件を受けて、その選択肢は早々に捨て去った。そして、シルヴィアがウルモやトーマスに言った言葉は、自分にも向けられているのではないかと思ったのだ。
「きっと、俺がヴァルクスの中で、強い魔力を生まれ持ったのには意味があると思う。だから、現状に甘んじるのはやめようと思う。俺は近いうちに、レイラが住み心地の良い国にしてみせる」
「君が甘んじていたとは思わないよ。君は今まで精一杯やってきたさ。ただ、君の世代の子たちは本当に仲がいいね。ノールの娘と言い、ホーム家の跡取りと言い。今朝、彼らも自身ができる最大の学級までの飛び級を願い出たよ」
レナルトは彼の言葉に驚き、目を見張る。ユーリーはともかく、シルヴィアがそう願いでるとは意外だった。
「君やヴァルトがレイラを特別に思うなら、それだけで周りの人間は手を下さないと思う」
「それでももっと住みやすい国に変えていきたい。そのために俺ができることがあるのではないかと思っています」
「わたしにできることがあれば、何でも言ってくれ。協力はする。君の今後はヨハンやマハトとも相談するが、希望はあるか?」
「俺にできることならどんなことでも最善を尽くします。ただ、一つだけ。この地上は昔、多くの自然で溢れていたんですよね。この大地が昔の息吹を取り戻すための手助けをしたい」
「大地を?」
学長は目を見張る。
「もし、戻せたら住みやすくなると思いませんか? このヴァルクスを覆う結界も不要になる」
「君は優秀な生徒だと思っていたが、変なことを言いだすね」
「そうですか?」
「わたしはそんなことを考えたこともなかったよ。だが、若いものが未来を前向きに捉えるのはいいことだ。君の意見を出来る限り尊重する。前向きになったのは良い事だが、君の動向を決めるのは結局レイラなんだね」
「そうかもしれませんね」
ウルモが神として存在していた時、この世界は緑に溢れ、その気候も安定していたシルヴィアが教えてくれた。ウルモが自らの祖先の命を伸ばそうが、否が、自分が生まれたことに影響はなかったらしい。だが、この痩せた大地が彼やヴァルクス以外の国々を苦しめたのなら、その大地を少しでも過去の姿に戻すことが自分にできることではないかと考えたのだ。
「そういえば、中庭の呪いの人形の件だが、やはり呪いは完全に消失していたよ」
学長に会うのはここに帰ってきて初めてだが、オリビエを通じて中庭にある人形の調査を頼んでおいたのだ。シルヴィアの話が本当ならば、ウルモが呪いをかけて動かしたと思われる人形はその効力を失っていくはずだと。彼女はウルモに関するものを全て浄化してしまったことになる。
「よかったです。信じてくださってありがとうござました」
「いいや。君がそう思ったのには理由があるのだろう。これで十年前の処理もはかどりそうだよ」
「俺にできることがあれば何でも言ってください」
レナルトは学長に頭をさげ、学長室を後にする。
そのまま学校の外に直行する。門を出て転移魔法を使い、レイラの家に行こうと思った時、門のところに銀髪の少女が立っているのに気付いた。
彼女はレナルトと目が合うと屈託のない笑みを浮かべる。
「一緒に帰ろう」
「まだ学校を休んでいるのだから、あまり学校の近くには来ないほうがいいと思うけど」
「このまま立ち去れば分からないよ。先生には見つかっていないもの。お兄ちゃんに見せたいものがあるの」
「レイラの家に行くんじゃないのかよ」
「すぐに終わるから」
シルヴィアとユーリーはまだ学校を休んでいる。学年が切り替わるまではこのままでいくのだろう。
別人のようだと思えた彼女は十日近くたつと、以前のシルヴィアと同じ表情を見せ始めた。それが彼女が演技をしているのか、シルヴィアとして生まれた体がそう動くのかはレナルトには分からなかった。
彼女は転移魔法を使うと、ヴァルクスの東口に出る。そして、彼女に町の外に連れ出された。
再び彼女は転移魔法を使う。そして、レナルトはレトネンの近くに立っていたのだ。そこは忘れもしない、地面から魔力が噴出していた場所だ。だが、もう地面は綺麗に塞がり、魔力の漏れもみられない。
「直したのか?」
シルヴィアは首を横に振る。
「恐らく、お姉ちゃんがウルモと神の力を切り離した事で、神の力が本来あるべき場所に戻ったんだと思う。だからあの穴も塞がった」
「そうか。これでもう動物たちが暴れることもないんだな。よかったよ」
その時、アスコがレナルト達の脇を通り抜けていく。正常に戻った動物を見て、レナルトは目を細めた。だが、そのアスコの通った道の後の一点で目が止まる。地面から緑の草が生えていたのだ。
「草が生えている」
シルヴィアが驚きの声を漏らす。
「いつかはこの砂の大地も、緑の大地に戻るのかな」
「そうなるといいな」
神の力を解放した事で、新しい時代が訪れようとしているのだろう。そのための代償は決して少なくはなかった。これからケヴァドやヴァルクスなど他の国々がどう歩んでいくのかも試されているような気がする。そして、彼女はいつか目覚めるのだろうか。レナルトの脳裏に金髪の少女が頭を過ぎり、目じりが熱を持つ。だが、悲しんでいても仕方ないと幾度となく言い聞かせる。
「お兄ちゃんはずっとお姉ちゃんの目が覚めるのを待ち続けるの?」
その言葉にシルヴィアを見る。レナルトは天を仰ぐと、目を細めた。
「ずっと待ち続けるだろうな。レイラからはずっと嫌われていたし、鬱陶しいと思われるかもしれないけど、それでも俺にとっては一番大事な人なんだ」
「そんなことないよ。きっとお姉ちゃんもお兄ちゃんと同じだと思うよ。お姉ちゃんが戻ってくるときには、緑の豊かな大地に変わっているといいね」
レナルトは幼馴染の言葉に頷いていた。
そして、レナルト=デヒーオはそのすぐ後に学校を卒業した。




