魔力のあふれ出る場所
三人がたどり着いたのはレトネンのすぐ傍にある草原の中だ。草の生えている大地が亀裂ができ、そこから強力な魔力が溢れ出ている。
「なぜ、こんなことに」
シルヴィアは戸惑いを露わにその場所を凝視する。
背後に気配を感じ振り向いた直後、太い腕がレナルト達を目がけて振り下ろされる。レナルトは即座にシルヴィアとユーリーを抱き寄せ、結界を張った。レナルトの張った結界に衝撃が走る。
恐らくシルヴィアがその場所にピンポイントで訪れようとしたのだろう。だからこそ、辺りにはこの魔力の発生源とした場所を中心に、目を血走らせた生き物が取り囲み、レナルトたちを威嚇している。
「結構まずい状況みたいだな」
「かなり長い間、こうして魔力が漏れ続けていたのね。だから、この世界の気候が不安定になっているのよ」
「一体誰が」
「分からない。今すぐに完全に防ぐことはできないけれど、応急処置として、一時的にこの穴を塞ぐ。それまで耐えられる?」
「どのくらい攻撃を受けるか次第だな。やってみるよ」
アスコがけたたましい叫び声をあげた。レナルトはその声に反応し、思わず結界を説いた。それを確認したのか、別のアスコが急接近してくる。
再び結界を張っても良いが、万一囲まれて結界を解いてしまった場合は最悪の事態になる可能性がある。なら、守るより彼らを退けるほうが早い。
「ユーリー、シルヴィアと二人が入れる結界が張れそうなら張ってくれ」
レナルトはユーリーの意志を確認せず、二人より一歩先に出る。アスコがここにたどり着くまでに自分の魔法を発動できるので、恐らく二人を危険な目には遭わせないという確信があった。先程と同様に浄化魔法をこちらに向かってかけてくるアスコに焦点を合わせ発動させた。アスコは先程のように叫び声をあげ、足が地面に張り付いたかのように上半身が不規則な軌道を描く。そのアスコの体がその場で崩れ落ちた。
周囲に群がる動物たちが、鋭い目つきで威嚇する。後方を見るとユーリーがシルヴィアと一緒に結界の中に入っている。シルヴィアは呪文の詠唱を行っている。
周囲に三十体はいる彼らに対してこれではきりがないし、まとまってこられると状況が芳しくない。レナルトはレイラの使っていた浄化魔法を脳裏に思い描いた。広範囲で一度に浄化させられれば、身に及ぶ危険も少なくなる。問題はあれほど強い魔力を放出できるかだ。だが、迷っているよりは実行に移したほうが早い。
レナルトは呪文を発動させたい範囲を脳裏に思い浮かべ、浄化魔法を詠唱する。白い光が足元に収束し、呪文を発動させた。近い位置にいる動物が徐々に強い光に飲み込まれていく。その場で倒れたり、踵を返したりと起こす行動は個々の生命体により様々だ。あと二体と思った時に自らの魔法がそれ以上広がらないことを感じ取った。
再び呪文の詠唱をしようとしたとき、レナルトの体に右から黒い影が伸びていく。腕を振りかぶったのはラースだ。どうやら別の方角からやってきたため、把握できていなかったのだ。
彼の攻撃を避けるために後方に跳ねる。そして、結界を張ろうとしたとき、そのラースの足元が眩い光に包まれ、その動きを止める。ラースはレナルトと目が合うと、踵を返し、砂漠に身を隠した。
「大丈夫?」
振り返るとユーリーが心配そうな顔をしてこちらを見ている。彼は即座に結界魔法を張り直したようだ。
「大丈夫だよ。ありがとう」
レナルトが残った二体に浄化魔法を使う。近くにはレナルト達を威嚇する生命体はもういないと感じ取り、胸をなでおろす。
背後でうごめく強い魔力の量が一気に減る。
「何とか蓋をした」
シルヴィアは疲れを滲ませ、髪をかきあげた。
彼女はその場所に結界を張り巡らせる。
「しばらくは抑えられると思う。でも、完全に抑えるなら、お姉ちゃんの力を借りないと無理だと思う」
レナルトは彼女の言葉に眉間にしわを寄せた。確かにレイラの魔力は強い。だが、恐らくシルヴィアも相応の魔力を持っているはずだ。そして、ウルモ同様、彼女もレナルトに感知できない魔力を彼女が持つのであれば、レナルトが考えている以上の魔力を持っていることになる。
単にレイラがそれ以上の魔力をもっているのだろうか。
そう心の中で疑問を呈したシルヴィアがレナルトの肩を叩く。
「わたしが知っていることを教える。でも、この場所の封印に随分時間を取られてしまったから、まずは中に入りましょう。中に入ってしばらく歩くから、その時に話をする」
「分かった」
シルヴィアは再び転移魔法を発動させた。先程の山の入口に戻る。
彼女が呪文を詠唱すると、研ぎ澄まされた結界が薄くなる。彼女はレナルトとユーリーを手招きする。
まずはレナルトが中に入り、続いてユーリーが足を踏み入れた。中に入ると、一瞬身震いした。そして、体が皮膚に錘がついたかのような重みを感じる。朝、起きた時のけだるさをより重くしたような感じだ。ユーリーも何かを感じたのか自らの手をじっと見つめる。
遅れて、シルヴィアが中に入ってくる。彼女は再び呪文を詠唱し、弱めた結界を元に戻した。
この先には岩道が続いており、視界が霞みはっきりと見ることができない。
「この場所はわたしも魔法が存分に使えないの。少し先に頂上に行ける場所がある。そこまでは歩いていきましょう」
「なら、道中にウルモやレイラがいる可能性もあるのか?」
「それはないわ。恐らくお姉ちゃんは直に頂上まで登れるはずよ」
シルヴィアの悲し気な目がレナルトの姿を捉える。
彼女たちにとってレイラは何なのだろう。その答えを欲し、シルヴィアに問いかけた。
「トーマスさんの家で、ルーフェという黒髪の男にあった。彼が言っていたんだ。レイラの身に起こっている事を知りたければ、シルヴィアに聞けばいいと。何があったか、大まかなことでもいい。教えてほしい」
「そう、彼に会ったのね」
シルヴィアは上唇で下唇を覆うと、短く天を仰いだ。彼女はゆっくりと歩を進め、ユーリーとレナルトは彼女の後を追う。
「直接的な原因は私とウルモが原因だと思う。でも、全ての始まりはいつだったのか分からない。わたし達は神と呼ばれる存在だった」
「神?」
ヴァルクスで伝承として残る神は複数いる。最高神として崇められる、ヴァレ。その姉とも妹とも言われるカティ。名前を上げていくときりがない。
「あなた達の知っている神と、実際の神には少し違いがあるの。名前が違っていたり、もう存在しない神もいるし、逆にあなた達の把握していない神もいます。今はまだそれを詳しく説明することはできないけれど、わたし達は神として、この世界を統べてきた。この世界の最高神はあなた達も会ったルーフェ。正確な名前ではありませんが、そう呼んでおいてくださって構いません。わたしは彼の妹として、生まれました」
レナルトは彼女の話に目を見張る。神の存在を信じていないわけではない。自分の目にした彼と、幼少期から知っている幼馴染がその特異な存在とは考えもしなかったのだ。だが、彼女が悪趣味な嘘を吐くような人間でない事も知っている。
「人間の世界に法律があるように、神の中にも破ることのない定めが存在しています。まず、一つは神は神を殺せないということです。それはお互いの魔力が強いこともあるし、同時にお互いに深く介入しないことが最良だとされてきた。けれど、決して多くはなくても複数の存在がいれば、トラブルも起こり、その定めを意図的に破ろうとしたり、秩序を乱そうとするものも現れる。殺されることはなくても深い傷を追ったり、逆に捉えようとするとこちらが手負いに傷を負うこともある。相手を殺せないというのはとても厄介なことよ」
彼女は自らの下唇を噛んだ。
「だからこそ、わたし達は秩序を守るために、神殺しの力を作り出した」
彼女の話は初めて聞く話で、眉唾ものだった




