世界を繋ぐ山
レナルトは突然現れた男に驚きを露わにする。だが、身を護る結界がないのに気付き、結界を張る。
トーマスがゆっくりとした足取りでレナルト達の前に来る。彼の魔力はあの家にいたときとは全くの別人だ。まるで一昨日のレイラを見ているかのような強い魔力を保持していた。単純に魔力の強さが当人の強さに匹敵するわけではないが、魔力の強さ自体はマティアスにも引けを取らない。
男たちが顔を強張らせた。
「まさか、お前はアールトの息子なのか」
男の内の一人が目を目を血走らせ、トーマスを威圧する。
トーマスは何も言わないどころか、反応さえ示さずにレナルトとの距離を縮める。
「十年前に殺しておけといったのに。結局、魔力を取り戻しやがった。今度はわしが殺してやる」
男は巨大な氷を宙に描き出す。その氷をトーマスに振り下ろそうと目論んでいるようだ。だが、トーマスがそれを一瞥し、短い呪文を詠唱しただけで、氷が消失した。男は虚をつかれたような表情を浮かべている。
「僕には彼らを守る恩義がある。邪魔をしなければあなた達を傷付けはしません。ただ、邪魔をしたらその時は」
あの家で見たときとは別人のように冷たい表情で辺りを一瞥した。男たちは腰が引け、レナルト達から距離を取ろうとしていた。そこにはもう先程のような勇ましい態度を取る者はどこにもいない。
トーマスはレナルトの傍に来ると宙を仰ぐ。
「理由は後から説明します」
彼は呪文の詠唱を始める。そして、レナルト達は街の入口にたどり着く。住人が遠巻きにこちらを見ているが、トーマスは気にした様子もなく、街の外に出るように促した。街の外に出ると、トーマスはレナルト達を一瞥し、呪文を詠唱する。
次の瞬間、トーマスの家が視界に現れる。
少なくともこれでレイラとの約束は果たしたことになる。そうなれば気がかりなのはレイラの行く先だ。彼女の行く先に心当たりはないが、自分にできることをしろといった彼女の目が死を決意しているとしか思えなかったのだ。
「俺はレイラを探しに行きます。二人を一時的で構いません。預かってもらえませんか?」
「君の能力は高い。でも、どんなに回復魔法に長けていても僕以下の攻撃能力しかない君がウルモに勝てるとは思いません」
トーマスの指摘にレナルトは返す言葉もなく口を噤む。
「まずはその少女にかけられた呪いを解きましょう」
トーマスはレナルト達を家に招き入れる。
シルヴィアをレナルト達の泊まった部屋に連れていくと、彼女にベッドに横になるように促した。シルヴィアは言われるがままベッドに横たわる。レナルトはアドニスを隣のベッドに横たえることにした。彼はぐったりとしていて身動き一つしない。
ユーリーはシルヴィアに声をかけたあと、レナルトとアドニスのいるベッドまで来る。そして、アドニスの彼の顔を不安そうに覗き込んでいる。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。気絶しているだけだ」
目立った外傷も、魔力が損傷を受けた形跡もない。ただ、彼の頭部の心臓に呪いの痕跡が見える。恐らくウルモのかけた呪いだろう。シルヴィアへかけられた呪いは解けるが、こちらは呪いが緻密であり、解くのは無理だと判断した。
トーマスは呪文の詠唱を始める。透明な光がシルヴィアの体を包む込む。彼は模範解答のようにシルヴィアにかけられた呪いを解いていく。彼の詠唱が終わった時には、シルヴィアにかけられた呪いが完全に消失していた。
「ありがとうございます」
戸惑いながらお礼を言うシルヴィアを見て、彼は優しく微笑んだ。
「アドニス二はウルモが呪いをかけたようですね。僕にはウルモのかけた魔法は解けません。アドニスが目を開けた時にはどうなっているのか」
その言葉に、シルヴィアの表情が暗くなる。彼女は碧の目でアドニスを見つめる。
「お姉ちゃんなら呪いを解けるかもしれません。彼女、レイラはわたし達にとってはある種の天敵なんです」
「わたし達?」
トーマスは怪訝な顔でシルヴィアを見つめる。
レナルトは同じことをレイラが言っていたのを思い出した。
シルヴィアがレナルトを見て、微笑んだ。
「わたしは今からレトネンに行きます」
「無茶です。カルペラに呪いをかけられた後なのに。今日だけでも安静にしていないといけない」
「でも、わたしが行かないといけないんだと思います。わたしはそのためにシルヴィアとして生まれてきました」
レナルトは彼女の言動に違和感を覚えた。まださほど歳月を費やしていないのに、彼女の言動はヴァルクスにいたのとは全く別物だったのだ。まるでシルヴィアの姿をした別人が話をしているような違和感がある。
「きっとアドニスは大丈夫。彼はケヴァドには欠かせない存在になる。だから、彼を見守っていてください」
彼女は起き上がるとベッドから立ち上がる。そして、レナルト達を一瞥し、部屋から出ていこうとした。そのシルヴィアを呼びとめた。
「レイラはレトネンにいるのか?」
「恐らくそうだと思う。ウルモの狙いが昔と変わらないのなら」
シルヴィアは辛辣な表情でレナルトを見つめ返す。
「俺も行く」
「ユーリーはどうするの?」
「先にヴァルクスまで送るよ。だったら問題ない」
「僕も行く」
ユーリーはレナルトの手をつかんだ。
「お前はヴァルクスに戻れ。必ずレイラを連れ戻すから大丈夫だ」
そう口にしたのは彼女を取り戻せる自信があったわけではない。自らにそう言い聞かせるためだ。
「でも、行くの」
彼は意志のこもった目を見て、レナルトにそう伝える。彼自身も何か感じ取っているのだろうか。
「分かった。でも、恐らく二人の魔法はレトネンに足を踏み入れれば使い物にならない。だから、危なくなったらすぐに二人をヴァルクスに送る。それでもかまわない?」
レトネンは魔法が使えない場所だと言われている。
レナルトはシルヴィアの言葉に頷いた。
シルヴィアの視線がトーマスに戻る。
「戻ってきたときには、あなたにわたしの知ることをお話しします。それまで待っていてください」
トーマスが頷いたのを確認し、レナルト達はトーマスの家を後にした。
シルヴィアがレナルトとユーリーに触れる。そして、彼女は呪文を詠唱した。その呪文はレイラがケヴァドに行くときに使った魔法と似ている気がした。
次の瞬間、レナルト達の前には高く連なる山々が広がる。その山は天に届くのではないかと思う程高く伸び、強い結界が張られている。
「ここにはもう一つの世界に通じる扉がある」
「もう一つの世界?」
「あなた達の言う神の世界よ」
「神?」
レナルトはシルヴィアの言葉に眉根を寄せる。
「わたしはそこから来た。そしてウルモもその世界の住人だった」
「じゃあ、レイラも?」
「厳密に言えばそうね。でも、細かく言えば、わたし達とレイラは違う。まずは中に入りましょう」
シルヴィアは山に手をかざす。そして、彼女は聞いたことのない魔法を詠唱していた。だが、彼女の魔法が発動する前に、背後に何者かの気配を覚えたのだ。頭に五本の角のある、巨大な全身を金で包まれた生命体が、底光りする銀の瞳でレナルトたちを見下すようにして立っていたのだ。
「アスコ?」
アスコと呼ばれており、その強面の外見とは異なり、あまり人を襲うことはないと言われている。だが、レナルトの脳裏にはラースのことが頭を過ぎる。恐らく彼と一緒なのだろう。
ここで魔法が使えるのかは分からない。レナルトは一か八かで浄化魔法を詠唱した。シルヴィアがアスコに気付き、振り返った時には、その生命体の周りが白い光で包み込んでいた。アスコは頭を押さえ、鼓膜をも貫く叫び声をあげている。衝突音を残し、地面に倒れ込んだ。
「まだここだと魔法を使えるようだな」
「なぜ、こんなことが。それに浄化魔法?」
シルヴィアは戸惑いを露わに倒れたアスコを見つめている。
「シルヴィアがケヴァドにさらわれてから、一度ラースが群れをなしてヴァルクスにやってきたんだ。その時はレイラの魔法で退けた。マハトの話によるとミーナが生きている時もラースが襲ってきたことがあったらしい」
恐らくラースと同じだろう。ヴァルトもこの現象を問題視し、レトネン周辺に来る準備をしていると言っていたのだ。ここはレイラの訪れ達でもあるとともに、多くの生命体を狂わせた場所だ。なぜ彼らがこんな行動をとっているのかはいまだに分からないままだ。
「右のほうに何か変なのがある。白くて、銀色で、どす黒い」
ユーリーは眉根を寄せ、その方向を指し示した。
レナルトは彼の指し示す山の右手に異様な魔力の高まりを発見した。シルヴィアもその魔力の所在に気付いたのか顔をしかめている。
「先に右手を確認していい? わたし達が入って無事に戻って来れない可能性もあると思うの」
その言葉に、レナルトも同意する。レイラのことは心配だが、処置できるならしておかないと後々問題にはなる。
シルヴィアはレナルトとユーリーを見た後、転移魔法を詠唱した。




