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隠された場所

 街に入ると、レナルトは眼前の光景を前に言葉を失った。ケヴァドの町もヴァルクスと同様に、家々が立ち並び、緑が溢れていると信じて疑わなかったのだ。だが、木々の葉は茂っているものの、色はくすみ、木の幹は細い。あまり雨が降らないのか大地が水を求めるかのように割れているところもある。


 視界に入る範囲には家々は木造のものやレンガ造りのものなど様々な形状があるが、壁の色は一瞥しただけでもとの色がはっきりとは分からないくらい色褪せ、亀裂が入っている個所もいくつかみられる。適度な修復も行っていないのだろう。


 人の数はヴァルクスに比べるときわめて少なく、辺りに目を走らせても視界に入ってくるのは二、三人といったところだ。レナルト達を見る者もいるが、そのほとんどが素通りしていく。


 レナルトにはあれほど奇異な魔法を扱う人々が住む町には到底思えず、同時に、ヴァルクスを覆う結界の偉大さを改めて思い知らされたのだ。想像に過ぎないと分かっていても、ノール家を求めた心情を察することができる気がした。


 その時、目の前を歩いている子供が転ぶ。少年の膝は赤く染まり、その目には大粒の涙が浮かびはじめた。


 レナルトは動こうとしたレイラを制する。


「俺が行くよ。あの森への行き方を知っているかも聞いてくる」


 レナルトは少年の傍に行くと、治癒魔法を唱えた。少年の傷が塞がるのにつれて、その表情が明るくなる。


「お兄ちゃん、すごいね。エイノ様みたい」


 その言葉に眉根を寄せた。それはウルモのこの国での名前だ。


「エイノ様はどんな人?」


「いつも国のことを考えてくれているの。あまり人の前には姿を現さないけどね。でも、きっとこの国を救ってくれると言っていたの」


 少年は屈託なく笑う。


 あの森に行く道筋を聞くべきだという気持ちを自ら打ち消した。この国の民がヴァルクスと戦争をしたとはいえ、この無垢な少年を巻き込みたくなかったのだ。


「気をつけろよ」


 少年はお礼を言うと、古ぼけた民家に入っていく。彼の家の壁も剥がれ、窓にはヒビが入っていた。


 レナルトはレイラ達のところに戻る。


「聞けなかった。悪いな」


 レイラにも今の話が聞こえたのか、彼女は寂しそうに笑っていた。


「ケヴァドはもっと豊かな場所だと思っていた。ヴァルクスよりも国土が広いのに」


「俺もそう思っていたよ。でも、今はシルヴィアのことだけを考えよう」


 その言葉にレイラとユーリーは頷いた。


 三人は森のほうに歩くことにした。だが、立ち並ぶ家々の隙間から、高い壁が聳え立つ。壁を壊して奥に進むことも可能だろうが、できる限り穏便には済ませたかったのだ。


 辺りには民家が立ち並んでいるのか、明かりがついていない家も少なくない。壁が壊され人が住んでいるのか怪しい場所もある。


 扉が壊れた民家の前でユーリーが足を止めた。彼はその家の内部を食い入るように見つめている。


「この家、何か変」


 ユーリーに促され、その家をしかと見るが、これといった異変は感じない。


 レイラもレナルトと同じ心境だったのか訝し気にその家を見つめる。


「結界なら解いてみる。幻覚だよね」


 レイラは手を伸ばし、結界を解く魔法を詠唱する。衝突音とともに大気に亀裂が入り、目の前の家が消失する。その代わり、森に向かって細い道がまっすぐ伸びていた。

 結界を解いたレイラ自身が目を丸め、その現れた道を凝視している。

 だが、ユーリーはこうなることが分かっていたかのように、平然としている。


 レナルトが幼少の頃から回復魔法に秀でていたのと同様に、彼もホーム家の力を覚醒しようとしているのだろう。


 辺りを見渡しても、レナルト達を意識しているものはいない。


「急ごう」


 彼らは頷くと、その道を歩むことにした。


 レナルト達は森にたどり着いた。目の前に広がる森は青々としたものとは程遠い。木々は枯れ、生き物が住むには不十分だと感じる。


 レイラは鋭い視線を辺りに走らせる。


「ここ」


 ユーリーがその中の一つの木を指した。レイラはレナルト達に下がっているように指示すると、呪文の詠唱を始める。目の前にある木々が剥がれ落ちる。


「でも、何でそんなにお前は結界を解けるんだ? もともとそういう魔法が苦手だと思ったけど。それだけ魔力が強いということなのか?」


「ウルモやシルヴィアの魔力で張った結界だからよ。レナルトの造った結界なら解けるかは分からない」


 相性のようなものなのだろうか。


 それを問いかけようとしたとき、結界が解きはなたれ、二階建ての洋館が目に飛び込んできた。魔力の塊が家の中に点在し、その中には三つ程強い魔力を感じる。その中の一つにシルヴィアの気配を感じ取ったのだ。だが、その気配が動き出す。それも家の奥に向かってだ。レイラもそれを分かったのか、困惑した表情を浮かべている。


「まずは中に入ろう」


 レイラの言葉にレナルトとユーリーは頷いた。


 だが、扉は固く閉ざされている。レイラはその扉を見て深呼吸をした。


「ウルモの結界じゃないから、解けない」


 レナルトは結界に触れ、どのようになっているのか確認する。


 魔力が細かい紐となり、その家全体を覆っている。無数の紐はレナルトに結界の解除を断念させるには十分だった。


「壊すしかないみたいだね」

「壊すって」

「結界以上の魔力で突き破るのよ。一度では無理でも回数をこなせばなんとかなるはず。念のためユーリーを連れて離れて」


 レナルトはユーリーを連れ、レイラから距離を置くと弱い結界を張った。レイラはゆっくりと深呼吸をする。そして、風を起こす魔法を唱え始めた。彼女の前方で小さな風の渦が起こる。徐々に渦の数が増す。その渦が凝縮し、破裂音を残し、扉を突き破る。


 その直後、レナルトの作った結界に何かが触れる。


 弱い結界しか張らなかったのを後悔する。


 身をかがめ、横に逃げるとその正体を見極める。


 だが、彼の標的は自分ではないと少し遅れて悟った。彼はレナルトには目もくれず、扉を突き破った少女を一瞥している。


「レイラ、よけろ」


 レイラは虚を突かれたような表情で振り返る。彼女の青い目がより大きく見開かれた。


 先程、大きな魔法を使った彼女が即座に結界は張れるとは思えない。


 レナルトはすぐに結界を解き、氷の呪文の詠唱を始める。そして、レイラの腕一本分まで炎が迫った時、レナルトの呪文が発動し、炎をかき消した。


 レイラは鋭い眼差しを火の出所に向ける。


 そこには三人の人間がいた。この町の住人なのか各々がかなりの魔法の使い手だと分かる。さっきの男達よりも数段上だ。背後にいる者が結界を張っているため、少々の魔力では貫けない。それに扉を壊したのだ。この家の者が気付いていないはずもない。


 離れているのは分が悪いと判断し、レナルトはレイラの傍に駆け寄ると、結界を張る。


「あなた達がこの国から女神様を連れ去ろうとしている悪人なんですね。ここで死んでもらいます」


 最前列にいた男が抑揚のない声で言葉を紡いだ。


 事情は呑み込めないがまともに議論をしている時間はなさそうだ。


「どうする?」


「シルヴィアと合流しよう。逃げる時に阻まれたらその時よ」


 レイラはそう告げると唇を噛んだ。


「分かった」


 レナルトは呪文を詠唱し、彼らの周りに巨大な岩を出現させた。そのうち、壊されるか転移魔法で回避するかもしれないが、数秒の時間稼ぎにはなるはずだ。


 三人は顔を合わせると、家の中に足を踏み入れた。


 その直後、レイラが壊したはずの扉が復活したのだ。


 同時に、シルヴィアの魔力を二階の奥で発見する。敵の罠がある可能性はあるが、幸い、階段は目と鼻の先にあり、敵らしき存在を感知できない。


 他の二人と視線を合わせ、お互いの意志を確認し合うと階段を駆け上がった。

 折り返し点を曲がったとき、階段を上りきったところにある石像がゆっくりと動きだし、階段の正面に陣取った。


 天井まで伸びんとする大きさの石像は底光りのする目でレナルト達を見据える。


 一気に高温の炎を浴びせ溶かしてしまうか、氷で動きを固める。だが、その奥にシルヴィアがいることから、その選択肢を否定する。他の可能性を模索した時、一つの魔法が脳裏を過ぎる。難易度が高い魔法だ。


「レイラ、分解魔法は使えるか?」


「得意よ」


 彼女は口角をあげて微笑んだ。


 レイラが詠唱体制に入ったのを確認し、レナルトはユーリーの手を引き、結界を張ろうとした。だが、結界を張り終わる前に、レナルトの足首が強い力でつかまれた。一階にあった石像が動きだし、レナルトの足をつかんだのだ。


「レナルト」


 レイラは詠唱をやめ、ターゲットをレナルトの傍にいる石像に変更しようとした。


「こっちはなんとかする。上のを先に頼む」


 レイラは不安を滲ませながらも詠唱を続ける。


「ユーリー、自分を守る結界を張ってくれ」


 レナルトはユーリーを自分の後方に回らせ、石像の腹部で僅かな爆発を起こした。石像の上半身が僅かに宙に浮き、手がレナルトの足から離れる。そのたタイミングを見計らい、氷魔法を使用する。石像の下半身が階段に乗っているため、階段ごと凍りつかせようとしたのだ。空気中の水分が彼の体に付着し、一気に固まる。


 レナルトは安堵と度重なる魔法の使用に呼吸を荒げた。だが、砕け散る微かな音がレナルトの耳に届く。その石像の肘に僅かな亀裂が入り、それが氷の粒となり、辺りに飛び散った。結界を張ろうとしていたユーリーの澄んだ肌に血が滲む。


 その時、レイラの魔法が発動した。階段の上にいた石像が姿を消す。そして、レナルトの眼前にいた石像も遅れてその姿を消失させていた。物を分解させるのは高度な魔法だ。発動させるだけで困難と言われる魔法を、彼女は途中から二体を対象に切り替え、成功させたのだ。


 レナルトがレイラを見ると、疲れを滲ませながらも、微笑んでいた。


「行こう。シルヴィアはそこにいる」


 レナルトはユーリーの傷を治すと、彼を抱きかかえる。そして、レイラの言葉に頷いた。


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